第3話 再開2.5
前回からの続きになります。
名前に関して
望月悠真もちづきゆうま
水澄澪みすみみお
白瀬澪しらせみお
倉田将暉くらたまさき
春町桃華はるまちとうか
朝起きて、カーテンを開けた。
澄み切った青空に、わたあめのような雲が点々と浮いている。
父さんと、母さんと、弟が死んだあの日も、こんな晴天だった。
どうして、あの日は、空だけはあんなに綺麗だったのだろう。
そう思いながら私、白瀬澪は、朝の寝室を出た。
中学の三年間は、祖母の住む仙台で過ごした。
けれど、高校入学を機に、私はもう一度この街へ戻ってきたのだった。今日でこの街での生活は1週間弱になる。
日課となっているカレンダーを確認する。
最初は1500枚以上あった日めくりカレンダーもあと281枚。白瀬という名前を使い始めてもう4年、随分と時間が経ったものだと感じる。
朝食を食べ終え、洗い物をしながら部屋を見渡す。一人暮らし用の賃貸アパートの一室は、よく掃除が行き届き、窓から光が差し込んでいた。
室内を見ながら、よくおばあちゃんは私の一人暮らしを許してくれたなと思いつつ、寝室に戻り洋服がしまってあるクローゼットを開ける。
中から真新しい純白のセーラー服を丁寧に取り出し、着替えを済ませた。通学バッグを肩にかけて、最後にもう一度身だしなみを整える。
今日の私の目的は大きく2つある、ひとつはしっかりと新しい学校の入学式に参加すること。
2つ目は、高校の同じクラスにいるであろう私の初恋の人、望月悠真くんのことだ。
名簿で名前を見てからずっと会ってもいいのか、話をしてもいいのか考えているが、未だ全く決まっていない。
多分彼のことを思うなら私は彼に会わない方がいい。一も二も迷うことなく会わないべきだ。なのに決められない。
「ほんと、どうしてだろう。」
そう呟いてドアを閉めた。
春の風が、頬に触れた。
入学式が終わった。結局、悠真くんとはどうするのかを決められなかった。
いざ彼を前にすると、なおさら迷ってしまう。頭では会うなと言っているのに、心では悠真くんに会いたいと叫んでいるような気がした。そんな自分に密かに戸惑った。
結局何も話さなかった。これで良かったはずだ。そう思いながら校門を出たところで、後ろから追うように歩く足音に気づいた。
最初は誰かの靴底の小さなリズムだと思っただけで、振り返る気持ちすら起きなかった。けれど、足音は確かに私の背後を追ってくる。
ほんの少しだけ、肩越しに視線をやる。濃い影の中に見覚えのある輪郭があった。驚きが先に立ち、次に、嬉しさと恐れが同時に押し寄せる。悠真くんだった。私の少し後ろを私の方を見ながらひとりで歩いて来ていた。
どうしよう、という考えが刃のように私の中で折り重なる。
彼には、会ってはいけない。話してはもっとダメだ。言葉にしてはいけない過去、数え切れない悲しみ、そして私が決めたこと――。彼に会えばそれらが揺らぎ、崩れ落ちてしまう。彼の存在は、私が閉じてきた傷のふちを指先でなぞるようなものだった。
私はただ、足を動かすだけしか出来なかった。声をかけられたらどうしよう。悠真くんは無視されたら、どう思うだろう。私は一体ここで何をしているのだろう。問いが次々と流れ込んでは、どれも答えを得られないまま、心の奥で泡のように消えていく。どんどんと時間だけが流れた。
彼も私に追いつこうと、足を早めたのかもしれない。彼の呼吸と靴音が、静かに距離を詰めてくるのがわかった。
春の風が通り、桜の花びらがひらりと舞った。光はいつもの通りに優しく、世界は変わらず回っている。
幼い日のことが、ふっと顔を出す。
公園のブランコ、放課後の約束、並んで食べたアイスの甘さ。思い出は古いフィルムのように淡く色褪せているが、触れるとあの日の匂いがする。
火事の夜のことも、ふっと浮かんではすぐに影を落とす。あの匂いは、私を何度も何度も目覚めさせる。目を閉じれば、あのときの光も熱も、叫びも胸に押し寄せてくる。
私は息を止めて、一瞬だけ全てを過ぎ去る景色に預けようとした。だが、預ければ預けるほど、何かを失う気がして怖かった。
その時彼が、私の肩越しに小さく息を吐いた気配がした。
それは気のせいだったのかもしれない。でも私は悠真くんがすぐ近くに来ていると感じた。振り返れば、すべてが動き出す。振り返らなければ、何も変わらない。ただ、私の心の底の悠真くんに対する思いが私を動かした。
私はゆっくりと、しかし、確かに、足を止めた。風が吹き、顔に髪がかかる。目の前の世界が少しだけ鮮やかになる。彼の姿がはっきりと定まった。
瞳が合った瞬間、悩み迷っていたはずなのに、言葉が自然と喉を通った。
「――悠真くん。……久しぶり。」
私は自然と唇の端を引き上げ、小さく笑った。それがどれほど久しぶりの表情か、自分でもわからなかった。
お遠い昔の日の無邪気な私が再び私の中で息をし始めた。
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(注)12月5日 15行目訂正602→281




