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プロローグ



 制服の胸ポケットに手を当てると、真鍮(しんちゅう)製の小さな鍵に触れて、鈴のような音が鳴った。


 これは、僕自身の罪の音。


 そして、彼女の心臓の音。



***



 この世界には、モノクロだけが、存在する。


 眼前(がんぜん)に広がる都市景(としけい)からは、今や全ての色が失われていた。

 ガラスの向こう側に広がる空も、世界が終わる前のような(よど)んだ灰色となって、僕の前に立ちはだかっていた。


 たまに視界に入るのは、見るもの全てがカラフルで染まった、幸せそうな中高生の恋人たち。彼らのデートスポットとして有名な、駅前の無料展望台。

 この高いところが、すべての色彩を失って立ち尽くす僕にとっては、独りで死ぬのにうってつけの場所だなんて、誰が想像しただろう。


 無料展望台の天井は、完全には密閉されておらず、バルコニー部分と内側の屋根の間からは、雨が滴り落ちてくる。


 天井だけではない。今、僕が立っている柵の部分には隙間が空いていて、あろうことかガラスもはめられていない。ここから飛び出して数歩踏み出すだけで、すぐに死ぬことができる。


 ベンチは制服を来たカップルや友達同士の姿で埋まっていて、色を失った僕はしんみりと景色を眺めることもできず、それでも正面に立ち尽くしていた。


 それがかえって、この気分を増幅させる。


 僕の席は、もういらないのだから。


 決意が鈍らぬうちに、隙間の前でしゃがんで一瞬で飛び出すことができるように、灰色の空に吸い寄せられるように、立ったまま、もう一歩、柵の前に踏み出そうとした。


「そこ、私の場所なんだ」


 それが僕に対してかけられた言葉だと気づいたのは、声の主が、真横に立って、同じ隙間を見つめていたことに気づいたからだった。


「ここの隙間をくぐって、飛び降りて死にそうな人って、やっぱり一目で分かるものなんだね」


 僕の横に立って、無言で、柵の隙間を見つめる彼女。


「私も、そうだったから。君を見るまでは」


「…………」


「私もさっきまで死のうと思ってたけど、いざエレベーターで頂上にのぼって、本当に死のうとしてる人がいるのを見たら、バカバカしくなっちゃったんだ」


「…………」


「だから、君は私の命の恩人なんだ。


私は、そんな恩人の君が死なないように、この夏の間じゅう、そばに付いてなきゃいけなくなった」


 そう言って、彼女は灰色の空を見つめて無言で立ち尽くす僕の手を取った。


「私は君を、絶対に死なせない」





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