第54話 家族として迎えられる
虎のあやかしを倒した斎たちは蔵の中に入る。
「彩華! しっかりして、彩華!」
茉莉は、椅子に両手足をくくりつけられて、ぐったりしている彩華のもとへ一目散に駆けつけると声をかけた。すると彩華はぴくりと反応し、重そうにのろりと顔を上げる。
「お、ね……さ、ま?」
「ええ! 今、縄を解いてあげるから」
茉莉が必死で固い縄を解こうとしていると、斎が傍までやって来た。
「私が解こう」
「ありがとうございます」
斎が刀で縄を切ると、そのまま前のめりに崩れた彩華を茉莉が慌てて支える。
「これはどういうことでしょうね」
茉莉は千尋の不審そうな声に視線を向ける。そこには彩華と同じく椅子に拘束されている男性の姿があった。彼は気を失っているようで、ぐったりとしている。
「――黒澤貴斗か」
黒澤貴斗と言えば、この屋敷の主で、今回の事件の黒幕だと思われた人物だ。その彼がなぜ拘束されているのか。
「自作自演か、他に……黒幕がいるのか」
「おい、貴斗。起きろ」
正真が身を屈め、貴斗の頬を叩くと、貴斗は意識を取り戻してゆっくりと顔を上げた。ただし、まだぼんやりとしているようだ。
「意識も戻ったことだし、とにかく捕縛だ」
貴斗は椅子の縄からは解かれたが、結局は後ろ手縛りを施された。
結界が解かれたことで隊員が入ってきて、外から多くの人の声が聞こえてくる。
「じゃあ、俺は怪我人を運び出すか。茉莉さん、そのお嬢さんを連れ出すのは難しいだろう? 俺が連れて行こう」
「ありがとうございます。お願いいたします」
正真が彩華を抱き上げたその時。
「この人です! この女性です!」
突如、警戒するような鋭い声が上がる。
茉莉が振り返ると、理が茉莉を指さしていた。
「ああ、理。今、来たのか。遅かったな。もう終わっちまったぞ」
正真は悪気なさそうな笑顔で言う。
「それはこの女性を尋問するのに手こずったからですよ!」
「はあ? 茉莉さんを尋問って……」
「尋問?」
正真は呆れたような表情をし、斎は低く呟いた。
「中にいた大量のあやかしは、清祓いしたなどと虚言を吐いたのですよ!」
「虚言」
「おまけに自分は兄さんの妻などと戯言まで!」
「戯言……」
「ええ! だから拘束しようと」
「拘束……? そうか。可哀想に。茉莉、それは怖かっただろう」
「え。い、いえ」
茉莉は、怖いのは斎のほうだという言葉を呑み込む。
間違っても召喚してはいけないような、不穏な黒い靄が斎の周りに立ち込めるのが見えたからだ。
「お、おい、斎! 兄弟喧嘩でそのヤバい式神を召喚するな!」
「い、斎様。私、大丈夫でしたから! 私、拘束されていませんからっ!」
「斎様、落ち着いてください! と言いますか、理様! あなたは早く茉莉様に謝れーっ!」
「え、え、え!? ご、ごめんなさい!?」
皆で必死に斎をなだめすかしたのだった。
斎の暴走を何とか食い止めた後、茉莉たちは本部へと戻った。
斎は報告の中で、茉莉が大いに援護してくれたと説明した。一方、千尋は、夫婦で戦う伝説の女性の姿をそこに見た気がしたと、かなり誇張した表現で説明していた。
それはさすがに言いすぎだと、茉莉は居たたまれなかった。
彩華はかなり衰弱しており、証言を得るためにも本部にて治療を受けることになった。
かなり霊気を奪われたようで、医師の見立てではこの先、体が回復しても祓い師として復帰することは難しいだろうということが、駆けつけてきた泰造と和歌子に告げられた。
「茉莉姉さん」
彩華らが悲しみに暮れるその場に入れず、茉莉が廊下にいたところ、息を切らした弟の清高が遅れてやって来た。
「清ちゃん……?」
記憶の顔立ちよりもはるかに大人っぽくなり、身長が伸びていた。最後に会ったのは五年前で、まだまだ幼い印象しかなかったが、今は退魔師の隊服を着こなしている。
「お久しぶりだね、茉莉姉さん」
「ええ。本当に。とても立派な姿になっていて、びっくりしたわ」
「まだまだだよ」
清高は少しはにかんだ笑みを見せた後、病室の中に目を向けた。
「彩華姉さんは?」
茉莉が事情を説明すると、清高は、そうと一言だけ呟いた。
その後、黒澤貴斗の尋問が行われ、現場の証拠と彩華や黒澤家の使用人の証言などを元に、このたびの事件の犯人と断定されたそうだ。
しかし彼は初め、自分は誰かに嵌められたのだと言って譲らなかった。そこで斎は黄金を呼び出し、瘴気を吐かせることで妖狐だったことを証明し、さらに黄金と繋がっていた紐を目の前で切ったと言う。
呪詛の元凶である紐を断ち切ることで、術師に呪詛が跳ね返り、術を使った人間を確実に特定できるのだ。
呪詛返しは禁術の一つとされるが、斎が切ったのは紐のみで、強力な呪詛返しとは異なるため、貴斗は全治一か月ほどの切創を負っただけだ。呪詛の報いとしては軽いが、法的には重い罰が下されることになる。
残された謎は、なぜ貴斗が椅子に拘束されて霊気を奪われていたかということだ。自作自演も疑われたが、彼は記憶が曖昧で別に協力者、あるいは黒幕がいることも考えられた。そのため引き続き捜査が行われることになった。
また、黄金は呪縛から解放されたせいか、あるいは昇華したのか、霊気を伴った狐火まで発したと言う。ただし、蠱毒で生み出されたため人間の管理下にあるべきということで、茉莉たちのもとへ戻ることになった。
その茉莉たちは調書のために本部に数日引き留められていたが、ようやく今日、家に帰れることになった。
「何と言うか。茉莉さん、あやかし使いになったな」
出入り口に向かう廊下を歩きながら、正真は呆れた苦笑いを茉莉に向けた。
「ええ。少し大変ですが、皆、可愛いので元気が出ます」
茉莉は、傍で歩く伊吹や肩に乗っているライたちを撫で回しながら笑顔で答えた。
「元気で霊気が泉のように湧いてくるわけでもあるまいし、無理するなよ」
「正真様、ありが――」
「正真、茉莉を口説くな」
斎は茉莉の言葉を遮るように正真へ警告した。
「口説いてはいないだろ!」
「茉莉の心配は私がする」
「俺だって心配くらいしていいだろ」
「駄目だ。興味を持つな。口にするな。思考するな。そもそも目の端にも入れるな」
斎に抱き寄せられる茉莉。
「囲い込み、怖っ!」
「斎様、大人げないですよ……」
正真は顔を引きつらせ、千尋がいつものようになだめる。
「ところで茉莉様、本当に彩華様に会わずにお帰りになるのですか?」
茉莉は千尋からの問いかけに小さく頷く。
「彩華にかける言葉が見つかりませんし、彩華もきっと私に会いたくないでしょう」
と、その時、背後からバタバタと足音が聞こえてきた。
「茉莉!」
茉莉が振り返ると、廊下を走ってきたのは泰造と和歌子だった。
斎はすぐに庇うように茉莉の前に立った。
「黒川殿、私の妻に何か用だろうか」
「娘と会話するのに用件が必要ですかな」
「あなたは――」
反論しようとした斎だったが、自分の袖を引く茉莉に気づいて口を閉ざす。茉莉は斎に笑みを向けた後、一歩前に出ると斎に並んだ。
「私にお話があるのでしょうか」
「あ、ああ、そうだ! 彩華の回復にはまだ時間がかかるそうだ。清高も修行中だから家には戻らないと頑なだし、彩華が祓い師として復帰するまで、犬神を連れて家に戻れ!」
「困った時には、家族は支え合うべきだと思うの。そうでしょ?」
続いて和歌子が言った言葉に茉莉は頷く。
「はい。家族は支え合うものだと思っております」
「そうか! ならば――」
「これから私は微力ながらも、斎様の妻として北上条家をお支えしていく所存でございます」
斎に肩を抱かれた茉莉は、泰造の言葉を遮ぎる形で自分の決意を伝えた。
「あなたには、これまで育てた私たちに感謝を返す気持ちはないの!?」
「大変失礼いたしました」
和歌子の怒声にも茉莉は感情的になることなく、ただ静かに二人に頭を下げる。
「これまで育ててくださって、誠にありがとうございました」
茉莉からの絶縁宣言にも聞こえたのか、二人は言葉を詰まらせた後、ただ項垂れた。
一つの事件が収束して、茉莉たちは家に戻った。すると絹を始め、屋敷にいるすべての人たちに笑顔で出迎えられた。
「お帰りなさいませ。このたびは本当に大変でございましたね。ごゆっくりお休みくださいな」
「ありがとう、絹」
「――あら、茉莉様。またあやかしが増えているのですね」
斎は絹に応対し、茉莉は一人の女中さんから声をかけられた。
「やだっ、本当!」
続いて別の女中さんが声を上げて、茉莉が一瞬ひやりとしたのも束の間。
「可愛い! 私、この子をお世話したーい!」
彼女は茉莉の肩に乗っているライを指さす。
「じゃあ、私はこの子! 鎌鼬かしら。凛々しいお顔だこと!」
「じゃあじゃあ、私はすねこすり! きゃあ、もっふもっふ。可愛いぃぃっ!」
「俺は青鷺がいいです!」
「では、僕は共鳴鳥を」
テンやライ、フウの他にも、上天せずに核が残った子たちが茉莉に付いてきたのだ。
「じ、実はこんな子もいます。琥珀」
茉莉が手の上に置く貴石に声をかけると、それは虎の姿へと変わった。
斎が斬った核が完全に砂と散る寸前に助けることができたのだ。――いや。斎が情けをかけて、手加減したのだろう。
「うわぁ! 虎魄ですか!? か、かっけー。この子にする」
「ま、待てよ! 俺だってその子の世話をしたい!」
「そうよ! どの子にしようかと迷っている間に、皆して勝手に決めていかないでよ!」
「はいはい。皆さん、これからゆっくり平等に決めていきましょうね。――ですが。わたくしは、女中頭権限としてこの火鼠を頂きますわね」
絹は、茉莉の首の後ろに隠れていた火鼠をそっと手にのせた。
「女中頭! 職権乱用はんたぁあいっ!」
抗議と共に皆の笑い声が上がる。
茉莉は、あやかしを家族として好意的に受け入れてくれたことが本当に嬉しく、ありがたく思った。




