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第49話 蠱毒の判別試験

 結界が、ばりんと音を立てて割れる。

 伊吹が傍にいてくれているおかげで、完全に割れて消滅した上、茉莉の手の痛みもない。

 一方、茉莉の気配に気づいたすねこすりは、酷く呼吸を乱しながらも威嚇してきた。


「グッ――グルルルッ!」

「大丈夫。あなたを傷つけたりしないわ」


 茉莉が穏やかに声をかけて、すねこすりの背に手を当てるとすぐに大人しくなる。そのまま霊気を与えたところ、乱れていた呼吸が整い、やがてむくりと力強く起き上がった。そのまま勢いよくぶるりと体を震わせる。

 すると、複数あった核が大きな核一つだけになっていることが茉莉の目で確認できた。


 もう大丈夫だ。戦いの末、肉体は亡び、魂だけになっていた他のあやかしも、これで上天できたことだろう。

 すねこすりは茉莉の脛ではなく、手のひらに顔をこすりつけてきた。感謝を述べているようだ。


「試験は失敗だな」


 統帥の声が聞こえ、茉莉は、手から登ってきたすねこすりを肩に乗せたまま振り返った。


「先ほどまでは、そのあやかしは何の変化もなかったんだ。その様子では誰の目から見ても、蠱毒に侵されていたあやかしだと分かってしまうだろう」

「そうですね。特徴を知っている方なら、お分かりになるでしょう。ですが、完成された雷獣や鎌鼬ならば、分からない方もいらっしゃるのではないでしょうか」


 総帥はぴくりと眉を上げる。


「どういうことかな」

「雷獣も鎌鼬も同様に、蠱毒によって生み出されたものだということです」

「その根拠は?」


 この問いかけが本当の試験なのだろう。


「雷獣は大きな核を一つだけ持っているのが見えます。きっと雷獣の力が圧倒的に強く、同じ結界に閉じ込められたすべてのあやかしを取り込むことができたのでしょう。一方、鎌鼬は小さな四つの核を持っています。こちらはおそらく力が拮抗していて、共生し合うことを選んだため、安定しているのだと思います。最後に、すねこすりは最期まで反発し合い、共倒れする可能性が高かったと思われます」

「なるほど……。一口に蠱毒と言っても、あやかしを能力ごと飲み込んで強くなったあやかしや、共生して核が増えて一つ斬ったところで討伐できないあやかしがいるということか」


 合点がいったと、斎は頷く。


「いや、凄いね。そこまで分かるとは。君の見鬼の才は確かなようだ。参ったよ」

「……ありがとうございます」

「ところで父上。この種類の違う三体のあやかしは、どこから捕まえたのですか? 確か兄上に聞いていた話では、生け捕りにできたのは一体だけだったはずですが」


 斎は疑いの目を統帥に向けた。

 おそらく自分と同じことを考えているのだと茉莉は思う。


「禁術に手を出しましたか。あやかしを犠牲にして」

「仕方あるまい。変異型のあやかしを倒すには、その生態を研究する必要があるだろう」

「それで? その研究を終えた後はどうするつもりです」


 茉莉はその答えを聞く前に、蠱毒に使われたあやかしが囚われる結界へと手を伸ばした。


「茉莉さん! 何を!」

「やめろ! それは強化型のあやかしだぞ! まさかそれを放つ気か!?」


 茉莉は、声を張り上げる司と統帥に振り返る。


「人間が意図的に作り出した以上、きちんと管理しておくべきものですが、それは彼らの自由を、まして命を奪うことではありません」

「変異型のあやかしを放つなど正気か!」


 パリンッ。

 統帥の言葉を肯定するように、結界が砕け散る音が室内に響いた。


「さあ、いらっしゃい」


 茉莉は、雷獣と鎌鼬に向き直って手を伸ばして声をかける。すると、彼らはまるで相談するかのように一度顔を見合わせた後、唸り声を上げ、茉莉に向かって一斉に飛びかかって来た。


「茉っ――」


 切迫感のある声を上げた斎が唖然として言葉を切った理由は、鎌鼬と雷獣が茉莉の両肩に所狭しと飛び乗ってきたからだ。

 前足と尻尾の刃を収めた鎌鼬は茉莉の右頬に身を寄せ、すねこすりは左肩に乗った雷獣に押し出され、茉莉の襟元まで滑り落ちてきてそこに収まる。


「おい、すねこすり! それ以上、奥は許さないぞ。まだ私だって」

「斎様、落ち着いてください。今この状況下で吐く台詞ではありません……」


 千尋になだめられて、斎ははっと我に返り、ごほんと咳払いする。一方、司は呆気にとられた。


「まさか本当に懐かせるとは」

「しかし無茶をする子だな」


 統帥は疲れたようなため息をつく。


「もし一欠片でも敵意が見られたら、伊吹は間違いなく私を守るために動いてくれたでしょう」

「犬神と信頼関係があるのだな」

「はい。その信頼を築くために動くのは人間のほうです」

「……そうか」


 統帥が重く頷いたその時、執務室の扉が荒々しく叩かれた。緊急性を感じたのか、統帥はすぐに返答する。


「閣下、失礼いたします! ご報告い――」


 側近だろう、茉莉たちにはっと気づいて言葉を止めた。


「構わん。報告を」

「はい。黒澤貴斗の屋敷を監視させていた者から報告ですが、屋敷内に複数のあやかしの姿が確認されたとのことです。現在は屋敷に結界があるため外には出ていませんが、破られることになれば近隣住民にまで被害が及ぶと思われます」

「黒川貴斗の屋敷を見張らせていたのですか?」

「ああ。現場の状況は受けているか」


 統帥は斎の質問に簡単に答えた後、側近へと視線を流す。


「はい、ただいま。――黒曜」


 側近の男性は手に乗せた烏に指示を出すと、カァと高らかにひと鳴きした。その瞬間、目の前に白い霧が立ち込める。

 突然の出来事に茉莉が動揺していると、誰かが茉莉の肩を抱いた。


「黒曜の幻術だ。恐れることはない」

「は、はい」


 すぐ傍から聞こえる斎の声と温もりに茉莉の動悸は収まるどころか、高まるばかりだ。

 しかし、目の前にぼんやりとした景色が見えてきて、そちらに興味が移った茉莉は目をこらした。


 庭と思われる景色が見えてきた。現場にいる隊員の式神も鳥型なのだろう。上空からの景色である。

 力を持つ式神のようで、結界を突破して屋敷内を旋回しながら様々な場所を見せてくれる。庭には人ひとりおらず、代わりに多数のあやかしが幅を利かせている。


「変異型かどうか分かるかね」

「……いいえ。申し訳ございません」


 複数の核どころか、一つの核も見えない。


「映像を送ってくる式神の問題でしょう。見たものだけしか送れないのです」


 斎がすぐさま助け船を出した。


「そうだな」


 再び意識を戻すと、式神が場所を移動して蔵が見えてきた。扉は開かれ、そこからあやかしが一体、また一体と出てくる。ここで蠱毒が行われているのかもしれない。

 続いて格子が組まれた窓が近づいてきて、中の様子が映し出される。するとそこには、椅子に拘束され、力尽きたように前屈みになっている人がいた。

 女性だろうか。うつむいていてその姿はよく分からない。


「あやかしに……霊気を奪われているのでしょうか。いや、あやかしの……餌にされているようですね」


 千尋が掠れた声で呟いた。一方、茉莉は思わず目を瞠った。なぜなら、ふらりと顔を動かしたその横顔に見覚えがあったから。


「――彩華っ!?」

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