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2.それぞれのクラス

 ベルグとシェイラ――。

 幼き頃のような、“姉”と“弟”の関係に戻るのに、そう時間はかからなかった。


「ねぇ、スリーライン――ちゃーんと説明してくれない?」

「う、うぅむ……きっと、先ほど投げた時だな」

「何で投げるの!!」


 宿屋に戻った早々、ベルグは子供のように叱られていた。

 レオノーラを抱きとめた際、買い物かごを投げ捨てたせいで、中にあった卵や調味料の瓶が割れ、かごの中が大惨事となっていたからだ。

 その傍では『触らぬ神に祟りなし』と、カートは酒を飲むフリをしてだんまりを決め込んでいた。

 ベルグはいきさつを説明し、何とか“姉”から理解してもらえたものの……食材を無駄にした事に関しては許して貰えず、ひたすら怒られ続けるしかなかった。

 良い事をしたのに怒られる。この理不尽さ

を見かね、女将が(たしな)めるように口を開いた。


「まぁまぁ、事情が事情だしさ。シェイラちゃんも、そこまでにしてあげな」

「う、うぅーん……」

「で、その人たちってこの町の人じゃないんだよね?」

「うむ。少なくとも、俺には見た事がない姉妹だった」

「姉妹……となると、新しい職員の人かもしれないね。どんな人達だったんだい?」

「長い金髪の、背の高い女だったな。名はなんだったか……」


 確かレオ――と言いかけた時だった。宿屋の入口に、薄紫のベレー帽を被ったローズが店の中を覗き込んでいた。


「居た! お姉ちゃん居たよっ!」


 陰に隠れて見えないが、ローズの横には、顔を真っ赤にした姉・レオノーラが突っ立っていた。

 しかし、彼女は『そうか……』と言うだけで、その姿を露わそうとしない。

 剣術に関しては百戦錬磨、一部を除くモンスター相手でも恐れ知らずであるのだが、恋愛などの色恋沙汰に関しては、全くの初心(うぶ)なのである。

 “キス”という言葉すら言えぬレオノーラにとって、夫と分かった者に会うのは尋常ならざる覚悟が必要であり、先ほどの一件もあってか、ベルグの前に出るのが恥ずかしくて堪らないのだ。

 これまでの毅然(きぜん)とした姿とは打って変わり、『今日会うのは止めよう。化粧も服も髪も整えてないし……』とブツブツと呟いている。


「いつもしてないじゃない!? それに、このために早く来たんでしょっ!

 泊まれる所はこのボロ宿しかないんだから、さっさと終わらせてよ!」


 ボロ宿と聞いて、女将の耳がピクりと動いた。

 営業スマイルは崩していないが、恐ろしい空気を醸し出す女将に、シェイラの覚えたばかりの営業スマイルは引きつり、カートは壁に目を向けて空になったグラスを口にしている。ベルグは思わず天秤を手に握った。

 宿屋の中は恐ろしい空気に包まれているが、元凶であるローズは気づいていない。


「もうっ、剣でも何でも握って! 早くチェックインしたいんだから!」

「う、うむ……」


 長剣の柄をぐっと握りしめると同時に、長い金髪の女――レオノーラが顔を険しくしながら、宿屋に足を踏み入れた。

 右手に強く握られた長剣はブルブル震えており、見る者が見れば、それは賊か気の触れた者と勘違いされてもおかしくない。


「お、おおお、お初にお目にに――」

「えー……翻訳すると、『お初にお目にかかります。

 この度、コッパーの訓練場に配属される事となったレオノーラ・バルディアと申します。

 士官学校を出たばかりの身あるが故、至らぬ所があるかもしれませんが、

 何卒よろしくお願い申し上げます。――で、ベル』ぶっ!?」

「わぁぁっ、だ、だめっ言うなっ!?」

「んんっー!? んんっー!?」


 女性にしては大きな手で、ローズの小さい顔、口と鼻を抑えたせいで息が出来ていない。

 視点の合わぬ目で、ブルブルと身体を震わせている為、別の意味で顔を赤くしている妹に気づかないでいた。


「レオノーラ、であったか」

「ひゃ、ひゃいっ!?」

「――妹が死ぬぞ?」

「はっ!? すすっ、すまないローズ!?」

「あ゛ぁー……はぁッ……はぁッ……」


 ローズは落ちる寸前であった。

 目を見開き、恥も外見も無く肩で大きく上下させながら、肺に空気を取り込んでいる。


「はぁ……はぁ……と、と言う事でよ、ろしく。

 で、訓練場の宿舎が、使えるようにな、るまで……はぁ、ここで厄介になりたいのですが」

「ええ、部屋はたくさん空いておりますので、こんな“ボロ宿”で良ければいくらでも滞在してくださって構いませんよ。

 なに分、“ボロ宿”ですので、ご満足頂けるか分かりませんが、ええ“ボロ宿”ですので」

「お、女将さん……」

「ん、んん?」


 ローズは訳が分からないと首をかしげ、シェイラは根に持つ女将の新たな一面を知り、早く部屋に帰りたいと思っていた。

 カートは壁に向いて、その姉妹に気づかれないようにしていたが、ローズはそれを見逃さなかった。


「ん? あーら、そこに居らっしゃるのはもしかして、

 “スキナー一家”のお坊ちゃんではございませんか?」

「ぐっ……」

「まぁまぁ、こんな所でお会いするなんて奇遇ですね。

 いつぞやのように先手打とうとなされてたのでしょうか? まぁ、そんな事はあり得ませんよね。

 何せ、我がバルディア家に完全・敗北したんですからねぇ、おほほほっ!」

「ち、畜生……このアマッ……」


 突然のローズの挑発に、カート目には怒りが浮かんでいる。

 噛みしめた奥歯は音が響きそうなほどであり、ビビるシェイラはもちろん、ベルグもきな臭い何かを感じ取っていた。


「うむ? 何か深い因縁がありそうだ」

「因縁なんてものはございませんよ。

 ただ酒場で互いの部下が喧嘩し、三対九で負けた揚句、報復と家に参られました、七人のお客様の首を返したあげただけですので。おほほほほっ!」

「あれは親父がやらかした事だッ! 俺には関係ねェ!」


 拳を握りしめ、机を強く叩いたカートはじっと堪えている。

 それは、思い上がった父親が起こした“家の恥”であり、完全に自分たちに落ち度があったからだ。

 後出しではあるものの『俺が動かせば、ここまで無様な惨敗はしなかった』と考えている。

 勝ち誇ったような高笑いするローズに対し、カートはただ奥歯を噛みしめるしかなかった。


「ローズッ!! いい加減にしろッ!!

 決着のついた話をいつまでも蒸し返すなッ!!」

「う、ごめんなさい……」


 レオノーラは壁を向いたまま、ローズを強い口調で諌めた。

 姉は敗者を侮辱する事を嫌う。その叱責を受けたローズは、力なくうなだれ、()()が悪そうに食堂の床を見ている。


「スキナーのご子息殿、妹が大変失礼をした。この通りだ――」

「――姉妹揃って馬鹿にしてんのか?」


 正面を向けばベルグが視界に入ってしまうため、壁に向かって頭を下げたレオノーラの姿は、失礼極まりないものであった。


「ああ……。この人、今ちょっと事情があって前向けないから……。

 まぁ、訓練開始するまでまだ日があるけど、これからよろしくね。

 ちなみに私は学科とか教える予定だけど――別に必要ないよね?」

「あ、あはは……私、卒業できなさそう……」


 皆と目を合わなさい姉に、高飛車で礼儀知らずな妹――。

 この二人が新たな“教官”だと思うと、シェイラは頭が痛くなりそうだった。

 剣の柄を握る姉の方は威圧感があり、腕は確かでありそうだと思うものの、壁に向かってブツブツと呟くそれは、別の意味で恐怖しかない――。

 シェイラの頭には『諦め』の文字すらよぎってしまう。


「あぁ、そうだ。残った生徒はアンタたち三人みたいだし、

 今の内に“職業(クラス)”を考えておいてね? 訓練と同時に授与やるから」

「クラス授与って確か……卒業時にやるものじゃないんですか?」

「そ、戦士(ファイター)とか魔法使い(メイジ)とかになるあれよ。

 魔法職は却下だから、戦士(ファイター)盗賊(シーフ)野伏(レンジャー)錬金術師(アルケミスト)あたりでどーぞ」

「どんだけ幅狭いんだよ! しかも何で、今やらなきゃならないんだ!」


 カートやシェイラが驚くのは無理もなかった。“クラス”の授与は、シェイラの言葉の通り、卒業日前後の認定証授与の後に行われるものである。

 その認定証を持ち、各職業のギルドを訪れ――そこで各職業の特性を授かって、初めて“冒険者”となれるのだ。


「確かに、クラスの授与は卒業後に行う者だ。

 しかし、噂に聞くところ、君たちにはあまり時間がないのだろう?

 短期間で力をつけるには、最初からそのクラスで訓練を行った方が効率的であると私は考えるのだ」


 レオノーラは壁に向かったまま、そう言った。


「そうすれば、訓練場に通いながらでもギルドの依頼を受けられるようにもなる。

 流石に我々を通した、簡単な物だけになるが、それでも君たちの訓練にはなるだろう」

「ふむ、なるほど。一理あるな。

 だが俺はクラスを選べん――この場合はどうするのだ」

「ははは、はいっ。そ、そのべ、ベルグ殿はそのままで結構でございますっ――」

「う、うむ。なるほど」


 ベルグに対しては敬語のレオノーラに、誰もが首を傾げていた。

 これまでの強い口調、毅然とした態度とは打って変わり、しどろもどろになるレオノーラを見て妹は、はぁ……と深いため息をついた。


「まぁ、ベルグ様には別の意味での職業……と言うか、“役目”があるので」

「ろろっ、ローズ!?」

「む? 役目と言うのは“断罪者”の事か? 今その事を言ったのだが……」

「いえ、もっと別の部分で――むがっ!?」

「ばっ馬鹿! ベルグ様との婚約はまだ正式には決まって――はッ!?」


 その場に居る全員が凍り付き、特にシェイラはその言葉の理解ができずにいた。

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