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第38話 ※斎視点:自分の気持ちを整理する

 斎は自宅に戻って茉莉を部屋で眠らせると、執務室で千尋たちと話し合うことにした。


「茉莉様の私物ですが、もう黒川家に取りに戻る必要はありませんわ」


 茉莉の部屋は、まさに眠るためだけの小さな部屋だったと言う。

 箪笥はかろうじてあったが、普段着や肌着が数着程度と訪問着が一着だったそうだ。他にも特別な私物はほとんど見当たらず、風呂敷三枚ですべてが収まったらしい。


「おまけに家族とは離れた所にある、使用人の部屋でした」


 絹は涙目でそう続けた。


「……そうか」


 黒川家当主のあの言動では、それぐらい序の口だろうとも思える。藤堂も、茉莉が女中の仕事をしていたと言っていた。その他にも、実の娘としては想像を超える酷い扱いを受けて育ってきたのかもしれない。

 そう考えて、斎は重いため息をつく。


「結界が破られた原因ですが、明らかに使用人らの能力不足ですね。これまでも彩華様が出かけることがあっても結界が保たれていたのは、茉莉様の犬神のおかげでしょう。しかし、茉莉様が黒川家を出てから誰も霊気を与えておらず、徐々にその力が弱まったのだと思われます」

「ああ。彩華殿も見えていないようだった。それは、当主の完全なる落ち度だったな」

「その……」


 千尋と絹は顔を見合わせる。


「斎様は犬神に話しかけていたようですが、私たちも集中しないと見えませんでした」


 絹も頷いた。


「あの時は霊体化していたからな。千尋にも見えなかったとなると、確かに神格が高いらしい。ただ、黒川家の当主が犬神を閉じ込めていたところを見ると、その時は彼らにも見える状態、実体化していたのだろう。飢餓状態で我を忘れ、誰かれ構わず霊気を奪う荒ぶる神になっていたのだと思う」


 もちろん格の高い犬神相手に、当主らの力では閉じ込めるのに限界があったはずで、ちょうど現れた茉莉を生贄として捧げるつもりだったのだろう。

 茉莉の顔に少し擦り傷があった。おそらく父親に部屋へと放り込まれたに違いない。その時の彼女の気持ちを考えると、胸が痛い。


「しかしそれでいて、茉莉に忠実だ。普通ならば彼女も襲われ、精根尽きるまで霊気を奪われていてもおかしくなかったはずなのに、普通の犬のように長らく留守にしていた主が戻ってきて、ただ喜び勇んでいる様子だった。おそらく日常的に霊体化していたのも、霊気の消耗を抑えて茉莉に負担をかけないようにしていたのだろう」


 今も眠る茉莉の傍に付いて離れない。長く離れていて寂しい思いをしていたからなのかもしれないが、何よりも彼女の霊気の香りが犬神を大人しくさせているのかもしれない。


「斎様?」


 斎は顔を上げる。


「千尋、そろそろ家の者たちも呼び戻してもらえないか。黄金とはまだ繋がっているが、もう瘴気を放って襲うことはないだろう。ただし、茉莉が霊気を与えればだが」

「ですが、犬神のほうはどうするのですか? 茉莉様が黄金に霊気を与えて、さらに犬神に霊気を与えてしまっては、さすがに起き上がることすらできな――まさか」


 察しがいい千尋は顔を引きつらせた。


「そうだ。そのために他の者たちを呼び戻す。というわけで千尋、犬神の世話は任せたぞ。犬神の名は伊吹だ。心配するな。茉莉と伊吹は固い信頼関係で結ばれている上に、非常に忍耐強い。飢餓状態になってまで茉莉を襲わなかったのだからな。……他の者は襲おうとしていたようだが。茉莉が命令しない限りは、伊吹がお前を襲うことはない」


 斎は一度言葉を切った。

 不確かなことは断言してはならないと思ったからだ。


「――はずだ」

「何ですか、その後付けの不安要素は! 余計に心配になりますよ! 大体、黄金に霊気を与えた時も、かなりの霊気を持っていかれたのですよ。神格が高い犬神となれば、どうなることか。想像するだけで寒気がします!」


 そう考えると、あのか細い体でよく犬神に毎日霊気を与えていたものだ。霊気を支配する能力が劣っているため、霊力は低く見えるが、実はかなりの霊気量を持っているのかもしれない。


「まあまあ。千尋さん。わたくしもお手伝いいたしますから。皆さんが戻ってきてくだされば、わたくしも余力ができますし」

「絹、無理のないようにな」


 きゃんきゃんと吠える千尋をなだめる絹に労いの言葉をかける。


「ええ。ありがとうございます」

「斎様! 私への労いの言葉はないのですか!」

「ああ。そうだな。失礼した。千尋、どうか頑張ってくれ」

「まったくもう! 心がこもってな――」

「それよりも斎様」


 まだ不満を口にしようとしていた千尋の言葉を遮る絹。


「これからの茉莉様のことですが、当然ながら正式に妻としてお迎えになるおつもりですわよね」

「……あ、ああ」

「良かったですわ!」


 絹は明るい表情で、ぱちりと手を叩いた。


「式は斎様が快復されてからだとしても、仕立てもしないといけませんからね。お着物もほとんどお持ちではありませんでしたし、洋装もご用意したいわ。それに何よりこれから茉莉様には斎様の妻としての自覚を持っていただかないと! そうでなければ使用人が戻って来たとしても、茉莉様の性格上、今後も使用人の仕事をしようとなさるわ。それはいけません。斎様の妻なのですから。そのためにはまず何をすればよいか分かっておりますわね、斎様」

「な、何だ? 何が分かっていると? わ、私が何かするのか?」


 千尋にも視線をやってみるが、彼もまた困り顔で首を振った。すると絹は、頬に手を当ててわざとらしく大きなため息をついてみせる。


「もう。分かっておりませんの? これだから男女間に疎い方たちは。――求婚ですわよ、求婚!」


 絹は斎に対してびしりと指を突き付けてきた。


「きゅうこん……」


 ――求婚のことか!?


「そうです。正式に茉莉様に求婚しなくてはいけません。茉莉様は生い立ちが生い立ちですから、自己肯定感が低い方です。茉莉様のご様子から見て、斎様が黒川家でおっしゃったことだけでは、きっとお心にまでは届いておりませんわ。ここは斎様が改めてはっきりと茉莉様にお伝えしなければなりません」

「い、言ったが」


 言ったはずだ。……多分。ただ、意識を取り戻したばかりで、ぼんやりしている様子だったから、はっきり伝わっていない可能性もある。

 ぶつぶつと呟く斎は、呟くごとに自信がなくなってくる。


「あら、おっしゃったの?」

「ああ。茉莉にここにいてほしいと。私も千尋も絹もそう望んでいると」


 すると絹はまた大きなため息をついてみせた。


「斎様にしては上出来だったほうですけれど、それではまだ足りませんわね。もうひと頑張りなさいませ。いいですか? 明日、きちんとおっしゃるのですよ。こういうのは最初が肝心ですからね」

「こ、これ以上、何と言えば?」

「人から借りた言葉で相手の心に響かせられますか? 斎様ご自身の素直なお気持ちを茉莉様にお伝えするのが一番良いのです。今晩、ご自分の気持ちをよぉく思い返して整理なさいませ」


 絹に再びぴしりと言われ、斎はぐっと言葉を詰まらせた。

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