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第1話 再会

四月の入学式。川沿いの桜並木が見事に咲いていて、風が吹くたびに花びらが舞った。母さんが「晴れてよかったね」と笑って送り出してくれた、僕も本当にそうだと思う。

 

僕、望月悠真もちづきゆうまは、この春から東京都立桜川高校に入学した一年生だ。名門というわけではないけれど、決して底辺でもない。よくある、ごく普通の高校。


「おーい、久しぶりだな悠真!元気にしてたかー?」


「久しぶりも何も、三日前に会ったばっかだろ、将暉」

 

彼の名前は倉田将暉くらたまさき。小学校の頃からの、気心の知れた親友だ。僕の身長は167cmと平均のど真ん中だが、将暉の身長は俺より頭1つ大きい。よくいるヤンチャなバスケ部員だ。


 「でさ、クラス分けどうだった?」

 

将暉がパンフレットを片手に聞いてくる。

 

「んー、知ってるやつはあんまりいなかったな。まぁ、またお前と同じクラスだしそれでいいかな。」 


「おっ、嬉しいこと言ってくれるじゃーん、悠真ー。」


「キモイから肩組もうとすんなー。」


そんな他愛もない会話をしていた、そのときだった。


 「あっ」――視界がふっと滲んだ。瞬きをしても輪郭は戻らない。その端で、何かが一瞬キラリ。次の瞬間、勝ち誇った声がした。

 

「はい、いただきー」

振り向くと、僕のメガネを指でつまんで得意げに笑っているやつがいた。


「はぁ、あのね、メガネは人から盗るもんじゃないですよ、桃華さん。」


近づいてきたのは、中学からの女友達、春町桃華はるまちとうかだった。滑らかなセミロングの髪をなびかせながら、悪戯っぽく僕を見てくる。

 

「あいかわらず悠真のメガネは地味メガネだねー。新しいの買ったら?」


「余計なお世話だよ。」

 

そう言ってメガネを取り返そうと手を伸ばす僕をからかうように、彼女は後ろへ一歩下がる。


「お前ら、変わんねぇなー」と将暉が言うが、こっちとしてはたまったものではない。はた迷惑な話である。

 

「いや、まじで返せ。」


 桃華はケラケラと笑って、彼女の頭の上までメガネを持ち上げる。


「取れるもんなら取ってみなさい、ってね。」


「いやバカか。」


 桃華と僕ではさすがにぼくの方が大きい。速攻で制圧しメガネを取り返そうとすると、

 

「はいはい、じゃあ特別に返してあげますよ、悠真くん。」


「ガチなんなんだお前……まったく、朝から騒がしいやつだな。」

 

メガネを掛け直した瞬間、世界が静かに輪郭を取り戻した。

春の光が反射して、桜並木が白く霞んで見える。

花びらが舞うたび、空気がわずかに揺れて、僕の呼吸までそのリズムに溶けていく。その刹那、皮を挟んで反対側の桜並木、


      ひとりの少女が立っていた。


真新しいセーラー服を身にまとっている。黒髪が風にほどけ、頬のあたりで静かに揺れていた。

肌は雪のように透けるほど白く、長いまつ毛の影が瞼に淡く落ちていた。

 

どこか遠くを見ている、何かで黒く塗りつぶされたような物憂げな瞳。

その表情に、その容姿に、僕は吸い込まれた。


美しい、と思った。

しかし、見ているこちらが息をするのをためらうような、触れたら崩れてしまいそうな儚さもあった。


風が一度だけ吹いた。

その瞬間、桜の花びらが彼女の肩に降りかかり、

光の中で、彼女はほんの一瞬だけ目を細めた。

その仕草すら、世界の音をすべて止めるほど静かだった。


 僕は彼女を知っている。

 忘れるはずがない。

 でもどうしてここに?

 今どんな生活を送っているんだ?

 あの後一体……。

 

「おーい、どうした? 固まってるぞ」

 

将暉の声で、現実が音を取り戻す。


「あっいや、あそこにーーーー」

 

そう言ってもう一度彼女の方を見たときには、

 ただ、満開の桜並木が風に揺れていた。



 僕は歩きながら考えていた。 


あの顔を、忘れるはずがない。





彼女は、小学校の頃、僕の家の向かいに住んでいた女の子だ。

朝、窓を開けると、よく彼女が向こうの家のベランダで洗濯物を手伝っていたのをよく覚えている。

風に髪をなびかせながら、笑うときに目を細める癖があった。

僕が手を振ると、恥ずかしそうに少しだけ振り返してくれる。


放課後はよく一緒に遊んだ。

公園のブランコを取り合って、転んで泣いて、

でも最後はいつも、並んでアイスを食べて笑っていた。


互いに互いのことを大切だと、愛おしいと思いながら、一緒にいることが当たり前で、それがずっと続くものだと思っていた。


でも、あの日。

夜中に聞こえたあの忌々しいサイレンの音が、すべてを変えた。


僕が外に出たとき、空は真っ赤に染まっていた。

向かいの家が、炎に包まれていた。

風が熱を運んで、焦げた匂いが鼻の奥を刺した。


彼女はその日を境に、町からいなくなった。

家族を失い、祖母に引き取られて、遠くへ行ったと聞いた。


それ以来、一度も会っていない。


たしかあの子の祖母の家は仙台にあると後で母から聞いた。だから、あの子がこの高校に入学するはずがない。


そう思おうとしても、心は勝手に信じてしまう。

あの横顔を、あの瞳を、僕は確かに知っている。


 まして教室のドアを開け、そこにあの子の姿があったならば、それは確信に変わるだろう。

お気に召していただけたら幸いです。


注)123行目訂正しました。

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