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第27話 ※斎視点:体は好調、心は乱調(1)

「まあまあ! 斎様! よくお顔を見せてくださいな!」


 絹から大歓迎を受けた斎は少々気まずかった。

 絹や千尋には自分の不甲斐ない姿を見せられなかったため、顔を合わせることを拒絶していた。しかしその拒絶こそ、みっともない姿だったと気づいたからだ。


「二人にも迷惑をかけた。すまない」

「いいえ。よろしいのですよ。斎様のお元気な姿を見られただけで」

「本当にお元気になられて良かったです。ただ、まだあやかしの存在を感じますね」


 絹は目元を拭い、千尋もまた喜んだが、彼はすぐに警戒するように目を細めた。


「ああ。だからまだ油断はできない。これからもよろしく頼む」

「承知いたしました」

「ええ! それではしっかり食べてもっと力をつけていただかなくてはね。わたくしは朝餉の用意をしてまいりますわね!」


 絹がそう言って身を翻すと、茉莉が私も手伝ってまいりますと一礼し、絹の背を追った。


「それで斎様、瘴気が収まった原因は何ですか?」


 座布団に座りながら千尋が尋ねるが、斎は首を振る。


「茉莉が関わっているのは間違いないだろうが、まだ何も分からないな。私があやかしに襲われた翌日、結婚相手候補として対面する予定だった女性は茉莉の妹だ。茉莉は霊力が低く、結婚相手として名前も挙がっていなかった。その彼女が何かできるのかという話だが、実際こうして収まっている」

「待ってください、それは初耳です! では、紗和様はそれを知っていても、茉莉様を斎様の妻として送ったということですか!?」

「千尋、大きな声を出すな」


 身を乗り出してくる千尋をたしなめた。


「……申し訳ありません」

「いや。千尋が思うように、私も母から見放されたのだと考えた。退魔師や祓い師家系では、霊力が低い者は冷遇されることが多いから、茉莉の意思で来たとは考えにくいし、母がそう指示したのだろうな。――いや」


 茉莉は斎が回復次第、追い出されることは当然だと考えていた。もしかしたら母と黒川家の間で取り決めがあったのかもしれない。

 ……人を、茉莉をまるで踏み台のように。

 我知らず拳を作った。


「斎様?」


 千尋の声で顔を上げる。


「とにかく茉莉に非はない。彼女を責めるようなことはしないでくれ」

「それはもちろんです。斎様がこうして離れから出てこられるほどまで、献身的に尽くしてくれた方なのですから。――ああ、そうだ。これを機に午後からは執務室まで足を延ばされてみますか?」


 ぞくりとするほど美しい笑顔を浮かべる千尋。

 嫌な予感しかない。


「本日は顔色も良く、お元気そうですので、気晴らしに執務室にある山積みの書類など、ご観覧はいかがでしょうか」


 斎は額に手をやってため息をついた。


「いや、まだ本調子ではないな。こんな近くに鬼がいたことも察知できなかったぐらいだ」

「おや。冗談を言えるようにまで、本当に回復されたようですね」

「ああ」


 深夜の苦痛は壮絶だった。

 妖術で眠らされていても感じる、身体の内側から焼かれるような熱を。砕けそうなほど骨が軋み、身体がバラバラに切り刻まれるような痛みを。喉が締めつけられて、何度も呼吸が止まりそうになる感覚を。そして、明るみを帯び始める東の空への渇望を。光を求めて伸ばす自分の手を包み込む温かさ……を?


「……違う。こんな武骨な手ではない」

「武骨で悪かったですね。と言いますか、何しているのですか、斎様」


 気分を害したような千尋の声で我に返る。気づけば斎は千尋の手を握っていた。


「ああ、悪い。千尋、念のために聞くが、夜間、あやかしに自分の霊気を与えてはいないな?」

「ええ。私には絹さんの協力を得て、斎様の結界を解くのが精一杯です。そんな余裕はありませんよ。絹さんも同様です。お一人では無理でしょう。……しかし、茉莉様は破りましたね」

「ああ」


 しかも直後、気を失ったとはいえ、強化型の結界まで破った。


「ならば茉莉が霊気を奪われているということは? 今朝、茉莉の顔色が悪かった。夜間、妖術で私の部屋に誘導されて、私の代わりに霊気を奪われているのではないだろうか。だから今日、私の霊気に余力があるのでは」


 今、暇を出している使用人の中にも、妖術で引き寄せられて霊気を奪われた者がいる。


「もしあやかしに霊気を奪われているのだとしたら、霊力の低い茉莉様では、今朝は起き上がることはできないと思います。茉莉様はここに来た当初から青白い顔をしていましたし、もともと体が丈夫ではないのでは? それに今日、彼女の霊力が極端に落ちているようには感じません」

「霊力か」


 霊力の高さは、霊気量と霊気を巧みに操る能力で決まる。どちらかが劣っていれば、真価を発揮することはできない。茉莉の場合、霊気に揺らぎのような不安定な印象を受ける。そしてそれ以上に気になるのは。


「彼女の霊気は、どうも異質さを感じる」

「異質ですか?」

「ああ」


 視線を落として考え込む。


「そうだな。もし霊気に香りがあるのならば、彼女の霊気は、蝶が集う上品で甘い花の香り……のような」


 ここ数日、感じていたことを言葉にして自身も納得できた気がして顔を上げると、千尋が唖然としていた。


「何ですか、斎様らしからぬ今の台詞は。その甘い香りに酔わされたのですか?」

「え?」


 白けたような半目を向ける千尋をまじまじと見返す。

 茉莉の甘い香りに酔う? つまり心奪われているということか? 私が彼女に? 出会って間もない彼女に? 無作法に自分の心に踏み込んできた彼女に? 自分を諫める彼女に? 愚かなほどお人好しの彼女に? 自分の回復を願う彼女に? 自分の回復を心から喜ぶか――。


「………………いや。まったく」

「返事が遅い! しかも弱々しい小声! 否定したいなら、きっぱり即答してください」


 斎はとりあえず咳払いする。


「先ほども言った通り、本調子ではなくて頭の整理がつかない」

「……茉莉様の霊力の低さに引っかかりを感じているのですか?」

「霊力? いや。ただ、彼女には分からないことが多すぎる。もっと彼女のことを知りたい……とは思う」

「遅れてやって来た思春期ですか」


 千尋からの鋭い指摘は聞こえなかったことにした。


「そういえば、藤堂から黒川家の内部調査書を受け取っていたな。訪問前日に確認しようと思って放置していた。執務室に置いてあるはずだから、後で確認しよう」

「今、執務室は処理されていない報告書であふれ返っています。探すのは困難を極めますよ。藤堂さんを呼んで直接報告を受けたほうが早いです」

「そうか。では文を送ろう」


 用意してもらった紙に用件を書き、呪文を唱えると手紙を隼に変えて窓から飛ばす。

 ちょうど用事を済ませたところで、茉莉と絹が膳を抱えて戻ってきた。


「お待たせいたしました、斎様。絹さんにお尋ねして、斎様のお好きなものを作りました。たくさん召し上がってくださいね」

「あ、ああ。ありがとう」


 茉莉の輝くような笑顔に動揺してしまう。


「……もう答えは出ているのでは?」


 千尋がぼそりと呟いた。

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