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第1話 あやかしが共存する世界

 昼間の喧騒が闇に溶け消える夜夜中。

 人々が眠りにつく一方、夜行性動物は活動する時間だ。

 それらの動物は、昼間は身を隠して外敵から自身を守るため、あるいは休息している昼行性動物の隙を狙うため、夜を活動の時間に選んだ動物だと言う。そして闇が人にもたらす恐怖、闘に潜む欲望、憎悪や嫉妬の怨念を糧にする生き物――物の怪もまた活発になる時間帯である。


 西洋文化を積極的に取り入れ、夜も煌々とガス灯で照らされ、世の中全体が景気に沸くようになった今なお、いや、絶え間ない人間の欲望が渦巻く世界であるがゆえだろうか。それを糧にする闇の生き物が顕著に増加して跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)し、世間を騒がせている。

 その被害は貧困に苦しむ者にも、富める者にも例外なく、抵抗する力を持たぬ者にも、討伐する力のある者にも例外なく及んでいた。



 今夜も、苦しんで低くうなるような声が聞こえてきた。

 茉莉(まつり)の部屋まで聞こえるこの声は、屋敷の主である北上条(いつき)から発せられるものである。おまけに今日は、喉を掻きむしるように両手を置いて苦しみにもだえる斎の姿まで頭に浮かんでくる。

 しかし夜間は斎の部屋に近寄るなと言われているので、その約束を守っている。そして今後もそれを守らなければならない。決して破ってはならない。もし破れば助けになるどころか、かえって足手まといになって迷惑をかけるかもしれないから。


 だから茉莉は布団を被って耳を塞ぐ。目をぎゅっとつむる。――けれど。苦しみを耐えるような、叫ぶのを必死で抑えているようなうめき声にどうしても居ても立ってもいられなくなった茉莉は、たまらず布団から抜け出して起き上がった。


 今、自分ができうる最大限のことを尽くしたい。

 そう思って自分の部屋を出た茉莉は、斎の部屋まで続く廊下を一歩一歩踏みしめた。そのたびに声の発生源に近づいていく。やはりうめき声は斎の寝室からだ。


「い、斎様」


 茉莉は襖越しに掠れる声で呼びかけた。

 何の反応もない。もう一度呼びかけてみることにする。


「い、斎様。夜分、恐れ入ります。茉莉でございます」


 相変わらず反応はなく、その間も斎のうめき声が続く。

 襖を開くために震える手を伸ばしたが、恐怖と躊躇いで引手に届かない。

 と、その時。


「――ぐ、あっ!」


 これまでにない一際大きなうめき声が上がった。


「斎様!」


 茉莉はその声に押されるように襖を開け放つ。

 すると、畳で呻き苦しむ斎のすぐ傍で、犬のような獣をかたどった黒い靄のようなものが見えた。

 部屋の中は暗く、確かに闇の瘴気をまとっているのに、まるで暗闇から浮かび上がるような存在感がある。美しい佇まいは品性すら感じられるが、それは間違いなく斎を害しているあやかしだ。


 茉莉は恐怖で体が動かず、ただ息を呑んでいると、あやかしが一足飛びで茉莉のもとにやってくるや否や、飛びかかっていった。

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