エルシーズ
エルシーズ、第二次世界大戦が始まる少し前に開店して半世紀という年月を重ねた店であるが、どうして心が惹かれるのか、、、
それは、ヒロの町、日系人の歴史にも絡んでくるものであった。
エルシーズが開店したのは、日本人移民が始まってから、おおよそ50年あまり、移民世代も最初のサトウキビ労働者であった1世の人たちの努力により、2世である子供たちのために教育を受けさせ、アメリカに慣れさせるようにした努力が実り、社会進出が進み、社会的位置を確立し、日系人も自分の店を持ったりするようになってきた。
エルシーズも、そのひとつであっただろう、開店当初の記念写真らしきものには、オーナーであるシノハラ夫妻とにこやかに微笑む日系人スタッフも写っていた。当時の日系人の勢いを感じさせる写真である。
そんなエルシーズも、戦争の時代を経て、年月が過ぎていき、今ではシノハラ夫妻だけになってしまった。
夫妻も齢を重ね、店をやっていくのが年齢や体力的にも厳しい状態となってきたので、そろそろ店を閉めるという噂が、エルシーズを訪れた旅行者からの口コミで、日本国内のハワイ好きな人たちの中にも広がっていた。
どうして、ハワイ島ヒロにあるなんの変哲もない、小さなダイナーがそれほど噂になるのか、それは、日系人の歴史のこともあるが、片岡義男の小説、ヒロ発11時58分や、ニック加藤の雑誌のエッセイ(誰も知らないハワイとして単行本化)にも登場していたり、ハワイの歩き方という旅行情報誌にも紹介されていたりと、ハワイ好きな人たちの中にその名前は浸透していた。
そんなこともあり、何度目かのハワイ旅行は、閉まる前に是非とも訪れたいということで、ハワイ島ヒロのエルシーズを目的とする旅になった。
料理を食べ終えて、残ったコーヒーを飲んでいると、それに気が付いたエルシーさんが、コーヒーのおかわりを勧めてくれたので、もう一杯お願いした。
サーバーから、マグカップに並々とコーヒーを注ぎながら、日本語で、どこからきなさったのか、と今度は日本語で声をかけてくれた。
それをきっかけに、しばらくの間、エルシーさんにジェームスさんも加わり、英語と少しの日本語を交え、雑談がはじまった。
生まれてからのハワイでの暮らし、今は年金ももらってとっくにリタイヤできる歳になっているのだが、長年通ってくれている常連さんの居場所がなくなるのは、かわいそうであることや、日本からわざわざこの店にやってくる人たちが居るから、なんとか店を続ける気力になっていると話してくれた。
ふと、常連らしい老人に目が行くと、彼は微笑みながら静かにコーヒーを一口飲んでいた。
それから、エルシーさんたちは、元気なころは年に1回は日本へ旅行していたと、いくつかの地名を挙げながら懐かしそうに話をしてくれた。
気が付くと、結構な時間が過ぎ、常連の老人たちも、入れ替ったりしていたが、閉店の時間が近いようで、彼らも会計をして帰りはじめたので、私も会計をして、帰ろうとしたら、エルシーさんが、いつまで滞在するのかと声をかけてくれたので、3日後にはホノルルに行くので、もう一回くらいは寄せてもらうつもりであると伝えて、店を出た。
この店は、まわりの人たちとともに育ち、年月を経ても、いつまでもかけがえのない友達であり続ける場所、そして、そこを訪れる人全てに等しくやさしい場所である。そんなぬくもりのある場所である。
相変わらずの曇天の下、パーキングスペースまで歩きながら、心が少し温かくなった。
(続く)