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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

とんぷう難

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 む、今のは「とんぷう」かな。これはまた、珍しいこともあるものだ。

 つぶらやくんも感じたかい? あの東寄りの風を。あれは私たちがとんぷうと呼んでいるものなんだ。


 ――東よりの風なら、こちふきとかじゃないのか?


 うん、こちは春の訪れを告げるとされる風だけど、この冬場に吹くものとしてはちょっと合っていないかな。

 それに、こいつがとんぷうだとすぐ判断できる材料がある。つぶらやくん、髪でもどこでもいいから、肌から生えている毛を握ってみたまえ。

 どうだい、びりびりとしびれるような感触はないか? こいつこそが、とんぷうの証さ。

 出くわせる機会には偏りがある。しょっちゅう味わう人もいれば、生涯に一度も出会うことなく終わってしまう人もいる、との話だ。そう考えると私はまあまあ出くわしている方だと思うな。


 ――ん? とんぷうとやらに、どのような効果があるのか?


 そうだよね、君なら特に聞きたがるところだろう。

 少し話をしようかな。


 とんぷうは、俗に妖精の航跡と私たちは呼んでいる。

 いわく、彼らが通り過ぎた後に残されるのが毛にまとわりつくしびれなのだという。

 妖精たちは普段、私たちの目に留まることはない。なにも私たちが鈍感であるばかりが理由ではない。

 妖精たちもまた、相当に気を張って私たちに姿を見せまいとしているのだ。その気を張り過ぎた結果が、とんぷうとしてこの世に現れるのだ……とされている。

 気を張るときといったら、どのようなときか?

 たいていの人がそうであるように、何かしら覚悟をもって取り組まなくてはいけないことが待つときだ。

 このとんぷうが吹くとき、念のために私たちも注意しておいたほうがいいことがある。実践してみようか。


 まずは屋根や天井がある場所へ、すみやかに退避する。

 ちょうど地下駐車場への入り口があるから、ちょっと避難させてもらおうか。

 そうしたら、髪の毛もろとも頭を押していく。仮に禿げた頭の人だとしても頭を刺激することが最も大事だった。

 両手の親指で、顔の両側からはさむようにこめかみを指圧する。ぐうっと、指を押し込んでゆったり五つカウント。そこからわずかに頭頂部へ近づく箇所へ指を移し、またぐうっと押していく。つむじに至るまで、ゆっくりゆっくり繰り返していくんだ。

 はた目には、頭のマッサージに思えるけれど、こいつは一種の厄除けの所作でもあるんだよ。

 妖精たちが気を張ってでも、避けたいと思ってしまう相手。そいつから我々も距離をとる、あるいはかなわなくても、構われなくなるための方法なんだが……。


 どうやら、今日はつくづく縁があるみたいだな。

 つぶらやくん、外を見るといい。まだ陽があるのに、どんどんとあたりが暗くなっていくのが分かるだろう。

 まるでビデオの早送り再生みたいだ。人も車も建物も、この駐車場まわりに植えこまれている木とその葉たちも、ぐんぐんと見えなくなっていく。

 いま、この現象を把握できているのは、とんぷうを受けた私たちのみだ。他の人たちはこれに気付かず、過ごしていることだろう。

 見えて策を練ることができたほうがいいか。それとも見えずに自分の運がよいことを願ったほうがいいか。個人の好みかな、それは。


 おっと、つぶらやくん。戸惑ったかもしれないが、頭への刺激を止めないほうがいいぞ。

 ほうら、外の景色のみならず駐車場の入り口まで暗くなり始めてきた。さっきまで、ここもなんともなかったのにな。

 ……嗅ぎつけられたんだ。

 つぶらやくん、逃げようとしたりして動くなよ。へたに動くほうが余計に奴らに感づかれる。ひたすら頭を指圧することに集中するんだ。

 焦って雑にやっちゃあダメだ。ちゃんと時間をかけて、ゆっくりゆっくり……いや、まだ不完全だな。


 いよいよ、ここのそばまで入ってきちゃったな。つぶらやくん、焦っているぞ。

 ま、私ももはや下手に動けないから安心したまえ。一蓮托生ってやつだ。もし、今のまま不十分だとこいつは私たちの足元を埋め尽くすだろう。

 そうしたのちに這い上がる。こいつに冒されたところは、もはやもとに戻ることはない。服も肌も、その下の肉体までもだ。

 死、とは限らない。ただここではないどこかへ行くのだ、と話を聞くこともあるけれど、実際にはどのようなものかな?

 いずれにせよ、そのお供が私であることが嫌なら、もっとじっくり指圧するんだ。もはやあんまり猶予はないぞ。


 ふう、どうやら何とかなったようだ。よく頑張ったなつぶらやくん。

 とはいえ、今日はもう裸足で帰らないとな。靴と靴下だけで済んだのは、不幸中の幸いといえよう。まあ、人目につかない道を選ぶとするか。

 しかし、つぶらやくんはついていたぞ。とんぷうを知らなかったら、ああも自分が危ういことにさえ気づけなかったからな。次の機会があったら、ぜひ生かしてくれよ。

 ま、そもそももう出会わないことこそ、望ましいがね。

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