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第29話 ※斎視点:体は好調、心は乱調(3)

「茉莉様、どうぞお入りください」

「ありがとうございます。失礼いたします」


 茉莉は扉を開けた千尋に礼を述べ、一礼して部屋に入ってくると、部屋の惨状に驚いて一瞬立ち止まった。しかし、すぐに藤堂に向けていらっしゃいませと会釈した。


「斎様、お茶はこちらの机にご用意でよろしいでしょうか」

「ああ、よろしく」


 中央の机を指した茉莉に頷くと、身を屈めた彼女は三つのお茶を用意する。

 彼女の準備が済むのを見計らって斎は椅子から立ち、机を回って立ち上がった藤堂の横についた。

 今後顔を合わせることもあるだろうと思い、藤堂を紹介することにしたのだ。


「茉莉、紹介しておく。こちらは藤堂――」

「――み、実さん!?」

「っ!?」


 茉莉は藤堂の顔を確認するなり目を瞠った。彼もまた驚きで彼女を見つめる。


「どうしてこちらに? その装いは退魔師の制服ですよね。もしかしてそちらに就職されたのですか?」

「え、あ……」

「茉莉。この者が誰か分かっているのか?」


 藤堂が驚きのまま言葉に詰まっているので、斎が代わりに問いかけた。


「ええ。一時期、黒川家で勤めてくださっていた女中の実さんです。結界の張り方を知らず、霊障に悩まされているとおっしゃっていたのに早期でお辞めになったので、心配していたのです。女中頭は紹介状を持たせなかったと言っていたので、気にかかっていたのですが。良かった。勤め先を見つけられていたのですね」

「あ、はい、その……はい。あり、がとうございます」

「藤堂。彼女に説明を」


 まごつく藤堂に声をかけて促す。


「はい。承知いたしました」


 藤堂は頷くと、茉莉に向き合った。


「茉莉お嬢様、確かに私は黒川家でお世話になっていた実です。茉莉お嬢様に一言の挨拶もせずに黒川家を出て、ご心配をおかけして申し訳ありませんでした」

「いいえ。お元気にされているようで、ほっとしました」


 茉莉は藤堂に優しい微笑みを見せる。

 茉莉の言動は、客人に対するいたって普通の態度にもかかわらず、斎は何となく胸がもやもやする。


「ありがとうございます。――ところで、茉莉お嬢様。私の姿を見て、何か思うことはありませんか?」

「あ、ええ。そうですね。退魔師の制服がとてもお似合いですね。素敵です」

「え!? そ、それは誠にありがとうございます」


 不思議そうに首を傾げた後、微笑みながら褒める茉莉に藤堂が照れ笑いする。

 今度は何となくではなく、非常に面白くない。斎はごほんと咳払いしてみせると、藤堂ははっと我に返った。


「あ、いや、そうではなくてですね。黒川家にいた時の私と何か変わったことに気づきませんか?」

「変わったこと? ――ああ、髪型! 前は二つ結びだったのに、今は一つに結んでいらっしゃいますね」


 茉莉は、斎たちにとっては見当違いの答えを出し、藤堂も苦笑いする。


「ははっ。まあ、そうですね。では身長は? 背が伸びたと思いませんか?」

「ごめんなさい。それは気づきませんでした」

「……でしたら、黒川家でお会いした時、私は何歳に見えましたか?」


 藤堂が黒川家にいたのはひと月ほど前だ。身長にしろ、年齢にしろ、今と変化を感じるかという質問の意図がつかめないのだろう。茉莉は困惑した様子で眉尻を下げている。


「ええと。十七、八歳頃かと」


 そこまで答えた時、藤堂は諦めたように大きなため息をつく。


「そうですか。確かに妙に目が合うなとは思っていたんですよね。――イタチ!」


 藤堂が名を呼ぶと、肩に山吹色をしたイタチがどこからともなく現れた。慣れた様子で首に身を擦り付けている。


「まあ! 可愛い鼬鼠いたちですね」


 イタチを目にした茉莉は顔をほころばせる。


「イタチ科ですが、種族はてんです」

「え? でも今、イタチと」

「種族は貂ですが、名前はイタチなのです」


 藤堂がこの貂を拾った時、貂だと言う周りに対して、イタチだイタチ、絶対イタチと主張し続けた結果、イタチが自分の名として定着してしまったという話があるが、この場では割愛するらしい。


「そ、そうですか」

「このイタチは私の式神です。茉莉様は、イタチが何の能力を持っていると思われますか?」

「この可愛らしい子は式神だったのですね。能力ですか? ええと、何でしょう。情報伝達能力に優れているのでしょうか」

「……いいえ。見て分かるものですよ」

「見て――あ」


 茉莉は、ぱっと表情を明るく変えた。


「魅了の術ですか?」

「え? もしかして茉莉お嬢様には、私が魅力的に見え――」


 斎は先ほどより大きく咳払いして藤堂の言葉を遮る。


「違う。魅了の術ではない」

「そうでしたか。申し訳ありません。駄目ですね。霊力が低いと、その能力も見抜けないみたいです」


 茉莉は斎に自嘲の笑みを見せた。

 もしこの場に他にも人がいたら、皆、声を合わせて答えることができるだろう。答えられない茉莉は霊力が低い――のではない。


「いいえ、茉莉お嬢様。そうではないようです」

「どういうことですか?」


 再び藤堂のほうへ向いた茉莉は、彼と目を合わせていない。正確にはイタチの幻術で姿形を幼く、身長を低く見せているはずの彼と目線を合わせていない。彼女は元の視線の高さのまま彼を仰ぎ見ている。


「私は今、幻術で自分の姿を少女のように見せています」

「……え?」


 藤堂が告白すると、茉莉が困惑したように視線を合わせてきたので斎は頷いた。


「私にも今、藤堂は少女に見えている」

「ええ、私もです」


 千尋も斎に同意して頷く。


「年の頃は、十二、三歳といったところか。声も声変わりする前のように高く聞こえる」

「十二、三歳……。そういえば女中頭がそのようなことを」


 茉莉は何か納得したかのように呟いた。

 黒川家の人間にも幻術がかかった後の姿が見えていたようだ。


「驚きました。イタチの幻術を見破った者はこれまでいませんでしたから。茉莉お嬢様は目がとてもよろしいようですね。ただし、年齢はこう見えても二十歳なのですが……」


 藤堂は苦笑すると幻術を解き、元の姿に戻る。


「茉莉お嬢様、改めまして自己紹介いたします。僕は藤堂(みのる)と申します。現在、斎様の部下としてお仕えしております」

「藤堂は、私の指示で黒川家へ潜入させたんだ」

「そうだったのですか。みのりさんはみのるさんだったのですね。……え? みのる? 僕? ――え!?」


 茉莉は動揺して目を大きく見開いた。


みのりさんは男性だったのですか?」

「はい!? 僕の真の姿が見えていたにもかかわらず、女性だと思っていたのですか?」

「は、はい。美しい女性だなと。そういえば今、声が低く変わりましたね」


 耳のほうは幻術にかかっていたらしい。


「そ、そんな……」


 藤堂は絶句する。

 彼にとっては、軟弱そうだと遠回しに言われている気分なのだろう。


「藤堂さんは中性的な顔立ちで、線も細いですからね」


 千尋は、気の毒にも精神的打撃を受けている彼を何とか慰めようとしていたが、残念ながらそれは成功しそうになかった。

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