魔球? ええ、投げれますよ。
この作品に登場する人物名、団体名、学校名は全て架空のものです。作品中の漫画やゲーム、学校、人物名で、「これ、聞き覚えがあるんだが」というものがあっても、やはりそれは架空のものなのです。
故にドラゴンズもカープも、幕田賢治も前田智徳も、ライアーゲームもダンガンロンパも架空の人物、作品だし渋幕もグリーンハイスクールもKNCTも木総も千経も、千葉県民なら間違いなく知ってるような学校名だって架空なんだからねっ!
所は千葉の浦安、季節は春。新たな出会いの花が咲き乱れる4月であった。僕、中西一人は今年開校した私立青田高校への入学を決め、そこで出会うであろう数々の級友達の姿を思い浮かべつつ、校門をくぐるのである。念願の校舎が目の前にどしりと構えている。ああ、我が新しき学舎よ、僕の将来の道標となれ。
「なーに現実逃避してんだよ。志望校にトコトン落ちて、結局戯れで受けた青田に渋々入学することにしたんだったよな。昨日の夜まで僕の青春は終わりを遂げた……とかうわ言のように呟いてた癖に」
「人が現実逃避をしてるときに口を挟まないで。あと、人の心を正確に読まないように」
心のなかは正確に読む癖に空気は読めない彼は長谷川飛雄馬。一応これから始まる物語の主人公(この世界を形成する者とか名乗る人からなんかこう言えと言われている)である。が、何故僕が語り部をやっているかというと、彼があたまが残念で常識という輪から若干逸脱しているからだ。彼に語らせたら小説というモノにはならないと思うね。
「誰に語りかけてるのさ」
だから君は人の心を正確に読まないでくれ。それに僕にも何がなんだか分からないんだ。
「そんな事はいいから、体育館行くよ。無駄話は手続き終わらせてからね」
僕は飛雄馬の問いかけを誤魔化すように足を早めた。
入学式は見処が無かったから省く。彼の父も野球漫画が大好きで(まあ、息子の名前を飛雄馬にするぐらいだから相当のものだろう)、小さい頃から父と一緒に野球漫画を読んできた故だろう。巨人の星はもちろん、侍ジャイアンにドカベン、アストロ球団、新しいものではダイヤのエースにグラゼニまで、ありとあらゆる野球漫画を読み、しかも最近では野球繋がりでクロマティ高校やらはじめの一歩に果てはクラナドにリトルバスターズまで、ちょっとストライクゾーン甘過ぎやしないかというレベルまで読み漁る始末だ。
そんな彼にとって、『浦安』に『青田高校』が建つという事態は漫画の出来事がリアル世界で起こること、まさにそのものなのである。こう考えたならなるほど、興奮せずには居られないだろう。
「しっかし物好きな校長だね、漫画内の学校と同じ名前の学校をおなじ地域に建てるなんて、しかも理事ではなくて校長として、しかも教員として教鞭をとるなんて」
「理事長兼校長兼体育教員兼・・・・・・野球部の監督、か。頑張るね、あの人。八敷校長だっけ。スピーチによると、バカ一代読んで空手を始め、あしたのジョーを読んでボクシングを始め、共に全国大会経験者。ドカベンを読んでさらに柔道と野球を始めて神宮出場しつつ柔道でもオリンピックでメダル一歩手前の成績を残したとか」
「果ては入社した企業でドラえもんを読んで得たアイディアから開発担当のエースとして活躍し、独立して会社経営、僅か100人の会社なのに下請けを上手く活用して年間500億を稼ぎ出し、ついには学生時代からの夢だった学校経営。自分の次の代までには姉妹校を10校まで増やしたいとかね」
自慢話といったらそこまでではあるが、その話はあまりにも清々しく、突拍子もなさがまるで漫画の話かのような、滑稽なくらいに夢の広がる話だったのだ。
「俺、この学校でトンでもないことが出来る。そんな気がする。漫画のように、いや、漫画でもない様なミラクルが起こせる気がする。違う、起こる。確定事項だ。この学校で、空前絶後の大ミラクルが起こるんだ!」
「飛雄馬・・・」
彼の熱く燃える目に僕は、本当に何かをやってくれるんじゃないかという気がしてならなかった。だが、それよりも僕が気になった事が1つ。
「君が四字熟語をちゃんと使えるなんて驚きだ」
無駄話をそこそこに済ませて、高校生活一番最初のホームルームに望む。教卓に立つ(この学校は新設にしては珍しく教卓があるみたいだ)教員、ノーネクタイで短髪の若い男性、彼の名前は川島三郎。熱血そうな雰囲気のある彼も校長によって各県の教育委員会や私立学校を回って探し求めた結果にスカウトされた1人なのである。
「・・・というわけで、今年1年皆宜しくな。でだ、俺の紹介の最後に皆に伝えたい事がある」
ここで川島先生は咳払いをひとつして、若干ざわつきのあった生徒一同に静寂を促す。皆もこの学校の教師陣が只者でないことをりかいしてか、自然に全員の視線が先生に向かい、口を開く者は居なくなった。
「夢にときめけ、明日にきらめけ! by川島三郎」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
なんたる大喝采!白けてると言われている昨今の学生が教師の話でここまで大盛り上がりすることがあるのか。
「川っ島!川っ島!川っ島!川っ島!川っ島!川っ島!川っ島!」
さらには川島コールまで発生し始めた。ここまで一瞬で生徒の人気を獲得する教師も見たことがない。・・・いや、ネタから察するに川島先生もクラスメイトも大概って訳ね。普通の学校なら『は? 何それ』で一蹴されるだろうなあ。
「俺はGTOとかルーキーズとか、学校モノで教師が活躍する漫画大好きでな、気がついたらこうなってたよ」
感心するまでに馬鹿な人だ。人間てのは馬鹿を通り越したら何でもできてしまうのではなかろうか。いやはや、恐ろしい話である。
「因みに俺はサッカー部の顧問だ。野球部じゃなくて残念か? まあ、俺が言うのもなんだがコーチとしての俺の腕は悪くはないぞ。良ければサッカー部に入部してくれ。これで本当に以上。配布物を配って今日は終了だ」
ホームルームが終わって、クラスからは多くの人がでて行った。と言うより、数名が残ったと言った方が正しいだろうか。
この学校には、既存の部活が数件ある。運動部では野球部、サッカー部、バスケ部、テニス部、柔道部、剣道部、文化系では文芸部、演劇部、テーブルゲーム部(教頭の趣味らしい)、以上の九つだ。それ以外に部活を作りたい場合は入学から一週間後にある部活紹介式(来年からは一年生歓迎式に合併される)までに部の提案書を出し、式で申請者による部活の説明演説を行い、その日から一週間以内に申請者を含む五人の部員が揃ったら部、若しくは同好会へ登録されるとの事だ。
長々と話したが、何故今僕達がクラスに残っているかと言うと、先に述べた既存の部活においては入学式当日に顧問挨拶会という奴があり、更に入部確定者は入学式翌日から顧問監視の下道具と練習場の使用を認められている、つまり翌日から練習ができるらしいのだ。そして飛雄馬お目当ての野球部はここ、僕達のクラスである一年三組である。・・・て、全部飛雄馬から聞いたことだ。なんでここまで詳しく理解できているんだ。国語の問題文はまるでちんぷんかんぷんなくせに。因みに僕は野球部に入るつもりではないが、飛雄馬の付き添いで残ることにしてる。
ホームルーム終了から十数分が経過、クラスに数人が入ってきて、後はクラスからは退出する人が居なくなった。僕を含めて男子十一人、女子三人。女子はマネージャーだろうか。一人は肩にかからない程度のショートカットに黄色のカチューシャをつけている、目付きがキツい。次に後ろの方にチョコンと座っている、見た目高校生に見えない小さな子だ。で、もう一人は部屋の角に隠れるように立っている、前髪で目を隠した様な子。三人目は見えないけど中々かわいい子が揃っていて羨ましい限りだ。
「フフン、カズトも中々の目利きをしている・・・が、そこまでの男よ。ほれ、奴を見てみろ」
そう言って飛雄馬は最前列一番左に座る男子を指差す。
「男じゃないか。確かに中性的な顔をしていると思うが、・・・まさか飛雄馬、君は」
「まあまあ、落ち着け。よく考えてみろ。漫画やゲームはともかくリアルにあんな可愛い男がいると思うか。きっと奴は『高校野球がやりたい・・・でも女の子の私は高野連から出場を許されていない』的な雅ちゃんポジションの筈だ。という訳で突撃すべきだ」
「突撃!?」
「まずは起立させる。で、股間を触ってイチモツの確認、無かったら『いいのかい、バレたら君の大好きな野球はできないぜグヘヘヘヘ』と脅すのだ」
「ちょ、飛雄馬。君はそんな奴じゃ」
「いざぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
飛雄馬は何と机の上を猿のように飛びうつりながら(他の生徒がポカンとした表情を見せている)彼の机の前に移動、そして起立させる作戦を無視して股間に直行。
「え、何するんですか!? ちょ、どこ触って・・・あっ」
しかし飛雄馬は手元に何かの感触を得たようだ。顔色が変わって行く。
「・・・男、だと」
とりあえず飛雄馬を殴りつけて彼と、驚かせてしまった回りに頭を下げた。
改めて彼と話してみることにした。彼の名前は直井拓海、一年二組。小さいながらMAJORのトシ君に憧れて中学では捕手をやっていたらしい。しかしバッティングに難があってレギュラーはとれなかったとか。いつか百マイルの速球を捕って見たくて野球を続けてるとか。この学校に来たのは球道の様な豪速球投手を求めていた為らしい。何だったら「九里様」でも「ほいなあんさん」でも「吾郎君の球は僕が受ける」でもいいみたい。結構話せるクチのようで、飛雄馬と二人で色々と話していた。
「自宅の近くにバッティングセンターがあり、
兄さんがそこでバイトしてるから、時間外にキャッチングさせて貰ってたんだ。キャッチだけなら百五十キロでも捕るよ」
「まじか、よし、お前は俺の女房役に任命してやろう」
「飛雄馬、君のボールを中学の時のキャッチャーが捕れなかったのは、速い上に絶望的なノーコンだったからだ。キャッチャーが誰でもあれは捕れない」
三人でしばらく談笑してると、教室の前の扉が開かれ、校長先生が入ってきた。先程触れたかも知れないが、野球部の顧問は校長先生が直々に行うみたいだ。
「わかっている奴も多いと思うが、監督の八敷だ。よろしく頼む。で、早速だが君達、入部届に名前を書いてくれ書いてくれ」
「えっ?」
まさかの唐突な展開に全体が固まった。
「ここに来たって事は野球に興味あるんだろ。入っておいた方が良いぞ。部活は迷ったら負け。その時一番やりたいと思った奴やらんと後悔するぞ」
全く強引な。そもそも僕は野球部に入りたいわけではない。
「よしカズト、野球部入るぞ!」
「ホワッツ!? いやいや、僕は君の監視役として同行したまでで・・・」
「カズト・・・そうか君は三組の中西一人君か。俺が願書の名前蘭を見ただけで合格した奴だな」
なにその真実。知りたくなかった。しかも僕の名前が晒されて、なんだって。中西でしかも一人だと。といった感じでクラス教室にざわめきが生じる。
「今なら君にエースか二番セカンドかの選択肢をやろう。他の奴等には残念だが中西がいる以上エースもしくはセカンドを目指す奴には下がってもらおうか」
うーん、まあ仕方ない。・・・なんて声が聞こえるんだけど、彼らは僕のような初心者に名前だけでポジションを取られて悔しいとか思えないのか。
「申し訳ないんですが、僕は初心者どころか野球部でやって行けるだけの体力も無いんで野球部に入るつもりはありません」
「なんと初心者だって。これは熱い展開じゃないか」
ああ、この人に何を言っても無駄だ。
「・・・中西」
八敷校長が突然真面目そうな、真剣な顔になった。その眼差しは、深く心を見据えている様で僕は目を逸らせなかった。
「お前は今まで長谷川の事を一番近くで見てきた。長谷川の常識離れしたピッチングを見てきた。奴のプレーの一つ一つをその目に刻んでいる。そんなお前が、野球というスポーツに憧れを持たずに居られるか? もっと近くであの豪速球を見たいと思わないのか」
・・・ああ、駄目だ。この人は全部分かってる。親にも飛雄馬にも分からない事だって分かってる。勝てないな、流石はあの飛雄馬を虜にした教師だ。
ずっとなんだ。飛雄馬と初めてキャッチボールをして、顔面にボールをぶつけられて以来、あの球への憧れを持っていた。
見えないほど速く、顔を持っていくんじゃないかというほど重いあの球に。勉強しか無かった僕の生き方に新たな光を射してくれたあの球を、同じグラウンドから見たかったんだ。
「僕に・・・僕にセカンドを教えて下さい、『監督』」
「決まりだ。よし、こいつに記名しな。他の奴も、入る奴は用紙を取りに来い」
言われるままに入部届に手を伸ばす生徒たち。これがカリスマ性って奴なんだろうなと思いつつ、名前を書き入れる。
「判子は明日持ってきて練習参加時にこいつを配るから押せ。明日書いて提出したら放課後練習出来ないからな。・・・よし、書きながらで良いから自己紹介をしていけ。前の席廊下側から左に言っていけ」
そう言われて、指差されたのは僕達の右二つ隣に座ってい生徒。一見何の特徴もない、特に挙げることのないような顔つきと体つきをしていた。
「えー、幕張中出身の武井紀充です。クラスは一組、ポジションは全部です。ピッチャーキャッチャー内野外野、とりあえずどこでも人並みにできます。これから三年間よろしく」
いきなりインパクトの強い人が現れたもんだ。見た目は無個性なのにね。彼は一つ礼をして着席する。そして次は僕の番なので立ち上がった。
「浦安中の中西一人です。クラスは三組です。野球はルール知っている程度です。セカンド・・・は自分に出来るかは分かりませんので、基礎を叩き込んでどこで使ってもらっても大丈夫なようにしたいと思います。よろしくお願いします」
僕が座ると同時に飛雄馬が立つ。
「同じく浦安中出身の長谷川飛雄馬です。同じく三組。俺の豪速球でこのチームを甲子園に連れていきたいと思う。もちろんエース志望だ。宜しくな」
飛雄馬と言う名前を聞いて、殆んどの人がピクリと反応を見せた。そりゃあ飛雄馬なら反応するわ。この学校でなくとも。
「船橋中出身、直井拓海です。クラスは二組、ポジションはキャッチャーです。ピッチャーが投げやすいキャッチャーを目指しています。よろしくお願いします」
これで一列目は終了、続いて二列目。
「五井中出身、日向陸。クラスは四組でポジションはピッチャー。サイドスローだ。・・・まあ、俺の場合は自分の名前より『六須賀卿』と名乗ったほうがわかる奴は分かるかな。まあなんだ、よろしく頼む」
ロクスカキョウ・・・聞いたことはないが、数人から「え!?」とか「マジ?」とかいう声がでてくる辺り、何らかで有名な人に違いない。後で聞いてみよう。
「俺は松戸中出身の猿渡雅男。一組でポジションはサードだ。バッティングは俺に任せてくれりゃ心配は無用だ」
なんとも自信ありげに言っているが、それよりも僕は口に加えた木の枝が気になる。確かあんなキャラが居た記憶がなくもない。
「我孫子中出身の喜田毅ッス。クラスは四組、ポジションは外野ッス。阪神が大好きななんで、同志は仲良くしてください。皆さんよろしくッス」
喋り方に特徴のあるトラキチだ。因みに僕はマリーンズファンである。
「大網中出身、南雲南海。二組。外野。宜しく」
長い髪を後ろで束ねた、何だか暗そうな人だ。眼鏡を中指でクイッとする姿がなんとも『らしい』。
「俺っちは市川中出身南条」
ガシャン。ペンケースが机から落ちてしまった。いけないいけない。僕のうっかりさんめ。
「ちゃんと俺の紹介聞いてくれよ! 読者さん俺の下の名前もクラスもポジションも聞いてないじゃんか!」
え、何それ。そもそも読者さんって誰だよ。
「う、うん。ごめんね・・・高橋君?」
「南条だよ! 高橋なんてどっからでて来たんだよ!」
「ハイハイ、お前はもうおしまいだよ。次だ次」
「センセーまで酷い・・・俺、なんかしたんですか・・・」
と言いながら従う南条君はいい人なんだと思う。
「千葉みなと中出身の高橋五也です。クラスは一組、ポジションはセカンド・・・だけど、高校では新しいポジションに挑戦するつもりだったんで中西に譲ります。でも、タカハシタカハシ言われるけど、コウバシなんで間違えないで下さいね」
なんでそこで僕を見るの。確かに偶然でも高橋とか言っちゃった僕も悪いけどさ。仕方ないじゃない、君の名前知らなかったんだから。
「おう、じゃあ次・・・て、おい。そこの金髪、監督、いや、校長の目の前で机の上に足乗っけてるとかいい度胸じゃねえか」
ちょ、なんてことしてるのさ。びっくりして後ろを向いて見ると本当にやってた。とんでもない奴だ。
「まあまあ気になさんなって。自己紹介だってか。俺は横浜一中出身の神崎直だ。クラスは四組。ピッチャー。これでいいか?」
と、先程までの体勢でそのまま言った。でも、神奈川からの越境入学だなんて、もしかしたら本当に好きで入ったのかもしれない。だとしたら面白い人だと思う。
「ははん、ピッチャー向きのいい性格してらあ。これで実力ねえってえなら学校から叩き出してやる。覚悟しとけ」
そう言ってから八敷先生はクラスを見渡す。
「これで部員は全部か。あとはマネージャーだな。紹介頼む」
「待ってください、私はマネージャーじゃないよ!」
後ろの方から声が聞こえた。見てみると、発言者は一番後ろの席で座っていた小さい女子だった。
「私は選手として野球部に入部するつもりだよ。あと、ゆずちゃんも」
彼女は自分の前に座っている、あの前髪で目を隠した女子を指差した。
「え、あ、そ、そう・・・私も・・・選手」
何だかはっきりしない子だ。こんな学校だから意外な選手は居るんだとは思ってたけど、まさか女子、で、こんな小さい子なんて。二人は選手ということは残る一人は普通にマネージャーって訳だ。そう、スラッとしたショートカット気味の女子。彼女だったら選手だとしても(多少は驚くにせよ)そこまで違和感を感じなかったろうに。
「じゃあ選手なら選手なりの自己紹介をしろ」
八敷先生に促され、席順でゆずちゃんと呼ばれた子が立ち上がる。さっきの雰囲気じゃ野球やるって感じではない。
「あ、・・・えと、習志野中、名前は・・・吉田、柚端・・・あっ、三組、です。ポジションは、しょ、ショートで、守備が大・・・好き。ノック受けると・・・凄く、楽しい・・・です」
よくわからないけど、野球が好きなんだろうってのは伝わってきた。
「吉田、選手でやる以上そんな小さな声じゃ駄目だぞ、わかったか。次、最後だ」
「はい、習志野中出身の安藤美琴、クラスは三組、ポジションはキャッチャーです。リトルの時県代表に選ばれているので、そこそこの結果は出して見せます。ってことでみんなよろしく!」
ニコッと笑った顔がとても可愛い。こんな顔で「凡退してほしい」なんて言われたら世の男はバットを触れなくなってしまうのではというような笑顔だ。
「・・・これで本当に最後だな。じゃあ最後、マネージャー」
「浦安東中出身、八坂楓。四組」
ピクリと、僕の脳裏に小さな電流が流れた。
浦安東・・・
八坂・・・
・・・
思い出した。浦安小の八坂楓。彼女は・・・
「ただの野球部員には興味ありません。
この中に二十年に一人の逸材、不屈のスピリッツの持ち主、絶対的守護神がいたら私のところに来なさい、以上!」
一瞬クラス内に変な空気が流れた気がした。いや、間違いなく流れたね。流石のこの学校でもこのネタは厳しかったか。
八坂楓。小学校時代につけられたあだ名は『ネクラ』『ヲタク』『腐女子』『八坂帰れ』等々、陰気な見た目と性格、そしていつでも漫画を読んでいる事から、そう言われた。だが、ここ三年見ないうちに大分変わったもんだ。ネタはともかく、見た目も、表情も、声の張りも全然違う。いったい彼女に何があったんだろうか。・・・と、感傷に浸るのも大概にしておく。なんたってこの空気だから。
「ま、まあ、なんだ。よろしく頼むぞ。見た感じコイツらアホみたいなのしか居ないからマネージャーであるお前の仕事は多いと思うが、頼んだぞ」
さりげなく酷いこと言われた気もするが、誰からもツッコミが入らない辺りを見ると、否定できないのか全く気づかないのどちらかなんだろう。
「まーっかせなさい! そんじょそこらの男子よりはよほど動けるわ」
「期待してるぜ、ククク。よし、じゃあ今日はもう解散だ。明日判子忘れんじゃねえぞ。あと、練習してえなら練習着持ってこい。それじゃあ解散だ!」