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3.女の社交場

 部屋の中は明かりの魔法が効かない場所なのか、ぼんやりとした燭台の明かりだけが頼りとなっている。

 暗闇の中で男がボソボソと呟いていたり、じっと誰かに見られているような気配すらも感じられていた。


(な、何ここ……?)


 ようやく人が壁にもたれ掛る者、床でイビキをかいて眠っている者……闇の中で蠢くそれは、真横にあって初めて気づくほど暗く、その度にシェイラは小さく悲鳴をあげてしまう。

 そして、暗闇の中でひしめくケダモノ達は、その弱々しい小動物の“鳴き声”を聞き逃さない。

 気配を頼りに、その残り香を、その闇に混じる肉体を目や鼻で追うのだった。


「――シェイラ、あまり離れるな」

「う、うん……」

「タダでは手を出して来ないのでご安心を。そんな事したら、う、ふふふ……」

「て、テアさん怖いです……」

「なぁ、帰りはそこの賭場でちょっと遊んで行こうぜ」


 奥はカジノとなっており、先ほどまでとは打って変わり『ここは本当に迷宮の中か?』誰もがと疑問に思うほど、ザワザワとした喧騒に包まれる場所となっていた。

 だが、それは表向きの顔――ホール内はきわどい恰好をしたホステス達があちこちを歩いており、言い寄ってくる男から、|色香の対価<<チップ>>を得ている。

 それを見たシェイラやレオノーラは、ようやくここが『そのような場所でもある』ことを知ったのだ。

 薄暗さで誤魔化せているが、二人の顔は真っ赤で、レオノーラに関しては倒れそうなほど刺激が強い。


「……えぇっと、どこかに……」


 テアはそこの出であり、二人のような反応はしていない。

 ホールを自由に歩けるのは一部のみであり、不人気な者や新米などは、ずっと壁際で待機している。

 厳しい戒律を持つはずのエルフの目は、いわゆる“壁の花”と呼ばれるホステスを品評し、俯いている一人のそれに近づいてゆく。

 まだここに来て間のなさそうなホステスに目をつけたテアは、何のためらいもなく“女”に短いスカート中に手を滑り込ませ始めた。


「ちょ、ちょっとテアさん!?」


 まだ幼さの残る目をぎゅっと瞑り、下着の中でモゾモゾと動くそれに耐えている。

 一瞬の間を置いて、女は思い出したように、そそくさと奥へと消えて行った。


「な、何てことをするんだッ! いくらなんでも、あれでは――」


 “女”をぞんざいに扱うテアの姿に、レオノーラはテアの行動に抗議の声をあげた。


「あれでいいのですよ。ここでは、“我々”以外は“物”ですから――」

「あ、戻ってきましたっ」

「じゃ、行きましょうか」


 頬を僅かに色づかせたホステスは、再び物言わぬ“壁の花”へと戻る。

 何事も無かったかのように振舞うその姿に、レオノーラはおろかベルグやカートでさえも、その異様さに唖然としていた。


 ・

 ・

 ・


 店の奥は、何やらドレッサーのような場所であった。ぼんやりと燭台に照らし出された空間には、色とりどりのドレスが並べられている。

 その灯りの中で、耳の尖った女が一人佇んでいるのが分かった。ドレスのチェックを行っているようだ。

 来訪者には気づいているものの、横目で一瞥しただけであった。


「――相変わらず愛想のない方で」

「普通に呼びなさいよ普通に……今時、“下の手”で呼ぶのって、アンタぐらいしか居ないわよ」

「すみませんね、なにぶん()()なので。でも、手順は教えるはずですよ――。

 中々柔らかく可愛い子でしたし、“春の雨”は良いのを与えてやってくださいな」

「ま、アンタがそう言うならね。で、珍しく大所帯だけど、その二人も“ワケあり”なの?」


 シェイラとレオノーラを見るそれは、ただの女のそれではない。

 商品を見定める“商人”の目に、レオノーラですら冷たい汗を背に感じている。


「違いますよ。何でもかんでも“商品”にしないでください」

「あら? 我が娘の紹介なら、たくさん“色”つけてあげたのに」


 その女はテアの母であり、この“社交場”の女たちの母でもあった。

 普通では会えないのだが、先ほど“壁の花”のスタートの中に手を潜り込ませたのは、下に手――“仕立て”と、『仕立て屋に繋げ』の意味なのである。

 物言わぬ“壁の花”は壁に根を張る。入ったばかりの“(レディ)”はまず、見習いや下働きとして役()を負うのだ。


「やっぱり、あの女たちは“ウォッチャー”か――」

「ちゃんと真面目な“お仕事”もしていますよ、ふふ」


 カートは、このエルフの母娘の会話を全て理解していた。

 春の雨は花散らしを意味し、ワケありは借金などの問題を抱えた事。

 色を付けるは、男を優先的に回し、借金など返済を早めさせる事であった。

 ベルグもそれとなく知っているが、そんな世界を一切知らないシェイラとレオノーラにとっては、ちんぷんかんぷんな話で、全く理解していない。


「え、え?」

「女は目で男を殺す、と言うことだ」


 ベルグはどこか訝しむような目を向けながら呟いた。


「ふふ……で、珍しいお客様ですが、何かお求めですか?」

「何でも、あのスロネットが“ハサミ”探してるようで。

 うちの店に長期滞在の女ばっかで渋いですし、少し協力をお願いしたくてですね」

「あー……そう言えば、あの男が来てたわね。

 スロネットが“ハサミ”か……クソッタレが作ったハサミとかじゃないのでしょう?」


 テアの母の目は、チラりとベルグに向けた。

 その“断罪者”を見る目は艶めかしく、興味で満ちている。


「うむ、違うと言っていた」

「く、くそったれって、何のこと……?」


 エルフがこのように表現するのは、大抵ドワーフの事である。

 ここは“欲と金”が全ての場なため、遊ぶ金欲しさに売買を持ちかけてくる者が多い。

 身分も何もない、“自由な場”であるのを良い事に、何人かのドワーフは、勝手に預かり屋や研ぎ屋などを開き、足を踏み入れた冒険者の武器防具を強引に剥ぎにくるのだと言う。

 少し考える素振りを見せたテアの母親は、一つ頷いた。


「なら、スロネットの探しているそれは、地下水路の【防腐の安置所】にあるそれでしょう」

「ふむ……」

「な、名前からして凄い不安なんだけど……」

「ゾンビパラダイスになってない事を祈るしかねェな」


 カートのその言葉に、レオノーラは全身の血の気が引いて行くのを感じていた。


「……い、行かなきゃならない、のか?」


 《ゾンビ》と言った類のモンスターは、一体、二体程度であれば問題ない。

 だが、安置所と言うからにはやはりそれ相応の数がおり、それこそ言葉通りの、“パラダイス”となっている可能性が高いのだ。


「虎の穴に入らなければ、虎の子を得られませんからね。

 その入口の壁にくぼみがありますので、こちらのレリーフをはめ込んで下さい」

「む――うむ。分かった」

「――ですが、これだけは警告しておきます。【絶対に無理はしない】で下さい。

 無理だと感じたら、すぐさまそこからの撤退を。退くこともまた勇ですし」


 そこは魔法封じの結界までも張り巡らされているので、何かあっても救援を送る事も叶わない場所であるらしい。開放したままには出来ないため、『絶対に全滅する事だけは避けて』と言う。

 ベルグは、“ハンマー”が刻まれたレリーフを眺めながら『なるほど……』と、呟いた。


「魔法が使えないとなると、私の出番がないので……宿屋でお留守番になりますね、はい。

 いくら物理で殴る方が楽とは言え、非力なエルフの腕力では限界がありますから」

「仕方あるまい。レオノーラも共に控えておいてくれ」

「は、はいッ。御心のままに!」


 思わぬ言葉に、レオノーラの声が弾む。

 行かずに済むこともあるのだが、それよりも事情を汲んでくれたことが何よりも嬉しかった。

 ベルグは、彼女が浮かぬ顔をしていたのもあるが、“万が一”に備えてのつもりであった。

 この母親とテア――エルフの言葉には、どこか眉をひそめる物があると感じている。

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