第2話 再会2
前回からの続きになります。
名前に関して
望月悠真
水澄澪
白瀬澪
倉田将暉
春町桃華
あの子の名前は水澄澪といったはずだ。
僕が小学5年生まで、家の向かいに住んでいた。
涼やかな風鈴のようによく笑う女の子だった。
おたがいがお互いのことを好きで、いつも一緒だった。
その時間がずっと続くものだと、幼い僕は思っていた。
あの日までは。
夜の8時頃だったと思う。サイレンの音が耳に刺さった。
何事だと思い窓を開けた瞬間、熱風が頬を焼いた。空には火柱が立ち――向かいの家はもう炎そのもの。屋根が崩れるたびに火の粉が舞い、僕は、その前に立つ一人の少女を見た。
「澪ーー、早く逃げてー」
澪に死んで欲しくない一心で、そう叫んでも風が掻き消した。
僕はただ、彼女を見ることしか出来なかった。
翌日、母の口から聞いた。
彼女は、父親と母親、それに弟を亡くしたと。
それ以来、澪は祖母のいる仙台へ引き取られた。
僕は葬式にも行けず、さよならも言えなかった。
それが、僕と澪の別れだった。
昇降口を抜けて教室に入ったとき、そこにいたのは、間違いなく澪だった。
心臓の鼓動が激しくなり、息が詰まった。
将暉と桃華の声が遠くに霞んでいく。
「おーい、悠真。ドアのとこで止まってるぞー!」
「ほんとだ、早く入りなよ〜。」
「あ、あぁ……ごめん。」
そう言われて我に返り、慌てて教室に入った。
席に着きながら震える指先で配られていた名簿をめくる。苗字の列にあの子の苗字ーーー「水澄」の文字はない。
分かっていた。
もし同じクラスに澪がいたならば事前の確認で気づいたはずだ。
それでも――どう見ても、僕の目に映るあの子は澪にしか見えなかった。夜のように黒い長い髪、色白の肌、スッとした鼻筋。
唯一、目を見た時になぜだか、微かに澪との違いを感じたが、その他は全く昔のまま。
そのとき、
「はい、全員席に着けー!」という大きな声と共に、担任が入ってきた。
背の高い、日焼けした筋骨隆々の男性だった。
「伊藤啓介だ。趣味はキャンプとマラソン。体育のときはよろしくな。」
と笑いながら言うと、黒板に自分の名前を書いた。
「まだ入学式まで少し時間があるからな。
せっかくだし、自己紹介でもしていこう。出席番号順で。
前の席から順にな。」
クラスがざわつき、順に立ち上がっていく。
名前、出身中学、趣味――そんな言葉が順々に流れていく。
けれど僕の耳は、まるで遠くの世界の音を聞いているようだった。
僕はただただじっと、彼女の番が来るのを待っていた。
そして――。
「次の人。」
そう先生が言ってあの子が立ち上がった。
椅子の脚が床をかすめる音が教室に響く。
風がカーテンを揺らし、春の光が彼女の髪を照らした。
その黒は、夜の静けさを塗り固めたようだった。
彼女は一度だけ、その真っ黒な瞳でクラス全体を見回して、
「白瀬 澪です……よろしくお願いします」
とだけ言った、時が、止まったように感じた。
白瀬 澪ーーー下の名前は同じだった。
きっと祖母の戸籍かなにかに、改名でもしたに違いない。だから名簿の苗字欄を探しても見当たらなかったんだ。
きっとそうだ。そうに違いない、彼女は僕の知っている澪だ。
その一筋の希望と同時に今度は不安がやってきた。
全くの別人である可能性も捨てきれないのでは?
僕のことを覚えているのか?
話しかけても大丈夫なのか?
話しかけるような勇気があるのか?
そんなことが頭を駆け巡り始め、僕はもう他のことは考えられなくなってしまった。
気付いたら入学式は終わっていた。
僕が正気を取り戻したのは、閉幕し、人が少なくなり始めた入学式会場で、将暉に「もう終わって帰りだぞ」と言われた時だった。
「ああ、そうだね」
そう言って、帰り支度を始めつつも僕は全く上の空だった。
将暉は僕の小学校からの親友だが、彼は、澪のことを知らない。ちょうど僕が澪と別れて、小学校5年生くらいに仲良くなったのだ。
当時澪がいなくなって精神的にまいっていたところを助けてくれたのだが、澪のことに関して将暉には言ったことがない。澪のことは僕だけの心の中にしまっておきたいと、当時から思っていたからだ。
「一緒に帰ろうぜ、午後から遊ぶっしょ?」
「えっとー、先に帰っててくれないかな?少し用事かあるから。」
「そうかー、まっ、いいぜ後で連絡するわ。今日のお前なんかずっと上の空って感じだからなんかあるんだろうけど、解決するといいな。」
そう言って素直に引いてくれた将暉に心の中で「ありがとう」と言いつつ、僕は外に出た。
やはりあの子ーーー白瀬澪と話してみないことには始まらない。話をしてみよう。そう決めた。
外へ出ると、光が眩しかった。
春の空気はまだ少し冷たく、桜の花びらが風に乗って漂っていた。
昇降口の前では、もう仲良くなったのか桃華たちクラスメイトの女子達が笑いながら写真を撮っているのが、かすかに見えた。
新しい制服の袖を引き合って、明るい声が響いていた。けれど、その中に――澪の姿は見えない。
周囲を見渡すと、校門の方へと独り歩いていく小さな後ろ姿を見つけた。
黒髪が肩のあたりで揺れ、結んだ白いリボンが春の光を受けてやわらかく光っている。
間違いない。澪だ。
僕はそっとその背中を追った。
足音を立てないように、少し距離をとりながら歩く。
胸の鼓動が強くなり、言葉が喉の奥で何度も渦を巻いた。
何と声をかければいいのか。久しぶり、か?僕のこと覚えてる、なのか?なんて言えばいいのか考えるが一向にまとまらない。
校門を抜け、通りをひとつまたひとつと曲がったところで、僕はようやく心の中での整理にひと区切り付け、声をかける決心をした。
その時、いきなり彼女がこちらを振り返った。
風がふっと吹き抜けた。
桜の花びらがいくつも舞い上がり、彼女の髪をやさしく包み込む。
澪はこちらを見ていた。
「あっ、あの」
驚きのあまりとっさに出たのはそんな言葉だった。
澪は、ほんの一瞬だけ泣きそうな、切なそうな顔をし、それから優しく微笑んだ。
「――悠真くん。……久しぶり。」
その声が耳に触れた瞬間、
胸の奥で時間の絡まりが静かにほどけていくような感覚がした。懐かしく、でも遠い夢のようにーーー。
彼女はやはり澪だった。
また会えた、その事実がただただ嬉しくてなんと返せばいいのかまた、分からなくなってしまった。
僕は、何も言えなかった。
ただ、春の風の中で彼女をーーーー白瀬澪を見つめていた。
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注釈)10月26日 三行目訂正しました。




