表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/84

7.帰路

 コッパーへの帰路。

 地下迷宮、その最深部からの帰還は容易な物ではく、皆の顔に疲弊の色が浮かぶ。

 やっとの思いで地上に戻れたベルグ達は、しばらくの船の旅を満喫しようとしていた。

 モンスターも出なかったのに、どうして皆が疲れ切った表情をしていたのか?

 それは、数時間前に遡る――。



 ◇ ◇ ◇


 皆が危惧していた事が起きた。木製の朽ちた梯子(ハシゴ)のステップ部分が(ことごと)く折れ、梯子を上るのに一時間以上かける……という、事態が起きてしまっていた。

 そうなった主な原因が――


「痩せろデブ」


 やっとの思いで梯子を登りきったシェイラに、カートが冷たく言い放った。


「ふ、太ってなんかないもんっ! ね、スリーライン!」

「……“裁断者”は、“断罪者”に嘘をつけと申しておられる。何と罪深い……」

「ちょっとっ!?」


 ここ最近のシェイラは、訓練量が増えたのと同時に、食事の量も大きく増えた。

 それに加え、デザートにと甘い物も食べるため、以前より体重が増えてしまっている。

 梯子階段は朽ちていたと言えど、最重量のベルグの体重に耐えていたため、シェイラの体重が()()に増えた程度では問題ないはずである。

 ……にも関わらず、シェイラがステップに足をかける度、何故かバキリッと、音を立てて折れたのだった。



 ◇ ◇ ◇



 そのようなことがあり、迷宮の外――荒廃都市エンジェル・ロストに戻った時には、出発時と同じく、遠くで空が白み始めていた頃である。

 あまり休憩もしていなかったベルグらは、迎えの船に乗り込むと同時に泥のように眠りこけ、目が覚めた頃には満天の星空が広がっている時間だった。

 藍色の空に散らばる幾多もの星が、真っ白な川の流れを形成し――藍色から紫、そして白色へのグラデーションは、思わず息を呑んでしまうほど幻想的なものであった。

 デッキに立っているシェイラとベルグは、それをじっと眺め続けていた。


「――しばらく、夜型の生活になっちゃいそうだね」


 “均衡”が崩れているとは到達思えぬような、美しく幻想的な星空に、シェイラは嘆息を漏らした。

 波も穏やかであり、行きのような揺れもないようだ。


「船酔いの方は大丈夫なのか?」

「うーん……今の所は大丈夫かな? 波が穏やかなのもあるかも」

「そうか。今回の船旅も長いので、無理しないようにするんだぞ」

「う、うん……」


 シェイラは時々、どちらが年上かと分からなくなる時がある。

  “弟”のどこか上からな言葉に、少しムッ――とするが、行きのようにならないためにも、ここは素直に従うしかない。

 チラりとベルグに目をやると、夜の海風に合わせるように、狼の耳がピクピクと揺れ、口をモゴモゴとさせているのに気づいた。


(ホントは、甘えたくてしょうがないんだね……)


 耳と口がそのように動く時は、甘えたいサインなのだ。

 幼い頃から知る“姉”の目には、“弟”がそれを我慢している、と一目で分かった。

 言い出したいが、言い出せない――そんな姿が愛らしく、今すぐにでも頭を抱いて耳の裏などを掻いてやりたいのだが、


(私が色々ダメになりそう、だし……)


 シェイラ自身も“姉”モードに入り、猫ならぬ犬可愛がりしてしまいかねない。

 それ自体は別に構わないものの、ここが船の上であることが問題だった。


「でも、船ってこんな揺れる物なんて知らなかったな……。

 デッキチェアの上で横になって、フルーツが刺さったカラフルなお酒飲んで――って、優雅に過ごすイメージあったんだけど……」

「……いつも思うのだが、それらの偏った知識は、一体どこから得てくるのだ……?」

「え、い、いや……その本とか、小説とか?」


 外をあまり出歩けなかった当時、そこしか外界の情報を得る術が無かった。

 それも、誰かが捨てて行った物ばかりなので、どこか情報も古く――


「ああ、だからそんなムッツリに」

「か、関係ないでしょっ!? 確かにその……そんなのは二、三冊ぐらいあったけど……」


 あったとは言えど、恋愛小説の一部にそのようなシーンがあっただけである。

 “男と女”については知っているものの、情事や睦み合いに関しては未知の世界であったため、初めて見た時はあまりの衝撃に、二日ほど寝込んだ過去を持つ。

 同時に、いつかこんな恋を――小説の中のような恋物語をしたいとの想いが、出口が見えぬ毎日を生き抜くための小さな希望へと変わっていた。

 しかし、その想いがいざ現実になってみると、それはイメージとは全く違う世界であった。


「事実は小説より奇なり、とは良く言ったものだよね。

 まさか、本当にスリーラインの“お嫁さん”になるなんて思いもしなかったよ……」

「屋敷に住む野獣や、王子様とお姫様のそれとは違った、か?」

「……ううん逆。それよりももっと凄い物語――。

 でも、最初は驚いたし、戸惑いがあったのは確かだけどね」

「もし時間が戻れば、どこまで戻してもらうか……と考えた時はある」

「戻して貰えるのなら――【ネラル・ドレイク】の、あの夜がいいかな」


 それは、初めて結ばれた日の事である。

 凄く大変だったけど……と、頬を朱に染め恥ずかしそうに微笑むシェイラに、ベルグはどこか複雑な表情を浮かべている。


「しかし……」

「“役目”とか“恩”とか無くても、私はこれで良かったと思うよ?

 勝手知ったる仲なんだし、これまでも、これからもずっと一緒にいられるんだしさ。

 ――逆に、スリーラインと再会していない時のことの方が、ずっと怖いよ……。

 今が幸せなだけ、余計に、ね……」

「シェイラ――」


 そこにいるのは“姉弟”であり、“夫婦”でもある。

 満天の星空の下、真っ暗な海の上で交わした口づけは、どんな小説にも勝るロマンチックな物であった。

 顔を真っ赤にしたシェイラは、船の揺れだけではない揺れを覚えている。

 空を再び見上げると、この星空は頑張った自分へのご褒美のようにも映った。


「……こんな時、人になれない事を悔やむ」

「んー、人になれないスリーライン、のが私はいいよ。

 でも、もしなれたらどんなのだろうね――オジさん……いや、たまに女々しいからオバさん似かな?」

「むぅ……ああでも、母に近いかもしれんな。

 ……あー、でもあれだ、やっぱり獣人のままでいいや」

「何で?」

「てっぺんがハゲると目立つ」

「もうっ! いい加減に――」


 目に力を込め、語気を強めたシェイラをよそに、ベルグはどこか虚を見つめまま、ボソりと呟いた。


「本気で……最近、抜け毛が半端ない……」

「そんなになの……?」


 シェイラの声のトーンが落ちた。

 その最大の原因が、目の前にいる彼女であると言っても過言ではない。

 思わずそれを確認するが、真っ暗な中では、薄いかどうか判断がつかないようだ。

 夏毛への生え代わりじゃ? と尋ねるが、膝を曲げたままのベルグは『そうであって欲しい』と頭を垂れ、キューン……と寂し気に喉を鳴らすだけであった。


 ◆ ◆ ◆


 形は違えど、結局ベルグの頭を撫でることになったシェイラ――。

 そんな夫婦のやりとりを、隠れて覗いていた者が居た事に、二人は全く気づいていなかった。

 その傍観者の顔は、苦虫と言う苦虫を噛み潰したようである。

 複雑な心境のまま、黙って自室に引き返したその者は、はぁ……と深いため息を一つ吐いてしまう。

 二人の妻が、互いに良好な関係を築くには、“余裕”と“譲り合いの精神”が必要である。どちらかが欲を出せば歪み、どちらかが自分を押し殺さなければならない。

 その事は、彼女自身が最もよく理解していることだ――。


「……別に、今に始まった事でもないじゃん」


 姉のそんな姿に、妹は呆れていた。

 覗き見ていたのは、もう一人の妻――レオノーラであった。

 普段は傍若無人にグイグイ割り込んで行くのに、ベルグの事になると途端に気後れし、受け身に回ってしまうのである。

 船室に、ギィギィと軋む音だけが、静かに鳴り響き続けていた。

 ローズからすれば、もう見慣れた姉の姿ではあるものの、横でハァハァと息を吐き続けられても、ただ鬱陶しいだけである。


「だ、だが……」

「あの人は、“誰か”と違い、どちらにもちゃんと配慮してくれてるし、大丈夫だと思うよ」

「ローズ――」


 “誰か”とは、ローズとレオノーラの共通する父の事である。

 ローズの母親は、立場的には妾――父のちょっとした気の迷いから、ローズが()()()しまい、成り行きでそうなった。

 その父親は己の体裁と、レオノーラの母の顔色を窺うがあまり。ただ相応の地位と住む場所を与えた以外、これと言った何のフォローもしないでいた。

 そのため、母親は己を殺して生活する事を余儀なくされ、結果、母子共に肩身の狭い思いをする事となったのだ。


「――お姉ちゃんが居なかったら、今頃はどこかのボンボンの家へ厄介払いされてたかもね」

「……そのように、自分を卑下するものではない。

 例え母が違えど、お前は私の大事な妹に変わりないのだからな」

「うん……ありがと……。

 でも、お姉ちゃんは将来的にどうするつもりなの?」

「どうするって……それはその、ベルグ殿と、とと、共にだな!」

「……訓練場は?」

「あ゛っ……!?」


 レオノーラはここで初めて、己が“教官”である事を理解した。

 シェイラが“生徒”から“冒険者”になっても、レオノーラは“教官”であり続ける――。

 すぐに次の“生徒”を迎えるため、彼女はコッパーの訓練場に残り続けなければならない。

 つまり、“教官”にとっての生徒の卒業はゴールではない。

 己の意志で役目に区切りをつけぬ限り、それはずっと続くのだ。


「そ、そうだった……」

「やっぱり、今その時しか考えてなかったんだ……。

 まぁでも、一緒に行ってもいいんじゃない?」

「だが、訓練場はどうするのだ?」

「私がいるじゃない?

 剣術指導は流石に呼ばなきゃならないけど、暇なのはウチにいくらでもいるでしょ?」

「んんっ? お前は訓練場を去るのではないのか?」

「何で?」

「……カートと一緒に行くのでは?」


 予想もしていなかった方向からの、トンチンカンな発言に、ローズは思わず椅子からズリ落ちてしまった。


「いい、いきなり何ワケの分からない事言うのッ!? アホなの!?」

「あ、姉に向かってアホとはなんだ、アホとはっ!!」

「だってアタシが、あっあんなのとなんてあるワケないじゃない!」

「そうなのか? 私はてっきり、お前は――」

「ワーッ!ワーッ!? もうやめやめっ、また寝たいから、お姉ちゃんは旦那サマとイチャイチャでもしてきて!」


 姉に関してはアレコレ口を出すものの、自分の事になると口を噤んでしまう。

 ベルグは “姉”の頭皮マッサージに身を委ねてリラックスモードに入っており、ローズに追い出されてしまったレオノーラは『それが出来ないから……』と、扉の前で唇を尖らせるしかなかった。



 ◆ ◆ ◆



 ベルグたちが、優雅な船の旅を満喫していた一方で――。

 かつて、シェイラ家族が治めていた【ルガリーの村】では、大量の死体が転がっていた。


「ふん。烏合の衆とは言うが、()にも程遠い――」


 死体の山に片足をかけた黒毛の獣人――《ワーウルフ》がそう呟いた。

 身体中を鮮やかな赤色で染め上げたその身体は、肩で風を切りながら獲物を探す。その目は鋭く、辺りに満ちる血の中から獲物を探す様は、まさに獣だった。

 しかし、剣と剣が打ち合う音が減り、残るのは地に附せながら、うめき声をあげる者ばかり。いたとしても、もはや命乞いをする者しか残っていない。

 獣人の手は、慈悲ではなく“罰”を与える。


「この程度で手を焼くとは――やはり、アイツの“断罪”は手ぬるい」


 小さく短いうめき声をあげ、こと切れた“ワルツ”の残党を見下ろしながらそう呟いたのは、元・“断罪者”――《ワーウルフ》の長、ベルグの父親であった。

 恐怖を抑止力に、獣の性分だと言わんばかりの殺し方をする事が多い。ベルグには、父親のそのような古臭いやり方が気に食わず、その方向性の相違から、父子は会うたびに衝突(喧嘩)している。


 四散した“ワルツ”の残党は、最後の砦となるこの村に、肩を寄せ合って暮らしていた。

 悪党の最後の()()()や、意地を見せようと、時期を窺っていたわけではない。“スキナー一家”どころか、エルフの組織までも残党狩りに乗り出したせいであった。

 かつて、シェイラが味わったような、夜道すらも出歩けぬ暮らしに耐えかねたのだ。


 獣人の長は、死体を積み重ねた即席の玉座に腰かけ、村にあった安物のエール酒をあおった。


 物言わぬ残党たちは、静かに肩を寄せ合っている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ