襲撃者の悲劇
間違えて投稿してしまった……泣
悪夢。
一言で言うのならきっとそれが相応しいだろう。
なぜ、自分はここにきてしまったのか。ここは、そう……悪魔の館だ。
逃げ惑う男……帝都でも三本の指に入る裏組織、『ヘルハウンド』の副頭領、ガルマはそう思う。
逃げれば逃げるほど追い詰められていく感覚。今まで感じたことのない焦燥感。
一体この屋敷はなんなのか……ガルマがそう思った時、目の前に大きなとびらが現れる。その扉を開けると……
「やぁ、随分ここに来るまでに苦労したみたいだね」
奴だ。今回のターゲット。静かに微笑む黒髪の青年。
辺境伯アレス・シュバルツァー
奴を仕留めれば全てが終わる。この魔の時間もなにもかも。
ガルマは動く。そう、この悪夢を終わらせるために。そこに迷いはない。
「かあぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!」
名乗ることもなく、突然裂帛の気合をあげガルマはアレスに襲いかかる……がその瞬間。
「おいおい、名乗りもせず襲いかかるって……どんだけ礼儀知らずなんだか」
その呟きとともに強烈な殺気を向けられた。
まるで古代龍に睨まれた感覚。
経験したことのない圧倒的な威圧。
その殺気を受けた瞬間。
ガルマの意識は……一瞬にして刈り取られらのであった。
◆
話は一週間ほど前に遡る。
ガルマは闇組織『ヘルハウンド』の頭領であるブルーノと共にとある伯爵の館に招かれていた。
屋敷を案内され、大きな扉をあけるとそこには先客がいる。
(おや?あれは……西地区のボス、バルザックと暗殺組織『ケルベロス』の頭目ダライアスか??)
西地区のボス、バルザックは裏社会で生きる人間で知らないものはいないであろう。ケルベロスの頭目ダライアスを見るのはガルマをして初めてだ。
滅多に姿を現さないので有名だからだ。
(しかし……帝都でもトップ3と言われる闇組織の頭目を全て呼び寄せて……なんの話をするつもりだ?)
ブルーノも空いている椅子に座る。ガルマはその後ろに立つ。
3人揃ってもお互い言葉を交わすつもりはなさそうだ。沈黙が部屋を支配する。そしてその沈黙を破ったのは、この屋敷の持ち主の中に入るドアノブの音であった。
「待たせたな。わしがこの館の主人、ビチェンツァ伯爵である。其の方ら、大儀であった」
その声と同時に部屋に入ってきたのは身長の低い小太りの中年の男。上等な衣服を身に纏い、手には宝石の類を複数身につけている。下卑た笑顔を見ているとヒキガエルを想像する。
鷹揚な態度でまるで三人を家臣のように扱う態度を見て、いずれも不快感を表した。
「建前はいい。わざわざ俺たちを読んだわけを教えてもらいたい。俺たちも忙しい」
口を開いたのはバルザックだ。声に敵意を感じる。今の態度で腹を立てたのかもしれない。
自分の言葉を遮ったバルザックに多少不愉快な顔をするビチェンツァ伯爵。だが気を取り直して再び下卑た笑顔を見せると話を続けた。
「まぁ良い。其方達に良い話を持ってきた。これは其方達では会えぬほどの高貴な方の依頼である。光栄に思え」
先ほどと変わらぬ尊大な態度だ。
そしてその声に反応したのはダライアス。
「誰が依頼したのかなどは関係ない。報酬は??そして仕事の内容は??それを提示してもらいたい」
「ふん、野良犬が……」
ダライアスの言葉にビチェンツァ伯爵は再び眉を顰めるが、手に持っていた紙を取り出し広げた。そこには今回の報酬……白金貨30000枚と記入されている。
「驚いた。白金貨で30000枚とは。小さい貴族の領地の10年分ほどの予算ではないか。そんな金額払えるほどの者がいるとは思えないが?」
そう言うバルザックにビチェンツァ伯爵は醜い顔をさらに顔を歪めて笑った。
「それがいるのよ。いずれアルカディアはその方を中心に回るであろうよ」
「で、仕事は?」
口を開いたのは我が主、ブルーノだ。目を見れば爛々と輝いている。流石に見たことのないほどの報酬。これはかなり乗り気なのだろう。
今回、主ブルーノは何が何でもこの仕事を取りたいと言っていた。裏社会においてバルザックやダライアスに次、我が組織はNo.3の序列である。これをひっくり返すにはさらなる貴族の支援が必要と考えていたのだ。
ブルーノはいつも言っている。いずれバルザックに変わり西地区の支配者になりたいと。『ケルベロス』を飲み込みさらに強大になりたいと。
それ故に白金貨30000という今回の仕事は組織を大きくするには美味しすぎる仕事だ。
バルザックもダライアスも興味をそそられたようにビチェンツァ伯爵の顔を見る。ビチェンツァ伯爵は満足そうに頷くと口を開いた。
「アレス・シュバルツァー辺境伯の首が欲しい」
その声を上げた瞬間。部屋の温度が急に変わった。
◆
まず立ち上がったのはバルザックだ。
「俺は遠慮しておく。無駄な時間を過ごしたな」
慌てる伯爵。
「なっ……なぜ」
「例えアルカディア帝国の国家予算を貰ってもできない。無理な話だ。あばよ」
そう言うとバルザックは部屋を後にする。
次いで立ち上がったのはダライアスだ。
「金額が少なすぎる」
「何を言うかっ!!これほどの好条件は……」
「仕事の内容と比べたら、だ」
ダライアスはそう言うと侮蔑した笑みを見せた。
「貴様は分からないだろうが……これならアルカディア帝国皇帝暗殺の方がまだ楽だ。バルザックの奴ではないが……この仕事は国家予算を貰っても不可能だな。割りに合わない」
ダライアスもまた立ち上がると扉の方は向かう。
「ま……まって……」
「あぁ、付け加えよう」
そう言うとチラリと横目で後ろを見て言葉を付け足した。
「一応忠告しておくが……依頼をしたお前も身が危ういと思え。俺は今の話は聞かなかったことにしておく。まだ死にたくないんでね」
そう言って小さく笑うとダライアスは部屋を出て行った。まさかの展開に呆然とするビチェンツァ伯爵。しかしその伯爵に主ブルーノは声をかけた。
「俺はやろう」
「ほ、本当か!?」
「ただし条件がある」
「なんでも言えっ!!」
「成功した暁には報酬とは別に西地区制圧のための資金が欲しい。お前のバックにいる男はとてつもない権力者なんだろ?」
「あぁ、そうだ。承知した」
「約束を違えたら次はお前の首がなくなると思え」
そう言うとブルーノは立ち上がる。
「ガルマ。全ての人員を集めろ。全員で今回は仕留めにかかる」
そう言ってブルーノは部屋を出て行く。ガルマもまた大慌てでその後をついて行くのであった。
◆
伯爵との会合から数日。ブルーノはアレス・シュバルツァー暗殺に向けて動き出す。
まずグランツへ向かう方法。彼は配下の者達を移民に紛れさせハインツに送り込んだ。
ハインツに入ってしばらくの間はブルーノ達はアレス・シュバルツァーの屋敷を観察し、その屋敷の特徴把握に努める。
不思議なことに、貴族なのに雇っている人数が少ない。
「あまり家人もいない。大人数で行けば簡単では?」
「しかしアレス・シュバルツァーといえばグランツ制圧を成功させた英雄だ。彼との対峙は避けたい。極力寝静まった頃に一気に襲いかかるのが良いだろう」
こうしてブルーノはとある深夜に襲撃する事を決意する。それが死出の道になることも知らずに。
◆
ブルーノが立てた策は二方向からの襲撃作戦である。ガルマ率いる総勢200を超える配下の者達が正面から。ブルーノ率いる選りすぐりの少数精鋭達が裏口から襲撃をするというものだ。
ブルーノが率いる精鋭達……冒険者ランクでいうところのBランクの者達だ。中々の強者ではある。しかし素行が悪く追放された者達である。ブルーノは彼らを雇い上げ暗殺者として使っていたのだ。
裏口から侵入したブルーノ他、数名の精鋭暗殺者達は暗闇の通路を進み、そして足を止めた。前の方から気配を感じたのだ。
「やれやれ。深夜の客とは物騒だな。まさか呼ばれてすぐに仕事があるとは思わなかった……」
そのような呟きが聞こえる。ブルーノは暗闇を薄めで観察する。窓の外から漏れる月の光しか明かりはない。しかし、それでも目の前の相手が金色の鎧を纏った衛兵らしき者であることは分かった。
「…………やれっ!」
ブルーノの指示に横にいた暗殺者二人が動き出す……が。
「ぐぁあっ!!」
「ぐへっ!!」
悲鳴をあげ倒れる音が闇から聞こえた。
「弱い……弱いなぁ。もっと楽しませてくれると思ったのに」
そう言って黄金の鎧は近づいてくる。
ブルーノは……いや、暗殺者達はその黄金の鎧の顔を見て……ギョッとした。そう……自分達が相手にしているのは茜色をしたスケルトンであったことに気がついたのだ。
「な……なんで貴族の屋敷にスケルトンがいるんだ??」
「スケルトン??そんな下劣なものと一緒にしてほしくないな。我はスパルトイ。あんな奴らとレベルが違う」
そう言うとその黄金の鎧は突然姿を消す。その瞬間
「がはっ」
「ぐべっ!!」
ブルーノの周りにいた配下の者達が次々と倒れていく。
「くっ!なんだ……何が起こっているんだ??」
ブルーノがそう呟いた瞬間。
「最後はお前だ」
耳元で声がする。
慌てて跳びすさり構えるもその瞬間頭に衝撃が走り……ブルーノの意識は闇に消えるのであった。
◆
正面から向かったガルマの方はもっと悲惨であった。
その原因を作ったのは突如現れた髭を蓄えた執事の男。
「さてさて、招かれざる客にはそれ相応の報いを受けてもらいましょうか」
執事の男はパチンと指を鳴らす。その瞬間、200人もの者達の足元に闇が生まれ……そこに引き摺り込まていったのだ。
「なんだっ!これはっ!!」
「嫌だ。助けて!!」
「死っ、死にたくないっ!!」
もがく暗殺者達を見ながら執事の男は冷酷な笑みを浮かべ言い放つ。
「まぁここで命を奪うとあまりいい気持ちはしませんからな。とりあえず向こうに行ってもらいましょう……精神が病まなかったらいいんですけどねぇ」
こうして驚くガルマを除く全ての者達が、執事が作った闇に飲まれていった。
「い……一体何を……」
後ずさりするガルマ。しかし執事の男はそんなガルマにゆっくりと迫ってくる。
「さて……貴方には聞きたいことがありますから……色々と教えてもらいましょうかね?」
その言葉を聞き、ガルマは猛然と逆方向へ走り出す。
あれはマズい。ここは化け物屋敷だ、と。
その瞬間、なぜ他の組織の者達がああも簡単に引き下がったのか……それを理解した。
奴らは知っていたのだ。あの男が絶対に手を出してはいけない相手である事を。
「とにかく逃げなければ……ボスも捕まってなければ良いが……」
走っても走っても……振り返れば奴の気配を背中から感じる。全く方向は分からないが止まったら殺られる……
そしてガルマは逃げ惑った先で、突如正面に現れた大きな扉を開けたのであった。
◆
アレスがガルマを抱え下に降りるとそこにはゼートスとヘルムートが控えているのが見えた。
「頼んだように殺してないよね?」
「はい、仰せのままに」
「流石に自分が住んでいる場所で人が死んだら気持ちよくないもんねー」
そしてアレスはゼートスによって気絶させられた者達が積まれているところにガルマを投げ捨てた。
「さて……ゼッカ!」
「はっ!お呼びで?」
闇の中からゼッカが現れる。
「とりあえず、今回こいつらに関わった者を全て片付けてくれ。あ、あと一番の親玉は放っておいてくれていい。雇い主まで片付ければ警告として受け止めるだろうから」
「御意……」
「あ、後バルザックとダライアスにはこの手紙を渡しておいて。情報をくれてありがとうって」
「二人とも喜ぶでしょうな。承知しました」
そう言うとゼッカはパチリと指を鳴らす。それを合図に数名の者が目の前に積まれた者達を抱えて連れ去っていった。
「ヘルムートが闇の中に沈めた者達も後でゼッカに渡しておいてくれ。後は彼らが良いようにやるだろう」
「……もう壊れているかもしれませんが?」
「壊れたら壊れたで構わないよ。どうせ今まで碌でもないことばかりやってたような連中だ」
表情も変えずアレスはそう呟くと、欠伸を一つする。
「さて、じゃあ僕はこれで休ませてもらうよ。お休み」
そう言いながらアレスは部屋に戻っていくのであった。
◆
その後帝都にてとある事件が起こる。
ビチェンツァ伯爵が何者かによって殺されたのである。
貴族の暗殺は決して珍しいことではなかったが、伯爵クラスともなると訳が違う。大規模に犯人探しが行われたが……証拠となるものは一切出てこなかったという……




