追放された俺、実はパーティ全員の死亡フラグを見ていました
その日、俺はパーティから追放された。
理由は簡単だ。
「役に立たない」
それだけだった。
ギルド併設の会議室。石造りの壁に囲まれた無機質な空間で、リーダーのガルドが腕を組んだまま、俺を見下ろしていた。
「なあ、正直に言うぞ。お前がいなくても、俺たちは回る」
背中に冷たい汗が流れる。
俺の隣には誰もいない。かつて背を預け合った仲間たちは、全員がガルドの後ろに立っていた。
「索敵も中途半端、戦闘能力は皆無。なのに口だけは出す。正直、足手まといだ」
反論しようとして、言葉を飲み込む。
何度も同じ場面を経験してきたからだ。
「次の《白葬回廊》だってそうだ。
“全滅する”だの、“順路を変えろ”だの……縁起でもないことを言いやがって」
――違う。
縁起でも何でもない。
俺には、見えているだけだ。
ガルドの頭上。
赤黒い文字が、ゆっくりと明滅している。
【死亡まで:残り1回】
他のメンバーも同じだ。
前衛の剣士、後衛の魔術師、回復役の神官。
全員の頭上に、逃げ場のない赤が浮かんでいる。
「……最後に一つだけ言わせてくれ」
俺は静かに口を開いた。
「今回の編成で、あのダンジョンに入れば――生きては帰れない」
一瞬、沈黙。
次の瞬間、嘲笑が弾けた。
「ははっ、まだ言うか」
「観測士気取りも大概にしろよ」
「不安を煽るだけのスキルなら、いらねえんだよ」
ガルドが椅子から立ち上がり、宣告する。
「決まりだ。今日限りで、お前はクビだ」
それで終わりだった。
契約書にサインをさせられ、俺は会議室を追い出された。
扉が閉まる直前、最後に見えたのは――
全員の頭上で、赤い文字が点滅から固定に変わる瞬間だった。
*
俺の職は《観測士》。
戦えない。回復もできない。
代わりに、俺は“死”を見る。
人の頭上に浮かぶ、死亡フラグ。
それが見えるようになったのは、物心ついた頃からだった。
最初は意味が分からなかった。
数字が減り、ある日突然、消える。
その直後に、その人はいなくなる。
助けられなかった人も多い。
助けた結果、もっと酷い未来になったこともある。
だから俺は、学んだ。
フラグは、必ずしも折るべきものじゃない。
ギルドの外。
夕暮れの石畳に立ち尽くしながら、俺は空を仰いだ。
すでに、彼らは《白葬回廊》へ向かっているはずだ。
あのダンジョンは“帰還率九割”。
だがそれは、条件を満たした場合に限る。
今日の時間帯。
今日の順路。
今日のメンバー構成。
すべてが噛み合った結果――
全滅ルートが確定している。
今なら、まだ追いつける。
俺が戻れば、フラグは揺らぐ。
だが、その先に待つ未来を、
俺はすでに一度、見ていた。
――だから俺は、歩き出さなかった。
*
翌朝、ギルドは騒然となった。
《白葬回廊》攻略パーティ、帰還者ゼロ。
瓦礫に潰された前衛。
誤爆に巻き込まれた後衛。
回復の届かない位置取り。
すべて、俺が警告した通りだった。
人々は口々に囁く。
「……あの追放された観測士、何か知ってたんじゃないか?」
俺は何も答えなかった。
答えられなかった。
五人を救わなかった理由を、
理解できる人間は、ここにはいない。
――そして今日もまた、
俺の視界の端で、新しい赤が静かに灯っていた。
*
その噂が広がるまで、そう時間はかからなかった。
俺が《白葬回廊》の全滅を“言い当てていた”こと。
そして、追放されたのが出発の直前だったこと。
ギルドの受付嬢が、意を決したように俺に声をかけてきたのは、その日の夕方だった。
「……どうして、止めなかったんですか」
責めるような口調ではなかった。
むしろ、縋るような声音だった。
「あなたが戻っていれば、助かったんでしょう?」
俺は答えなかった。
代わりに、彼女の頭上を見る。
【死亡まで:残り 63】
まだ、赤くはない。
「一度だけ……」
俺はゆっくりと口を開いた。
「一度だけ、同じことがあった」
それは、数年前の話だ。
別の街。
別のパーティ。
同じように、全員に“赤いフラグ”が立っていた。
あのときの俺は、迷わなかった。
必死に警告し、無理やり同行し、未来をねじ曲げた。
結果――
彼らは生き残った。
だが、その“成功”の先で、世界は壊れた。
魔王討伐が予定より早まり、
本来なら封印されるはずだった災厄が解放された。
一つの街が消え、
数万人が死んだ。
俺の視界は、そのとき初めて理解した。
死亡フラグは、個人の死を示しているんじゃない。
世界が破綻しないための“必要な犠牲”を示している。
《白葬回廊》のパーティも同じだった。
彼らが生き残れば、
英雄として名を上げ、
最短ルートで魔王に辿り着く。
そして――
世界は、耐えきれずに崩れる。
「……だから、助けなかった」
受付嬢は唇を噛みしめ、何も言わなかった。
正しいかどうかなんて、俺にも分からない。
分かっているのは、これだけだ。
俺は、五人を見捨てて、世界を選んだ。
*
それから俺は、どこのパーティにも属さなくなった。
名前も、功績も、いらない。
必要なのは、“見ること”だけだ。
都市の片隅で、
戦場の外で、
俺は今日もフラグを観測する。
折るべきもの。
折ってはいけないもの。
英雄の頭上に浮かぶ、輝かしい光。
その裏で、静かに赤へと変わっていく未来。
――俺の役割は、ただ一つ。
物語の表に立たないこと。
誰にも感謝されず、
誰にも理解されず、
それでも世界が続くなら、それでいい。
その日、俺は一人の少年を見た。
まだ幼く、剣も持てない。
だが、彼の頭上には――
【死亡まで:残り 1】
【確定】
かつてのパーティよりも、
ずっと重く、逃げ場のない赤。
世界は、また選択を俺に突きつけてくる。
俺は深く息を吸い、歩き出した。
今回も、
正解かどうかは分からない。
それでも――
見ることだけは、やめられない。
それが《観測士》という役割なのだから。
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