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第31話 現行犯逮捕はお手柔らかに

 今夜も屋敷が静まり返った頃、茉莉は行燈を持って斎の寝室に訪れた。

 廊下には昼間同様、瘴気の気配はない。黄金はちゃんと約束を守ってくれている。だから茉莉もそれに応える。

 襖の引手に手をかけると、開けて中に入った。


「……あら?」


 茉莉はそこでふと気付く。いつもより手の痛みが少ない。つまり結界の反発が少なかったと。

 伊吹の加護が強まったわけではないだろうから、今日一日の様子を見て、警戒を緩めたのかもしれない。


 茉莉は行燈を出入り口近くに置くと、穏やかに眠っている斎のもとへそっと近づき、黄金と名を呼んだ。

 黄金は斎の胸元から勢いよく飛び出して茉莉のもとにやって来た。嬉しそうにひと鳴きした後、尻尾をパタパタと揺らし、身をすり寄せてくる。


「遅くなってごめんなさい。約束を守ってくれてありがとう。だから私も約束を守るわね。――さあ、どうぞ」


 茉莉が手から霊気を放つと、黄金はきちんと座って大人しくなった。

 心地良いのだろうか。目を閉じている。そういえば伊吹も元々賢い子だが、霊気をあげている時は特に大人しくなっていた気がする。

 ふと黄金を見ると、体を小さく揺らしてうたた寝しだした。

 可愛い。お腹がいっぱいになったのだろうか。


「黄金、もういい? お腹いっぱいになった?」


 茉莉が小声でかけると、黄金ははっとしたように顔を上げて、誤魔化すように鳴いた。

 茉莉はおかしくなって少し身を屈めて黄金を撫でると、昨日の靄の状態よりも感触が分かるようになってきた気がした。このままいけば実体化して、斎と繋がっている紐も切れるようになるかもしれない。


「――っ」


 茉莉は激しいめまいに襲われる。大量に霊気を失ったのに、すぐに動いたためだ。今度は自分が目を閉じた。


「クゥン」


 心配そうな黄金の声が聞こえる。


「大丈夫。大丈夫。……もう大丈夫」


 茉莉は深呼吸を繰り返して少し落ち着いた後、振り返っていつものように斎の手をそっと握った。


「斎様、どうぞ安心してお休みください。――じゃあ、黄金。お休みなさい。大人しくね」

「ココン」

「いい子ね。じゃあ、また明日ね」


 小さく吠える黄金の頭を撫でるように手を当てた。そして体の向きを変え、斎に背を向けて立ち上がろうと片足を立てた。その瞬間。


「ココギュアン!」


 黄金が大きくひと鳴きしたので、何事かと振り返ろうとしたら腕を強く引かれた。

 不安定な体勢はあっけなく崩れ、温もりの中に収まる。――斎の胸に。


「い、斎様!? お、起きて」

「まさか君が自分の意思であやかしに霊気を与えていたとはな」


 斎の硬い声を聞いて、茉莉の背中にさっと冷たいものが走った。

 結界を緩めていたのは、茉莉が入ってくることを見通してのものだったのだ。


「わ、私」


 言い訳しようと口を開いたその時、部屋に明かりが灯った。背後の誰かが明かりを点けたらしい。


「……斎様。現行犯逮捕はいいですが、嫁入り前の婦女子をご自分の寝床まで引きずり込むのはいかがなものかと」


 千尋から呆れた声がかけられて、茉莉たちは今の状況に気づく。茉莉は今、斎に抱かれている状態なのだ。


「す、すまない!」

「い、いえ」


 斎は慌てて茉莉の腕を放し、茉莉もまたすぐに身を引いた。


「それで?」


 千尋はまるで逃走を妨害するように茉莉の前に立つ。

 茉莉は斎と千尋に挟まれる形だ。一方、黄金はまるで千尋から茉莉を守るように前方に立ち、ぐるぐると喉を鳴らして戦闘態勢を取る。


「黄金、駄目。落ち着いて。大丈夫だから」


 刀に手をかけた千尋が目に入った茉莉は、黄金を慌ててなだめた。


「大丈夫、大丈夫よ、黄金。大丈夫だから大人しくここにお座りなさい」

「キュゥン」


 黄金は小さく喉を鳴らすと、威嚇を止めて茉莉の傍に座る。


「千尋も壁際に刀を置け。話ができないだろう」

「ですが、斎様!」

「私が対処できないとでも思っているのか。刀を手放せないなら、ここから出て行くんだ」

「っ! ……分かりました」


 千尋は斎の指示に従って渋々壁際に刀を置くと、茉莉の横に座って睨みつけてきた。


「茉莉様、それでこれはどういうことです」


 腕を組んだ千尋は顎で黄金を指し示す。

 その声はこれまで聞いたことがないほどの冷たさだ。


「茉莉、説明してくれ。私は怒っているわけではない」

「私は怒っていますけどね」


 黄金を傷つけると斎にも悪影響を与えかねない。だから斎至上主義の千尋が先ほど刀を向けていた相手は黄金ではなく、茉莉だったのだろう。

 今さらながら、ぞっと寒くなって萎縮してしまう。


「千尋、お前は少し黙っていろ。茉莉、君が私を害する気がなかったのは分かっている。私は君の言葉で聞きたいだけだ」


 茉莉が怯えていることに気づいたのか、斎は千尋をたしなめると、穏やかな声で茉莉に語りかけた。


「お、お察しの通りです。斎様の体を蝕んでいるあやかしは霊気を食べると聞いていましたので、私の霊気を食べれば大人しくしてくれるかと思ったのです。斎様とのお約束を破ってしまったことは、心よりお詫び申し上げます」

「そうか。約束を破ったことは看過できないが、君のおかげで霊気の消耗が抑えられ、体が回復してきたのは確かだ。茉莉、ありがとう」


 お礼を述べられて、おそるおそる顔を上げると、斎は微笑しながら小さく頭を下げた。しかしすぐに笑みを消す。


「だが、これは危険な賭けだったことも反省してほしい。もしかしたら君の霊気が食べ尽くされていたかもしれない」


 承知の上だった。それでも自分の最大限を尽くしたかった。

 しかしそれを口にすれば、茉莉が勝手にしたことなのに、きっと斎に罪悪感を植え付けてしまうことになるだろう。


「申し訳ありませんでした。浅はかな考えでした」


 茉莉はただ謝罪する。


「加えて言わせていただきますが、あやかしに霊気を与えて、斎様を害する力をさらに得たらどうするつもりだったのです」


 続いて千尋が言ったが、茉莉は彼の言葉に対しては首を振った。


「いいえ。斎様を害することはないかと思われます」

「どうしてそう言い切れるのです」

「私はこの子に黄金という名前を与え、契約しました」


 黄金は甘えるように茉莉にすり寄るので、茉莉は頭を撫でる。


「私との契約を破ると、黄金は代償を受けることになります。それに千尋もおっしゃいました。斎様と黄金は繋がっているため、黄金を攻撃して斎様の体に影響を与えることは避けられないと。それは黄金にも同じことが言えます。この紐を解明して術を解かない限り、おふたりは一心同体です」


 茉莉はふたりを繋ぐ太い綱を指さした。


「え?」

「何だと?」


 千尋も斎も訝しげな表情になる。

 茉莉は言葉選びを間違ったと思ったので、言い直すことにした。


「申し訳ありません。一心同体と言うより、運命共同体のほうが適切でしょうか」

「いや。そうではなく」


 斎は軽く首を振って眉をひそめた。


「一体どこに……紐があると?」

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