第70話【バートリーSIDE】 荒れるバートリーと、急所を突くエレノア。
「クソっ、この俺に恥をかかせやがって。絶対に許さん!」
王都にある高級宿屋。
バートリーは金を積んで一番高い部屋に入ると、怒鳴り散らしていた。
ちなみに、『恥をかかせやがって』と言っているが、そもそも彼に恥を感じる機能が備わっているかどうかは議論の余地がありそうである。
「所詮この世は金だ。金さえあれば何でもできる。そのために出世して何が悪い! 俺をバカにしやがって!」
協会本部がため込んでいる金貨は、多すぎることはないが間違いなく多い。
本部役員であるバートリーが動かせるお金は、確かに莫大な金額となる。
エレノアが言うには、協会本部の外と地下は、圧倒的な歓楽街が広がっているという。
そして、もう一つ。本部にとって重要な要素がある。
「つべこべ言わずに金を払う。これを上回る誠実さはない。それが今の協会長の言葉だぞ! より多くの金を手にすることは、冒険者の役員として正しいんだ! 何故それがわからん!」
つべこべ言わずに金を払う。それを上回る誠実さはない。
バートリーが嘘を言う意味がない以上、その言葉は本当だろう。
もっと言えば、『だからこそ』、莫大な金を払うことで『報告免除特権』を使うことができる設計になっている。
びた一文まけることはない。ただその反面、ちゃんと文句を言わずに払うのなら、直ぐに適用するし、その分の権利はしっかり保証する。
協会長がその哲学を持つ限りは、その通りになるのだろう。
そして、人によって、認識の齟齬が生まれることがある。
「協会長が言っているのは払うことで、バートリーさんが言っているのは溜めるっスよ? 全然違う話っスね」
「エレノア……」
荒れているバートリーの部屋にやってきたのは、呆れた様子のエレノアだ。
「この俺に口出しするってのか!」
そういって、バートリーは自身の左腕につけている腕輪に魔力が流し込む。
……しかし、エレノアに変化はない。
「えっ?」
「首輪なら外してもらったっスよ。もう、『ソレ』は脅しにならないっスね」
「ば、馬鹿な! 『躾の首輪』が外されただと!? 一体どうなっている!」
「……へぇ、私がバートリーさんに付けられたあの首輪。そんな名前だったんスね」
「何を言っている! 散々話してやったのにもう忘れたか?」
「いや、バートリーさんも忘れたんスか? 『躾の首輪』をはじめとした『人権にかかわる魔道具』は、人間社会にとって有害であるとして冒険者協会は回収してるっスけど、廃棄処分が原則っスよね」
「一体何を言っている。今からでも、本部にある俺の倉庫から持ってきて、お前に付けるだけの権力があるんだぞ!」
「それに従うと思ってるんスか?」
「俺に逆らえば、二度と本部に足を踏み入れることは出来んぞ! それでもいいのか?」
「……」
エレノアは黙った。
「ククク、どうやら本部役員としての旨味を一度でも知れば……」
「ああいや、私が黙ったのは、迂闊すぎて絶句しただけっスよ」
「何の話だ!」
「端的に言うと……」
エレノアは、スーツのポケットから一つの水晶を取り出した。
「これ、何だかわかるっスか?」
「それは……」
「録音水晶っス」
「ろ、録音だと?」
「はい。しかも、協会本部の協会長にも通じる、『偽造不可』とされるものっスよ。私がこの部屋に来てからずっと録音してるっス。廃棄しなければならない魔道具を、自分の倉庫に抱え込んでるって証言はバッチリ入ったっスね」
「なっ……そ、それを渡せ!」
バートリーがエレノアに迫るが……。
「遅すぎるっスよ」
バートリーの接近をひょいひょいっと避ける。
「私のダンジョン適正階層は57層。冒険者で言えばSランクになるっスよ? そんな私に、普段鍛えてもいない人が勝てると思ってるんスか?」
「ふ、ふざけるな!」
「お金があれば、その分、何でもできる。これは確かっスね。その莫大なお金を使った作戦が自分に降りかかったらと思うと人は恐怖するっス。だからこそ、バートリーさんはため込もうとするっスけど……」
「……だからなんだ!」
「権力っていうのは相対的な物であって、絶対的な物じゃないっすよ? 絶対的なのはやっぱり、純粋な『強い暴力』っス。首筋にナイフを当てられて『金を出せ』が通れば、金なんて何の役にも立たないっスよ」
「馬鹿にするな!」
「馬鹿にする? それ、自分の権力が『何の圧力も持ってない』ことを自覚したってことっスか?」
「ふざけるな!」
「まあ、バートリーさんって友達いませんし、報告してバートリーさんが捕まっても、私に報復しに来る人はいないっスからね。実際、圧力は皆無っすよ」
「まだ十七の小娘が俺を舐めるな! 俺は上級役員の一人、『レミントン』様が作り上げた派閥の一員だ。上が黙ってないぞ!」
「それ、バートリーさんが倉庫にあるモノは、『レミントン派』の力で手に入れたってことっスか?」
「そうに決まっている!」
「……」
エレノアは絶句した。
「何を黙って……」
「まだ録音中っスよ?」
「あっ……」
顔面が真っ青になった。
「そ、それを……」
「はぁ、私は、権力と言うのは、正しい事じゃなくて、必要なことをするためにあるものだと思ってるっス」
「な、何を言って……」
「人の物を奪わない。これは正しいっスけど、これが絶対になったら危険物の没収ができない。それじゃあ『安全』を保障できないっス。だから、必要なこと、『正しくないことをしてもいい権利』が、権力だと思ってるっス」
「……」
「バートリーさんは間違いなく権力者っス。だから、この水晶をこの場でたたき割る『必要性』を私に説明できれば、私はそうするっスよ」
「う……」
「う?」
「上に掛け合って、ただの職員であるお前を役員にしてやる。それで――」
「話にならないっスね」
エレノアはバートリーに背を向けた。
「お、おい!」
「バートリーさんは私に必要性を説明できなかった。それだけっス」
バートリーは慌ててエレノアを捕まえようとするが、そもそもSランクの実力を持つエレノアに、勝つことはない。
追いつくことはない。
どれほど金を積もうと、エレノアを止めることは、できない。
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