第53話 功労者
茉莉は初めて会う男性だが、彼の顔に斎の面影がある。
「あの? 大丈夫でしょうか」
「あ。だ、大丈夫です。ありがとうございます」
再度、男性から尋ねられ、茉莉は慌てて答えた。
「そうですか。良かったです。ところであなたは黒澤家の方ですか? ……式神、いや、あやかしか?」
彼はぼそりと呟き、足元にいるテンや茉莉の肩にいるフウやライに鋭い視線を向けたので、茉莉は自分に意識を戻そうと話しかける。
「いいえ。違います。私は」
そこまで言ったところでもう一人男性が現れた。
「北上条副官! 結界の修復を完了いたしました」
部下の一人のようだ。敬礼を取ってその男性に報告した。
「そうか。ご苦労。今、屋敷外には出ていないようだが、念のため、結界を強化してくれ」
「お、お待ちください! 今、この結界の中には斎様たちがいらっしゃいます。万が一、退避する時のために結界の強化は控えていただけませんか」
屋敷内のあやかしは大幅に減ったと言うが、すべて出たわけではない。結界の強化で、結界の縮みがさらに加速されるかもしれない。
「斎? もしかして北上条斎のことですか?」
「はい、そうです。あなた様は斎様のご令弟の理様でしょうか」
「……ええ。あなたは一体誰です?」
彼は不審そうに目を細めた。
「申し遅れました。私は黒川茉莉と申します」
「黒川。――ああ、中で囚われているという女性のご家族ですか?」
「そうです」
「心中お察しいたします。しかし、中には大量のあやかしが確認されています。そのあやかしが結界を破って出てきたら、大変な事態になるのはご想像がつくでしょう」
「もちろんです。ですが、その大半のあやかしはもう屋敷内にいません。結界内にあやかしがいたのは、蠱毒のために集められていたためです。斎様がそのことにお気づきになったので、できる限りあやかしを結界外へ出したのです」
順を追って説明したつもりだが、理が茉莉に抱いている不審さはぬぐい切れていないようだ。
「門外であやかしは確認できたか?」
理が指令を待っていた部下に尋ねると、彼は首を振った。
「いいえ。確認できませんでした」
「――だそうですが?」
「それは門の外に出るまでに上天したからです」
「上天? 清祓いしたという意味かな。仮にあなたの言葉を信じるとしたら、多数のあやかしを一度に浄化したということですか? 誰がそれをしたと?」
理はふっと冷笑する。
「まさかあなただとは言いませんよね。失礼ながら拝見したところ、霊力もほとんどないようだ」
「そ、それは今」
「浄化に使ったところだからとおっしゃるつもりですか?」
とても信じてもらえそうにないと思い、茉莉は青ざめる。
「黒澤貴斗の仲間かもしれない。拘束しろ」
「はっ!」
「お、お待ち――」
理の指示で隊員が素早く手を伸ばそうとした瞬間、伊吹が姿を現して割って入った。
「何……だ」
伊吹の圧倒的な霊力を感じたのだろうか。理は一歩後ろに下がって顔を引きつらせる。
「理様。私は斎様の妻になる予定の人間でございます」
「は?」
「信じていただかなくても構いませんが、私は戻ることを斎様にお約束しましたので、行かせていただきます。テン、ありがとう。いらっしゃい。ライ、お願い」
小さくなったテンが茉莉の胸元に飛び込んで収まり、ライは茉莉と理との間に雷を一つ落とした。
瞬時に飛び退がった彼を背後に、茉莉たちは先ほどより離れている結界まで走った。
「伊吹、お願い」
「ワウッ!」
伊吹は前足を一振りし、結界を破る。
「ま、待て!」
結界をくぐり抜けたところで、ようやく追いかけてきた理が叫ぶ。
振り返ると、彼の目前で結界が自己修復して元の姿に戻るのが見えた。理はすぐさま刀を取り出して結界を斬ろうとするが、かなり硬いらしい。斬ってはすぐに修復を始める。
これを一刀両断して大穴を開け、かつ維持した正真はやはり凄い。
「斎様のもとへ行ってまいります」
茉莉はそう言い残して、蔵へと走った。
茉莉が屋敷の裏手へと回ると、虎のような獣型のあやかしと戦っている斎たちの姿が見えた。体勢を崩した正真の脇腹へ、太く長い尻尾で勢いよく鞭打ちされそうになっている。
「伊吹!」
茉莉が指さしながら声をかけると、伊吹は一足飛びで向かい、正真の前に結界を張る。
力強く振られた尻尾で即席の結界は瞬く間に壊されたが、正真はわずかに作られた時間で飛び退くことに成功した。伊吹はそのまま前線で攻撃を始める。
「感謝する!」
「茉莉!」
正真は礼を述べ、斎は迫りくる攻撃を流しながら茉莉の近くまでやって来た。
「遅くなりました、斎様」
「いや。約束を守らせたことを後悔している」
「いいえ。討伐が困難を極めているのならば、お傍で補助できることを光栄に思います」
「……悪い。あいつの弱点が見えるか。跳躍力と俊敏性が高く、先ほどから決定的な損傷を与えられていない。君の妹君が近くに囚われているため、高位の式神は使いづらいんだ」
能力の高い式神は格が高く、使役するのには人間側に高度な術と力が求められる。扱いも当然ながら難しい。さじ加減を間違えると、控えめに言って屋敷一つを吹き飛ばすことにもなる。
「はい。承知いたしました」
核の色でだいたいの能力が分かるため、茉莉は目の前のあやかしに集中した。
「主に木の能力のようですが、火、水、金の能力を取り込んでいるのが見えます。一番大きな核は尻尾の先ですね。後は体中に小さな核が散らばっていますが、一つずつ消えては大きな核に吸収されていっています。ただ、黄金の瘴気は広範囲に利いていて、一度に複数の核が消えていくのが見えます」
「なるほど。確かに尻尾が単体の生き物のように意思を持って動いているように見え――っ!」
言葉を切った斎は結界を張りながら、茉莉を抱えて後ろへ飛び退いた。
茉莉たちに向けて稲妻を無数の矢のように飛ばしてきたためだ。フウとライは、それを斬り裂いたり、吸収したりして防いでくれた。
「怪我はないか」
「はい。ありがとうございます」
「中心の核を壊せば、弱体化するということだな」
「はい。おそらくは」
茉莉は必死で頷く。
「分かった。――千尋! 私が尾にある中心の核を斬る。足を拘束して地面に倒せ。正真は千尋の援護を頼む! 伊吹は下がって茉莉を守れ!」
「承知いたしました!」
「分かった!」
「ワウッ!」
それぞれ指定位置についた。
茉莉は前に出ても足手まといになるだけなので、後ろに下がって見守る。フウやライにも息の合った三人の呼吸を乱さないよう、控えさせる。時折流れ弾のような攻撃が茉莉のもとまで来るが、伊吹たちがすべて防いだ。
一方、千尋があやかしの後ろ右足に拘束術を施すと、あやかしの足から千尋の手まで繋がる一本の紐が見えた。
「体勢を崩します!」
千尋がその紐を引いて、あやかしの体勢を崩そうとした。ところが、あやかしは力強く身を振り、紐で繋がった彼の体は反動で屋敷の壁に激しく叩きつけられた。
「千尋!」
「千尋様!」
茉莉が千尋のもとまで駆けつけたところ、彼は苦悶の表情を浮かべていた。すぐに動ける状態ではない。
と、その時。
「テン!? 駄目よ!」
茉莉の胸元からテンが飛び出して、あやかしの足元に向かって行った。
「テ――っ!?」
突如、大きくなったテンに足元へまとわりつかれたあやかしは対応できず、体が揺らぎ倒れる。
「テン――お前の勲功だ!」
斎はそう叫ぶと、あやかしの尾に刀を振り下ろした。




