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第13話 頑なに閉ざされた心

「さすがに室内の瘴気は色濃く残っていますね。話は後にして、まずは斎様をお運びいたしましょう」

「はい」


 千尋は、斎を抱き上げるために傍に屈んだが、すぐに茉莉をじとりと睨みつけた。


「お運びしたいので、斎様の手を離していただけませんか」

「わ、私は力を抜いているのですが」


 斎は依然、茉莉の手を固く握りしめたままだ。


「あらあらあら。斎様ったら隅に置けませんわねぇ」


 絹は部屋の外から楽しそうな声を上げた。一方、千尋はため息をつく。


「やむを得ないですね。では一緒に移動してください」


 茉莉は千尋の指示に従って移動し、斎を布団に戻すことができた。斎は意識がなくても布団の温かさに安心したのか、茉莉の手を握りしめていた手から力が抜けた。茉莉がその手を布団にそっと仕舞う。


「長居は無用です。斎様の部屋を出ましょう」

「はい」


 茉莉たちは立ち上がり、出入り口へと向かった。

 部屋を出る際も結界に阻まれるかと思ったが、来る者拒み、去る者追わずらしい。何の反発も受けずに通り抜けることができた。そうして居間へと向かったわけだが。


「一体どういうことか説明してください」


 ただいま、正座する茉莉の前に仁王立ちした千尋から自白を強要されている次第である。


「え、えと。あの時は必死で。もしかしたら火事場の何とやらとかもしれません。作法に反していますが、こう、バーンと勢いよく襖を開けたら入れたのです」


 茉莉は襖を右に押しやる仕草をしてみせた。


「力技で通れるほど柔な結界ではありませんよ。見たでしょう。私たち二人でも、屈んでやっと通れるくらいの穴しか開けられなかったのです。しかもご丁寧に自己修復までする結界です。術の中でも最上級の技ですよ。それをなぜ力技で突破できたと言うのです。私たちは霊気をかなり消耗したのに」

「わ、分かりませんが、相性が良かったのかもしれません?」

「相性? 結界と相性ですか? そんな話は聞いたことがありませんよ」


 自信なさげに答えると、千尋は怪訝な表情になる。

 それはそうだろう。茉莉もそれが正しいとは思っていない。


「まあまあ、千尋さん。原理は分からないですけれど、良かったではありませんか。茉莉様は、斎様の危機に駆けつけることができると分かっただけでも」


 座卓にお茶を用意しながら絹はそう言って援護してくれる。

 結界を突破できた理由は、茉莉が本当に理解していないと判断したのだろう。千尋は話を切り替えることにしたようだ。


「……斎様。やつれていましたね。今、瘴気の勢いが収まっているようなので、少しお休みできるでしょう。中には瘴気がまだ濃く残っていましたが、勢いはありませんでしたよね。いつ頃、収まりましたか?」

「斎様が倒れられて少し経ってからでしょうか。意識を失う間近だったので、瘴気が収まったのでしょうか」

「まさか。霊力を制御できない状態ならなおのこと、あやかしはここぞとばかりに攻撃しますよ」

「そう、ですよね」


 茉莉が首を傾げていると、窓のほうを見ていた絹が振り返って口を開いた。


「午後からお天気になったからでは?」

「いえ。昨日も天気でしたが、瘴気は強かったですよ」

「そうですわよねぇ」


 千尋は少し面倒そうに前髪をくしゃりと掻き上げる。


「分からないことばかりですね。それはおいて、斎様とはお話しできたのですか?」

「……ほんの少しだけです。すぐに倒れられましたので」


 絹は、まごつく茉莉の様子に気付き、話を変えるように立ち上がった。


「では、わたくしは少し斎様のご様子を窺ってきますわね」

「はい」


 部屋を出る絹を目線で見送った後、茉莉はふと浮かんできた疑問を尋ねることにした。


「そういえば今、斎様は離れでお過ごしなのですよね。立ち入りも禁じられているようですし、斎様が何かご用がある時はどうなさっているのですか?」

「式神を飛ばして連絡していただくことになっています」

「そうなのですね。――あ。では、式神が斎様に憑いているあやかしを浄化できないのでしょうか」


 斎様ならきっと伝達係だけではなく、戦闘型の式神も仕えさせているはず。

 千尋は重いため息をついて首を振る。


「今回の場合、斎様にただ憑いているのではなく、傷口に巣食っているわけですから、あやかしを攻撃して斎様の体に影響を与えることは避けられないかと」

「では自然治癒力で霊力が回復するまで待つしかないということなのですね」

「ええ。今のところは」


 二人して沈んでいると、絹が戻ってきた。


「斎様、お目覚めになっていました。喉に通りやすい物を作り直しますわ」

「そうですか。では私もお手伝いいたします」


 茉莉はそう言って立ち上がった。



「それでは斎様に改めてのご挨拶を兼ねて行ってまいります」

「ええ、よろしくお願いいたします」


 お粥や湯豆腐などを用意した膳を持った茉莉は、斎のもとへ向かう。

 今は居室にいるとのことだ。離れの廊下には瘴気が漂っていないので、体調は安定しているだろう。

 そう考えながら居室に近づくと身を屈めて膳を置き、声をかける。


「斎様、お食事をご用意いたしました」

「その声は先ほどのご令嬢か? ……まだいたのか」


 今度は即返答があった。

 先ほどのことは夢現で覚えていないらしい。あからさまに不愉快さを見せてはいないが、歓迎もされていない口調だ。


「さようでございます。お食事をご用――」

「君はどこのご令嬢だ?」


 斎は茉莉の言葉を遮って質問してくるので、狼狽えながら答える。


「く、黒川家の者でございます」

「黒川家? ……ああ。急遽訪問が取り止めになって申し訳なかった。だが、私が君を配偶者として選ぶことはない。分かったら帰ってくれ」


 襖越しでも茉莉の霊力の程度を見抜かれたのだろうか。あるいは今、応対するだけでも煩わしいのだろうか。斎はすげなく答えた。


「かえっ、帰るわけにはまいりません。私は統帥夫人のご要請で参りました」


 少しの沈黙の後、襖が勢いよく開かれた。

 茉莉が正座したまま斎を仰ぎ見ると、無精ひげと病的にこけた頬の斎は、目だけ鋭く光らせて茉莉の心臓を貫いた。


「母の要請だと?」

「は、い……」


 こくんと息を呑む。


「そうか。母と密約があったんだな。私と結婚させるとでも言われたか?」

「……っ」

「なるほど。私を見限ったか」


 仄暗い笑みで自嘲する斎。

 斎も彩華の考えと同じく、後継者争いから脱落したと判断されたから、黒川家の娘を宛がわれたと考えたようだ。しかし茉莉はそうとは思わない。統帥夫人は母親として心から斎のことを気にかけていたから、自分の代わりに支えてくれる人を傍に置きたかったに違いない。


「それは誤解でございます! 統帥ふ――」

「帰れ」


 斎は、茉莉の言葉を聞きたくもないと言わんばかりに、ぴしゃりと襖を閉めた。

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