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3.ローブを着た男

 グラウンドに出てから一刻――。

 “新入生”の殆どは、木剣を握る教官・ケヴィンに畏怖していた。


「そんなので、冒険者になれると思ってんのかァ?」


 黄色い砂利の上、ケヴィンの足下には、“指導”を受けた若者が呻き声をあげ、(うずくま)っている。

 当然ながら、これまで剣なぞ振ったことのない。……にも関わらず、元・冒険者であったケヴィンと手合せをさせられ、顔や腹を殴打され、膝をついてからもなお足蹴にされ――これでもかと言うほど、さんざんに痛めつけられた。

 そして、血反吐を吐く“新入り”を見ても、制止の声をあげる者は誰一人とていない――。

 これが、訓練場の“入学生”が激減した原因である。

 “指導”の意味をはき違えた教官は、ずぶの素人をただ己の感情のまま痛めつけ、多くの夢を踏みにじってきた。

 周囲の者たちは恐怖に目を伏せ、当人は権力を笠にやりたい放題……彼にとって、ここははまさに天国のような職場であろう。

 このような決して許されざる、不遜な行いを許し続けてきた結果、この訓練場は――


『無知が集う訓練場』

『格安で入る事が出来るだけ』

『他では受け入れられない問題児でも来られる』


 ……と、今や良い噂が何一つない、斜陽の日を迎えた訓練場と化した。

 今ここにいるのは、特別な事情を持つ者以外、全員無知なる者ばかりである。

 反発してくる者は少なからずいたが、そのような者には当然、認定証が与えられない。

 そのため、目を付けられた訓練生は、ただ耐えるか・去るかの選択しか残されておらず、“犠牲者”となった者は、ただ泣き寝入りする他なかった。


『国は助けてくれないのか――?』


 と、“被害者”は救いを求める。

 事実、既に国の機関による“監査”が入っていなければならない事態なのだ。


 ……しかし、国の機関は各地で起っている“異常現象”の調査に謀殺されているため、小さな町の訴えなどには、全く耳を貸せない状態だった。

 ケヴィンはそれを知ってか知らずか、国の指導が来ぬ事を“許されている”と勝手に解釈し、日に日に悪行をエスカレートさせて行ったのだ。

 誰もが、もう神の救いもないのか――と思っていた所に、あまりに看過できぬ行いを見かねた何者かが、ある“存在”に訴えを出したのである。


「――せんせぇー、俺と勝負してくださいよ」

「あァ? 何だチャラいの。いい度胸してんじゃねぇか」

「へへっ、俺ぁ早く“冒険者”とやらになりたいんスよ」


 罵声を浴びせ続ける教官に対し、“六番”の番号札が付けた黒髪の男が口を出した。

 耳に己の尾を噛む蛇のピアスを付け、黒い髪を肩まで伸ばした、今どきの若者のようだ。

 顔を緩めてヘラヘラと笑っているが、その黒い瞳は深い闇を覗かせている。

 ケヴィンには、その特徴的なピアスに見覚えがあった。

 裏の世界では一、二を争う“スキナー一家”のシンボルである、と。

 ジャリッ……と音を立て歩み寄る男から、禍々しい“殺気”が放たれているのを感じ、ケヴィンは顔を引きつらせた。


「へっ……きょ、今日は俺が出る幕じゃねェ」


 勝てぬ相手とは戦わない――。遥か昔に“冒険者”の肩書きを捨てたが、己に都合よく“冒険者の鉄則”を持ち出し、誰にも悟られぬよう平素を装いながら“戦争”を避けた。

 周囲の者たちには“殺気”が感じられていたが、それを見ていたベルグの鼻には、


(血の臭いが混じっている――)


 と、長髪の男の身体に、血の臭いが染みついているのを感じ取っていた。

 それは、喧嘩でついた血気盛んな赤い血ではない。闇の中で浴びた、恨みや絶望のどす黒い血の臭い、とすぐに察知していた。


(――こいつか?)


 ベルグがコッパーの訓練場に来た理由は、大きく分けて二つある。

 一つは“冒険者”となる事。もう一つは、ここに巣食う悪を処罰する事――であった。

 しかし、ベルグには『あまり人の話を聞かない』と言う悪い癖があり、ろくに話を聞かないまま里を出て来てしまったため、誰がターゲットなのか分かっていない。

 前にいる大ボクロの男も、後で処罰する“愚か者”にしか見えていないのだった。


「よ、よしじゃあ、今日の所は終わりだ。初日から飛ばしてもダメだからな」


 初日で脱落者を出してやろう。

 そう意気込んでいたケヴィンの口からは、異例の言葉が発せられていた。


 ・

 ・

 ・


 その翌朝、その長髪の男はすぐさま一目置かれる存在となっていた。

 男が近づけば誰もが道を譲る、食事時など『財布を部屋に置いて来た』と言えば、近くの者が代わりに支払うなどと、無意識下に主従関係が出来ている。

 いくら雑魚であっても、多勢に無勢では勝ち目はない。昨日、思わぬ失態を見せたケヴィンは、このような“組織”が形成されることを良く思わなかった。

 どうにかして思い知らせてやらねばならない、と考えていると、ふとある案が浮かび上がった。


「――よォしッ、今日は良いと言うまで互いに打ち合えッ! 六番のお前は、そこの九番とだ!」


 それは、昨日潰すつもりであったベルグと、その男を戦わせる事である。

 互いにヘロヘロになるまで戦わせ、最後はケヴィン本人がトドメを刺す――無い頭で考えた方法が、鳥と貝の両方得る作戦であった。

 それに、“六番”の長髪の男は不服そうな顔をしながら木剣を手に取ったが、“九番”のベルグは突っ立ったままだ。


(暑くてたまらん……この格好、間違ったな)


 話を殆ど聞いていない。自分の番号を把握しておらず、『誰かが戦う』としか思っていなかった。

 それよりも、ここ数日の暑さで、ローブや覆面の下が蒸れて堪らないようだ。

 ぼけっと突っ立って、パタパタと布袋やローブの中に風を送り込んでいるベルグに、長髪の男は怪訝な目を向けた。


「おい、何してんだアンタ」

「ん? 俺か?」

「そうだよ、アンタと戦えってよ。あのオッサン、イラついてっぞ」

「そうか。俺はあんな男の言葉に従うつもりはない」

「へへ、それは俺だってそうさ。だがよ、やらなきゃうるせェぞ」

「ふむ。だが、戦うのに必要な物がないのだ。今回は諦めて、他を当たってくれ」

「必要な物?」

「ああ。それが無ければ俺は戦えん」


 ベルグの言葉は何一つ間違えていない。

 あるルールの下でなければ、ベルグは戦えないのだった。

 訓練場に来て戦えない――それに、長髪の男は思わず吹き出してしまう。


「おもしれェ逃げ口上だな。

 だがよ、そんなんで見逃してやれるほど、俺は甘かねェぜ」

「そうは言われてもな」

「さっさと剣を持てよッ、丸腰のままブチのめしてやんぞッ?」


 段々イラついてきた長髪の男を尻目に、グラウンドの入口からベルグを呼ぶ大きな女の声が響いた。


「おーい、そこの覆面のアンタァーッ!

 すぐに渡して欲しいって、荷物が届いてるよー!」


 高くよく通る声の主は、宿屋の女将だった。


「む、ようやく届いたようだ――」


 女将は小包大の木箱をベルグに渡すと、頑張るんだよと声をかけ、宿屋に帰って行った。

 木箱には『ブフッ』と書かれており、木が割れる音を響かせながら開かれたそこには――


「なんだぁ? 天秤かそれ?」

「うむ。うっかり置いて来てしまってな」


 金色に輝く天秤に、金貨より大き目のメダルが三枚――そこには、手紙も入っている。

 金で出来ているであろうそれに、長髪の男は目を奪われ、唇を一舐めした。


「それで戦うってのか?」

「ああ」

「へ、へへっ、おもしれぇなアンタ。なぁ、俺が勝ったらそれくれよ」

「やらん」

「じゃあ、力づくで頂くとするよっ!」


 逆袈裟斬りに振られた木剣が、ブンと音を立てた。

 その太刀筋は鋭く、早い。

 教官のケヴィンも、それに目を(みは)り、本気を出しても避けられなかったであろうと感じている。

 だが、それをベルグは容易く避け、ブツッっと長髪の男の上着のボタンを引きちぎった。


「て、てめぇっ……」


 反撃できたのに、それをしない――挑発行為だと捉え、頭に血が上らせた長髪の男は、木剣を捨て短刀を引抜いた。

 ギロリと睨みつける目には殺気が込められ、ベルグ以外の者は全員、心臓が食い潰されるような錯覚に陥ってしまう。

 教官のケヴィンは止める気もない。ただ茫然と顛末を見守り、己に矛先が向かないよう天に祈るだけである。


「お前、名は?」

「ああ?」

「名前だよ、名前」

「カート、〔カート・スキナー〕だ」


 殺気を込めて語られた男の名に、“訓練生”たちが震えあがった。

 その名を聞いたケヴィンも、唖然と口を半開きにした間抜け面のまま、固まってしまう。

 スキナー――その男は“スキナー一家”の関係者ではなく、身内そのものだったからである。


「では、カート・スキナー。汝の罪をここに示せ――」

「――あ?」


 ベルグは引きちぎったボタンを、手にした天秤の右の皿に乗せた。

 反対側の左の皿にはメダルを一枚乗せると、天秤はボタンの方に傾いている。


「金の罪――重い」


 次にもう一枚のメダルを乗せた。


「人の罪――やや重い」


 天秤はややメダルの方に向いたものの、未だボタンの方に傾いている。


「魂の罪――問題なし」


 最後のメダルは重いのか、天秤はメダルの方に傾いた。

 左右均衡、若干ながらメダルの方に傾いているようだ。


「……うむ? 思っていたような悪人ではない……別人か?」

「な、何言ってんだてめぇッ!」

「優先事項を間違ったか? まぁいい、罪人は罪人だ――」


 その言葉に、カートは死よりも恐ろしい何かを感じ、それを振り払うかのようにブンッと短刀を右下から逆袈裟に斬り上げた。

 目にも留まらぬ早い太刀筋であったが、ベルグは身を僅かに身を反らすだけで、それを躱す。

 カート刃は、ベルグのローブを引き裂いただけであった。


「なっ……!?」


 ローブの下は、まさに()()だった――。

 そこから覗く、獣のような灰色の毛にカートは目を見開いている。

 その時ふと、チンピラが話していた言葉が頭をよぎった。


【この世には、罪を裁く獣神の遣いが存在している。

 それが持つ“天秤”にかけられた者は、何があっても“裁き”から逃れる事ができない。

 どうしてか? それは、人は必ず何かしらの罪を犯しているからだ。

 そんな悪魔のような恐ろしい“存在”の名は――】


「断罪者――」


 思わず口に出した、目の前の獣人――。

 赤い眼の《ワーウルフ》が拳を高くかかげ、獣の唸りをあげながら飛びかかって来た。

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