第32話 見鬼の才
「え? 黄金から斎様にまで続くこの紐のことです……が」
茉莉は不安になりながら、黄金の首から斎まで指先で辿らせて説明する。
「黄金から私まで紐で繋がれていると?」
「……はい。そうです」
斎が千尋を見ると、千尋は困った表情で首を振った。
「私にも見えません」
「え?」
茉莉は斎と千尋を交互に見る。
二人とも真剣な表情で、からかっているわけではないことは確かだ。
「茉莉、君は藤堂のこともそうだったが、とても目が良いようだ。どうやら私たちに見えないものまで見えているらしい」
「で、ですが、私は皆さんよりはるかに霊力が低いです」
「霊力の高さとは関係のない、天与の資でしょうね。見鬼の才は訓練でも伸ばすのに限度がある能力で、多くは生まれながらの素質だと言われています」
千尋はそう言ったが、茉莉はこれまでの人生でその能力を実感したことはないので、戸惑ってしまう。
「それで茉莉」
「は、はい」
斎に声をかけられて、彼のほうへ視線を移す。
「その紐はどういう状態だ? 黄金の妖術で私を縛っているということか?」
「いいえ。おそらく違います」
「どういうことだ?」
「実は昨夜、斎様の寝室に入った瞬間、黄金が私を襲おうとし――」
「何だと? それは聞き捨てならないな」
斎が黄金を冷たく睨みつけたので、茉莉は慌てて黄金の前に出て庇う。
「で、ですが、私はこうして無事ですから! というよりも、黄金は私を襲えなかったのです。私に飛びかかって来ようとした瞬間、この紐の長さに阻まれてしまったものですから。その時、思いました。その紐は黄金の首から伸びているため、まるで犬の引き紐のようだと。つまり黄金も斎様に縛られているようなのです」
「黄金も私に?」
「はい。黄金が霊体のようにこの紐も靄で、黄金も噛み切れない様子でした」
「この妖狐がそういうふりをして、茉莉様を騙しただけなのではないですか?」
千尋は疑わしそうな目で黄金を見つめる。
「確かに黄金の妖術ではないと証明することはできません。ただ、黄金が苦しみもだえていたのは、ふりなどではありませんでした」
「苦しみもだえていた? 妖狐が?」
「はい。黄金の体中からいくつもの隆起物が出ては、引っ込んでいたのです。その度に苦しんでいました。黄金もまた、何かに侵食されかかっていたように思います」
黄金は同意するように、茉莉を見上げて小さく鳴いた。
「っ! まさか……」
斎と千尋は顔を見合わせる。
二人の目配せの意味は分からなかったが、茉莉は続ける。
「ですから、黄金は斎様から霊気を奪って力を得ようとし、そして瘴気を放っていたのです。自分の内なる敵に攻撃するために。私が霊気を与えたことで、一際強い瘴気を放って排除したようでした。事実、核は大きな一つだけとなりました。ですから今」
「……待ってくれ。色々聞きたいことがあるが、ひとまず核とは?」
斎は、頭が痛そうに眉根を寄せながら手を挙げて茉莉を止めた。
「核とは、そうですね、生命の源でしょうか。個体によって形や色、大きさが様々なのですが、黄金にはそれが複――」
「待ってください! 茉莉様にはあやかしの急所が見えるのですか!?」
今度は千尋が畳にバンと手をついて前のめりになり、茉莉の言葉を遮った。
「きゅ、急所?」
千尋の勢いに気圧された茉莉は、思わず腰が引けてしまう。すると斎が茉莉の肩を抱き寄せた。
「千尋、茉莉が怯えているだろう。前のめりになるな」
「ですが、斎様! これは重要なことですよ!」
「分かっている。だが少し落ち着け」
「……分かりました」
千尋は少し不服そうに座り直したところで、斎は茉莉に視線を向けた。
「悪い。茉莉、続きを話してくれ」
「は、はい……あの、ええと」
近い。近すぎる。
今は茉莉のほうが落ち着かなくなっている。いまだ茉莉の肩を抱いたままの斎に、頬の熱が上昇する。冷たい千尋の視線を受けても冷めない熱さだ。
「ど、どこまでお話を……。ええと、核。そう、核ですね。確かに生命の源ですから、急所とも言えるでしょう」
「その核は通常、一体のあやかしに一つだけか? それが黄金には複数あったと?」
「はい。そうです。黄金に複数あった核がただ一つになった時、黄金が元気を取り戻しました。そして自分を苦しめる内なる敵がいなくなった今、黄金は瘴気を放つ必要がなくなったということだと思います」
そこまで話すと斎と千尋は、なぜか苦々しい表情で息を吐いた。
「蠱毒で間違いないようだ」
「……ですね」
茉莉は目を瞠った。
蠱毒? 黄金が蠱毒の術に使われたと?
確かに黄金の背中から羽のようなものや、頭から角のようなものや、お腹から四本足とは別の足のようなものが出ていた。
あやかしも縄張り争いや強さの序列のために戦うことがあると言うが、基本的には単独主義で、複数の種族が絡み合って戦うことはない。計画的にそれができるのは、結界で閉鎖空間を作ることができる――人間だけ。
茉莉は、恐ろしい事実に思わず口を押さえた。
――すると。
不意に温もりが強くなった。
何事かと顔を上げると、すぐ傍に斎の顔があった。抱きしめられていたらしい。
恐ろしさで冷えた心と体に熱が与えられているようだった。この温もりの中にいれば、大丈夫だと思わせてくれる。そう。この斎の腕の中に。……斎の腕の中!?
「い、斎様」
頬の熱さに襲われながら斎を仰ぎ見ると、彼もまた我に返ったように、すまないと言って慌てて手を離し、茉莉を解放した。途端に温もりが失われて、茉莉は寂しい気持ちになる。
一方、斎は気まずそうに咳払いした。
「茉莉は黄金に霊気を与えた後で、こんな長話をすることになって相当疲れているだろう。顔色が悪い。他にも聞きたいことがあるが、話はまた明日にしよう。また、私たちも頭の整理が必要だ」
「はい」
「では部屋まで送ろう」
千尋が冷めた目でこちらを見ていて、茉莉は自分の立場を思い出す。皆に迷惑はかけないと言ったのだ。まして斎にそんなことをしてもらうわけにはいかない。
「い、いえ。一人で大丈夫でございます」
茉莉はすぐに立ち上がろうとしたが、急な動きに立ちくらみが起こり、ふらついたかと思うや否や、斎の温もりの中に収まった。
「やはり大丈夫ではないようだな」
「も、申し訳ありません」
斎から慌てて離れるが、彼はため息をついて先に立ち上がり、まだ座り込む茉莉に手を差し出してくれる。
「ご、ご厚意には感謝申し上げますが、ご迷惑をおかけするつもりはございません」
「迷惑ではない」
「こういはこういでも、好意のほうでしょうしね」
斎は首を振り、続いて千尋が何やら呟く。
「茉莉様、何なら今日はこの部屋でお休みになりますか?」
「め、滅相もない! とんでもないことでございます!」
茉莉は、千尋の言葉ですぐさま斎の手を取って立ち上がったが、なぜか斎は少し不満そうな顔になった。




