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第51話 茉莉の作戦

「茉莉!」

「も、申し訳ありません。左目、額、心臓、後ろ左足、左目――」


 違う。左目は言っただろうか。

 茉莉が焦りを感じたその時。

 バリバリと派手な音から始まり、雷がそのあやかしに直撃したかと思うと、とどめと言わんばかりに鎌で素早く切り刻まれた。


「――ラ、ライ、フウ。ありがとう」


 茉莉は斎に名前を付けたほうがいいと言われたので、雷獣はライ、鎌鼬はフウ、すねこすりはテンと名付けた。そのライとフウが茉莉の指示前にあやかしを討伐したのだ。


「斎様、申し訳ありません」

「いや。私こそすまない。核が複数の時の話をしていなかったな。複数の場合は式神による攻撃に切り替えるから、『複数』と言ってくれ」


 斎らは、いざという時のため、霊気の消耗が少ない剣術にしていたらしい。


「承知いたしました。……あら、テン」


 テンはライの音に驚いたのか、体を震わせていたので茉莉は襟を開ける。


「テン、あなたは私の胸元に」


 茉莉が指示するとテンはすぐに潜り込んできた。


「ふざけるな、テン! それ以上は許さないと言っただろう!」

「ですから斎様。今、それどころではないので! しかも斎様と違って、テンは茉莉様から許可を得ています」

「――ぐっ! だ、だが私は茉莉の夫だ」


 茉莉は次々と襲ってくるあやかしの核の場所を示すと、二人は話しながらも確実に核を斬っていく。


「それと話は別です! 男女の盃を交わす前までは茉莉様の許可が出ない限り、指一本たりとも触れることは許されません!」

「な、何だと……」

「千尋様! へ、変なことをおっしゃって、斎様の士気を落とさないでくださいませ! 心臓と前左足、頭頂部、目の下、複――」


 茉莉が指さしながらそう言った時、右のあやかしが大きな刀で薙ぎ払われるのが目に入った。


「――え」

「よう、斎! 俺も応援に来たぞ。大怪我を負ったと聞いていたけど、元気そうだな」


 突如現れた男性は、大きな刀を抱えながら斎に嫌味のない笑顔を向ける。

 茉莉は突然の登場に驚いたが、斎は彼が来ることを予想していたようだ。軽く頷いた。


「正真か。おかげさまでな。茉莉、こちらは私の従兄の正真だ」

「ま、茉莉でございます」


 こんな時なので簡単に自己紹介をする。


「ん? 何でこんな所に女性がいるんだ? 黒澤の屋敷の者か? 危ないぞ。屋敷の外に逃げたほうがいい」

「茉莉は私の妻だ」

「はっ!? いつ結婚したんだよ! というか、それでも何で現場に連れてきているんだよ!」

「彼女は見鬼の力に優れている。変異型あやかしでも核――急所が見える」

「は? 急所だって? そんなもんは――」


 正真はそう言って、刀で一度に二体を薙ぎ払う。大きな刀を扱っていると思えないほど俊敏な動きだ。


「急所も何も動けなくなるまで斬ればいいだけだろう」

「やはり脳筋ですね」


 千尋は呟いた。――しかし。


「正真様! 後ろの左足先です!」


 正真が薙ぎ払ったあやかしが再び動き出して彼を襲おうとしたので、茉莉はあやかしの足を指さす。


「ちっ!」


 正真は舌打ちした後、再び刀を振るったところ、今度こそ核はすべて壊れて砂と消えた。


「なるほど。助かった。感謝する」

「いいえ。お役に立てて光栄でございます」


 茉莉がほっとして笑顔を向けると、正真は気まずそうな表情になる。


「正真、茉莉を邪な目で見るな。潰すぞ」

「お前のほうが邪だろうが!」

「お二人とも落ち着いてください。言い争いしている状況ではありません」


 千尋が、いがみ合う二人をなだめる。


「それにしても、話はだいたい聞いたが、貴斗は何を考えているんだろうな」

「正真を陥れようとしていたということだ」


 正真は斎の言葉に苦笑いした。


「いや、斎。俺のこと、何だと思っている? さすがにそれは分かっているって。しかし屋敷に結界まで張るかと思ってな」

「屋敷に結界を張っているのは当たり前のことだろう」

「それはあやかし用の結界だろ。そうじゃなくて、対人用だよ。俺が屋敷に入ろうとしたら、反発を受けたぞ。斬って入ったけどな」

「対人用の結界? 私たちが入った時はなかっ――まさか」


 斎ははっと顔色を変える。


「まずい。屋敷全体が結界内か」

「ん? 何のことだ?」


 正真は眉をひそめたが、千尋はすぐに察した。


「蠱毒ですよ! 式神の視認では、蔵からあやかしが出てきたので、そこで行われていると考えていました。しかし、実際は屋敷全体が蠱毒の結界内なのです。屋敷中のあやかしは、私たちに対する攻撃や妨害ではなく、蠱毒のための道具として集められたものです。そしてその中に私たちがいる」


 茉莉もそこで初めて周りを見てみると、大変な事態に気づく。


「い、斎様。先ほどより結界の範囲が狭まってきています」


 範囲が狭くなれば、あやかし同士の遭遇率が高まってしまう。


「そのようだな。結界修復の指示を出したのが裏目に出たか」

「も、申し訳、ありません。普通のあやかしのほうが多いことで、気づくべきでした」


 自分は見えていたのに。自分だけが見えていたのに。役に立つなどと大きなことを言っておいてこの有様だ。

 茉莉は唇を噛む。すると斎は茉莉の肩を抱き寄せた。


「茉莉の責任じゃない。判断を見誤ったのは私だ。それにもしこの場に茉莉がいなくても、同じ状況になっていた」

「そうですよ。誘い込まれていたのは同じことです」


 千尋も茉莉に慰めの言葉をかけた。


「おい。あやかしは屋敷中にいるんだぞ。一つひとつは脆弱なあやかしでも、戦った相手を取り込んでいったら、非常にまずいんじゃないのか? かといって、ここにいるすべてのあやかしを相手にしていたらもたないぞ」

「すべて討伐する必要はない。大部分は敵意のないあやかしだから、結界外へ出せばいい。それに数を減らせば、これからの戦局が有利になる。――が。黒川家と違って今回は数も相当多く、広範囲に散らばっているな」


 斎は正真に対策を提示するものの、黒川家とは異なる状況に最善策ではないと感じているようだ。

 茉莉は目を伏せて、あやかしを一か所に集める方法を考える。


「……あ。そうだわ」


 一つの案が閃いた茉莉は目を開けると、両手を伸ばしてみせた。


「正真様、結界にこれくらいの大きな穴を開けることは可能ですか?」

「ああ。もちろん」

「そうですか。ではその穴を維持することはできますか?」

「自己修復していたから長くは無理だが、少しぐらいならば」

「待て。茉莉、何をするつもりだ」


 斎が先走ろうとする茉莉を止めた。


「あやかしを結界外に出して、数を減らすのです」

「そりゃあ、斬った結界近くにいるあやかしなら、何体かは出て行くかもしれないが、せいぜい数えるほどだろ」


 正真が口を挟む。


「はい。ですので集めてから外に出せばいいのです」

「集めてから? 集めるってどうやって。弱いあやかしは、むしろ俺たちから逃げ回っているぞ」


 斎は言った。茉莉の霊気は花のような香りで、あやかしが酔って従順になっているのではないかと。茉莉は冗談かと思ったが、伊吹や黄金、テンたちの様子を見ていたら、あながち間違ってはいないと思った。だから。


「まず私の霊気であやかしを集め、正真様が斬った結界から外に出ておびき寄せます!」


 茉莉は自分の胸に手を当てた。

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