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3.適材適所

「こ、ここっ婚約!? スリーラインとここんっ!?」

「しぇ、シェイラちゃん、落ち着いてっ!?」


 新たにやって来た教官とベルグが婚約していた――。

 シェイラにとってこれは、まさに寝耳に水のことであっただろう。

 しかし、当のベルグは首を傾げ、うっかり口走ってしまったレオノーラは、ただあわあわと目を回し慌てふためき、それ以上の説明が出来ないでいる。


「おい、犬っころ。マジなのか?」

「レオノーラと婚約している、と言うのは初耳だ。それどころか、今日が初対面だ」

「ままま、まだ正式じゃなくてですね、その、あの――」


 レオノーラはどうにか説明しようとしているが、上手く言葉が出て来ないようだ。

 しどろもどろになっている姉を見かね、妹・ローズが助け舟にと口を開いた。


「――お姉ちゃんと勝負して、お姉ちゃんより強かったら結婚なんです。

 確か……ご家族の方は『手紙で伝えている』と、言ってましたが」

「手紙? おおっ、あの読めなかった部分の事か! なら親父が話を進めていたのだな」


 ベルグは手を叩き、『なるほど』と一つ頷いた。

 あまり驚いた様子を見せないのは、妻を娶る事に拒否する理由がないからである。

 獣人にとっての“嫁”……すなわち“メス”は、子孫を残すだけの存在であることが多い。

 強い子を産むのが“メス”の誉れだと考えられているため、親同士が勝手に決め、送り込んでくる事があるのだ。

 《ワーウルフ》も例外ではなかったが、“断罪者(ベルグ)”が妻を(めと)る事は、それとは別の、大きな意味を持っていた。


「――要は、“守護者”の事だろう?」

「しゅ、守護者……?」

「うむ。カートの時も言ったが、“断罪者”は“天秤”なくして戦えない。

 “守護者”は、それをフォローする役目にあたるのだ」


 相手の“罪”を“天秤”で量り、その重さを見た上で“罰”を与えるかどうか決める。

 “断罪”の力は絶対的である反面……天秤による“裁量”以外での攻撃を、一切禁じる“制約”が課せられているのである。

 もし仮に、相手から刃を向けられたとしても、罪を決定するまで反撃することが許されない。

 なので、その身を守る手段として、“断罪者”の剣と盾になる者――常に傍に立つ伴侶を、“守護者”としていた。

 常に危険と隣り合わせのため、相応の実力者でなければ、妻には選べないのだ。


「はい、私がその……あ、貴方のつ……妻、“守護者”に選ばれたのです」

「うむ。腕は確かであるようであるし、背中を任せられそうだ……歓迎しよう」

「は、はいっ。その申し出をつっ、謹んで――」

「お姉ちゃん、まだだって……」


 あっさりと承諾したベルグに、誰もが驚きの目を向けた。

 しかし、当人同士の決定であるため、これに異を唱える者はないだろう。

 ただ一人、“姉”のように面倒を見てきた者――シェイラを除いては。


「だめッ! 絶対にだめぇーーッ!」

「しぇ、シェイラちゃん!?」

「ベルグはまだ卒業もしてないし、頼りないし、まだ子供なんだから、そう言うのを簡単に決めたらダメなのっ!」

「……最初はまだしも、後ろ二つはお前が言えたモノじゃねェぞ?」

「うっ、で、でも……」


 頼りなさと子供っぽさに関しては、シェイラの方が上だ――と、カートは言う。

 いくら幼い頃から友達で、“姉”のように接していたとは言えど、最近再会したばかりなのだ。

 そんな立場の者が、いきなり保護者面して意を唱えた事を(いさ)めた。


「ま、シェイラの言う事も確かだぜ?

 男なら、しようと思えばいつでも結婚できんだし、慌ててしなくても――」


 ローズは無言で、ギロリと睨みつける。

 その目は、『これ以上余計な事言うと、アンタの実家に兵隊送り込むわよ』と語っており、カートは思わず口を噤んでしまう。

 シェイラと言い、ローズと言い、ここに来てからと言うもの、カートのうだつが上がらない。


「私の母は人間である。人間と結ばれることは、当時では異例であった。

 その人間と《ワーウルフ》の間にできた“愛”によって、私が産まれたのだ」

「は、はい」

「だが、これを機に、人と結ばれる“選択の自由”が生まれた。

 いわば、“獣人”に“愛”を与えた母から、俺――“自由人”が産まれたわけだ」

「……何を言ってるんだお前は」

「ん、んん?」


 ベルグはしたり顔でわふわふと笑い、意味を知ったカートとローズは呆れた顔をしていた。

 シェイラは『確かに自由奔放だったけど』と理解しておらず、レオノーラも緊張から頭が回っていない。


「まぁつまり、俺は“自由”を尊重する。“断罪者”には、常に危険と制約がつきまとうものだ。

 ゆえにレオノーラ、俺はここに居る間だけでも、“役目”の首輪を付けさせる事も、自身の“選択”を曲げさせる事もしたくない。そこだけは理解していて欲しい」

「私はバルディア家一の腕でございますッ! 決して遅れを取る事はありません!」

「いや、そうではなく。“守護者”としてでのレオノーラではなく、俺がここに居る間は、レオノーラ本人の“役目”を務めて欲しいのだ」

「は、はいっ!」

「……お姉ちゃん、それつまり『今は“守護者”はいらない』って言われてるんだよ……」

「え……?」

「要はあれでしょ? まず訓練場の教官として、務めを果たせって事でしょ?」

「うむ」


 ベルグはそう言い残すと、呆然と立ち尽くすレオノーラを置いたまま、宿屋の階段を軋ませながら自室へと戻っていった。



 ◆ ◆ ◆



 それからどれくらいの時が経ったのだろうか――。

 奥に用意された“教官”の部屋の中にて、レオノーラは肩をガックリと落とし、ずっとベッドの上でうなだれていた。


「はぁ……」


 もう何度目か分からない、重いため息を吐いた。

 黄昏時の陰に合わせるかのように、次第に表情までも暗くなってゆく。


(――せめて、ハッキリ言って下されば)


 恋愛経験ゼロのレオノーラにとって、これは初めて味わう失恋でもあった。

 己の事はよく分かっており、誰も近づきなくない女であるのは理解しているつもりだ。

 なので、ストレートに『お前はいらない』と、言って貰った方が嬉しかった。

 そうすれば、スッパリと諦められる――下手に期待させられるより、そちらの方がマシだ。


 部屋が闇に飲まれてゆくせいか、彼女の気持ちまでも暗い闇の中に沈んでしまう。

 そんな姉の姿に、妹・ローズは呆れ顔を浮かべながら、ランプに火を灯し始めた。


「今はまだ“守護者”は不要、って言うだけなのに、何で一人で失恋ヒロインしてるの……」


 部屋に備え付けられたランプに火が灯され、赤みを帯びた燈火が二人を照らし出している。

 はぁ……と吐いた妹の溜息に合わせるように、ランプの炎がゆらゆらと揺れた。


「それはつまり、私は……」

「あの人は、結婚に関しては何一つ言及してないじゃん」

「で、でも私はこんな……」


 陰が浮かぶほどのマメだらけの手、日に焼けた腕に目をやった彼女は、我が身を呪った。

 その目にはまるで力が入っておらず、本気で意気消沈している姿に、妹は驚きを隠せなかった。


「確かにお姉ちゃんは、筋肉質で女っぽさも皆無。

 胸もそんなにないし、尻がデカいだけの剛毛女だけど、本人が、結婚はNOと明言してな――」

「私が――何だって?」

「い、今のは言葉の()()と言うやつでして……」

「ちょーっと、よく分からないから分かりやすく説明して欲しいのだが――なッ!」


 目をグワッと見開かれた姉の顔は、迷宮に浮かぶ骸骨幽霊(スクライル)よりも恐ろしく、妹のローズはあわわと震えがった。

 逃げようとした時にはもう遅く、横に飛び出たツインテールが握られてしまってる。


「いだだだだだっ、ご、ごめんなさいっ! 私が言いすぎましたぁッ……!」

「ふんっ、ちょっとスタイルが良いからと言って! ……だが、今のは本当なのだな?」

「う、うー痛い……。期待させるだけさせて、ポイッなんて、相当な罪じゃない」


 頭をさすりながら、ふぅ……と息を吐いた。


「ここは閉鎖寸前だったわけだし、教官としてもしばらくは忙しくなる――。

 落ち着くまでは、ここの教官として責務に集中して欲しいって言ってたのよ。

 お姉ちゃんの単細胞っぷりを知らないから、あんな周りくどく言ったんだろうけど」

「そ、そうか。確かに……ん? お前、今サラっと私を貶さなかったか?」

「あっああでもっ! 結婚の事しか頭にないけど、ちゃんと戦わないとダメだからね?」

「あ……と、当然だろ! 家のしきたりを一秒たりとも忘れた事は無い!」


 絶対に忘れていた――じと目で見つめるも、レオノーラはそれに気づかないフリをして、下手な口笛を吹いて誤魔化している。

 バルディア家には、『強い相手の下に嫁ぐべし』と言う古いしきたりがあった。

 最近では守る者も少ないのだが、愚直なほど真面目なレオノーラは、これに準じて生きてきたのである。


(で、婚期逃しそうだ……と)


 レオノーラは、今年で二十八歳である――。

 今回のベルグとの手合せの結果次第では、最悪のケースも視野に入れなければならない。

 手合せを行うとすれば、訓練が開始される三週間ほど先だろう。その間ずっと、今まで以上に感情の起伏が激しい姉の相手をするのかと思うと、ローズの気が重くてしょうがなかった。


(研究するにも、道具類はまだ届かないし……。

 調査できるような生徒も全然いないし、ホントどうしよう……)


 訓練場に残ったのはカート・シェイラ・ベルグの三人だけである。

 生徒の数がもう少しいれば、各々の適正クラスを調べるだけで時間が潰せるのだが――そのベルグは論外、カートはもう既に決まっているようなものだ。……となれば、実質シェイラ一人しかいない。しかし、シェイラにも適正審査などは必要なかった。


(あの様子じゃ、僧侶(プリースト)しかないのよね……)


 ローズは、一目見ただけで『彼女は後衛・僧侶(プリースト)タイプ』と見抜いていた。

 しかし、これには“魔法”が問題であった。レオノーラは魔法が使えず、ローズは“教えられる”程度であり。

 特に僧侶(プリースト)ともなると、“治療”や“補助”をメインとした、後方を固める役目を担う重要なポジションだ。生半可な知識で“魔法”を教える事は、本人のみならず、パーティー全体を危険に晒してしまう。

 そのため、魔法使い(メイジ)僧侶(プリースト)などの、支援クラスをあまり選びたくないのが実情である。


(うーん。状況判断はできそうなものの――)


 彼女は、手元にあるシェイラの調査資料に目を通し始めた。

 幸か不幸か。多くの訓練場を転々としていたため、彼女に関する資料だけは豊富にあった。

 ローズは研究者(アルケミスト)の目へと変えながら、真剣な表情で資料の一枚一枚、一文字も見落とす事無く、記された内容を追ってゆく。


(シェイラは中衛か後衛向き――。剣の技術もあるし、器用さはありそうね。

 ちょっと厳しいかもだけど、野伏(レンジャー)を目指させるのもアリかも)


 それは、弓に特化した盗賊(シーフ)のような戦闘スタイルで、簡単な錬金術師(アルケミスト)の術も使う事が出来る、高位職(ハイクラス)であった。

 盗賊(シーフ)ならカートも居る。まずは盗賊になり、弓の扱いに長けさせてから、より特化――カートはシーフギルドの長の息子、その知識と経験は、並みの盗賊(シーフ)より高いだろう。

 また、互いに練磨し合う相乗効果も期待できる。


(……あー、やっぱ却下。やめやめ)


 私情を挟むべ内容ではないが、これが切っ掛けで“恋”が芽生える可能性があるかと思うと、非常に腹立たしくなった。

 “姉”ですら鬱陶しいのに、“生徒”まで色ボケされると、鬱陶しくてかなわない。


 ローズは見た目もスタイルも良く、決してモテないわけではない。

 だが、その高慢な性格と飽きっぽさが災いし、交際したとしても何もないまま、三日も持たずに別れてしまうのだ。

※獣人に愛を~ ⇒ Jujinに"i" ⇒ Ji U jin

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