第103話【ラトベルトSIDE】 白の美神
「ラトベルト様。四源嬢に動きがあったようです」
「動き?」
ラトベルトは協会本部の『宝』を手に入れて上機嫌になっていた。
彼としても、システムとして深層に日帰りで潜れる『転移街』は活用したいのか、王国の外ではないが、亜人領域に近い場所に『拠点』を作り、執務室に置いた頑丈な箱の中に保管している。
ビエスタから始まり、『鬼』の要素を持つ種族が王国で暗躍しており、ラトベルトはそこに『竜』の要素も加わった『ドラゴオーガ』である。
当然、転移街で潜れる階層も深く、それ相応の金貨やアイテムを手に入れることが可能。
アイテムを集めて、それらを『宗主様』と呼ばれる存在に献上することが良い事だとしている様子。
なお、その『報告』をしてきた部下だが、こちらは全身黒ずくめであり、顔まですべて布で隠し、角まで真っ黒なオーガである。
「はい。こちらを」
「……チラシか?」
ラトベルトは部下から一枚の紙を受け取る。
そこに描かれているのは……ノースリーブでミニ丈の『羽衣』を着たアグリが、背徳感に全振りしたオーラでカメラに向かって流し目だ。
場所は酒場の個室で、テーブルに肘をついて、うっすらと微笑んでいる。
高級酒の瓶が並ぶテーブルで、ガラスのコップを指で撫でているその姿は、あまりにも魅力的。
キャッチコピーは『一日限定で、酒場を開きます。『宝』を前払いしていただくと、女神がご一緒に……』となっている。
看板には『ルルティマ・ソスタ』と書かれており、これは店名だろうか。
「……」
「ラトベルト様?」
「……お前は、これを見てどう思った?」
「我々、『影鬼』には感情がありません。そのように作られました」
「そうだな」
「許されるならば、私が行きたいです」
「……なるほど」
要するに、理性も、理屈も関係ない。
そして……。
「写真からでもわかる。随分と着飾り、メイクもしているが……それだけだ。別に服にもメイクにも特別な魔法効果はない」
「ええ……」
「……亜人領域にもいい女はいる。『弱肉強食』の中で、強者が地位も金も異性もすべて手にするからな。満たすために、そりゃいい女はいる」
「亜人領域の『あの町』で、高級娼婦の調査をしたこともありますが……『彼』を超える者はいない」
「……理由は分かる。私が『宝』を盗んで国を出てしまえば、宝を取り戻すことはできない。『宝』が持つ力と、才能を抜き取ってきた事実を踏まえるなら、『手放すことはあり得ない』と……持ち出すことはあり得ないと……」
チラシを見る。
「……ここまでするか?」
「私は、話に乗るべきかと」
「何故?」
「四源嬢をプロデュースする九尾の狐……奴が、『本当にヤバい事』に手を出す前に、この時点で乗っておくべきかと」
「……はぁ」
ラトベルトはため息をついた。
「確かに、これ以上の爆弾が飛んできて、私が、四源嬢抜きに生きていられなくなれば、目も当てられんな。知っていること、狙っていること、全て話しかねない……」
部下を見る。
「お前が行ってこい」
「はっ?」
「実際、席についたらどうなるかわからん。お前には情報をほとんど与えていないからな。ただ、『置き土産』は渡す。せめて引っ掻き回してこい」
「……畏まりました」
顔を布で隠している部下の『影鬼』だが、先ほど、『感情はない』と言ったはず。
だが、その布の内側が、喜色満面であることは、声から分かった。
「……それから、ラトベルト様」
「なんだ?」
「そのチラシは、どうするのですか?」
「……」
ラトベルトはチラシを見る。
写真の、うっすら微笑むアグリと目があった。
「……保留だ」
「畏まりました」
「『宝』と、置き土産は後で渡す。お前は準備しておけ」
「はい」
部下は部屋を出ていった。
……それを見た後、ラトベルトはチラシを机の引き出しに入れる。
「……何故だろうな」
呟く。
「部下に譲った。というだけで、『世界中から褒められてもいいほど』だと、確信している自分がいる」