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第48話 本部で受ける試験

 翌朝、茉莉がいつものように朝の準備を終えて斎の部屋へ行くと、彼はすぐに部屋から出てきた。


「おはよう」

「お、はよう、ございます」


 今日の斎の装いは退魔師の制服だった。

 いつもはゆとりのある着物姿だが、今日は身丈にぴたりと合った服装で、斎の体躯の良さがありありと分かる。

 斎はすでに仕事の気持ちになっているのか、茉莉には、いつもに増して精悍な顔つきのように見えた。


「茉莉?」

「――あ! お、おはようございます」

「おはよう? 朝の挨拶ならもらったが?」

「い、いえ。その。退魔師の制服がとてもお似合いでしたので」

「そうか。それで?」


 斎は少々不満そうに腕を組んで小首を傾げる。


「そ、それで?」

「ああ。確か藤堂には確か素敵だと言ったな。私についてはどう思った?」

「――あ。し、失礼いたしました。と、とても。……格好良いです」

「そうか。茉莉」


 声をかけられて茉莉が顔を上げると、素早く口づけられた。


「っ!」

「ありがとう」

「……はい」


 輝くような笑顔で言われて、茉莉は文句を言おうとした口を閉ざした。



 本部へは斎と茉莉、千尋で向かうことになった。

 絹は留守番だ。司は絹を口説ける機会を失って、残念がるかもしれない。

 茉莉はそんな呑気なことを考えていたが、そんな場合ではなかったことを思い知らされる。

 なぜなら本部に着くや最高司令官、つまり退魔師の統帥である斎の父親の執務室に連れて行かれたのだから。その部屋には司も在席している。しかも。


「あなたが茉莉さん? 黒川家は一体どういうつもりで、あなたを斎のもとに送ったのかしら」


 斎の母親、統帥夫人が茉莉の前までやって来て、凄みを利かせたのだから。斎の顔立ちに似た美しい人が睨みつける姿は恐ろしいものだ。


「も、申し訳――」


 しかしすぐに斎が茉莉の前に立ちはだかる。


「はっ。よくそんなことが言えますね。私の意思を無視して勝手なことをしたのは、そちらではないですか」

「あなたのことを思ってしたことよ」

「そうですね。結果的には、そうしていただいて良かったとは思っております。茉莉と出会わせてくれたのですから」

「待ちなさい。まさか斎、この子を本気で妻にする気なの!?」


 統帥夫人は茉莉を鋭い目で一瞥し、再び斎を見る。


「ええ」

「あなたは一体何を考えているの。こんな霊力が脆弱な子があなたの役に立てるとでも思っているの? あなたは、一時の感情だけで結婚を決めていい立場の人間ではないのよ」


 統帥夫人の言葉が茉莉の背に重くのしかかってきて、震え出した体を支えられそうにない。

 そう思った時、斎は茉莉の腰に手を回して支えた。


「母上、口を慎んでください。茉莉は私の尊敬すべき、愛すべき妻です。これ以上侮辱するのならば、たとえ母でも許しません」


 ――そうだ。

 初めから自分は、背伸びしても斎に届かない人間だと分かっていた。だからこそ斎にふさわしい人間になるように励もうと、釣り合うような人間に成長できるよう努めようと、心の中で誓ったはずだ。

 茉莉は背筋を正し、顔を上げて統帥夫人を見つめた。


「紗和さん、斎君の言う通りですよ。それに斎君の人生は斎君のものだ。あなたが口出しできることではありません」

「司!」


 統帥夫人は、援護してくれた司にまで苛立ちを向ける。


「あなたまで何を言っているの。だいたい、あなたもあなたよ。いつまでも結婚を――」

「紗和、もう止めなさい」


 今まで黙っていた統帥、斎の父親が席から立ち上がった。


「あなた」

「君は、斎自身が選んだ妻ではなく、能力の高い人間でさえあればいいと言うのか?」

「その通りです。私は斎のことを思って言っているのです。斎は北部司令官になることが夢なのです。その夢を力強く後押ししてくれる女性が妻となるべきですわ」


 統帥夫人は子供たちと離れて暮らしていても、子供の夢を知っている。きっと逐一成長の様子を聞いていたのだろう。統帥夫人である前に一人の母親として子を愛し、子にはなだらかな道を歩ませてやりたいと考えてきたのが分かる。


「そうか。では」


 統帥は茉莉を見る。


「茉莉さん。君の友であり、家族を私の妻に紹介してくれないかな。――見えぬ妻に、犬神を」

「な、んですってっ」


 統帥の言葉に夫人は顔を強張らせた。


「はい。承知いたしました。――伊吹」

「ワフッ!」


 茉莉の呼びかけに対してひと鳴きすると、姿を現した。これまでの話をすべて理解していたように、茉莉でも圧を感じるほどの霊気をぶわりと放ちながら。


「……ほぉ。これは……凄いね」

「ええ。この霊気の力強さをまったく感じさせなかったとは」


 統帥と司は少々苦笑いしながら感嘆の声を上げた。一方、夫人は茫然と茉莉と伊吹を見比べている。


「これほどの力を隠し持っていたなんて……。もっと早く言ってくれたら、私だって」

「母上。誤解のないよう、申し上げます。私が惹かれたのは犬神の力ではありません。私が惹かれたのは、私が自暴自棄になっていた時にでも、何度でも向き合ってくれた茉莉のひたむきさです。芯の強さです。優しさです」

「……ええ。私が悪かったわ。本当にごめんなさい、茉莉さん」


 統帥が項垂れた夫人の肩を抱く。


「茉莉さん、申し訳ない。私からも謝罪する。紗和は子供たちのことになると、冷静さを失うんだ」

「いいえ。お気遣いいただき、ありがとうございます。統帥夫人の想いは当然のことでございました」

「ありがとう。――さあ、かけてくれ。千尋も」

「はい。ありがとうございます」


 茉莉たちは、斎の両親と司の向かい側の椅子に座った。伊吹は自身の判断で姿を消した。


「ところで司から報告を受けたよ。君は見鬼の才にも優れているとか」

「優れていると申し上げていいのか、分かりかねますが」

「そうか。では悪いが、早速試させてもらおう。――司」

「はい」


 司が立ち上がり、扉を開けるとすでに準備されていたようで、結界内に閉じ込められているあやかしが合計三体、台車に乗って運ばれてきた。それらが机の上に置かれる。

 姿形や結界を攻撃している術から推測すると、左から雷獣、鎌鼬、犬とも猫とも言えない姿なのは、すねこすりだろうか。


「どれが蠱毒によって生み出されたあやかしか、分かるかい」


 茉莉は、酷く暴れているすねこすりの前まで行く。

 すねこすりは、人間の脛に体をこすりつけてくるだけの至って無害で可愛いだけのあやかしだ。そのすねこすりの体から、何かが飛び出しては引っ込む動作を先ほどから繰り返している。そのたびに苦しむ姿も黄金と同じ症状だ。


 すねこすりは今、他のあやかしと戦っている最中なのだろう。蠱毒に使われたあやかしの中で一番強いものが、最後までその姿を保つことができるのだろうが、そのまま共倒れすることもあるに違いない。

 キュウキュウと心細そうに、あるいは死を恐れて鳴く姿に茉莉の胸が締め付けられる。


「――なっ!? 茉莉さん、一体何を」


 誰かの焦った声がしたが、茉莉はためらいもなく結界に触れた。

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