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人手不足

「人手が足りません!!」


ジョルジュはアレスに強い口調でそう言った。


「いや……そんな事いきなり言われてもねぇ……」


なぜか怒っているジョルジュを見て、アレスは苦笑した。もうちょっと違う言い方ができないものだろうか……


現在、第一軍を除き、他の兵達はハインツの開発に参加している。また、ハインツ以下、グランツ全土から開発のため多くの者たちが作業に参加していた。グランツは今、猫の手も借りたいほどの人手不足に見舞われていた。


「人手が足りないので水路を開発することができないのです!!」


そう、アレスがせっかく水路の水源を確保しても、それを作るだけの人数がいないのである。


だが、なぜ僕が怒られなければいけないのだろう……


「聞いてますか?主?」


「はい、聞いてます」


アレスはそう言って溜息をつく。


だが、ジョルジュの言っている事も良くわかる。何か手を打つ必要があるのかもしれない。


「主はこの状況を何とかする方法がお持ちですよね?」


「……錬金術を使え、ということね……」


そう言うと、ジョルジュは我が意を得たりとばかりにズズいと顔を近づけてくる。


「はい。シュバルツァー領でも急な開発の時に行った『あれ』をやってもらいたいのです。今は何が必要で、最優先か……主も分かっていますよね?」


ジョルジュの言葉にアレスは先程以上の溜息をつく。


「相変わらず強引な……まぁ、開発資金もまだまだあるし、ここはひとつジョルジュの意見に乗っかって、思い切って『あれ』を使ってみようかな?」


そう言うとアレスはゆっくりと腰をあげるのだった。




アレスがジョルジュを伴って来たのは、ハインツ郊外にある石切場であった。

以前はただの岩山だったのだが、今では多くの人夫が行き来し、石を切り開いている。


この付近には、現在多くの人が集まる事で自然と宿屋や酒場、そして働き手の家々が生まれ……それらが集まることで小さな村が形成されていた。


だが、そんな人が賑わっている場所を通り抜け、人気のない岩場に今アレス達はいる。


「で、なんでシオンも来たんだい?」


「いえ、面白そうだったので」


ヘラヘラ笑ってるシオンを見て溜息をつくアレス。


「……なんか君達といると溜息が増えたような気がするよ……」


「それは良い家臣に恵まれたという事ですね?」


「くっ……もう、いいや……何も言うまい」


そう言って、辺りに人気が無いことを確認するとアレスは詠唱を始めた。

青白い輝きがアレスを包む。


「古の契約により、我、汝らに命を吹き込む。その声に応えよ」


そう言うとアレスの周りにたくさんの魔法陣が生まれる。


「ストーンゴーレム!!」


すると……石切場の石が動き出し……石が集まって3メートルほどの大きな人型を形成していく。至る所で人型は生まれ……そして10体ほどの人型が誕生するとそれらは自然に歩き出し……アレスの前に静かに跪いた。


「ふぅ、久々に創生魔法を使うと……疲れるね……」


アレスはそのゴーレム達の出来を見ながら満足気に笑うのであった。




「すごいですね、こりゃ。」


シオンは感心しながら一体のゴーレムの足を触る。


ジョルジュもまた一体一体の様子を確認している。


「さて、ここからが錬金術の腕の見せ所だね」


そう言うとアレスは腰にかけている袋の中から赤く輝く石を取り出した。


「主……それは……?」


「ん?魔石だよ?あれ?シオンには初めて見せるっけ?」


そう言うとアレスはその石をシオンに差し出した。シオンはその石を手に取ると太陽にかざして見る。魔石は魔力を放ち、輝いていた。


「魔石と言っても普通の魔石とは異なるよ。これは……以前僕が作ったゴーレム専用の魔石さ。これを埋め込む事でこのゴーレムに命が吹き込まれるんだ」


そう言ってアレスは笑った。


「創生魔法でゴーレムを作ることはできるけど……常に魔力を吸われている状況だからね。この魔石がその魔力供給の代わりをしてくれると言うわけさ。だから僕はこれを「巨人の心臓(ゴーレムハート)」と呼んでいる」


そう言うとアレスはゴーレムの胸に魔石を埋め込んだ。ゴーレムの目に光が宿る。


「ストーンゴーレムは重量が重く、耐久性が高い。その分魔力の消費も大きい。だからちょっと大きめの大きな魔石が必要なんだ。とりあえず……今は10体が限界かな?」


そしてアレスは言葉を続けた。


「小さい魔石は15個……これで泥を原料にするマッドゴーレムを作ろう。この2種類のゴーレムを中心に一気に水路を作ろうと思う」


「ゴーレムは疲れ知らずですからなぁ。これで大幅に開発が進めばいいのですが……」


ジョルジュの言葉にアレスも頷く。


「とにかく一気に開発を進める必要があるからね……今は邪道と言われようと使える方法は全て使うとするか……」


そう言ってアレスは小さく笑うのだった。




その日早速ゴーレムを試運転したが……想像を超える成果を見せた。ゴーレム達は黙々と地面を掘り進めていく。どんな重く硬い石が現れても無理やり破壊して作業を続けている。疲れ知らずのゴーレムなので作業スピードが落ちることはない。


「これは……私の予想を超えています。おそらく素晴らしい速度で開発が進みそうです」


と、ジョルジュは満足そうだ。



さて、アレスが1日の仕事を終え、シグルドとともに領主の屋敷に戻ると……そこにはバタバタと片付けをしている使用人の姿があった。


「あ、アレス様。おかえりなさいませ!」


「……なんか大変そうだね……」


「はい……給金がいいためか、多くの使用人が開発の人夫に転職してしまったので……こちらはバタバタです」


アレスはその言葉を聞き、屋敷を振り返る。


掃除が終わってない部屋。荒れ放題の庭……


その様子を見てアレスは眉間に皺をよせる。


「アレス様……流石にこの人数では、この屋敷を全て賄うのは難しいかと……」


シグルドの言葉にアレスも苦笑する。


「正直、僕一人ならこんな広い屋敷必要なかったんだけどね……」


そう、アレスは最初はこの屋敷を使う事に反対をしていた。しかし元領主であるゲイルは領主はちゃんとした屋敷に住まうべきだ、と決してそれを譲らず、以前自らが住んでいたこの屋敷をアレスに譲る……というか押し付けた。そのため結局住むことになったのだが……


「荒れ放題だしねぇ……」


使用人達の多くは転職し、残った使用人達も指示を出すものがいない為、混乱が続く。幸い料理人としてハドラーが来てくれたので食事の心配がないのは良かったが……それ以外は全然作業が進まない。シータでもいれば話は変わるはずだが……まだこちらに向かうことはできないとのことだ。


「仕方ない。本当はゆっくり休んで貰おうとしたんだけど……彼に頼もうかな……」


その声にシグルドも反応した。


「彼……??もしかして『ヘルムート』殿ですか?」


シグルドもアレスは頷いた。


「とりあえず、部屋に行こう。流石にこれは他の人には見せられないよ……」


そう言うと、アレスはシグルドを伴い己が部屋に向かった。




扉を閉めシグルドと2人になると……アレスは静かに詠唱を始める。


「汝が契約者、我が命じる。地獄の扉を開き、その姿を現せ!」


そう言うと、床下に複雑な魔法陣が現れる。その魔法陣から禍々しいまでの魔力が吹き荒れ、青い炎が辺りを包む。


召喚(サモン)、魔天ヘルムート!!」


そう言うと……切り揃えられた銀髪に髪と同じ色の口髭を蓄えた紳士が魔法陣の中から現れる。


「これはこれは……急なお呼び出しで驚きました。坊っちゃま、お久しぶりです」


「坊っちゃまはもうやめてよ……そんな年じゃないし」


「では……主人(マスター)とでもお呼びしましょうか?」


「まだその方がいいけど……ヘルムートにそう言われると背中がムズムズするね」


そう言ってお互い笑い合う。


「さて……せっかく休んで貰っていた所、大変申し訳ないけど……また力を貸して欲しいんだ……どうかここの家令になって欲しいんだよね」


その言葉を聞いてヘルムートは口を綻ばせ、アレスの前に跪く。


「我が命、全てが主人(マスター)の物です。いかようにもお使いくださいませ」



シグルドはその様子を横でずっと見ている。彼は……知っている。このヘルムートと呼ばれた男の本性を。


ヘルムートは以前アレスの屋敷にて彼専属の執事を務めていた男である。非常に有能で家の仕事を一手に引き受けていたが、とある事情からアレスが故郷へ帰したのだ。


そう、彼の故郷……




『異世界の魔界』へ。




シグルドの本能は先程より常に警報を鳴らしている。この男は異常だ、無闇やたらな勝負を避けろ、と。


彼はこの世界の契約により、将として活躍することはない……というよりできないらしい。

ヘルムートはこの世界に深く関わる事が出来ないという『世界契約(ルール)』に縛られている、とアレスは言っていたのを思い出す。彼が力を発揮できるのはこの館の事のみなのだ。


かつてアレスから聞いたことがある。

ヘルムートはこの世界とは違う……あちらの世界において四魔天と呼ばれるほどの実力者であったと。それ故にアレスやシグルド、ダリウスをしても中々勝てる者ではない。


「ヘルムートは魔族……というより真魔族とでも呼ぼうか。その頂点だった男さ。だからこの世界の普通の魔族では太刀打ちできないだろうよ」


とよくアレスは言っていた。


シグルドはその言葉を思い出しながら……ヘルムートの方を眺めるのであった。




「ところで主人(マスター)主人(マスター)には護衛はいないのですか?」


「シグルドもいるし……僕だってそれなりに腕はたつから護衛の必要性は感じないんだけど……」


(……いやそれなりどころじゃないだろう……)


その言葉を聞いてシグルドは心の中で盛大にアレスに突っ込んだ。


しかしそれとは逆にヘルムートは真面目に反論する。


「いえ。確かに主人(マスター)はお強いですが……もし主人(マスター)やシグルド殿が不在の時、この屋敷を狙われたら私1人では補いきれなくなる場合もあります。これから主人(マスター)の奥方も増えればなおさらです。もう1人、誰か武勇に優れているものがいればありがたいのですが……」


確かにヘルムートの言も一理ある。だがその言葉を聞き。アレスもシグルドも心の中で思う。




いや、お前1人で充分だろ!!と。




「じゃあ誰か雇った方がいいかな?」


「いえ、人数がいれば良いというものではありません。『強者』が一人いてくれれば、それで良いのです」


「強者と言っても……」


そう言って首をひねると、ヘルムートはさらに強めに言葉を続けた。


「アレス様……『ゼートス』を呼び寄せたら如何ですか?』


「ゼートスか……いや、彼も休息を取って貰おうと思っていたんだけど……」


少し困ったようにアレスは呟く。その言葉に対し、ヘルムートは真面目な口調でアレスに自分の胸の内を伝えた。


「……アレス様はお優しいゆえ、「あの一件」以来、我等を使役する事を避けるようになりましたが……きっと彼はアレス様の為に働ける事を喜ぶでしょう。かく言う私も同じです。我らにとって休息以上に貴方様に仕える事が喜びになります。シュバルツァー領で働いているクアラがどれほど羨ましかったことか……ゆえに今回呼び出されてこれほど嬉しかったことはありません。どうかゼートスにもこの喜びを味あわせてくだされ」


「…………」


ヘルムートの言葉に沈黙するアレス。アレスは思い返す。彼らを元の世界に戻す事になった「あの一件」を。


しばらく考えた後、アレスは小さな声で呟いた。


「分かった。そうしよう。ヘルムート……ありがとう」


その言葉を聞き、ヘルムートはニッコリと微笑む。


ヘルムートの言葉を受け、アレスは再び部屋の中央まで来ると、先程とは異なる詠唱を始めた。


「其は、龍の牙より生まれし伝説の戦士。汝、一度生を終え、再び世に生まれ出でし偉大なる(つわもの)也」


沢山の魔法陣が床に描かれていく。茜色の輝きが部屋を包み込む。


「我の声に応えよ!龍牙兵(スパルトイ)ゼートス!!」


声とともに魔法陣から人影が現れる。


その姿はスケルトンだ。しかし……全身茜色に染まり、黄金の鎧を纏っている。腰には立派な剣を佩き、その身体からは高い魔力が溢れ出ていた。


見る者が見れば気付くだろう。その鎧と業物の素晴らしさに。

黄金の鎧には複雑な意匠が施され、魔力が宿っているのがよく分かった。そして注目するべきはその剣。緑色に輝くその剣からは古代龍の力が見て取れる。そう、彼の剣は古代龍の牙と鱗で作られた『龍剣』なのだ。


「若、お久しゅうございます。シグルド殿もヘルムート殿もお変わりなく」


「なんの、儂も先程呼び出されたものよ。そなたと同じさ」


ゼートスの声にヘムルートは静かに笑った。


アレスはその姿を確認した後、ゼートスの前に立ち……そして命じた。


「ゼートス。汝にこの屋敷の守護を命じる。また僕の声に応えてくれるか?」


アレスの言葉にゼートスは騎士の礼をして応える。


「はっ!仮初めの命を与えられてから、この命アレス様の物です。アレス様の願いは我の願い。誠心誠意、働きましょう!!」


と。


アレスはその声を聞き……静かに笑みを見せるのであった。



こうしてアレスの屋敷には2人の使用人が増えた。


家令ヘムルート


護衛ゼートス


ゼートスを始めて見た他の使用人達はびっくり仰天するが、彼の気さくな性格に徐々に慣れていく。


ヘルムートは非常に有能で数少ない使用人達を指揮するのみでなく、自らも率先して働き屋敷は片付いていった。


彼らを呼んでわずか数日で……アレスの屋敷はまるで別の屋敷のように変化したのであった。








ある日、そんな屋敷を訪れたジョルジュは屋敷の変化を見てこう呟いたという。


「彼らが、政務についてくれたなら、どれほど仕事が捗ったことが……」


と。





〈魔天〉

ヘルムートが住まう、この世界とは異なる魔界において魔族の中の最上位種に位置する者。彼の地では天魔は4人おり、魔界の覇権を争っている。

アレスはこの世界の魔族を『真魔族』と呼んで区別している。



〈スパルトイ〉

スケルトンやゾンビと言ったアンデットの中でも、リッチ、デスナイトマスターと並び最上位に位置する伝説のスケルトン。

歴史上の死霊術師(ネクロマンサー)でも彼を使役したものはほぼ存在しない。

その召喚には古代龍(エンシェントドラゴン)の牙を触媒にし、英雄の魂と強大な魔力が必要だと言われている事から『龍牙兵』とも呼ばれる。




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