言い訳を考えておきます
まえがき
自由奔放な生き方を選んだ恵美莉。彼女の日常を描いた短編です。
行きつけのバーのマスターの誘いで、航空ショーを見に行く。そこで、今まで知らなかった、新しい世界へ踏みだしてしまう。
晴天を突き刺すように、急角度で上昇していく機体。
ゴオーーーォーーーォーーォーーォーォーォー・・・
逆光の太陽の前で、獲物を狙う鷹のようにくるりとロールして、下向きに方向転換した。そしてそのまま重力加速度を得ながら、猛スピードでこちらへ戻ってくる。
・・・ォーーォーォォ・・・ィィィーーーイーーーン
ジェットエンジンの遠鳴りが響くのも束の間、突然ズームアップしたかのように近づき、目の前の滑走路の上を通過すると、すぐにその轟音は追いかけていく。
ド!ッゴォーーオーーーオォーォーォー・・・・・・
「・・・キャーーー!」
恵美莉は片眼を強く瞑り、肩に力を入れて、思わず叫んだ。
パシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャパシャ・・・
「あれがイーグル! F15だ!」
ヒデキがカメラの連続シャッターを切りながら、少し大きな声で説明すると、
「うん、カッコいい!! さっきのとどう違うんですか!?」
恵美莉も目を見開いて、大声で訊き返した。
「イーグルはアメリカの戦闘機だけどさ、さっき飛んでいったのは、三菱T4っていう日本製の訓練機なんだよ」
「日本でも戦闘機、造ってるんですか!?」
恵美莉は意外そうに、彼の顔を見て訊いた。
「そうだよ。知らなかったの? それがブルーインパルスで使われてるやつだよ」
ヒデキはファインダーをのぞいたまま、笑顔で答えた。
「それ知ってる人のほうが少ないと思います!」
「あのF15イーグルだって、日本で製造してたんだよ」
「へえ!? 車の海外生産みたいなことしてるんですね!」
恵美莉はまた、遠くで旋回する戦闘機を見た。
「でも機密だらけのブラックボックスってのがあって、同じイーグル戦闘機でも、日本のF15Jと韓国のF15Kじゃ、性能が全然違うんだよ」
「同じ飛行機で性能が違ったら、そんなの売れるんですか?」
恵美莉はまたヒデキを見て、ようやく落ち着いた声で質問した。彼はそれでもまだ、カメラを構えたままである。
「ああ。F15は世界中の空軍が採用してる超ベストセラー戦闘機なんだ。初飛行から今まで約50年間、ほとんど撃墜されてないんだから」
「え? めっちゃ強いじゃないですか! 逆に戦争がそんなに無いってことかしら?」
「いいや、何度も実戦投入されてきたんだけど、本当に優秀な戦闘機なんだ。今もモデルチェンジしながら、アメリカでも製造続けてるくらいだからね」
「アメリカの技術ってスゴいんですね」
恵美莉はもう、説明するヒデキから目を離せなくなっていた。
「最近じゃF22ラプターってのが、そのF15を十機以上まとめて撃墜する能力があるって言われてるから、さらに進んでるよ」
「へえ!? それも今日、見られますか?」
「ラプターは自衛隊にはないんだよ。でも、それより新しいF35ライトニングⅡなら、今日飛んでくれると思う」
「うわぁ♡ 楽しみ~」
期待で満面の笑みになる恵美莉。
「ははは、女子なのに珍しいね」
ヒデキもようやくファインダーから目を離し、横目で恵美莉を見た。
「スッゴ楽しいです! でも本当に戦闘機に詳しいんですね」
恵美莉はヒデキの横顔を見て話しながら、彼の左腕に自分の右手を添えて肩を寄せた。
「いやいや。男だったらこれくらいは知ってるよ、普通」
「あたしの彼氏は、そんなの知ってるはずないけど」
その時、次に離陸する戦闘機が、目の前の滑走路を横切っていった。ヒデキはまた咄嗟にカメラを構えたので、恵美莉は添えていた手を放して、前方を指さした。
「あ! あれ、なんかカラフルでカワイイ!」
「あれはF2だ! 国産戦闘機。でもこれはテスト用機だね。戦闘には行かないから、赤白青にカラーリングされてて人気のある機体だ」
「なんであんなオモチャみたいな色にする必要が!?」
「日本はガンダムの国だからね!」
「ホント! まるでアニメみたいじゃないですか! これ見たらきっと彼氏も喜ぶと思う」
「最新ステルス実証機のX2も、ガンダム風にカラーリングされてるよ」
この週末の土曜日、“St. Elmo's Fire BAR(セント エルモス ファイヤー バー)”は、昼間の営業はしていない。恵美莉はその日マスターのヒデキと遠路、航空ショーを観に来ていたのだが、ヒデキはバーを5時にオープンさせる必要がある。だから観覧は午前中で切り上げて、早々に帰宅の途に就くのだった。
その帰り道、ヒデキの運転する白いコルベット(スポーツカー)が高速道路をとばしていた。恵美莉は、それまで経験がなかった右側の助手席に深く腰掛けながら、今日の出来事に興奮してご機嫌で話している。
「でね、羽田からハワイまで8時間くらいでしょ。向こうに着いたら早朝なわけですよ。時差ボケが心配なんだけど、どう思いますか?」
「飛行機で寝ればいいじゃないか」
「う~ん。寝れるかなぁ? みのりが一緒だし。でもあたしは春樹君の横に座るけど。小峠先輩がみのりの面倒見てくれると思うんですけど」
「じゃ、何が問題さ?」
「あたし、飛行機初めてだから、きっと興奮して寝れないですよ」
「フフッ、子供か!?」
「だって! 今日だってすっごく興奮しちゃったもん! ヒデキさんもテンション上がってたでしょ?」
「そりゃ、そうだけど。寝れなくなるほどじゃないよ」
「あたしは寝れないな今日。まだジェット機の爆音が頭の中で鳴ってる感じ・・・」
「それはそれは」
恵美莉は余韻を楽しむように、うっすら瞼を閉じた。
~~~~~~~~~~~~~~~
「それが街の上を、クルクルしながら飛んでんのよ~。スゴイの観てきちゃった~」
月曜の昼休み、恵美莉が話しているのは、大学のクラスメイトのみのりである。
「ちょっと待ちなよ恵美莉。あんた、あのマスターと浮気してるの?」
「違うよ! そんなことしてないって。戦闘機ホントにスゴかったのよ!」
立ち止まって真面目な顔になる恵美莉。
「私は飛行機なんか・・・で、相手何歳だっけ?」
「28歳」
少しにやけるのを堪えている。
「28? もっと老けてない? 騙されてるんじゃないの?」
みのりは周囲の耳に気をつけて、かなり小声で話している。
「さあ? 8歳上だって本人が言ってんだもん」
「いつから付き合ってんのよ!」
みのりは小声に力を入れて訊ねた。
「付き合ってないって! つい最近からだけど。付き合ってんのとは違うよ。1年前にクラスコンパで行った時、渋いマスターだなって思ってたんだけど、そのあと、みのりと二人で遊びに行ったでしょ、ずーっと話しかけてくれてて、いい人だなって思ってたんだ」
「それで、一人でも行くようになっちゃったの?」
「駅前だもん。帰りにちょっと寄りたくなっちゃうのよ」
「ほら積極的!」
「普通だわ!」
恵美莉は、さも「後ろめたいことなどない!」と言いたげに、普通の声量で話している。みのりはそれを聞きながら、ゆっくりと相槌を打ち、今度は静かな声で、
「・・・で、関係を持ったのはいつ?」
「持ってないって!! でもいろいろ話してたら、やっぱり大人だなって思うことが多くて、魅力的なとこある人なんだ」
「あんた、やっぱり変わったわね。颯介君と別れてから、急に春樹君にアタックしたと思ったら・・・」
「うん。下向きにならないように、努力したわ」
「努力というより、狂ってきてないか?」
「狂ってないわ! でも土曜日は、コルベットに乗せてくれるなんて聞いてなかったし、もー素敵!って思っちゃった」
「ずるい~~! 二人だけで遊びに行く間柄になってるじゃない?」
「たまたまよ。たまたま。金曜に店に顔を出したら、マスターが土曜の航空ショーに一人で写真撮りに行くって話をしてくれたから、興味湧いちゃって、あたしも連れていってもらったの。それだけよ」
「それじゃ、盛り上がっちゃったんじゃないの?」
「そりゃもう、戦闘機いっぱい見た後だからテンション爆上がりで、強引に誘われでもしたらどうしようって。ふふふふふふふ・・・でも何もなかったわよ」
「一応、動揺はしたのね。よかった」
「その後は、夏休みハワイ行く時のために、飛行機について色々アドバイスしてもらってたんだ」
「ホントにそれだけ?」
「そうなんだって、本当。春樹君にバレても、今の言い訳できるよ」
~~~~~~~~~~~~~~~
では、土曜のコルベットでの会話の続きはというと、
「で、ホテルに早めにチェックインして、ホノルルの街に繰り出しても、眠くって仕方ないと思うんですよね」
「今日はまだ眠くないよね」
「まだ昼の1時ですよ」
笑いながら答える恵美莉。
「じゃ、ホテルにチェックインしようか」
「・・・イヒヒ、やっぱりそう来ましたか」
少し顎を引いて身構えるように左足を上に組み、窓側に姿勢を傾けた。
「分かってた?」
「帰るのがちょっと早いなって思ってました」
「時間無いから、早く決断しないと、と思って」
「ええ~? ホテル行くんですかぁ~?」
恵美莉はそう言いながら困った表情を見せないように、右のドアミラーに映る景色に目をやった。
「そうだけど。嫌じゃないでしょ」
「そういう言われ方すると、あたしちょっと嫌だな」
「俺たちもう、キスしてるし。興奮して盛り上がった時に。今もそうだと思うからホテルに行くよ」
慌ててヒデキのほうに振り返ると、
「えぇ? もう決めちゃうの? 昨日のキスは酔っぱらってたからですよ。ヒデキさんは嫌いじゃないですけど。こんなことしてたら、あたしダメだって思うから」
「じゃ、なんで店に来るの?」
「うっふふ、あの店楽しいもん」
少し気まずそうに笑みを浮かべた。
「でも彼氏連れて来ないじゃないか」
「春樹君を同伴しろって言ってます?」
少し強めに言い返せる雰囲気だと思った恵美莉は、ヒデキを睨むように言った。
「そうじゃないよ。店に来るのは俺と喋るためだろ」
「・・・んんん。そう頷くと身の危険を感じるよ」
「そうなんだろ?」
「困ります。春樹君と付き合い始めたばっかりなんですよ!」
「言い訳はホテルで聞くから、考えておきなよ」
恵美莉はゆっくりと右足を上に組みなおして、運転席側に体を向けて脱力したように言った。
「はい。・・・じゃ行きます」
おわり




