第1章 (6)
彼女は、何かの隠喩のような、不思議な話を語り始めた。
――「私はもう、死ぬまでこの街を出ないと思う。出たらたぶん、目新しいものが多すぎて死ぬから」
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私はね、とある病気にかかっていて、死ぬまで二度とこの街を出るわけにはいかないの。
だから、どこにも行けない私は、代わりに、この街を描いた世界一詳しい地図を作っているの。
私の頭の中には、この街の自分だけの緻密な地図がある。
地図アプリに乗らないような、舗装されてない道も私は全て知っているし、迷路や蜘蛛の巣みたいな複雑な路地の道順もぜんぶ、頭に叩き込まれている。
だけど、私の地図は、5箇所の施設が欠けているの。
私は、この夏が終わる前に、どうしてもこの街の地図を完成させたいの。
その地図の空白はね、私と、私がまだ幼い頃に死んだお母さんとの思い出の場所なんだ。
私、子供の頃に、お母さんと手を繋いで歩いたこの街で、お母さんとの思い出を、思い出したいの。
だけど、私はひとりじゃ、行くことはできないと思う。
この高台は、その場所のひとつで、唯一、私は今日、予行演習のつもりで、勇気をもって踏み出せた。
だけど、頑張って、いざ上りきって景色を見た瞬間、私、それだけでもう、死にたくなったの。
お母さんとの幸せな思い出は、私が患っている病のせいで、濃い毒になった。
それだけじゃない。
私を生かして、その上で閉じ込めたこの街の景色を見るのが、とても辛かった。
だけど、そんな時、君は、颯爽と現れた。
そして、これらが、私の地図の空白。
一、この伏見稲荷の高台の景色。
二、過去にいちどだけ行ったレストラン。
三、本条公園の夏祭り。私にとっては、いつもの本条公園とは別だから。
四、寂れたちいさな遊園地。巨大観覧車。
五。…………最後の場所は、君には、まだ何も教えられない。
私は、ひとりではたどる勇気のないお母さんとの幸せな思い出を思い出して、地図の最後の空白を埋めるために、きみと手を繋ぎたい。
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