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第5話 祓い師家系の道筋

 茉莉は一日の仕事が終わって部屋に戻った後、伊吹にご飯をあげた。一方、茉莉はというと、女中頭の宣言通り、今日は夕食を抜かれた。

 家族は茉莉が食事を抜かれていることは知らないだろう。なぜなら普段、一緒に食事を取ることがないからだ。茉莉がいつ食事をしているか、何を食べているかは知らない。仮に知っていたとしても、誰も気にも留めないに違いない。


「こんな関係を家族と呼べるのかしら。……呼べないのでしょうね」

「クゥン」


 自嘲していると伊吹がそっと寄り添い、頬を舐めて慰めた。


「ありがとう。大丈夫よ。私には伊吹がいるんだもの」

「ワフ」


 伊吹の背中を撫でると、嬉しそうに小さく吠える。


「さあ。依頼品を浄化する前にお腹を満たさないとね」


 茉莉は懐紙を開いて加須底羅を取り出した。

 踏まれて半分以上も厚みが失われているが、味に変わりはないはずだ。軽く払った後、ためらいもせずに茉莉がそれを口に運ぼうとした瞬間。


「ワンッ!」


 女中頭の匂いを感じ取ったのかもしれない。伊吹は茉莉を止めようとひと鳴きし、茉莉の手首に前足をかける。


「仕方ないの。浄化には体力がいるから」

「クゥン……」


 やるせなかったのだろうか。悲しそうに鳴いた伊吹は、再び茉莉の頬を舐める。


「優しい子ね。私は大丈夫」


 伊吹をひと撫ですると、茉莉は人生初めての加須底羅を口にする。

 本当の加須底羅はもっとしっとりしていて、ふんわり食感なのかもしれない。平たく潰れて硬くなってしまった加須底羅は、飲み込みづらくてむせそうになった。それでも口に残る優しい甘さはほんのりと幸せな気持ちにしてくれる。

 ……一筋だけ涙が伝った。

 しかし茉莉はすぐに手の甲で拭い、二つの内の一つを食べ終えると懐紙に包み直した。


「浄化を始めましょう」


 風呂敷を解くと、造形が美しい大きな壺が出てきた。

 茉莉にはその価値など分からないが、年代物のようだ。


「伊吹、お願い」

「アゥ!」


 伊吹が威嚇体勢を取り、強い霊気を放ってあやかしの妖力を削ると壺から黒い靄が天井高くぶわりと立ち上がった。


 黒い靄は伊吹を恐れるようにのけぞって距離を取ろうとするが、長年取り憑いていたのか、もはや壺と一体化してしまって離れることができないようだ。

 一生懸命、膨れ上がった大きな体を上下に揺らしているが、尻尾のように細くなった先端だけはしっかりと壺にくっついて離れない。

 逃げ惑うその姿が哀れにも思えた。


「グルルルッ」

「こら。伊吹、脅かしちゃだめよ」


 茉莉は、黒い靄に前足をかけようとする伊吹をたしなめる。


 伊吹の力ならば前足一振りで、あやかしを瞬く間に消滅させることはできる。しかし茉莉は消滅ではなく、浄化したい。留まるところを知らぬ人間の欲から生まれたあやかしは、飢餓感を覚えるものが多いと言う。そんな飢餓感から解放して、満たされた状態で上天させてあげたいのだ。


「大丈夫。いらっしゃい。霊気をあげるわ」


 手を差し伸べると、黒い靄は伊吹を警戒しながらもゆっくりと近づいてきた。

 そこで茉莉が霊気を放つと、黒い靄は素直に茉莉の霊気を受け入れる。すると壺に付いている尻尾がどんどん先細っていき、ついに壺から完全に離れた。


 形を変えて小さく球体になった黒い靄は大人しく茉莉の手のひらに収まり、やがてその身の色すら淡く変化させていく。

 最後はまるで感謝を述べるように小さく光を放つと、天に昇るように溶け込んでいった。


「……行ってらっしゃい」


 茉莉が余裕を見せていられるのは、そこまでだった。ひどい脱力感に襲われて畳へ倒れ込む。


「キュゥン」

「大、丈夫。休めば、戻るわ」


 心配そうに覗き込む伊吹の顔に触れた。


 清祓いも霊気を必要とするが、祝詞との相乗効果が生まれて霊気の消耗を抑えられる。しかし茉莉は霊気量が少ないせいか、霊気をうまく祝詞にのせることができず、その祝詞であやかしを誘き出したり、力を削いだりすることもできない。何より浄化が終わるや否や、無様に倒れ込む姿を依頼人に見せることなどできない。


「祓い師としてもっと有能だったら、愛されて……いたのかしら」


 もしもの話など無意味だと分かっていても、呟かずにはいられなかった。



 秋が深まってきた頃、黒川家には一つの明るい報せが入ってきた。


「え! 北上条家のご次男様がお見えになるのですか? もしや彩華様へ結婚の申し入れに!?」


 厨にやって来た和歌子から聞かされた女中頭は、喜びで飛び上がらんばかりの満面の笑みを見せた。


「落ち着いて。候補の一人に挙がっただけよ。我が家を視察されたいのですって」


 政が行われて人も欲も集中し、魑魅魍魎がはびこる帝都は、古よりその場所を中心に四方の方角を守護する退魔師家系が配備されてきた。北上条家と言えばその名が示す通り、北部を守護する家門を統括する御家門である。


「器量よしで、祓い師としての能力も高い彩華お嬢様をお選びにならないはずがありませんわ!」

「まあ、そうね。きっと見初められると思うわ」

「清高お坊ちゃまも、素晴らしい退魔師様に師事なさって奮起なさっているとお聞きしますし、黒川家は安泰でございますね!」


 我が黒川家は四大家門を補佐する一族の一つだ。

 補佐する家系は、男性なら退魔師に仕えたり、自身が退魔師になったり、女性なら退魔師に嫁いでお世継ぎを残すことが人生の筋道となっている。


 一般家庭では次期家長となる嫡男が厚遇されるが、祓い師家系の一部では、娘は四大家門の司令官長となる人物、さらには帝都本部の統帥となる人物にも嫁がせられる可能性があるので、嫡男よりも手塩にかけて育てられるという。


 我が家も娘優先主義で、清高は彩華を蝶よ花よと育てる家風を嫌い、現在は家を出て退魔師に仕えている。今は退役しているが、現役時代はあやかし殲滅現場にこの人ありと謳われるくらいの卓越した能力者だったそうだ。


 一方で、妻となる者も高い能力が求められているので、彩華も祓い師として日々修練している。

 中には夫と肩を並べるほどの霊力を持ち、共に戦った女性も過去にいたというが、それは例外中の例外だ。女性の基本的な役割は主が不在中、結界を張って屋敷を守ることにある。


 そんな祓い師家系なら誰もが憧れる家門が出自の北上条斎が、彩華の祓い師としての評判を耳にして婚約者候補として挙げたということだ。


 北部は四つに分けられ、北から北北東地域までの指揮官である斎は兄弟、親戚の中でも霊力と戦闘能力、指揮力が最も高く、北部司令官長の最有力候補と言われている。

 和歌子ができるだけ冷静に対処しつつも、華やぐ気持ちを隠し切れないのも、祓い師家系の人間なら誰しも理解できることだろう。


「お荷物がいなければ完璧なのだけれどね」

「さようでございますねぇ」


 二人から蔑みの視線を背中に感じながらも、茉莉はただ黙って料理作りに専念する。


「とにかく週末に北上条斎様ご本人がお見えになるから、その心づもりでいて。決して粗相のないように。見栄えの悪いお荷物が出てこないように、しっかりと指導しておいてちょうだい」

「かしこまりました!」


 和歌子からの指示に対して、女中頭は声高らかに答えた。

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