第40話 アンストでバッタリ
「……こ、ここがアンサンブル・ストリート。本当に町じゃないか」
冒険者ライセンスと、鍛冶師への紹介状と、家の鍵を持ったアティカス。
彼は、壁に囲まれ『巨大な敷地』が形成された『町』に来ていた。
看板にはしっかりと『アンサンブル・ストリート』と記されており、この場を所有していることが分かる。
「ウロボロスだって、本拠地はあのデカい建物一つだ。それはそれで誇りにしてたけど、こんな広い場所を、丸ごと買うなんて、いったいどれほどの財力なんだ……」
絶句しているアティカスだが、まさかアグリが一括で買い上げたとは、夢にも思うまい。
「……ん? アレ、お前アティカスか?」
「え?」
門の付近には直方体の建物が立っており、そこから白衣を着た男が出てきた。
ぼさぼさの金髪を長く伸ばしており、目の下にクマを作っていて不健康そうな印象が強い。
「え、えーと……」
「私は学者の一人でな。研究の都合上、大体、誰かが起きてるんだ。で、この門の近くを誰かが通りかかった時に、あの建物でアラームが鳴るようになってるんだよ」
「てことは、門番でもあるのか?」
「まあそうでもあるな。冒険者兼学者の奴も多いぞ。私もAランクだし」
「ランクたっか……」
「で、何の用だ?」
「あ、ああ。俺も、この町の一員になったんだよ」
アティカスは、アンサンブル・ストリートのコミュニティ名が記された冒険者ライセンスと、鍵を見せる。
白衣の男はそれを確認して……。
「発行したのは会長か。つい先ほど……なら歓迎しよう。私はシャール。あの研究所のまとめ役でもある」
「そ、そうか……で、どんな研究をしてるんだ?」
冒険者兼学者。
基本的にこの手のタイプは、資金をダンジョンで集めながら研究をするという活動になる。
「『ラトベルト理論』だ」
「へっ?」
「100年ほど前にいた魔法学者、ラトベルトが提唱した理論でな。すごく簡単に言うと、『モンスターの卵に刺激を加えた場合の、生まれるモンスターの影響』を研究している」
「も、モンスターの卵って……」
「まあ、基本的には、人間のいう事を聞きやすくするためにはどうすればいいかだな。いう事を聞かないモンスターの強化実験なんて、危険すぎて許可が下りないし」
「だよな……って、催眠とか洗脳とか?」
「それになるが、まあ、あまり効果は出てないな。モンスターの卵の殻に、何か『防御システム』があるのか。すごくめんどくさい」
アグリたちがルレブツ伯爵邸の庭で戦ったハイオーガたちは流石に耐性が高すぎだが、基本的にモンスターは魔法に対して何かしらの耐性を持っている場合が多い。
何かの属性に強い。というパターンが多く、そして精神を操作するタイプの魔法は、大体どのモンスターも耐性を持っている。
ただ、卵の中にいる『不完全なモンスター』は、多くがすぐに死んでしまって銅貨数枚に変わる反面、精神耐性をほとんど持っていない。
よって、卵の時に魔法をかけることができれば、『モンスターの家畜化が可能なのでは?』ということになるが、上手くいっておらず、この原因は『卵の殻』にあるとしている。
「モンスターの卵の殻に防御システムって……」
「まあ、普段は目にしないからな。まあとにかく、中に入るといい」
「お、おう……」
「何か興味があったら、いつでも研究所に来てくれ。『待つ』ことが大部分を占める研究をしてるやつもいてな。暇すぎて千羽鶴を折りまくったりキャベツに祈りを捧げまくってるから」
「……」
なんだか『心当たり』があるアティカスだったが、気にしないことにした。
というわけで、シャールを後にして、町の中に入っていく。
「住まいも店も並んでる。あ、酒場もあるのか。確かに町だな……個人主義って言ってたのは間違いないみたいだ。あまり活気がない」
アティカスはそのまま、鍛冶屋と思われる店に向かって歩いていく。
「あそこが鍛冶屋かな……すみません。失礼します」
「ほかに客なんて珍し……アティカスさん?」
「え、ゆ、ユキメ!?」
鍛冶屋の店舗に入ると、そこにはユキメがいた。
彼女は『レッドナイフ』所属のナイフ使いであり、基本的にナイフを新調せずに身体強化で戦うため、買いに来たわけではないだろう。
メンテナンスに来て、それで鉢合わせしたといった感じか。
茶髪をボブカットにしたクール系美少女であり、ウロボロスにいた時と同じミニスカスーツなので、アティカスも当然、よく覚えている。
「ゆ、ユキメが、なんでこんなところに……」
「アンストはいろんなパーティーがあって、その中の『レッドナイフ』所属ですから」
「そ、そうか……」
「アティカスさんは、何故ここに?」
「アグリ会長のところに面接に行って、ライセンスを発行してもらったんだよ。この町でとりあえず、ソロ冒険者から始めようってことで……」
「……ほう、それで、ここにねぇ」
カウンターの奥から、筋骨隆々の鍛冶師がアティカスの方を振り向いた。
「……あ、ああ。会長から紹介状を貰ってな。これを渡せば、直ぐに武器を作ってもらえるって……」
「アグリさんから?」
鍛冶師のおっさんは、紹介状を受け取った。
「……確かに、アグリさんの字だな」
「私が預かってもよろしいでしょうか」
「何に使うんだ?」
「抱いて寝ます」
「……」
性癖が歪み過ぎである。
これにはアティカスも頬が引きつっている。
「え、そ、そこまでか? 確かに美しい女性だったけど」
「姉様は男ですよ」
「……え、言葉あってるかそれ」
「はい」
「坊ちゃん。あんまり常識と社会的通念と論理的整合性をアグリさんのファンに求めない方が良いぞ」
「普通のことを何も求めるなって言われた気がする」
「それであってる。で、アティカスだったよな。確か、片手用の剣を使ってたな。今のところ用意できる最高は……コレだな」
カウンターの下から、一本の剣を取り出す。
刀身が青い直剣で、業物を思わせる一品だ。
「こ、これは……」
「アグリさんが転移街の宝箱から手に入れた鉱石で作ったもんだ。『蒼天剣イグザム』……大切にしろよ」
「はいっ!」
「……」
「……なんだ? ユキメ」
「いえ、アティカスさんって、そんな爽やかな返事ができる人なんだなって」
「俺を一体なんだと思ってたの?」
「井の中のか……いえ、なんでも」
「ほとんど言い切ってるぞそれ……まあ、間違いないけどさ」
アグリからライセンスを貰うときに感じたあの感覚。
それはアティカスにとって、間違いない。
これが、ウロボロス全体にかけられていたと確信した。
確信したからこそ、『何故』が一気に解消されるとともに、その答えは、果てしなく大きいものだった。
自分が見ていた世界が、どれほど狭く、浅いのかを思い知らされる。
「……ま、いろいろ思うところはあるみたいだが、とりあえずその剣で頑張ってみろ」
「ああ。頑張るよ。良い剣をありがとうな」
「今後も、この『ライグ工房』をご贔屓に」
「ええ。それでは」
アティカスは店を出ていった。
「……ライグさんから見て、アティカスさんはどう見えますか?」
「そうだなぁ……まあ、剣を手に取って、何かを夢見たように店を出ていくところは、昔のサイラスとよく似ている」
「そうですか……」
「嬢ちゃんのナイフも、メンテ終わったぞ」
「ありがとうございます」
ナイフを受け取るユキメ。
「それにしても、あんな綺麗な目をした少年を見るのは久しぶりだが……ウロボロスにいたときはどうだったんだ?」
「まあ、開き直りまくったクソガキですね」
「井の中の蛙より酷いな……」
ライグは溜息をついた。
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