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第42話 信じてほしい

 茉莉が連れられて行った商店街は、とても賑わっていた。

 ここは実家近辺の繁華街を遙かにしのぐ人の多さだ。茉莉は井の中の蛙だったと感じた。


「とても大きな商店街ですね」

「ふふ。ここでは何でも揃いますわよ」


 商店街を歩いていると、所々にあやかしの姿が見えた。

 ひさしで影になっている所で家の壁を押して揺らしていたり、人の足にしがみついていたり、頭の上に乗っているあやかしなどだ。人が集まる所にはあやかしも多く出没する。しかし無害なあやかしばかりだ。それらも茉莉が霊体の伊吹を連れて歩いていると、蜘蛛の子を散らしたように逃げ去る。


「茉莉様、こちらがいつもお野菜を購入する八百屋さんですわ」


 目的の場所で足を止めた絹は、茉莉に店主を紹介した。

 いつもは屋敷まで配達してもらっているが、これまでは使用人が休みを取っていたため、絹が少量買いに来ていたそうだ。しかしまた再開してもらうとのこと。

 店主は、瑞々しく美味しいお野菜を仕入れていることを自負しているようだ。選別の仕方などを茉莉に喜々として教えた。

 茉莉は絹と一緒にお野菜を吟味した後、配達をお願いして店を出た。



 その後、茉莉たちは茶屋で一休みすることになった。茶屋の店内は机が十数席あるが、七割方が埋まっている。


 茉莉が給仕に案内されて店の奥まで歩いていると、天候の話や物価が上がった話、嫁姑話などの世間話が聞こえてきた。どこでも、同じような内容が会話に上るものらしい。

 案内された席に各々座ると、お茶とお茶菓子を注文した。


 茉莉がほっと一息吐いたところ、ひとつ空席を挟んだ隣の話が聞こえてきた。最近出没するあやかしについての話題だ。

 ちらりと見たところ、二組の夫婦らしき人たちが座っている。茉莉はつい聞き耳を立ててしまう。


「北西部のほうでは、あやかしが人を襲う事件が頻発しているらしいわよ。怖いわね。おちおち散歩もできやしないじゃない」

「そうそう! 聞いた話によるとそのあやかしと言ったら、人の倍の大きさほどの猛獣のようで、目は爛々と光り、口を大きく開けて牙をむき出しにし、地を這うような低い唸り声を上げていたらしいわ」


 もう一人の女性が先の女性の発言に同意しつつ、話を補足する。


「それは怖いな。……ん? いや待てよ。口を大きく開けているのに地を這うような低い唸り声? 獣が唸っている時、口は小さく、吠える時は大きく開いてないか?」

「じゃあ、低く唸った後に口を大きく開けて吠えたんじゃない。知らないけど」


 北西部には狂暴なあやかしが多いのか。あるいは見えざるものに襲われた恐怖のあまり、誇張された記憶になったのか。それとも人から人へと伝聞されるうちに話に尾ひれがついたか。噂話の真偽を見抜くことは難しい。

 

「まあ、何にせよ怖い話だな」

「でも俺たちの地区には、斎様率いる真武隊の皆さんがいらっしゃるから安心だ」


 斎率いる討伐隊は、真武隊と言うらしい。茉莉は初めて知った。


「そうよね! 北部司令官の有力候補と言われているお方ですもの! いいえ。絶対になられるわ! すらりと均整の取れた長身、すっと通った鼻筋、涼やかな切れ長の目、張りのある頬、艶のある声、さらさらの美しい髪。どれを挙げても最高!」

「……お前、容姿を褒めているだけじゃないか。斎様の素晴らしさはそこだけじゃないだろうがよ」

「私も以前、斎様の麗しいお姿を拝見したのよ。あぁ、私が十年若ければ、妻の立候補をしていたのに」


 男性たちの呆れた目を気にも留めないで、女性がうっとりと頬に手を当ててため息をつく。すると男性が腕を組んで鼻を鳴らした。


「無理無理! お前は二十年若くたって絶対に無理だろうよ! 俺だからもらってやったんだ」

「何ですって、この唐変木! 私のほうがお情けであんたに嫁いでやったのよ!」

「おいおい、お前さんら。店の中で喧嘩しなさんな。皆さんびっくりしているだろ」

「犬も食わぬ夫婦喧嘩ってやつよ」


 茉莉はそんな会話を微笑ましく思いながら、絹にこっそりと話しかける。


「斎様は町の人からも慕われているのですね」

「ええ、ええ。もちろんですわ! 斎様はわたくしの自慢の弟であり、子供ですわ」


 絹は胸に手を当てて少し誇らしげにする。


「弟であり、子ですか?」

「ええ。わたくしが奉公で北上条家に来ましたのは十の頃で、斎様は三つの時でした。主に遊び相手をしておりましたの。一度は結婚で屋敷を出たのですが、二年後に夫と子を事故で失いましてね。生きる屍となっていたわたくしにまた働く場を与えてくださって、それからずっと北上条家でお世話になっているのです」

「そ、そうでしたか。申し訳ございません」

「いいえ。茉莉様は、何もお尋ねになっていらっしゃらないではありませんか。わたくしが勝手に言い出したことです」


 絹は微笑む。


「斎様が千尋さんを連れてきてからは、千尋さんもわたくしの弟で、子ですわ」


 それほど幼い頃からの付き合いならば、二人が絹に頭が上がらないのは当然だ。彼らにとっても姉であり、母親なのだろう。


「斎様は本家に実のお母様がいらっしゃいますし、北部退魔師をこれから引っ張っていくお方だと思っておりますので、もちろんまったくの自分の息子というわけにはまいりません。けれど自分の息子にしてあげたかったことをしていこうと思い、これまでお仕えしてまいりました。ですから、北部司令官を目指す斎様を後押ししてくださるような、お嬢様に嫁いでほしいと思っておりましたの」


 茉莉は頷く。

 霊力の高い女性を妻にすることも評価にも繋がるのだろう。


「ですけれどね。わたくし、今回のことで考えを改めました」

「え?」

「斎様がお怪我されてから、何人もの霊力の高いお嬢様がお見舞いにご訪問くださいました。ですが、斎様の状態を知るや否や皆、逃げるように去りました。斎様に希望を与えるどころか、なお絶望を与えたのです。そんな時に茉莉様がいらっしゃいました。霊力が低いことは一目見て分かりました。失礼ながら、この方もすぐに逃げ帰るだろうと考えておりました」


 茉莉を追い返さなかったのは、斎の母、統帥夫人からの手紙を受けたからだろう。


「けれど茉莉様はわたくしの想像を超え、まさに言葉通り身を挺して斎様を看護してくださいました。時には、斎様を奮起させるための言葉やいさめる言葉もおっしゃったと。芯の強い方なのだと思いました。斎様の心をなだめ、癒し、支えられる方なのだと思いました。斎様の幼い頃から傍にいるわたくしどもでもできなかったことです」

「絹さん……」

「どうか斎様の言葉を信じて差し上げてください。斎様のお心をそのまま受け取って差し上げてください。茉莉様は、どうかご自分を信じてあげください。お願いいたします」


 絹は頭を下げた。

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