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第45話 ※斎視点:斎の兄、司(2)

 斎は、本部もいずれ蠱毒という答えを導き出すだろうと考えていたが、もう結論付けていたとは思っていなかった。


「確証が得られたのですか?」


 斎が尋ねると司は小さく頷く。


「害のないあやかしの凶暴化。これまで目撃例のない変異型のあやかし。定かではない急所。さすがに自然発生の域を超えているからね。蠱毒で合成獣を作ったのではと疑うしかなかった。そこで、現場であやかしを生け捕りにして調査することにしたんだ。結果はまったくもって残念だったよ」


 司は疲れたようにため息をついた。


「予想通り、蠱毒で生み出されたあやかしだった。今回の蠱毒に使われたのは、毒虫や毒蛇の類ではなくて、あやかしだ。結界を張ってあやかしを閉じ込められる者でなければ、実行できない。つまり犯人は同業者だ」


 この事件を起こした理由として考えられることは、退魔師庁に対する怨恨か、退魔師同士の対立か、はたまたそれによって得られる利益か。退魔師の地位を上げるための自作自演か。


「どんな理由にせよ、このまま犯人を野放しにしていたら、退魔師の評価が上がるどころか地に落ちるだろう。しかも蠱毒は一介の術師が扱えるものではない。下手に扱えば、自分の身に呪詛が降りかかるとても危険な術だ。蠱毒で想像を超えた力を持つあやかしが生み出された時に、それを確実に支配できる者でなければならない。制圧できるほどの能力を持つ優秀な術師でなければ行使できない。そんな人間が世間を騒がせているのは、実に危険なことだ」


 退魔師や呪術師は、一般人に比べて政治経済を根底から覆すほどの大きな力を持っている。だからこそその力は正しく使われなければならない。今回のように、己の欲のために大規模な騒ぎを起こし、世間を不安に陥れるようなことがあってはならない。大きな力を持つ人間は、それと同じだけ重い責務を負い、安寧な世の中にするために力を振るわなければならない。


「このことは、もう他の方にも通告されているのですか?」


 千尋の問いかけに司は首を振った。


「犯人を特定しないと混乱を招くだけだ。まあ、そろそろ気づき始めている者もいるだろう。だから早急な解決が必要だね」

「兄上。調査のために生け捕りにしたのは、変異型あやかしの出現が頻発している第一地区ですか?」

「うん。そうだよ。場所的には第二地区の貴斗君のほうが近いので彼にも応援要請したんだけど、彼も最近、変異型のあやかしに襲撃されたそうでね」

「黒澤貴斗殿も怪我を!?」


 彼が管轄する第二地区も安定していた地域だったはず。


「うん。傷は大したことはないらしいけど、大事を取っているそうだよ。斎君のようなこともあるしね。だから代わりに正真君が今度は直接応援に駆けつけてくれたんだ。ところが正真君は、危うくあやかしを殲滅するところだったらしい。優秀すぎるのも困ったものだね。それでも何とか一体は捕獲できた」

「正真が……」


 我知らず拳を作る。


「犯人の目星はつけているのですか?」


 黙り込んだ斎に代わって千尋が再び尋ねると、司は微笑んだ。


「嫌疑者の絞りこみは終えている。ところで斎君――斎」

「はい」


 司は斎の名を呼び直して注意を引くと、手のひらを斎に向けた。その手のひらの中央は少し赤くなっている。


「犬神の姿は見当たらなかったが、黒川茉莉は犬神の加護を受けているね。彼女にちょっかいを出したら弾かれたよ。彼女の母方の実家は犬神家系、八神家だ」


 先ほど茉莉の手を取ったのは試すためだったらしい。最初から彼女の正体を知っていたのか。


「待ってください。まさか兄上は茉莉を疑っているのですか? 確かに犬神は蠱術の一つですが、茉莉がそんなことをするわけがありません。彼女は、人間の身勝手で生まれた犬神を解放してあげたいとまで言う心優しい女性なのです。きっと蠱毒を一番忌み嫌っている人間です! 第一、茉莉が私の妻として屋敷に入ったのは、私が襲撃を受けた後ですよ。母からの要請で、黒川家の当主が勝手に茉莉をうちに寄越すことを決めたのです。事前に計画を立てられるはずがありません。いいえ。そもそも茉莉が事件を起こす理由は一体何だと言う――」

「斎様」


 気づけば身を乗り出していた自分の肩に千尋が手を置いた。

 我に返った斎は、額に手をやって息を大きく吐く。


「感情的になりました。申し訳ありません」


 すると司は斎を真顔でじっと見ていたが、やがて顔をふとほころばせた。


「ごめんごめん。心配しなくていいよ。もともと彼女が犯人である可能性はほとんどないと思っていた。ただ、可能性の一つである限り潰さないといけないと思って話したんだ。あと、斎君がどう出るかも見たかったけれど」

「多分、後者が本音ですね」

「……兄上も人が悪い」


 千尋が呟き、斎が司を睨みつけると、司は慌てて手を振った。


「前者も本当にそうする必要があると思ったんだって。実際見た彼女の霊力では、自分の犬神を管理するだけで精一杯だろうなと思ったよ。――それにしても、斎君もそんな顔ができるんだね。安心したよ。斎君は、昔っから冷静沈着で大人びていたからねぇ。どうやら茉莉さんは、斎君の心を揺さぶることができる唯一の人物のようだね」

「そうですね」

「あ、否定しないんだ……」


 司は苦笑いした。


「兄上」

「ん?」

「兄上は、嫌疑者の絞り込みは終えているとおっしゃっていましたよね。もしかして……上層部では、正真がその最有力候補だとお考えですか?」

「どうしてそう思うのかな」


 斎の推論を聞きたいらしい。司は肯定も否定もしない。


「今回の件は時期的に見ても、北部司令官の座を巡って画策された事件だと私は考えています」


 正真もまた北部司令官の座を狙う人間の一人である。

 まず彼は、蠱毒で生き残った黄金を斎に差し向けて怪我を負わせ、治癒の回復を遅らせるために斎と黄金を縛り付けて、長期、戦線離脱させた。また正真は、理が配属されている第一地区へ蠱毒で生み出したあやかしを解き放った。北東部ではなく、北西部に凶暴なあやかしが多く出没するようになったのはそれが理由だ。


 自分が管轄する第四地区を安定させ、さらにそのあやかしの弱点を知る正真が、第一地区へ駆除の応援に行って活躍すれば、自分の評価が高まるという寸法だ。

 退魔師本部から生け捕りするよう指示を受けていたにもかかわらず、殲滅しようとしたのは、少しでも証拠を隠滅しようとしたためだろうと考えられる。


「斎君もそう考えるか」


 司が神妙そうに尋ねるので、斎は即座に首を振った。


「いいえ。私は、正真が犯人だとは思っていません。犯人は黒澤貴斗です」

「なるほど、貴斗君か」


 すると司はふっと真剣な表情を崩して笑う。


「奇遇だね。僕もそう思う」

「本当に兄上は人が悪いですね……」


 斎はため息をついた。

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