後日談(エピローグ)
その翌年、私はハワイを訪れていたが、オアフの知り合いに会ったりしたこともあり、ハワイ島ヒロに行く時間は残念ながら取れなかった。
その翌年98年の春に、エルシーズはその歴史を閉じることになり、私の再訪もかなわぬ夢となってしまった。
その後、エルシーズは、ある青年が買い取り、復活させていた。しかしその後、彼は、州議会か連邦議会議員だったかに出馬していたので、これはそこに行くまでの手段だったのかもしれないと邪推してしまった。
そして、そのエルシーズの店舗は、その後、再度ヒロを再訪した時には、フィリピン系の人が買い取りアイスクリームショップというか、カフェとして開業していた。
店内の造りは当時と同じくカウンターも健在であったが、あの年代を重ねた内装は明るいピンク色に塗り替えられており、残念ながら店内で感慨にふけるというようなことは無理だと感じたので、入るのをやめた。
たしか、MAMO Cafeとかいう名前だった。
そして、エルシーズを訪れてから数年後のある日、私はいつもどおり通勤時間帯にホノルルアドバタイザーやスターピュレティンの記事をオンラインで読んでいたら、訃報通知のところに、シノハラさんの名前が目に入った。
大げさだが一つ、時代が終わったことを感じるとともに、あのお二人の笑顔が思い出された。心の中でご冥福をお祈りした。 RIP.
その後、ヒロの街は少しずつ変わっていったようで、かつてエルシーズがあった建物も取り壊されてマーケットの駐車場になっているようであり、もう、ここにエルシーズがあったことは、薄れゆく人々の記憶の中だけになってしまった。
(了)
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