表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/84

7.新たな絆

 前・“裁断者”はもういない。足下に転がっているのは、もう何も告げぬ、“役目”を終えた石の塊とだけである。

 全ての“役目”から解放された石像は、ガラガラと音を立て、真っ白な石畳の上に崩れ落ちた。

 足元に転がって来た頭部を手にした時、シェイラはふいに目を滲ませてしまった。

 “彼女”は何と哀れなのだろう――全てを犠牲にし、白壁に囲まれた玄室で一人、犠牲を払い続けた末に待っていたのは、“罰”であった。


「これで……終わったんだよね?」

()()()()()が、何も言わないのならそうだろう――」


 “断罪者”であり“夫”でもあるベルグも、全てを終えた事への安堵感から、ふぅ……一つ息を吐いた。


「先に……?」


 シェイラは、ベルグの視線の先にある、大きな両開きの扉に目をやった。

 この“間”が重苦しい原因は、その先あるものが原因、と言っても過言ではない。

 ぼんやりとした彼女の頭の中に、その輪郭が浮かび上がり始めている。


「も、もしかしてここ……」

「何が目的かは知らんが……もうこれ以上、()の暇つぶしに付き合う気がないがな」


 ベルグのその言葉に応えるように、


{――今回は、本当に危なかったのだよ}


 と、どこからか――二人が聞いた事のある声が、周囲に響き渡った。


{まずは、礼を言わせてもらおう}

{しかし、まさかあんな物を送り込むとは思いもしなかった……}

{もう少し待て、と言うに……}


 ブツブツと、独り言のようなのを呟き始めた“声”に、シェイラは『やはり、孤独だと独り言が多くなるのか』と思ってしまっていた。

 エルフもしたたかよ――と、安堵に近い呟きをしたかと思えば、それは次第に愚痴のような恨み言に変わって行く。


{上からはネチネチと責め立てられ、下は仕事が遅い……}

{板挟みにされる中間管理職の気持ちを、少しは考えてもらいたいものだ}


「……そもそもは、お前が“元凶”ではないのか?」


 ベルグが恨みがましく尋ねると、“声の主”は押し黙ってしまった。

 シェイラにはよく分かっていないが、過去に“声の主”が何かをやらかした事は確かなようだ。

 それこそ、この“騒動”の原因となる、“道具”を紛失したぐらいのやらかしを――と、邪推している。そう考えれば、道具が人間の手に渡った経緯にも納得がゆく。


{……まぁ、何度も言うが、この一件は本当に感謝する}

{いくら私が(いしずえ)を築こうとも、駒が無ければ何の意味もないからな}

{“鍵”も全て揃ったようであるし、お前たちも仲間の下へと送ってやろう}

{いつか、そう遠くない未来――再びここに集うであろう、“仲間”の下へな}


 “声”がそう告げ、空間が歪みかけたその時である。


「少し、アンタに聞きたい事がある――すまんが、シェイラだけ先に送ってくれんか?」


 何かを思い詰めたような表情のベルグは、“声”にそう告げた。

 シェイラは驚いた表情を浮かべ、手を向けようとした体勢のまま、そこから姿を消した――。



 ◆ ◆ ◆



 シン……とした、静寂が辺りを包んでいる。

 そんな静寂を打ち破るかのように、訝しげな声が辺りに響いた。


{……何だ?}


「――シェイラが負っている“罪”について、だ。

 あれは“裁断者”ゆえに、彼女がつけ狙われる事になったのだろう。

 言わば、アンタの失態が招いた結果にはならないのか?」


{ふむ……}


「アンタに何の目的があって、このような仰々しい“間”を造ったのかは知らん。

 だが、その目的によって……シェイラは苦境から這い出すために、生きるために、“役目”のために己の手を汚したのだ。

 人の命を奪った罪は確かに重いが、これまでの働きを含めた酌量を……守りきれなかった俺にも、その罪を担う事はできないのか?

 脆弱なシェイラに、“血の罪”を背負わせ続けるのは、あまりにも重すぎる……」


 最後は弱々しい声になったベルグの弁護に、“声の主”はしばらくの沈黙のあと、


{――お前の言いたい事は分かった}

{……だが、あれにも言ったが、お前たちは何か勘違いをしておらんか?}

{シェイラ・トラルの罪は、お前たちが考えているような“血の罪”ではない}

{あの小娘にも、勘違いするなと伝えていたはずであるが――}

{ああそれと……私は別に失態を犯したわけではないからな?}


 と、告げた。

 では何の……と、聞き返そうとしたベルグであったが、ふいに周囲の空間が歪み始め、その答えをついに得ることは叶わなかった。

 最後に聞いたのは、『送ってあるはずなのだが……』と、独り言のような呟きであった。


 ・

 ・

 ・


 強制的に送り返されたベルグは、どこか不満気であった。

 だがそれも、脇目を振らず抱きついて来たレオノーラを見ると、すぐにどこかに消え去ってしまう。

 ベルグは、胸の中で小さく震える“妻”を強く抱きしめ、その頭を優しく撫でた。

 シェイラはそれに、少しムッとした表情を見せたものの――


(けど……あんなレオノーラさん初めて見たし)


 と、すぐにその顔を和らげていた。

 テアから聞いた話に、カートやローズは、口をあんぐりと開けて驚愕の表情を浮かべていたが……シェイラには、名前と姿形を説明されても、あまりに漠然としすぎていて、それがどれほどの悪魔なのか想像もつかない。

 だが、人目を(はばか)らず、ベルグの胸の中ですすり泣く姿を見れば、よほど恐ろしい存在と対峙していた事が伺える。

 そんなレオノーラを労わるように、優しく抱擁を続けていたベルグは――その顎をそっと持ち上げ、半ば強引に口を塞いだ。

 その場に居た誰もが、驚きで目を剥いた。世界のどこかには、死人の罪を喰う者が居る、と聞く。

 ならば『“恐怖”を喰らう獣が居てもいいのではないか』と、ベルグは考えたのである。


「メダルが、揃ったか――」


 皆の驚いた目に見守られる中、そっと唇を離したベルグは、“メダル”がハメ込まれた石像を見やりながらそう呟いた。

 魂・人・金の三種が並ぶそれに、ベルグは『三人が再び集ったか』と感じている。


「は、はい……。カートとローズ、私とテア殿、そして、シェイラが持って来た“メダル”が全て、はめ込れています」

「なるほど……」


 突然の口づけに驚いたレオノーラは、涙を流す理由がどこかに消え去ってしまったようだ。

 頬を赤く染め、瞳に艶めかしさを浮かばせながら、じっとベルグを見上げている。

 片やシェイラは『やりすぎよっ!』と、悪魔族並みの恐ろしい目つきで、独自の世界に浸る二人を睨みつける――。

 それに気づいてか、ベルグはそんなシェイラに目を向け、じっとその顔を見つめ返す。


「えっ、ど、どうしたの? 私の顔に何か――」

「シェイラ、お前は一体何をしでかしたのだ……?」

「……ふぇ?」


 思わぬ言葉に、シェイラは間の抜けた声をあげてしまう。


「“声の主”が言うに、シェイラの罪は、人を殺めたそれでは無いらしいのだが……」

「え、えぇぇ――!?」


 誰しもが驚きの目をベルグに向けた。

 ベルグ本人もあまり良く分かっておらずにいるので、見られても困る、と言った表情を浮かべている。

 シェイラも、てっきりそれだと思っていたため、胸に手を当てて振り返ってみても、他に思い当たる節が全く無かった。

 《サキュバス》なら何か……と思ったが、指輪はメダル再発行時に使ってしまったため、手元には無い。

 その中で、テアだけはすぐに元の飄々とした表情に戻し、気だるげに口を開いた。


「いつぞやの“お店”で男を(たぶら)かし、その気にさせた――とかも、ある意味では罪深いでしょうし

 その内、何かあるんじゃないですか? 何の罪か、告げられねば分かりませんから」

「おおっ確かに。……あの時は、任務を忘れていたかのように、イキイキとしていた」

「違ッ――あ、ああ、あれはッ!?」


 まだ言うか! とシェイラは思ったが、その可能性は捨てきれずにいた。

 ベルグはかつて『大なり小なり、人は何かしらの“罪”を犯している』と、言っていたが、まさにその通りだと痛感してしまう。

 本人が気づいていないだけで、何気ない一言が誰かを傷付けているかもしれないし、相手が言わないだけで……と、考え始めるとキリがないのだ。


「では、無事に円満解決したようなので、とっとと帰りましょう。

 母に報告し、バカンス――おほん……今後の“調査”の予定を立てねばなりませんし」

「……アンタ、もしかして遊びに行きたいからって理由で、アタシ達を急かしたんじゃないでしょうね……?」

「……さぁ? 何のことやらサッパリですね。

 なにぶん、エルフは長生きしすぎて、時間の感覚がおかしいですから――」


 ふふっ……と、不敵な笑みを浮かべながら、テアは“転移”の魔法を詠唱し始める。

 空間が歪む直前、シェイラはふと後ろを振り返り、石像に眠る三つの“先輩”に目をやると


(長らくおつかれさまでした)


 と、心の中で謝辞を述べた――。


 ・

 ・

 ・


 コッパーの町に帰って来た時は、辺りに夜の帳が降りた頃であった。

 “均衡”が取り戻されたからだろうか、まだ残暑のムワりとした熱気が辺りに満ちているものの、吹き抜けてゆく風には、どこか夏の終わりを告げるような、涼しさが感じられる。


 町に戻ると、女将への挨拶もそこそこに、各々が事後処理に追われていた。

 ――とは言っても、それまでの緊張感と疲労感が一気に溢れ出し、部屋のベッドに転がり込むのが殆どであったが。

 カートとローズも、今回の大立ち回りは流石に(こた)えたらしく、間柄が密になっても寝室はそれぞれ別で、今は泥のように眠っているようだ。


 シェイラもその中の一人だったが、カートやレオノーラのように、激しい戦闘はしていない。

 それどころか、現場で“罪を告げた”だけである。肉体的な疲労感がないせいか、頭が覚醒したまま、眠れないでいるようだ。

 今は、ベッドの上にゴロン――と四肢を投げ出し、見慣れた、板張りの天井をぼうっと見つめているだけだった。


「はぁ……」


 正直、シェイラは退屈だった。

 本当は眠りたいと思っているし、目を瞑っていれば眠れるだろう。

 だが、内から発せられる熱が、火照った身体がそれを拒んでいる。

 それは、外気や部屋に籠る暑気のせいではない――。

 シェイラは、ぎゅっと毛布を抱きしめ、ゴロンと転がった。


(流石に……来ないよね……)


 シーツの衣擦れの音が響く。

 終わって早々、あんなのを見せられたのだ――。

 優先順位などは無いが、ご褒美の大きさで言えば、レオノーラの方が上だろう。

 そのため、部屋をノックする音が幻聴に聞こえていた。


『うーむ……シェイラも寝てるか……』


 その声にシェイラは飛び起き、バタバタと音を立てながら部屋の鍵を開いた。


「――ど、どうしたのっ!?」


 シェイラの心が跳ね上がり、声のオクターブも心なしが弾んでしまう。

 出来るだけ平静を保っているが、髪や顔など身体のどこかをひっきりなしに触っている。


「実は、レオノーラが寝てしまって――」

「……じゃ、おやすみぃー」

「まぁ、待て待て。冗談だ、冗談――待って、本当に待って……!」


 冗談でも本当の事であっても、シェイラからすれば()()()()()()

 閉じようとした扉の間に鼻先を突っ込み、犬のようにカリカリと扉を掻いて、“弟”――“夫”は、半ば強引に押し入ってきた。

 しかし、部屋への侵入を許しても、ベッドに腰をかけた彼女はツンと唇を尖らせ、そっぽを向いてしまう。

 ベルグがにじり寄っても同じ方向に、同じ距離を移動する。


「むぅ……冗談だと言うのに」

「人の気持ちも考えないスリーラインなんて、もう知らない――っ!」


 ベルグはつい先ほどまで、レオノーラの部屋を訪ねていたのは事実だった。

 だが、強い恐怖を味わってしまったので、その様子とケアをしに行っただけである。

 同じ“女”だから分かるのか、本能的にその臭いを感じ取り、“嫉妬”の感情が沸き起こしていたのだった。


「シェイラ……」

「も、もうっ……んっ……」


 惚れた弱み――という言葉を、シェイラは覚えた。

 “嫉妬”の感情と、己自身の“女”が入り混じり、シェイラ自身も“獣”と変貌させる。

 これまで身体が求めていたのだ。鼻息を荒くし、(オス)ですら驚くほど、本能がその唇を貪ってしまう。

 (メス)の発情に、(オス)は応えぬわけにはいかない――。


(やっぱり、“頼れるお姉ちゃん”はほど遠いみたい……)


 秋の気配が近いとは言え、残暑はまだ続きそうである。

 その夜も熱帯夜のような、蒸し暑い夜だった。シェイラの部屋の中は蒸し風呂のように暑く、二匹の獣は汗だくになっている。

 それが雌雄の獣の匂いを増幅させ、情を掻き立ててゆく。


 つい数時間前のことが、夢のような気さえしていた。

 シェイラには、もう夢でも何でもいいと思っている――。

 愛する者に抱かれ、身体中を満たされるこの瞬間が“現実”であればそれで良かった。

 言葉も浮かばず、『愛している』とささやかれれば、オウム返しで『愛してる』と返すだけ――。

 それだけでもシェイラは“幸せ”である。

 “役目”も何もかも終え、そこに居るのは〔シェイラ・トラル〕と言う自分、“女”なのだ。


 ・

 ・

 ・


 自然と営みを終えた二人は、ぐったりと身を重ね合わせていた。


「疲れた……」

「うん……」


 甘えん坊のように身体を擦りつけてくるが、今日だけはたっぷり甘えさせてあげようと、その頭を優しく撫でる。

 互いの汗を含んだ毛はベタベタとして、強い獣臭を発しているが不快ではなかった。

 むしろ、ずっと嗅ぎ続けたいほどの匂いであり、ついその頭に鼻を埋めてしまう。

 それにゴロゴロと、猫のように喉を鳴らす“夫”は、やはり“弟”でもある――この時、この瞬間がシェイラにとっての“幸せ”であり、この先もずっとこうしていたいと思っていた。


「あ、そうだ……ちょっと考えてたことあるんだけど」

「んー?」

「その……将来的な事なんだけどね、何というか」

「……あの痛々しいのをパワーアップした、とかなら本気のデコピンするぞ」

「ち、違うからっ!? と言うか、あれってそんなにダメなの……?」

「もう、『出来る女!』って、自分で書いちゃう時点で色々ダメ――」

「わーっ!? わーっ!? 口にしたら駄目ぇッ!?」


 黒歴史がどんどん増えてゆくシェイラであるが、『これなら問題ない、はず……』と、自分の考えた“選択”を、ベルグに伝えてゆく。

 まだ漠然としているものの、それはしっかりとしたシェイラの“夢”であり、“未来”へと繋がってゆくモノであった。

 それを聞いたベルグは、どこか感心したように大きく頷いて見せた。


「うーむ……俺の一任では決められんが、その“志”は立派だと思うぞ」

「そ、その単語止めて……」

「はっはっは! だが、それだとレオノーラにも相談せねばならんな」

「うん……そうだよね。明日、早速訪ねてみる」

「シェイラが選んだ“選択”だ。

 どのような結果になれど、俺はそれに従い、ずっと傍にいる――」

「スリーライン……」


 シェイラはズルい……と思ったが、湧き上がるその気持ちは隠しきれず、そっと唇を合わせた。

※次回(最終話)の投稿時間等の理由については下記の、活動報告にて記載しております

http://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/1531197/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ