没落の日
≪一≫
この春に、B大学での憧れの大学生活が始まり、一ケ月が経ちました。
私が高校在学中、受験勉強らしいことを始めたのは昨年の十一月、学校へ最終志望校の報告書を提出した頃からです。
何てのんびりでしょう、と人には笑われるかも知れませんが、それまでは志望校など真剣に考えたこともありませんでしたし、大学に進むことすらはっきりと決めていたわけではありませんでした。実は私が大学へ進学しようと考えたのは、かなり『不純』な動機によるものです。
高校に入学した頃から好きになった同級生の男子生徒がいて、私はその人と三年
生の時同じクラスになりましたが、それ以来、学校を離れたプライベートでも一緒にいることが多く、お互いに安心できる間柄だったと思っています。
彼の名は、堂本可也クンと言います。
お互い、かしこまって気持ちを告白し合うようなことはありませんでしたが、私には、何となく彼が私を好いてくれていることがわかりましたし、彼の方も私の気持ちを充分にわかっていたと思います。
その彼が、第一希望のA大学、第二希望のB大学、第三希望のC大学を受験することが分かり、私にはA大学は無理だけれど、B大学とC大学を目指し、彼とまた一緒の学生生活を送れれば、と考えたわけです。
彼が第一希望のA大学に合格するには、学力的に五分五分の可能性があったわけですが、彼にとっては残念に不合格。私にとっては幸運。
私の方はと言うと、逆に皆の予想を裏切って見事B大学に合格しました。
晴れて、この4月からは彼と同じ大学へ通うことになったのです。
これは、私の運命だと思いました。
やっぱり赤い糸で結ばれている、そういう感覚になりました。
わたしは、商学部、彼は経済学部とちょっとあてが外れた面もありますが、そんなことは気にしない、気にしない、キャンパスが同じならば大丈夫、そんな感覚でした。
もう一人、私には高校の同級生で、今では親友と呼ぶべき女性がいます。
彼女の名は、石川由紀子。彼女は細身のとても綺麗なお嬢さんで、高校時代皆に人気がありましたが、やっぱり大学へ来ても人気があります。
彼女の口癖は、相手に同調するとき、『ほんと~ん。』、否定するとき、『嘘だ~ん。』。
どこの方言か聞いたこともありませんが、鼻にかかったような声をして顔を覗き込むように言います。
これが、何だか子供っぽくてとても可愛い。
彼女は私の知る限りかなり異性にもてました。
私は、細身で気のやさしい彼女と元々タイプが全然違って、体型だけでいうならば、俗にいう、安産型・多産系です。
しかも性格が少し小生意気な方ですから、お互いにライバルだとかそんな気は全く起きません。
そういう意味で私たちはとても良い親友関係を続けることができたのだと思います。
可也クンは、高校時代からやや太目の体系でしたが、大学に進んでからはいよいよメタボっぽい感じになってきました。
でも、私は彼の頼りがいのある、ユーモアたっぷりな話しぶりが大好きです。
これは、単に好き嫌いといった感情でなく、明らかに恋愛感情に当るもので、大学で一緒になってからも、ますますこの感情が炎のように燃え出しているのを感じていました。
《二》
大学三年の年明け、もうすぐ四年生になろうというとき、私ははやばやと翌年度の就職内定をいただいて、大手企業の就職が決まりました。
大学ではほとんど勉強らしいことはしませんでしたが、英語検定と秘書検定だけは真面目に取り組んで資格を取得していましたので、これが成果を結ぶことになりました。
その一週間後、私は自分にとって人生最初の挫折を味わうことになりました。
私は可也クンから彼自身の結婚の話を聞かされました。
しかも結婚の相手が私の親友、石川由紀子だったのです。
ほぼ時期を同じくして由紀子は私にこのことを伝えてきました。
「ねえ。私ね。結婚することになったの。可也クンと。」
私は、初めて由紀子の心の内がわからない、という気持ちになりました。
「そう。おめでとう。」普通、そのあとは、『式はいつ頃?』とか、『どこで?』とか、『新婚旅行は?』などと質問が続くわけでしょうが、私には普通の会話を交わすだけの気力は残されていませんでした。
三ケ月後、私は由紀子と親しかった三人の友達とともに、二人の結婚式に招待されました。
同席した三人の友達は、かつて大学では話をしたことはあるけれど、特に親しい間柄というわけではありませんでした。
私が本当に親しかった人達は、二人とも私のもとから離れていく。
いいえ。ただ私が親しいと思っていただけ。
そう思うと、私は悲しくなるというより、自分が何だか可笑しく思えてきました。
不安と焦りに似た感情が湧き上がってきました。
私はこのあと、どのような感情に支配され、どのように行動していくのだろう。
それを大雑把に想像することすらできませんでした。
《三》
結婚式に招待されてから、半年が経ち秋になりました。
由紀子は結婚後、大学を中退し、可也クンはそのまま大学に通い続けていました。
結婚式、いえ、二人に結婚を明かされて以来、大学で私と可也クンとの会話はほとんどなくなりました。
そんなあるとき、大学で一人の男友達が私にこう伝えてきました。
「堂本が何やら君に話をしたいって言ってるよ。今晩、夕食をごちそうするから、六時頃家に来てくれって。」
「何であたしがあんたと一緒に行かなきゃならないのよ。」
「違う。違う。考えすぎ。堂本は、君一人で来て欲しいみたいだよ。」
二人の新居は、大学の最寄り駅の反対側で、駅から歩いて行けるところにあります。
私は二人の結婚式の前、由紀子に誘われて一度だけ家に上がらせてもらったことがありますが、そのときは可也クンも家におらず、新居へご招待されるのは今回が初めてでした。
私が新居に着くと、可也クンは玄関脇に車を用意していて、私を乗せるとそのまま車を走らせ出しました。
「今日と明日、由紀子はパートの勤め先の社員旅行で家へ戻らないんだ。」
私と可也クンとは、結婚式以来、話をしたことはありませんでしたが、可也クンの顔はほとんど毎日大学で見ているので、私は何だが自分と可也クンの少し昔の関係を思い出し、何故かとても安心したような気持ちになりました。
車は羽田空港の駐車場に置いて、私と可也クンは、飛行機で北陸、小松空港へ向かいました。
私には何が何だか分からないまま、可也クンは楽しそうに段々と少し昔の彼に戻っていきます。
こうして、私たちは、金沢市内の市街地から少し離れた小さな旅館で夕食を共にしていました。
高校時代、そして今まで、私たちの交際はお互いに手を握ることもない、不思議なものでした。
お互いに気持ちを強く通わせながらも、何一つとしてそれを形に表さない。
それは、よくあるように相手の気持ちに疑いがあったり、自分に自信がなかったりしたためのものではないと思っています。
何故だか分からないけど踏み込めない、いえ、踏み込まない。
それが、二人にだけの特別な愛の形だとお互いに信じていたようにも思えます。
しかし、今回に限っては、それでは駄目だ、とはっきりと意識を変えている自分に気付きました。
もうひとつ。
これからの私にとって、今回のことはたった一度だけ与えられたチャンスであることを実感していました。
(何がなんだかわからないけど、最初で最後のチャンス。)
私は自分の意志や頭で考えることを一切消し去って、ひたすら感情にまかせることにしました。
そして、そのことは、私に新しいものを与えてくれました。
(遠慮していてはいけない。躊躇してはいけない。)
(あなたが私に求めるものは、由紀子のそれではない。)
(私にしかないもの。)
(それはあなたを愛する心。あなたにすべてをあげる心を伝えること。)
(そしてあなたが私を愛する心を尊敬すること。)
彼はそれをよく理解してくれました。
さらに彼が私をどれだけ愛しているのか、彼は私にそれをよく理解させてくれました。
そのことは私を狂わせるのに充分でした。
(もう何がどうあってもいい。私をどうにでもして!)
彼はすべての愛を私に求める。
そして私は、それに応え自分の与えられるすべての愛を彼に与える。
その日は、私にとって決して忘れられない日になりました。
《四》
寒い冬を越え、桜の花が散り、私も可也クンも大学を無事卒業し、それぞれ別々の会社へ就職しました。
あのとき、金沢で彼と過ごした二日間から、少しの間、私は自分自身、心が冷めるのを待ちました。
どんな場合でも、時が経てば一時の想いがくすんでいくことがある、ということを自分自身知っていて、これを試してみようとしたのです。
しかし、かつて金沢で本当の彼を知ってしまった私は、以来、完全に彼を離れることができなくなっていました。
可也クンは欲求のかたまりを爆発させたもののようでした。
それはわたしの心を包んで放さないものでした。
彼は、これでもか、これでもか、と言うように何度も私の心をつかんで決して放しませんでした。
私は、自分の心や体は一体、どうなっているのだろう、と思いました。
私の気持ちはもう、自分で止めることはできなくなっているとも感じました。
彼の勤める会社の最寄り駅で、彼に似た後姿を見るだけで、ただそれだけで気持ちが滅茶苦茶になりました。
『私、完全におかしい。』そう思うようになっていきました。
でも、私の心の中には明らかに満足げに『これでいいのだ。』とほくそえむ心が棲んでいました。
《五》
お互いに就職してから、また半年が経ち、十月になりました。
私と可也クンとの関係に突然の変化が起こりました。
彼は一年前の思い出の金沢に私を誘いました。
旅館も同じです。私と彼の最初の場所。
私の心はそれこそ自分の居場所を失ったかのようにあちらこちらを飛び回り、自分でも手がつけられない状態になりました。
それを知ってか知らずか、彼はもてあそぶように昼夜、私の気持ちを操り続けました。
ところが北陸行の最後は、私にとっての断崖絶壁が待っていました。
彼は、私にこう言いました。
「もう、俺はおまえに会うことはない。おまえは、俺にとって要らない存在だ。
いや、居てはいけない存在だ。」
こうも言いました。
「おまえの顔も見たくない!」
酷い言葉。
続けて、「由紀子が俺とおまえの関係を知った。由紀子の実家から探偵社の調査報告書を突きつけられたんだ。」
「!!!」
私はいきなり現実に引き戻されました。
(私は一体今まで何をしていたのだろう。何を求めていたのだろう。)
その日、私は旅の荷物をまとめて、彼の予約していた飛行機に乗って一人東京へ戻りました。
飛行機に乗っている間中、私はすすり泣きをしていました。
窓際の席で、隣に乗客はいませんでした。
キャビンアテンダントが心配して何度も私に話しかけ、私は泣き止み、また泣き出し、これを繰り返しながら飛行機は羽田に降りました。
(私は彼と別れるのが悲しくて泣いているのだろうか。いえ、そうではない。)
(もっと単純で、救いようのない感情。)
(自分が情けなくて泣いている、ただそれだけ。)
またしても、不安と焦りに似た感情が湧き上がってきました。
私はこのあと、どのような感情に支配され、どのように行動していくのだろう。
このときも、それを大雑把に想像することすらできませんでした。
《六》
それからの私は、喜びも悲しみも忘れた抜け殻になっていたかもしれません。
髪もぼさぼさ。靴のかかとも急にぺったんこになりました。
役員秘書という立場からしても、秘書室の上司はさすがにたまりかね、私は厳しく注意をされました。
秋も深まった日、私は一通の手紙を受け取りました。
発信人は、『石川由紀子』。
(あれ、彼女だ。)
しかし苗字は可也クンと同じ『堂本』ではありません。
(まさか離婚した?そんなことないよね。ただ、私への手紙ということで旧姓を用いただけよ。)
手紙の中味は短文でした。
『どうしてます?私はまだ生きてますよ。彼、(可也)は全く家に帰らない。
久し振りに二人で逢いましょうよ。地図を同封するから、そこへ来月1日の夕方5時ごろに来て。
A駅から歩いて三十分くらいかかるけど、健康のためにタクシーは使わないようにね。
駅を出るとすぐに森の中。森林浴もいいものですよ。一拍泊り。そこから宿へ案内するから。
都合が悪かったらまたにしますけど、そのときは電話してくださいね。(090-○○○○―○○○○) 由紀子』
何だか変な内容です。
(森林浴って時期が違わない?)
そんなことじゃない。
いくら元親友とはいえ、私は旦那の浮気相手の恋敵。
しかも、一時の間違いというようなものではありません。
約一年間も隠し続けた不倫関係。
(こんな内容で本当に逢っていいのだろうか。)
しかし既に抜け殻のようになってしまった私は、何か変化を求めて動き出すことにしました。
今なら由紀子に謝ってもいいと覚悟を決めました。
そして由紀子が自分の今後の生き方を決めてくれそうな気すらしてきたのです。
《七》
気持ちのよい季節は既に過ぎていて、しかもA駅は関東ながらかなり標高の高いところにあり、風が冷たく辺りの自然は早くも冬支度を始めているようでした。
(元々タクシーなんていないじゃないの。)
木々の切れ目の遠くにはとがった三角山が見えます。
時刻は四時。辺りは少し日が傾いたようなぬるい明るさです。
何かの故障なのか、駅舎の屋根付近に取り付けられた外灯はむなしく光を放っています。
ざわざわという枝葉の擦れ合う音。
私は地図を片手に歩き出しました。
ちょうど三角山が目の前に広がる峠のような場所。
そこには目印の『展望広場』の文字がありました。
腐りかけたベンチが一つ。
もう一つおまけに腐りかけた手すりが十数メートル続いています。
『広場』というにはあまりにも貧弱な場所でした。
私は手すりに注意しながら下の方を覗いてみました。
今立っているところは、間違いなく崖の上だ、と感じました。
木々が少しだけ重なり合っていますが、下の方は相当深い崖っぷちです。
時刻は四時三十五分。
「お久し振りね。」後ろから声がしました。
そこには、かつての彼女からは考えられないようなパンツ姿で活動的な感じの由紀子がいました。
私は何と言って良いか分からず、下を向きました。
(最初に会ったときの言葉を考えておくんだった。
)
しばらく向き合ったあと、彼女と私は腐りかけたベンチに腰掛け、断片的で会話にならない会話を交わしていました。
私は彼女に謝りました。
「ごめんなさい。」そう言ってから、やっぱり言葉が違うと感じ、「私は自分の事がよく分からなくなった。」とも言いました。
彼女と目を合わせる事ができなくて、私は立ち上がって三角山の方に向かって一歩二歩と歩を進めました。
《八》
細身の彼女の力は信じられないものでした。
私は必死で腐りかけた手すりにつかまり断崖絶壁を見下ろす格好になっていました。
腐った手すりが崖下に落ちていき、遂には半身となった自分の体勢に助かることをあきらめ「ごめんなさい。ごめんなさい。・・・・」と叫んでいたのを覚えています。
覚えているのはただそれだけ。
気がつくと私は崖の上で地面に右手を着き、もう片方の手は脇の下。
顔の左が地面に押し付けられていました。
地面には血のようなものが沢山ついています。
眼下に見える断崖絶壁。
ざわざわという枝葉の擦れ合う音。
私は四つん這いのまま後ずさりしました。
しばらくして私の体から震えが止まりました。
ゆっくり起き上がって周りを見回しました。
そこには誰もいません。
「由紀子。」「由紀子!!」
(由紀子はどこ?ひょっとして崖の下?)
私は再び腹ばいになって崖の端から目だけを出し、崖下に目を凝らしました。
その一番下、米粒のようですが、由紀子の褐色のパンツのような姿が見えました。
(由紀子が落ちた?私は助かった?)
「由紀子―――――――!!」
私は、崖の右の方に登山口のようなものを見つけました。
あわてていたのでどうやって崖下へ降りていったのかよく分かりません。
しかし、私はとうとう崖下で由紀子の姿を目の前に見つけました。
由紀子はうつ伏せで息をしていました。
でも、助からないかもしれないと直感しました。
由紀子の首は不自然に曲がっていました。体はうつ伏せで、顔が斜め上を向いていました。
左腕は首の後ろに回っています。
それは普通の姿ではありませんでした。
突然背中の上で由紀子の口は動きました。
「ごめん。足滑らせちゃった。どこ?どこにいるの?」
「頭が熱い。」「まぶしい、まぶしい。」
私は、「動かないで、大丈夫、大丈夫よ。」
由紀子は背中の上で首を激しく振ります。
「動いちゃだめ。お願い。だめよ。」
私は必死で叫びます。
遂に由紀子の口からは、どす黒い血があふれ出てきました。
その瞬間、私は頭が空になりました。
そのあと彼女に突然の変化が起こりました。
由紀子の目がすわったように私の声のする方向を睨みつけました。
それから彼女の口から放たれた言葉は、かなりはっきりとしたものでした。
彼女の言葉とは信じられないような。
「あんた。寝ているときも、起きているときも、24時間付きまとってやる。」
私があのお嬢さん、由紀子から『あんた』と呼ばれたことはこれまで一度もありません。
「寝ているときも、起きているときも。何年間もあんたが死ぬまでだ。」
さらに、「のうのうと勝ち誇ったあんたに安住など与えない。」
私は気持が動転しながらも、あまりにはっきりとした滑舌に怖くなり、「ごめんなさい。由紀子。」と口を発していました。
それでもまだ、
(今救急車を呼べば助かるかも知れない。)
そう思っているうちに、由紀子の口からものすごい量の、今度は真っ赤な血が噴出しました。
血の勢いは止まりません。
(もう駄目だ。警察を呼ぼう。)
私の頭の中は豪雨の嵐が吹き荒れていました。
そのとき自転車に乗った警官が偶然わき道を通ってこちらへ向かってくるのが見えました。
「あっ!!」
なんという偶然。
私は、思わず木の陰に隠れていました。
警察官に声を掛けることもなく。
その警官は私たちに気付くことなくその場を通り過ぎて行きました。
私はその警官のあとをただぼおっと見つめていました。
うつ伏せで顔だけ上を向いた由紀子の胸はその動きを止めました。
目は大きく見開いたまま生気を失いました。
とてつもないことが起こってしまったこと、そのことを人に伝える唯一のチャンスを私は完全に失っていました。
≪九≫
三日後、大学時代の友人から連絡がありました。
由紀子が亡くなって葬儀が明後日行われるということでした。
私はあの日A駅から一人で戻ったあと、会社を休んで一人アパートで寝ていました。
世の中がどのようになったか、私は知りたくありませんでした。
(私は由紀子と一緒に死んでしまえばよかった。)
それだけが私の心を支配し、そしてぎりぎり支えていました。
その日の夜遅く、警察の人が二人で私を訪ねてきました。
玄関先で、由紀子さんが亡くなったことについて何か知っている事を聞きたい、と言われました。
私は具合がすこぶる悪いので、明日にして欲しいと丁寧に言いました。
それからすぐに警察の人は玄関をあとにしましたが、一人はずっとアパートの入口前の公園にいました。
私は逃げる気など毛頭ありません。
そして私は、自分の行ったことやその日のことを隠しても自分で自分を許すことができないと思い、明日こそはすべてを話すつもりでいました。
翌朝、警察の人が再び訪ねてきました。
内容は、四日前私がどこにいたのかを問うものでした。
ところが、警察の人の言葉は意外でした。
はっきりとは言いませんが、どうも私が当日ここ、つまりこのアパートに居た、と大家さんが言ったような感じです。
「あなたはその日の午後帰宅して、大家さんに郵便受けを開錠する番号を教えて
くれと訊ねたそうですね。」
「はあ?ああ、そんなことありました。」
「何時頃のことでしたか?」
「五時前頃だったと思います。」
「もっと後ではなかったですか?」
「いえ、五時からのテレビの報道番組が部屋へ戻ってから始まりましたので、五時前は確かです。」
私は、自分が自分でないと思えるほどすらすらと答えていました。
問題の日の前日から私は会社を休んで家にいました。
私ははっきり覚えています。
その日の前日、確かに大家さんに郵便受けを開錠する番号を教えてくれと訊ねたことを。
(大家さんは完全に一日勘違いしている。)
私はそんな大事なことを警察の人が確認しない筈がないと思っていました。
しかし、それ以上の質問はありませんでした。
警察の人は、当然に私と可也クンの関係をよく知っていました。
それから、可也クンのことばかり私に聞きます。
北陸のことを聞かれて、私は『もう、勘弁して。私を連行して。』と思いました。
ところが、意外なことに警察の人は私に同行を求めたりすらせず、そのまま帰ってしまいました。
私の目の前で起こったこと、そのことを人に伝えるチャンスをまたも私は失っていました。
(自分からきちんと話せばいい。でもそれがどうしてもできない。)
その日はまた警察の人が公園で『張り込み』をしていました。
それからもう一度私は考えてみました。
(私は自分で何をしたいのだろうか。何を求めているのだろうか。)
(可也クン。)
私は彼のことばかり尋ねる警察の人に、ある種の心地よさを感じていたのでしょうか。
(警察の人は、『彼はここへ来る。』と断言した。警察の人だから絶対根拠があるに違いない。私の所に彼は来る、そうだ。彼が来る。必ず。)
その日、可也クンは私の所に来ませんでした。
当然です。来るはずがありません。それは私の勝手な妄想ですから。
可也クンはそれどころでない筈です。
明日は愛する妻、由紀子とのお別れの葬儀です。
私の所に来る筈などありえません。
《十》
翌日、私は迷った挙句、由紀子の葬儀場所に向かうことにしました。
何が私にそうさせるのかはよくわかりませんでした。
(私は誰に逢いに行く?今は亡き由紀子?死なせる気はなかった、由紀子にそれを伝えたかったため?)
(いえ、違う。何故なら私の頭には今、可也クンの悲しそうな顔ばかりが浮かんでいるから。)
葬儀場。
喪主、石川雄太。由紀子のお父さん。
夫の可也クンじゃないの。!?
いない。可也クン、いない。
「このたびは甚くご愁傷さまです。」
出棺前、喪主の挨拶を聞かずに私は葬儀場をあとにしました。
由紀子に会う勇気はありませんでした。
由紀子に会えないのなら、私は、ここへ来てはいけない人間です。
私は近くの喫茶店に入り、熱い紅茶をたのみました。
後ろの席で話す女性。多分三人。
「ねえ。由紀子さんの夫、浮気して先月離婚させられていたんだって。それ以来音沙汰なしよ。姿見せないって。でも慰謝料とかどうなってるのかしらね。」
(すごい話してる。聞こえる。でも、聞かなきゃいけない。絶対に聞き逃せない。)
「そんなことより、由紀子さん自殺だったらしいのよ。」
「うそ。聞いてないよ。」
「本当よ。遺書があったらしいの。」
「誰に聞いたの?確かな話?」
「本当よ。親族の人同士が話していたのを聞いたんだもの。」
「夫の浮気を苦に自殺ってこと?」
「由紀子さんってそんなタイプじゃないでしょ。それが、ちょっと、もっとすごいの。聞いて。
遺書の中味は心中しようとしてたらしいわよ。」
「浮気の旦那と?」
「そうでしょ?だけど、自殺現場は発見されたとき、一人だけだったんだって。」
「旦那が逃げたってこと?」
「そうに決まってる。遺書は心中だったんだから。」
「ひどい話。」
私は仰天しました。
(遺書があった。つまり由紀子は最初から死ぬつもりだった。ということは、間違えなく私を殺して、自分も死ぬつもりだったんだ。)
(でも、その噂は決定的なところで間違っている。)
(旦那と心中は違う。それは私とだ!。)
私は急に寒気がしてきて、すぐにその場を離れなければならないと感じました。
たぶんその遺書に『私が憎い。』ということは書いてあるはずです。
遺書は警察の手に渡っているでしょう。
警察の人は今でも私をどこかで見ているかもしれない。
可也クンは何故か逃げている。
(訳がわからない。助けて。)
(私は何故逃げようとしているのだろう。捕まろうとしている筈だったのに。)
≪十一≫
私は会社を辞め、家財を処分しました。最小限の荷物をスーツケースにまとめ、手提げには思い出の沢山詰まったノートパソコンとおろした銀行預金百万円ちょっとを入れ、住み慣れた地をあとにしました。
私の口はへの字になり、目には涙が潤んで一時前がよく見えなくなりました。
行くあてのない、終わりのない逃避行。
(三ケ日町の故郷の母と弟には決して迷惑をかけられない。)
一人で暮らすのには、都会の方が田舎より便利で適しているし、北か南かといえば南の方が身軽に生活できると思います。
でも、私は反対の方に向かいました。
南の方に向かう気になれなかった、厳しい心境は私を北へ北へと向わせました。
私は雪に埋もれた日本海側、北国の地にいました。
都会では、もう桜の枝が芽を吹きだしている頃だというのに、ここはまだまだ厳しい冬が一面を覆っていました。
この地で頼るところはどこにもなかったけれど、最初に一晩泊めていただいた老夫婦のりんご農家で、しばらくは農業を手伝うことで居候をさせてもらうことになりました。
もちろん冬の間、手伝うといっても家事くらいしかありませんでしたけど。
私は次第に田舎暮らしに慣れていきました。
朝、四時に起きて、おじいさんと一緒にりんごの山畑へ。七時に戻って朝食。八時半まで家の中を掃除して、また山畑へ。
午後一時頃持ってきたおにぎりを食べて、日が暮れたら家へ戻る。
日中の楽しみはラジオ一つ。
朝と晩の食事の用意はおばあさんの仕事です。夜は私。
三日に一度は歩いて小一時間くらい離れた商店街へ買出しのお買い物をします。
ひと月経った頃からお財布は私に預けられました。
北国でもようやく季節は春を迎え、私はおじいさんの紹介で町の郵便局に勤務することになりました。
毎朝自転車通勤です。
郵便局といってもいわゆる特定郵便局で、局長さんと局員の男性一名、女性は私を入れて二名の合計四名です。
言葉もようやくほぼ完全にリスニングができるようになってきました。
私は午前中窓口業務、午後は配達に回りますが、最も厳しいのは県道から山へ上がる心臓破りの坂の上、小山の中腹に豪邸を構える五十嵐さんへの配達です。
門の外には『五十嵐建設』という立派な看板があります。
私がこの町へ来て四ケ月ほどになりますが、五十嵐さんや関係の人が仕事をしているのを見たことがありません。
五十嵐さんの家では私はいつも家へ上がらされ足止めをくうので、配達は一番最後にします。
敷地内の手前の家屋は立派な日本家屋で、私はいつもそこで四十手前くらいのご主人と一時間以上他愛のない話をします。
奥さんは生まれたばかりの子供を残して、一年ほど前に病気で亡くなられそうです。
いつもご主人は一人っきりで人恋しいのかもしれません。
もっともメイドさんは姿を見たことのある人だけで少なくとも4人はいます。ほかに男性のお遣いさんが一人。
ある日、五十嵐さんの家へ配達に伺うと、ご主人は一歳半になるという可愛い赤ん坊を抱いて出てきました。
いつもメイドさんが面倒を見ているらしく、抱き方が何かぎこちないけれど、抱いてる本人はとても嬉しそうです。
私は、いつもの家屋の裏にある大きな洋館へ招かれ、そこで話をすることになりました。
そこは驚くほど天井が高く、どこか大きな教会の礼拝堂に見間違うほどの空間でした。
階段もそこから大きくらせん状に上がっていて、まるで中世のお城に招かれたような気分になりました。
ご主人は、そこでメイドにワインを持たせ、私にこれを勧めました。
私は仕事中でしたのでお断りしましたが、ご主人はここで夕食をとっていくように強引に勧めました。
郵便局長へは既に電話で連絡をしていて、了解を取っている、と言うのです。
私は、その場で電話を拝借して、郵便局長と居宅のおばあさんへ連絡をとり、食事をしていく旨、伝えました。
≪十二≫
ちゅんちゅん。
鳥の鳴き声。
翌朝でしょうか、ある時点から私には記憶がほとんどありません。
よほどワインを飲みすぎたのか、私は記憶のないまま大きなベッドの上で分厚い羽毛の掛け布団に潜っていました。
気が付くといつも見かけるお遣いの男性が遠くドアの内側に立っていました。
「お目覚めですか。お奥様。」
「・・・・。」(誰?お奥様?)
「少し遅うございますが、朝食はいかが致しましょう。」とお遣いの男性。
言葉は丁寧だけれど、発音は地元訛りの言葉。
そのとき私は、自分が郵便局員の制服でなく、ネグリジェのような寝着を着ていることに気が付きました。
私は飛び起きて、「いっ、今何時ですか?」
「えーと。はい。十時五分前でございます。」
「えーーー!?」(遅刻だ!!)
「お奥様。あの、・・・」
「郵便局へ行かないと。私の服、制服はどこ?」
「お奥様。どうかなさいましたか?」
「誰?『おおくさま』って誰よ?ああそうだ。奥さんは亡くなられたんでしょう?
」
「ご冗談は困ります。早くお着替えをなすってください。」
「ともかく、電話するから電話のあるところへ連れてって。」
「お着替えは、そちらにございます。」
私は堪りかねて、
「いちいち『お』をつけないで。訛りと混ざってわかりにくいから!」
(着替えろ、というならそうしましょう。ようし話はそれからよ。)
私が着替えようとしても、お遣いの男性はその場をはずそうとしません。
「ちょっと。部屋の外へでていてくれない?」
「はあ?どうかなさいましたか?」
「着替えるのよ!」
「それが何か。何か問題がございますか?」
(ぶーーーっ。何この男。ひょっとして欲望むき出しじゃないの?)
でも今は、このいやらしい男に構っている暇などありません。
私は妙にひらひらする服を持って、布団の中で着替えました。
ところが着たことのない変な服で着方がよくわかりません。
悪戦苦闘の末、私が布団を出ると、お使いの男性は満足げに微笑んで、『こちらへ』と腕を伸ばしました。
「お奥さま。後ろ前、逆ですがそれもまた妙にお似合いですね。」
そういえば、この服、胸の間からおへその上まで大きく開いています。
私が電話口で受話器を取ると、後ろから手が伸びてきて電話を切られました。
驚いて振り向くとそこにはあのご主人が立っていました。
「おはよう。よく眠れたかい?」とご主人。
「すいません。私、飲みすぎてしまったみたいで。あの。私、職場へ電話しないと。」
「その必要はないよ。君はずっと家にいるんだ。召使い達にも元から君がここにいたように接するように徹底してある。」
「あの。よく意味がわかりませんけど。」
「君は、僕の妻が亡くなったときに、ここへ来ることが決められていたんだよ。
姿は違っていても、君は若いときの妻の生まれ変わりなんだ。」「そんなこと勝手に決めないでください!」
「おやおや。夕べ君が僕に言った事を忘れたのかい?僕は一生忘れない。君は僕の腕の中で、あなたに会いたかった、会いたかった、と泣きながら何度繰り返したことか。やっぱり君は戻ってきてくれた。僕は感激したよ。」
そう言って、ご主人は目を細めた。
(あれ?これは本格的にまずいかもしれない。全く覚えていない。私はきっと可也クンの夢を見ていたんだ。)
でも、ともかくご主人が悪い人でないことがわかって私はひとまず安心しました。
違う、違う。安心している場合ではありません。
ご主人は続けます。
「役場へ行って婚姻届の用紙をもらってきた。自分の手でね。」
(早い。)
「それから、ウエディングドレスは買ってきた。悪いが、君の制服を持ち出してサイズを測らせてもらった。」
(早すぎる。)
「写真館のスタッフが十一時過ぎに来るから。そのあと隣の教会で挙式。奥の間で二時から披露宴だ。」
(早すぎて全くついていけない。)
私が気まずい顔をして言葉をさがしていると、ご主人は、
「もちろん、心配しなくて大丈夫だよ。君が世話になってる下村のおじいさん。おばあさん。近所の人。郵便局の人。町役場の課長さん、部長さん。ほとんど全員。あと商店街の会頭と商店主。スーパー青柳は、店員全員。みーんな招待した。大丈夫だ。昨日の今日だから全部で百五十人くらいしか呼べないけど、ほとんど皆来てくれそうだ。ああそうだ。大徳寺の和尚も。町長は昨日から県庁のほうに行ってるから、夕方駆けつけてくれるそうだ。」
(ご主人、こんなに早口だったかしら。)
(あのね。私、そんなこと心配してないの。早送りで進み過ぎ。ちょっと巻き戻してくれない?)
「あの。・・・・もう一度、ちゃんとお話ししませんか?」
私の言葉は小声でした。
「何だい?何か困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ。僕にできることは何でもしてあげるから。」と優しく微笑むご主人。
「あばばばばばーーー!ばぶばぶ。」
奥のほうで、赤ん坊がだだをこねている声がしました。
(私は、果たしてこんな形で結婚してしまっていいのだろうか。)
次の瞬間、私ははっと忘れていた重要なことに気付きました。
(私の逃避行も、もうこれまで。結婚すれば、戸籍が警察に私の所在を知らせてくれる。)
(あのとき私の目の前で起こったこと、そのことを人に伝えるチャンスを誰かが私に与えてくれたのね。わかったわ。そうしましょう)
私は過去、自分の犯した罪に苛まれるあまり、一番大切なことを見失っていました。
私が容疑者となって、その罪が確定したときのご主人のことなど、もはや私にはどうでも良いことになってしまっていました。
≪十三≫
警察はいつまで経っても私を捕えには来ませんでした。
時はそれまでよりも早く流れて行きました。
娘の依子はすくすくと成長し、私は年の離れた優しい夫と、訛りがきついベテランの執事に守られながら心配のない生活を送っていました。
夫の会社は、明治初期に設立された中堅の建設会社で、設立当初は今の場所から六十キロほど離れた市内に数箇所の拠点を置き、当時は珍しかった西洋建築の先駆けとして数々の洋館を手がけていたそうです。
現在でも著名な洋館として当時の姿のままに残っている建物がいくつかあります。夫はその五代目として平成元年に五十嵐家の後継ぎとして婿養子に入りました。
前妻は病気で亡くなり、その約一年後に私は今の夫に不覚にもプロポーズまがいのことを口走ってしまい、結婚しました。私は家庭での夫に不満などありません。
ただ、このままだと夫の会社は先祖の築き上げた資産を全て食い潰してしまい、五代英々と続いた企業の歴史にいよいよ終止符を打つことになるのではないかと感じていました。
私は呑気に毎日遊んで暮らしている夫を尻目に、夫の会社の顧問としてほとんど毎日会社へ赴き、体たらくな社員にはっぱをかけ、生ぬるい営業部の社員に同行して仕事を取りあさってきました。
時には、施主の幹部役員と一夜を共にすることもありました。
私と遊んだ施主の幹部役員は、必ずといっていいほど当社に良い仕事を与えてくれました。
どんな時でも決して手は抜かない、これが、私の信念でした。
呑気でお人好しな夫には申し訳ないと思っていますが、一夜を共にする限りは、相手を恋人と信じ切って接すること。これを私は貫き通しました。
これが仕事にも、そして自分が生きていて良かったいう気持ちを唯一与えてくれる意味でも大きくプラスに働いていました。
ところが、私が夫の会社を手伝うようになって五年ほど経ったあたりに、自分をコントロールできる境界線がありました。
私の心の中には段々と火がついてくるようになりました。
ただ一度だけ猛烈に恋した相手に対し、想いを遂げられなかったことの口惜しさが私の心の片隅にあったのかもしれません。
ですから、そのときの彼以上に私を燃えさせてくれない彼らには段々と失望し、また次の幹部社員にそれを求めていくようになりました。
私と初めての彼らは、猛烈な私に驚き、次にも私を求めようと手を尽くしてきました。
でも、そのときの私は彼らのリクエストに応じる気は全くなく、ひたすら昔の『彼』を求めて新しい男性を求め、そして受け入れていました。
そうして私は家を空けることが多くなっていきました。
それは、娘の依子がちょうど物心ついてきた頃でした。
《十四》
娘の依子は小学三年生の頃、夜遅くに夫と私の話を耳にして、私が実の母親でないことを知りました。
外泊の多かった私は、娘の依子とは、彼女が小学校から高校へ進学する頃までほとんど話をすることがありませんでした。
彼女の実の母親ではないからこそ、むしろ余計に彼女を気遣ってあげるべきでした。
彼女には悪いと思っていましたが、私はそう思いながらも自分のペースを変えることをしませんでした。
ある日、珍しく私が日中家にいると、学校から帰宅した彼女が私にこう言いました。
「ねえ、お母さん。お母さんはお父さんと結婚する前はどこにいたの?」
「どうして?」
「友達に聞いたんだ。お母さんはどこか都会の方から来たって。その子の親が言ってたって。」
(あの街のことは言えない。)
私は茶化してこう答えた。
「そう。誰も知らない未知の星。はは。」
すると彼女が。
「ほんと~ん?嘘だ~ん。」
「!!」
どこかで聞いたセリフ。
次の瞬間、私は背筋を凍らせ、彼女の方に向き直りました。
(どこの方言か聞いたこともないそのセリフ。しかも鼻にかかったような声。)
私は彼女の横顔を見てなお仰天しました。
彼女は、にやっと笑いソファーに座っている私に鋭い横目で視線を送りました。
その横顔。
(由紀子だ!)
その横顔は、あの日崖の下で私を見たときの顔と全く同じでした。
その目も、亡くなる直前と同じ。
(髪型も、髪の長さまで同じだ。)
私は思わず後ずさりして、足を絡ませ後ろ向きに転倒しました。
彼女、亡くなった筈の『由紀子』が私のところに近づいて来るのが見えました。
《十五》
気が付くと私は病院のベッドに横たわっていました。
(私は生きている。)
(どうして生きているの?)
私の足は包帯でぐるぐる巻きになっていて、吊るされていました。
そのほか、体に異常はない。
執事の男性が病室にいました。
「お奥様。お目覚めですか。ご気分はいかがですか?」
「ああ、侍従。気分は悪くないわ。」
「お奥様。ご災難の中、お命にはご幸いのことでよろしゅうございました。」いつもの通り、内容がよくわからいことに加えて訛りがひどく彼の言葉はよくわかりません
「侍従。私は何も覚えていないの。私はどうしたの?」
「依子さまに救急車を呼ぶように言われまして。それで私は・・」
「ちょっと待って。『由紀子』がどうしたって?」
「お奥さま。今何とおっしゃられました?」
「依子がどうしてって訊いてるのよ。」
「はい。依子さまに救急車を呼ぶように言われまして。それで私はそのようにしました。」
その夜、私は決して思い出したくない夢をみました。
由紀子の死に接したときの出来事。
彼女の言葉とは信じられないような最後の言葉。
「あんた。寝ているときも、起きているときも、24時間付きまとってやる。」
「寝ているときも、起きているときも。何年間もあんたが死ぬまでだ。」
さらに、「のうのうと勝ち誇ったあんたに安住など与えない。」
そのあと、私の目が覚めたという連絡を受けて、夫が病院へ来ました。
私は階段の上で依子ともみ合い階段を転げ落ちたという説明でした。
(私はどうしてしまったのだろう。)
依子が私に近付いてきたときから全く記憶がありません。
依子ともみ合った記憶もありません。
《十六》
娘の依子はその後高校を卒業し、町から離れた市内の電子企業の下請け会社へ就職しました。
この町からは少し遠いので、別居して市内に部屋を借りて住むことになりました。
私はというと、あのとき靭帯が切れていて、そのあとのリハビリが足りなかったのか、少しビッコを引いて歩くことになっていました。
夫はいつも私のことを気遣ってくれ、また平和な生活が戻ってきました。
娘が二十歳になって成人式を迎えるとき、私は夫と一緒に市内の会場に赴きました。
娘はすでに私の身長を上回っています。
細身でとても綺麗です。
町を挙げて暑い八月のお盆休みに行われるこの行事は、都会で一月の冬の最中に
行われるものと違い、その時に合わせて都会で頑張っている人たちの演奏会とか
発表会とか同窓会だとか、さまざまな行事が用意されていて楽しそうです。
しかし、そこで娘に乗り移った『由紀子』の本性が出ていることに私は気付きました。
依子の姿は今から遡ること二十二年前、当時二十歳の『由紀子』と完全に同じになっていました。
『由紀子』は私たち夫婦の姿を見つけると、笑顔で近づいてきました。
その顔は、そして表情は、もはや疑う余地もなく『由紀子』でした。
依子の着物は夫が選びましたが、それは私の記憶の中では当時の由紀子と全く同じでした。
私は心の中で依子に話しかけました。
(由紀子。私はあなたに言います。)
(私はいい。でも私だけでなく、あなたは罪もない私の夫も巻き込んでその幸せ
を奪おうとしている。)
(私はあなたに謝るしかない。私を許さないなら私だけを狙いなさい。私は今死んでもいいのよ。)
私の心の中の声を聞くなり、若く美しい『由紀子』は私にゆっくりと顔を向けてきました。
心の中心付近に、半ば強引に『声』がねじこまれてきました。
『のうのうと勝ち誇ったあんたに安住など絶対に与えない。』
「おかあさん。何かこわいよ。怖い顔してる。」
依子が言いました。
(依子。あなたに罪はない。でもあなたの今の姿は『由紀子』そのものなのよ。)
一連のセレモニーが終了して私たち三人は帰路に発ちました。
途中、夫は事務用品を購入するから先に帰っているように、と言って文房具店に入って行きました。二人で洋館に戻ってから、私と依子、いえ、由紀子にとっての決定的な事件が起こりました。
玄関を開けるなり依子が私に苦しそうな顔を向け、
「着物がきついから、おかあさん。帯を緩めてくれない?」
そのあと、「頭が熱いの。何かまぶしい、」
「あっ!」
私の口からは小さな声が漏れました。
忘れもしない、忘れることは有り得ない。十九年前の十一月一日。由紀子の絶命の寸前の言葉。
(そう。由紀子。あなたはあの時のことをずっと私にトレース(再現)してきているのね。)
(でも、由紀子。これ以上のことを私に伝える必要はないわ。)
この世の人々は、私に何も制裁を加えることができませんでした。
私を追いかけることも追い詰めることもしませんでした。
(それが耐えられない。あなたが時を経た今、私のところへ来たのはそういうことでしょ?)
(わかってるわよ。あなたは全然問題ないのよ。)
依子ではない『由紀子』は下を向いたまま何も言いません。
私は堪りかねて、大きな声を出していました。
「わかったから、あなた、もう引っ込みなさい!!」
『由紀子』は私の声の大きさにびっくりしたように大きく目を見開き私を見ました。
私は、そのまま台所へ向かい、一番長い刺身包丁を持ってきました。
『由紀子』と向かい合わせになりました。
「この世をさまよっているあなたをあの世へ送ってあげるから。もちろん私も一緒よ。」そして、「私と心中。それをあなたは果たせなかったのね。今度は私がそれを果たしてあげるから。」
『由紀子』が叫びました。
「おかあさん!何?何?おかあさん!何?」
私は『由紀子』の喉元に包丁を貫通させました。
最後となって、私は何故か急に気が優しくなって、これまで張りつめていた私が私でなくなったように感じました。
この世をあとに旅立つときはそんなものでしょうか。
(由紀子。ごめんなさい。気丈にしていたけれど私はこの世で、もう、とっくに限界を超えていたのよ。)
(あなたは何をあわてているの?大丈夫。あわてなくていいのよ。大丈夫よ。私も今すぐあなたのところに行くから。)
想像を絶する痛みは一瞬で消え去り、薄れ行く意識の中で可也クンが微笑んでいました。
目の前は薄暮。
あの日の崖の上。
可也クンが由紀子の腕を懸命にふりほどいて私から引き離し、そのまま彼女を崖下へ落としていました。
可也クンは地面に伏す私を一度、二度と強く抱きしめ、その後私を残して走り去って行きました。
(何だか変ね。笑ってしまうわ。)
(こんなとき、こんなことが目に浮かんでくるなんて。)
)
《十七》
※※※※※※※※
やや季節外れの小雪が降りしきる中、執事の男性は、再び葬儀の準備に追われていた。
故人は五十嵐義男。旧姓 石川義男。
石川由紀子の実兄。
喪主は石川雄太。彼の実父。
石川由紀子の葬儀と同じ、悲しくも実子二人目の葬儀となった。
故人、五十嵐義男はその妻と娘の葬儀の後、二人の四十九日も満たさないときに自らの命を絶った。
生前、五十嵐家に養子入りしたが子供をつくることの出来ない彼は、妹の由紀子が夫の浮気を苦に自殺した後、悲しみに沈む旧石川の実家から由紀子の残された子供『依子』を引き取りあずかる。
将来依子の夫となる男性が五十嵐家を継ぐ筈だった。
その時の妻は半年後に食道がんで死亡。一年後、彼は、一人で都会から出てきた、とある郵便局員の女性と巡り合い再婚する。
しかし、その二度目の妻は、亡き妹の娘で唯一妹由紀子の面影を残していた『依子』を殺害し、自らも自害する。
五十嵐義男の葬儀の日、その日は誰も疑うことのない五十嵐家没落の日となった。
『没落の日 平成22年2月』
山の向こうには海があります。
そして、海の向こうには空があります。
私はこの小説を書き進めているうち、その空の向こうにあるものは何だろうか、と考えました。
空の向こうにあるもの。
それは、空の向こうにあるようで、実は自分に最も近いところにもある。
人間の『心』のようなもの。
愛すべき人への『心』、大切にしたい人への『心』、感謝したい人への『心』。
空の向こうにはそれが星の数ほどたくさんあって、私達人間はそれらを日々刻々と受けて生きているのではないでしょうか。




