第50話 討伐へ向かう
彩華の姿は一瞬だけ映し出された後、すぐに暗くなって消えた。
「映像はここまでですね。式神がやられたのでしょう」
術が解かれ、白い霧が晴れる。
「大丈夫か、茉莉」
「い、今のは間違いなく彩華でした。なぜ。なぜ彩華が……」
そこで茉莉は思い出した。斎の看護の礼として、縁談を統帥夫人に要求したことを。
茉莉は夫人を見た。
「ま、待ってちょうだい。確かに私は斎が快方に向かっていると聞いて、黒川家への返報としてもう一人の娘さんのために縁談を用意したわ。だけれど、黒川さんから断りの連絡があったと聞いているわ」
「縁談のお相手は、黒澤貴斗ではなかったと?」
斎が問う。
「ええ。石黒家の次男よ」
茉莉は、分家の妻になるのは嫌だと言った彩華の言葉を思い出す。
おそらくその人物で納得しなかったのだ。黒澤貴斗とはどういう接点があったのか分からないが、彼と縁を結ぼうと思ったのではないだろうか。だから彩華が黒澤家にいるのではないか。
今回の一連の事件に黒澤貴斗が関わっているのだとしたら、彼は彩華をあやかしに霊気を与える役として、妻として迎えようとしたのだろうか。
「とにかくすぐに隊員に招集をかける。斎も千尋も黒澤宅へ向かって討伐を!」
統帥の指示が聞こえ、茉莉ははっと思考から戻って顔を上げる。
「はい」
「承知いたしました」
身を翻した斎は茉莉の両肩に手を置いた。
「茉莉、車を出すから君は自宅へ戻るんだ」
「わ、私は」
茉莉は拳を作り、斎から視線を外して統帥を見た。
「――か、閣下! 私も一緒に向かわせてください」
「茉莉、何を言っている! 駄目だ!」
「そうだよ。いくら何でも戦闘経験のない君に足を踏み入れさせるわけにはいかない」
即座に斎と司から反対されるが、茉莉の意志は固い。
「私は変異型のあやかしの核が、弱点が見えます。必ずお役に立てるはずです。伊吹が私を危険から守ります。決して皆さんの足手まといにはなりません」
伊吹は同意するように再び姿を現すと、茉莉の前に立った。また、黄金まで姿を現して茉莉の足元にまとわりつく。
「……そうだな。それは私も考えていた。確かに君の能力は、今の現場で役に立つだろう」
「父上!」
「これから優秀な隊員を呼び寄せて黒澤宅へ送るが、茉莉さんほど見鬼の才に優れる者はいない。これまで以上の強い蠱毒が作られているとしたら、茉莉さんを連れて行くのが得策だ。茉莉さん、私からは許可しよう」
「はい! ありがとうございます」
茉莉が礼を述べると統帥は頷き、斎を見た。
「斎も茉莉さんを守るんだ」
「言われなくても茉莉は私が守ります。ですが、現場に連れていくことは反対です。茉莉の夫として断固拒否させていただきます」
「斎様」
茉莉は斎の手を両手で包み込む。
「斎様が私の身を案じてくださるように、私も斎様の身を案じているのです。少しでも私がお役に立てるのであれば、お力になりたいのです。――もう、あのように苦しむ斎様のお姿を見たくないのです。どうかお願いいたします。私も一緒に連れて行ってください。必ず斎様をお守りいたします」
「っ!」
さらにぎゅっと手に力を込めると、斎は髪を掻き上げてため息をついた。
「まったく私の妻は……。ただし条件がある。守るのは私であって、君ではない。それを素直に受けるというのならばだ」
「お約束いたします」
「分かった。では、決して私の傍を離れないように」
「はい!」
そうして茉莉たちは、討伐準備を終えると本部を出た。
「茉莉、大丈夫か」
「――は、はい」
茉莉は今、斎が召喚した鳥型の式神の上に共に乗っている。千尋はもう一体の式神に乗って移動中だ。
昼間ということもあり、大きな鳥が人を乗せて運んでいる光景を誰かが目にしたら大騒ぎになるだろうが、術がかけられていて他の人の目には映らないそうだ。
袴と動きやすい靴を借りたので動作に不便はないが、風を感じてとにかく怖い。背後で斎が抱きかかえているものの、茉莉は怖くて目を開けられない。正直、正面から抱きつきたいところを必死で我慢している状態だ。
「茉莉は高所恐怖症だったか?」
「こ、高所恐怖症ではなくても怖いと思います」
「そうか」
斎はくすりと笑い、さらに茉莉を抱きしめた。茉莉は目を閉じている分、より温もりが伝わる。
「心配ない。安心して私に身を任せていればいい」
「はい。ありがとうございます」
「ところで茉莉。同行したいと言ったのは、妹君のためでもあるのだろう? 黒川家ではあまりいい扱いを受けていなかったのではないのか?」
「……昔は仲が良かったのです」
絹が黒川家から持ってきてくれた荷物を解いてみたところ、幼い頃の宝物が出てきた。それは彩華とお揃いの茉莉が竹で作った指輪。
きっと彩華はもう捨ててしまっているだろうが、茉莉にとっては幼い頃の大事な思い出だ。
「斎様は今もご兄弟、仲がよろしくていいですね」
「兄は両親に代わって可愛がってくれた親みたいなものだから」
「そうですか」
「ああ。さあ、もう到着す――っ」
「斎様?」
茉莉は、突如言葉を切った斎に異変を感じて目を開けた。するとそこには屋敷の結界が破られ、外に出たあやかしが隊員たちと戦っている姿があった。
変異型のあやかしは、昼も夜も関係なく力を出せるようだ。
「茉莉、下りるぞ!」
「は、はい!」
茉莉は斎に強く抱かれながら急降下していき、現場より少し離れた所で降ろされた。千尋も同様に降り立つ。
「茉莉、大丈夫か」
「は、はい。何とか」
茉莉は差し出された手を取って体勢を整える。
「では、行くぞ」
手を繋がれたまま屋敷に向かうと、斎は近くの隊員に声をかける。
「第三地区指揮官の北上条斎だ! 状況はどうなっている」
「はい! ご報告いたします! 四半刻ほど前に結界が破られ、あやかしが屋敷外に現れ始め、討伐と結界の修復に当たっております。隊員は私を合わせて五人のみで、内部まで潜入できた者はおりません!」
「よし、分かった。内部は私たちが引き受ける。君たちは、まずは近隣住民に避難指示を出してくれ。また引き続き、外のあやかしの討伐と結界修復に当たってくれ。攻撃してくるあやかしだけ対応すればいい」
「承知いたしました! ……ところで指揮官、そちらの女性は」
女性を連れていることがどうしても気になったらしい隊員がおずおずと尋ねる。
「ああ、彼女は」
「千尋様! 左方のあやかしの核は右足、正面はお腹、右方は右目です!」
「了解しました!」
斎が振り返ると、指示を出している茉莉が目に入った。千尋は、茉莉の指示を元に刀をほんのひと振りで正確に斬って三体を討伐する。
「――というわけだ。すぐに応援が来るため、何とかここを持ちこたえてくれ」
「は! しょ、承知いたしました!」
「では行こう、茉莉、千尋!」
「はい!」
屋敷内に入った茉莉は、斎と千尋に挟まれながら走る。
庭にもたくさんのあやかしがいる。そのほとんどは攻撃性のない通常のあやかしだが、蠱毒による変異型のあやかしも少なくはない。
「両耳! 鼻と額! 前左足!」
茉莉は前方のあやかしを指さしながら斎と千尋、そして伊吹と黄金に指示を送った。するとその時、背後からの気配に気づいて振り返る。
「っ!」
五つ以上の核が見えた茉莉は、言葉を詰まらせた。




