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第30話 ※斎視点:体は好調、心は乱調(4)

 藤堂に何度も謝罪した茉莉が退室した後、斎たちは改めてもう一つの報告について聞くことになった。斎と千尋は彼の向かい側に座る。


「黒川家の調査の件だが」

「はい。報告いたします。黒川家の次女である彩華様ですが、確かに優れた祓い師でした。黒川家の結界は彼女を中心とし、女中らが交代で張っているそうですが、皆、質が高いようです。かなり強固なようにお見受けしました」

「そうですね。私の式神が近寄れなかったぐらいですから」


 千尋が頷いた。

 情報収集能力がある彼の式神を黒川家に送ったが、結界に阻まれて詳細な情報は得られなかったのだ。


「先ほどの女性、茉莉についての情報はあるか?」

「そういえば、なぜこの屋敷にいらっしゃるのですか?」


 藤堂は質問を質問で返してきた。彼が気になるのは当然だ。しかし。


「少々内輪の話があって、今は話せない。すまない」

「そうですか。茉莉さんのことですが、接近したのはあくまでも彩華様のことを調べるためでしたし、女中頭が彼女に近づくことに対して目を光らせていたので、詳細は分からないのですが」


 藤堂は、先ほど茉莉から、お嬢様はどうかお止めくださいと告げられて茉莉さんと呼ぶようになった。何だか気に食わない。


「霊力が低いせいなのか、ご家族との距離もありましたし、女中として働いていました」

「……女中」

「ええ。また、犬神憑きとして、使用人から遠巻きに見られていましたね」

「犬神だと?」


 藤堂は少し困惑顔で頷いた。


「彼女は犬神を使役しているのか?」

「いえ。私は一度も見たことはありません。女中によると、茉莉さんはまるで犬がいるかのように可愛がる動作をしたり、宙に向かって話しかけたりしているだけとのことでした。彼女らの目には奇行として映っていたため、犬神憑きと呼ばれていたようです」


 この屋敷に来てからの茉莉は自分が知る限り、そんな素振りは一度も見せなかった。ただ、茉莉は実家にいる犬の話をしていた。その犬こそが犬神なのかもしれない。


「……もしかしたら君が見えなかっただけでは? 事実、茉莉は我々よりもはるかに目が良いようだ」

「っ!」


 藤堂もその可能性に気付いたのだろう。目を瞠った。


「ですが斎様。もし犬神が藤堂さんに霊気を気取らせないほどの能力を持っていたとしたら、かなり神格が高いかと。ならば見返りが大きい分、対価も大きいはずです。霊力が低い茉莉様にその対価が払えるとは思えません」


 お茶を静かに飲んでいた千尋が湯呑を置いて意見を述べた。

 犬神への対価としては食事として霊気を与えることだ。もし神格が高いならばその分、捧げる霊気量もかなり大きなものとなるだろう。


「茉莉は祓い師としてどうだった?」

「祝詞にうまく霊力を込められないそうで、祓い師はされていないようでした」


 だとしたら彼女に足りないのは、霊気を巧く扱う技能だろうか。


「そうか。分かった。ありがとう。後はこちらで調査してみよう」

「はい。では、そろそろ本部に戻りますね」

「私が休んでいるために、皆にしわ寄せが行っているだろう。皆、疲れているのに仕事を増やしてすまない」

「いえ。とんでもないことです。指揮官長こそこれまで働きすぎでしたし、少しはお休みされないと。今は治療を第一に考えてください。……というわけにもいかないようですね」


 藤堂は、崩れんばかりに書類が山積みされた机を見て苦笑いした。


「ですがお顔の色も良いですし、回復は順調のようですね。ゆっくりと、早く治してくださいね」

「何だ、その矛盾した言葉は」

「あはは。やはり現場にいてくださると、皆の士気が上がるんですよ。皆、待っていますから」

「分かった。皆によろしく伝えておいてくれ」

「はい。承知いたしました」


 立ち上がって敬礼する藤堂に斎が敬礼を返すと、彼は失礼いたしますと一礼し、扉を開けた。

 するとそこにちょうど茉莉がいたようだ。


「藤堂様、もうお帰りですか?」

「はい、お邪魔いたしました。茉莉さん、僕のことは実と。僕も茉莉さんと呼ばせていただいているのですから」

「え? あ、はい。あ、いえ」


 彼女は少し戸惑ったような表情になった。


「お茶、大変美味しかったです。ありがとうございました」

「いいえ。お口に合いましたら幸いでございます」


 微笑で答える茉莉と藤堂が楽しそうに話す姿に、何だか胸のつかえを感じる。


「とんでもないことです。茉莉さんが出してくれるものなら、自分の口を合わせにい――」

「藤堂、本部でも仕事が山積みだろう。さっさと帰って処理しろ」


 斎は気づけば立ち上がって二人に歩み寄り、藤堂を追い出す言葉を発していた。


「あと茉莉。悪いが、もう茶器を下げてくれるか」

「かしこまりました。では先に玄関まで藤堂様をお見送りいたします」

「必要ない。藤堂、当然ながら見送りなしで帰れるな?」

「はい。ではここで失礼いたします」


 彼は苦笑いすると、一礼して今度こそ帰って行った。その後、盆を取りに行った茉莉が戻ってきて茶器を片付ける。


「茉莉、お茶をありがとう。とても美味しかった」

「はい。斎様にお褒めいただき光栄でございます」


 茉莉が嬉しそうな笑顔を斎に向けるのを見ると、先ほどまであった胸の不愉快なむかつきがすっと引いて、不思議と温かな気持ちになる。


「それでは失礼いたします」


 茶器を載せた盆を抱えた茉莉が、微笑を見せて会釈すると部屋を去った。

 斎も自分の席に戻ろうとしたが、自分の席に戻っていた千尋からの視線を感じて彼のほうを向く。


「何だ?」

「いいえ。何も」

「そうか?」


 不遜そうに頬杖をついている千尋を横目に席に着く。


「ところで千尋。蠱毒の話だが」


 千尋のほうへ視線を移すと、彼は姿勢を正して真剣な表情に変わっていた。


「私も千尋の考えに賛同する。だが先ほど言った通り、今は確証がない。慎重に調査を進める必要がある。同業者ならなおさらだ」

「はい。調査を続けます」

「ああ。頼む。ところで茉莉のことだが。霊力が低い彼女が、もし犬神の加護を受けていたとしたら、私の結界を破れたことや、瘴気にある程度の耐性があるのも納得がいく」


 千尋は頷く。


「ですが、式神を使役するには術者の能力が問われます。支配力がなければ自身を滅ぼしかねない危険な術の上、神格が高いものは対価も大きいです。霊力が低い彼女がそれらを満たすのは難しいと思うのですが」

「霊力は霊気量や質、それを巧く操る能力で左右される。どれが劣っていても、霊力は低く見なされる。もし彼女が犬神に日々、大量の霊気を与えていたとしたら?」


 眉根を寄せていた千尋が、はっと目を見開いた。


「霊力は低く見えますね。ですが、この屋敷に来てからは霊気を与えていないでしょう? だとしたら回復しているはずです。しかし今朝は特に低く見えました」

「ああ。その通りだ。――調べる必要があるな」

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