表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/84

6.解呪(ディスペル)

「ま、町の方に行かなきゃっ……」


 そこならベルグやカートが居る、そう思った時だった。

 シェイラはピタりと足を止め、《グール》と化した元教官を見た。


(もし町の人が襲われたりしたら――?)


 シェイラが町に逃げ込めば、必然的に目の前の《グール》も追いかけて来る。

 町の者は戦闘訓練など受けていない。そんな所に誘導なんてすれば、寝静まった町が悲鳴で溢れる危険さえあった。

 もしそんな事にでもなったら……と思うと、シェイラは震える手をぐっと握り締めた。


(戦うために、私は冒険者になるんだから……!

 だからもう、私は……私はもう逃げたくないっ!)


 自分の都合で、町やそこに住む人を危険に晒したくない。

 その一心で、レオノーラが整理したばかりの用具室に駆けた。

 そこには訓練で使う武器がある。ロングソードやショートソードなどを模した木剣、これを使って訓練生たちは明日を夢見た。

 今《グール》となっているケヴィンは、その多くの夢や希望を踏みにじって来たのだと思うと、彼女の胸に言い表しようのない怒りがこみ上げ、同時に頭の中にある“言葉”がよぎる。


 ――罰すべき者


 シェイラのその貧弱な身体に、どこか力が湧きだつのが感じられた。

 木剣などは扱ってきたが、アンデッドでもある《グール》に対しては弱く脆い。

 ショートレンジの武器でもあるため、非力であるシェイラが扱えば逆に危険だ。

 彼女はそう判断し、長柄の武器――小さな旗がついた飾り槍を握った。


「もう、逃げも隠れもしないんだから……っ!」


 槍の訓練は受けた事ないのにもかかわらず、手にしっくりと来ている。

 だが構えは出来ていない。威勢に反して、及び腰で廊下に引き返した。


「う、うぅ……」


 やはり、怖い物は怖い――先ほどまでの威勢はどこに行ったのか、再び訓練場の中に入った痕跡を見て、現実味を帯びた“実戦”に脚を震わせている。

 シェイラは自慢ではないが、模擬戦において一度も勝った事が無い。

 気が弱さと甘さから、どこかで相手を攻撃する事に躊躇いが生じ、そこに隙が生まれてしまうのだ。

 だが、今回は相手を攻撃する理由もちゃんとそこにある。短槍の柄をぐっと握り締め神経を集中させた。

 これまで逃げ回っていた廊下――その先に、呻き声をあげながら近づいて来る“元教官”の姿を確認し、彼女も駆けた。


「やぁっ!」


 先手必勝と言わんばかりに、かたも何もないまま、ただ槍を突き入れる。

 しかし、血肉に飢えた《グール》は、それを避ける事もしなかった。

 ブスリ、ブスリと胸部に穂先を突き入れられても、足を踏み込み、自ら深く埋没させながらシェイラに近づいて来る。

 突き刺されたりすれば、何かしら大仰なアクションがあると思い込んでいたシェイラには、それがとてつもなく恐ろしかった。


 実際、《グール》に対し、殆どダメージがいっていない。

 槍の訓練なぞ受けたことがないシェイラには、足腰の踏み込みが全く足りておらず、その細い腕の力だけで刺している。そのため、本人は穂先を深く突き入れたつもりであるものの、実際は半分すらも刺さっていないのだった。

 《グール》を筆頭に、不死族《アンデッド》にも“痛み”と言うのはあるものの、興奮剤を使ったかのように、その表層の神経・痛覚は鈍い。そのため、痛みらしい痛みを感じないのだ。


「くっ、やっ、やぁッ!」


 何度も刺して抜き、刺しては抜く――もはや、相手との距離を保つだけの攻撃だった。

 それも、じわり……じわり……と距離が詰まってゆく。

 何の手ごたえがないことに、焦りを覚え、不安と恐怖がシェイラの顔に浮かんだ。

 それを見た《グール》は、生前の不快感を覚えた笑みを浮かべた気がした。


 ブン――と横薙ぎに振られた《グール》の腕を、上半身を反らして躱す。

 また振られた腕を、身をかがめて躱す。その勢いで前によろけると、彼女は脇を抜けて位置を入れ替える――。

 シェイラはこれまで勝った事もないが、攻撃を何度も受けて負けた事も無い。

 身を躱す事、身を守る事に関しては、引けを取らぬほど上手いのだ。

 ただ、最終的に疲れなどから、クリーンヒットを貰って負ける――これが定番だった。

 今回もそうなりそうであったが、咄嗟に《グール》の攻撃を槍で薙いで返した時、偶然にも槍の穂先がその肉を裂いた。


「ガァッ――」


 避けようと足腰に力を入れたためか、その威力は上がっていた。

 《グール》の腕は大きく裂け、そこから骨が覗いているのを見たシェイラは、


(槍って突くだけじゃないんだ……)


 と、初めて槍の扱い方に気がついた。

 思わぬ一撃に、ケヴィンは大きく仰け反ったものの、その足は緩まない。

 呻き声をあげる口元が、醜く緩んでいるのが分かった。

 その醜く崩れた顔は苦悶か、それとも獲物に対しての笑みか――どちらにせよ、シェイラには不快である。

 舐めまわすような目、『握り方、振り方はこうだ』と言って手の甲や腰をいやらしく撫でる――思い返せば、ケヴィンからは不快感しか教わっていないと、シェイラは忌々し気に|《ケヴィン》を睨んだ。


「教官には感謝しています――ですが」


 ケヴィンは飛びかかる様に、両手をあげて襲いかかって来た。


「あなたから教わった事は、何一つありません!」


 無意識の内に、足腰を入れている。

 飛びかかろうとして来た勢いもあり、それは胸部に深く突き刺さっていた。


「グ……アァ……」

「やぁぁぁぁッ――!!」


 ぐっと足を踏ん張り、駆ける――。

 一瞬で終わらせるべきだ、と前に踏み込んだ勢いで、近くの部屋の扉にドンッと叩きつけた。

 その勢いで、槍がより深く突き刺さり、シェイラの手から首筋に嫌な感触が走る。


 その時、研究室にて音楽を聴いていたローズは、初めて外の異変に気付いた。

 シェイラが押し付けた場所――そこは、ローズがサボっている研究室だったのである。


「ですが教官。私は最後の最後に一つだけ、大事な事を教わりました」


 もし夜の町に出て、もしここケヴィンに襲われていなければ――。

 シェイラはそれに気づくことがなく、ずっと受け身のままであっただろう。

 槍を握る手に力が込められ、その言葉を発しようとした時、


「な、何!? はッ!?」

「ろ、ローズさ……ん!?」

「何を……って、これ《グール》じゃないの!?」


 反対側の扉から女・ローズは驚いた顔でシェイラと《グール》を見ていた。

 ズンズンと重圧な音が漏れ出ている部屋から、ローズは慌てて腰から液体が入った瓶を引抜く。


「よしっ、アタシに任せない!」

「あ、まっ待ってください」

「へ?」


 シェイラは、聖水をかけようとするローズを制した。

 槍に突き立てられ、身動きが取れなくなった《グール》に目を落としたシェイラは、


「言い損ねましたが、ケヴィン教官。あなたがこれまでして来た事は許せません。

 ですが……私は最後に大事な事、“敵から逃げないこと”を教わりました。

 だから……誰も許さなくても、私は……教官を許します……」


 シェイラは聖水を頼もうとした直後であった――。

 朽ちた《グール》の身体から、シュウシュウと白い煙が生じ始めていた。


「ア……アァァッ……」


 その失われた目、光の無い瞳から涙がこぼれたように見えた。

 体内から生じる煙と、淡い光――それを見たローズは


「もしかしてこれ……|解呪<<ディスペル》!?」


 と思わず叫んだ。

 その言葉が言い終わらない内に、ケヴィンのその身は焼け、灰と化した――。

 許さない、と死してもなお恨む者が多すぎたことが、そもそもの原因なのだ。

 その呪われた言葉が恨みの鎖となる……シェイラは“許す”事で、その身に絡み付く呪縛から解放したのだった。


「あ、ああ、あんた何でっ、何で|解呪<<ディスペル》なんて使えんのよ!?」

「ふぇっ!? な、何がですか?」


 シェイラは、驚きに打たれたローズの言葉が理解していない。

 そもそも、シェイラには何をしたか理解しておらず、《グール》が死んだから消滅したとしか思っていなかったのだ。

 |解呪<<ディスペル》なんて言葉すら初めてのシェイラは、ただ戸惑うばかりで目をパチパチをさせるだけであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ