第6話 届けられた手紙は
北上条斎が黒川家に来る日となった。
清祓いを行う斎場なども見学したいとの要望で、屋敷内は隅々まで手抜かりがないよう最終確認に追われて女中らが忙しくなる一方、彩華らは浮き足立っていた。
茉莉はというと、迎えも見送りも禁じられ、言わずもがな家族での挨拶に同席を許されていない。
「いいかい! ここにいる女中は役目がない者ばかりなんだから、しゃしゃり出ずに大人しくしておくんだよ!」
女中頭は、女中詰所に集められた女中らに向けて指示を出した。
「女中頭、機嫌悪いわねぇ」
「旦那様が、見目の良い女中たちをおもてなし要員に指名して、女中頭を外したからでしょ。自分が選ばれなかったからって、私たちに当たらないでほしいわよね」
女中らが茉莉の横でこそこそと話していると、聞こえたかのように女中頭が険しい表情で茉莉たちのほうへと振り返る。
「お嬢さん、あなたは特に出しゃばらないでくださいよ! お嬢さんは犬神憑きという厄介な足枷が付いているんですからね。もしお嬢さんの奇行が目に入ったら、この話は間違いなく立ち消えてしまいますよ!」
「……ええ」
目を吊り上げた女中頭から強い口調で指示され、茉莉はただ頷いた。
とはいえ、彩華を結婚相手の候補者に挙げるにあたり、北上条家も当然ながら身辺調査はしていて、そのことは織り込み済みだろう。彩華本人に問題なければ些細なことだと思う。
何しろ、茉莉は彩華の邪魔にならないようにそっとしているだけだ。
「あの。ところで少しお聞きしてもいいですか?」
茉莉が女中頭に問いかける。
詰所を見渡したが、実の姿が見えない。お出迎えやお茶出しに指名されたとも聞いていないし、どこにいるのだろうか。
「実さんの姿が見えないのですが、離れにいるのでしょうか」
「実?」
全ての女中を把握していないらしい。女中頭は一瞬眉をひそめた。
「年の頃は十七、八くらいの人です。髪を二つに結んだ綺麗な子で」
茉莉は耳元で拳を作って髪の毛を表現する。
「……ああ。あの子。あの子は十二、三歳くらいじゃなかったかねぇ。まあ、ともかくあの子ならちょっと前に辞めましたよ」
「辞めたのですか!?」
「ええ。本当に最近の子は根性がないというか。ちょっと厳しい言葉で注意したら、すぐに来なくなっちゃいましたよ」
女中頭は腕を組んで面倒そうにため息をつく。
「紹介状を渡しました?」
「書いてやるもんですか。身勝手にさっさと辞めてしまうんだから」
「連絡先は?」
「どこだって言っていましたかねぇ。覚えてませんわ。どこかからの紹介状も捨ててしまいましたしね」
「そんな……」
実は霊障に悩まされていると言っていたが、黒川家に入って日が浅かったので、結界の張り方は学んでいないだろう。どこか別の祓い師の家門に仕えることができただろうか。
茉莉が実のことを思いやっていると。
「い、いらっしゃったのでは!?」
窓から人影を確認した一人の女中が、皆に小さく声をかけた。すると女中頭が茉莉を突き飛ばし、いの一番に部屋の陰から玄関のほうへと覗き込んだ。
「……ん? 何だか様子がおかしいよ。年配の男性一人だけで、斎様と思われる方もいらっしゃらないようだし」
女中頭の不審そうな声に女中らも寄って覗き込む。
「本当だわ。ご本人様はお見えにならないのかしら」
「――あら。お客様はもうお帰りになるみたいよ! 奥様がお見送りされるみたい」
本日は取り止めになったのだろうか。
女中たちがざわついていると、見送りを終えた和歌子が詰所にやって来たので、女中頭がすぐさま対応する。
「奥様! 一体どうなさったのですか?」
「ええ、それがね」
和歌子は憂鬱そうにため息をついた。
「斎様が昨夜、任務中にお怪我なさったそうなのよ」
「まあ! 何てこと!」
「お怪我は全治一か月ほどらしいのだけれどね。そんなわけで本日は取り止めになってしまったの。うちへお越しになるのは、完治された後となるそうよ」
「さようでございましたか。彩華お嬢様はがっかりされたことでしょうね」
「まあ、仕方がないことよ。――というわけで、今日は通常通りの仕事をしてちょうだい」
「承知いたしました」
和歌子が去ると、女中頭は茉莉たちに向き直る。
「皆、聞いたかい。いつもの仕事に戻るよ」
「はぁい」
「何だ。今日はちょっとくらいゆっくりできると思ったのになぁ」
「ほんと、ほんとー」
「はいはい。愚痴らずにさっさと仕事に戻った戻った!」
女中頭は手を叩き、残念そうな女中たちに発破をかけた。
それからひと月が過ぎ、さらに半月が過ぎ、斎の療養もそろそろ終わり、いよいよ黒川家に来訪されるのではと期待された。
茉莉にとっては何ら代わり映えのない日々だったとしても、彩華にとって指折り数えて楽しみにしていた日々であっただろう。そうして、北上条家からの手紙が届いた日、来訪の日時が決定されたのだと誰もが信じて疑わなかった。――だが。
「嫌よ嫌! 絶対に嫌っ! 私、絶対に北上条家になんて行かないから!」
茉莉が廊下の拭き掃除をしようとしてやって来たところ、彩華の金切り声が居間から聞こえてきて、反射的に体がびくりと強張った。
今、彩華は北上条家に行きたくないと言っただろうか。それに斎様が黒川家へお越しになるのではなく、彩華が行くとは一体どういうことなのだろう。届いた手紙は、来訪の日程を知らせるものではなかったのか。
茉莉は一瞬思考に陥りそうになったが、はっと我に返り、咄嗟に辺りを見回す。しかし廊下には誰もいないようだ。
ほっと息をついたものの、自分もこのまま盗み聞きしているのは良くないと思い、その場を立ち去ろうとした時、勢いよく障子を開いて彩華が出てきた。
「待ちなさい、彩華!」
「嫌ったら、嫌!」
彩華は、泰造に振り返りながら再度拒否すると前を向いた。すると、茉莉の存在に気付いた彼女が不機嫌そうな鋭い眼差しのままぎろりと睨みつけてくる。
茉莉は気まずくて少し視線をずらすと、部屋には中腰になっている泰造と和歌子の姿が見えた。和歌子もまた茉莉を忌々しそうに睨みつける。
「盗み聞きしていたの!? 何と嫌らしい子なのかしら!」
「そ、そうでは……。掃除を」
茉莉はうつむいて雑巾をぎゅっと握りしめる。
「言い訳するんじゃないわよ!」
「――和歌子。声を荒げるんじゃない。騒いで他の者たちまでやって来たらどうする。とにかく彩華、もう一度座りなさい。茉莉、お前も一緒に入って障子を閉めろ」
泰造は和歌子をやんわり注意した後、彩華と茉莉に指示した。
彩華は渋々といった表情で居間に戻ったので、茉莉も中に入り、障子を閉めて出入り口近くに控える。
重い空気の中、茉莉が居心地悪く座っていると、顔をしかめた泰造は口を開いた。




