大将軍は赤毛の巨人に思いを馳せる
ピアの恩人ゲイツの回想回です。
ピアの回想の裏側、事実はこうでしたという話。
残酷な表現がありますのでご注意下さい。
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先程まで孫とも思っている愛弟子に土下座をされていた。…なぜか。
大将軍にしては狭い執務室。
現場に近い方が良いと我が儘をいい、王城の敷地内にある騎士の詰所の一画に設けた。
機能性重視で飾り気のない無骨な机と椅子。
その机の前で土下座をしていた姿を思い出していた。
そういえばこの椅子はあやつが騎士の給金を貯めて贈ってくれた物だったな。
いやなんで椅子だったのか。
あやつはいつもどこかずれておるが、そこが可愛くも思う。
おかげでそれに合わせて机を買い替える羽目になったのはいい思い出だ。
あやつと出会ってからもう十年以上も経つ。
スタンピードの予兆の知らせを受け辺境へ向かったが時既に遅く、三つの村が魔物に呑み込まれていた。
それでもそれ以上被害を広めない為にも皆を鼓舞し、魔物を葬り終えたのは更に五日程経っていた。
皆満身創痍で立っているのもやっとな有り様の中、騒がしい者たちがいてよくよく聞いてみると、魔物が大岩を囲むように折り重なって死んでいると言う。
意味が分からず現場に行ってみると丁度大岩の上で何かが動いた。
人の様だったので、誰何するとふらふらになりながら立ち上がった。
体は既に大人と言って良く、顔は子供の様だが瞳が異様にギラギラとし戦いを挑んでいるかの気迫があった。
近くに寄ると足元に小さな娘が気を失って倒れていたが、辛うじて息があった。
そちらは部下に任せ改めて子供を見やると我らの姿などまだ緩い程に凄まじかった。
手足の爪は所々捲れており、口は裂け魔物の血や内臓がこびりついている。赤いであろう髪は血でどす黒く固まっていたり斬バラになっていた。
背中や腹側も噛み後や爪後など無数についており、傷がついていない所がない程だった。
わしが名を名乗り、魔物を駆逐し終えた事を告げると漸く安心したのか、娘の事を頼むと気を失った。
そう、すべてこの大きな子供が倒していたのだ。
わしは自ら馬上に救い上げ屋敷に連れ帰った。
何故か我が家に伝わる勇者の手記に出てくる、如何なる時も勇者から離れなかった従者を想わせたからだ。
その子供は【ピア】と名乗った。
なんの冗談かと思った。それは花の様に愛らしい者の名であろうと。
しかしピアの中身は純粋で真っ直ぐな穢れを知らぬ者のようであった。
このままでは人に騙されて酷い目に遇いそうだったので、とりあえず体だけでも鍛えることにした。
ピアの剣の才能は異常な程だった。始めて一年程で一般兵では歯が立たなくなり、手がすいている部下の中でも指南役の者に稽古を着けさせたり、冒険者の知り合いにも頼んだりもした。
その冒険者の中に最強のSクラスの者がいて、面白がって高難度のダンジョンに連れて行ったりしていた。
12歳の頃には独りでダンジョンに行きレアアイテムの【マジックバッグ】を手に入れて帰ってきた時には顎が外れる程驚いたものだ。
ただ心配事もあった。ピアが身を呈して守った娘の質が悪かったのだ。
仕事を申し付けてもサボったり、人に押し付けたりするわ、手癖も悪かった。
ピアは同郷のよしみもあったのだろう、娘にいいようにされていた。
ピアの【マジックバッグ】を奪い取ろうとしていた事がわかった時には、二人を離す事に決めた。
ピアの実力は確かであったし根性もあったので、わしが後見人になり準貴族扱いで騎士にした。
貴族社会で大変だろうが、その経験が後に役に立つはずだ。
そうしてピアを遠ざけたはずが、娘はいつの間にか屋敷を出奔しており冒険者になっておった。
しかもギルド職員を誘惑しクエストポイントを水増ししたりと更に悪化しておった。
その事にわしが気付いた時には、ピアが婚約すると言い出していた。
騎士になり貴族らに洗礼を受けても腐る事なく、それどころかいつの間にか慕われるようになっておって、さすがはわしの見込んだ愛弟子ぞと嬉しく思っていた矢先だった。
言い訳になるが、気付くのに遅れたのには訳がある。
丁度ピアと出会ったあのスタンピードを皮切りに大陸各地で頻繁に起こるようになったのだ。
これまでは勇者召喚以降、10年に一度大陸のどこかで起こる程度であったから各国協力して事に当たっていた。それが今や年に2、3度瘴気溜まりがあちこちに出来てどこで起こるかわからない状態になっておった。
そうなると言い方は悪いが個人の事など後回しになる。
ましてや、わしは国の軍の最高位にあるのじゃから。
どちらも何ともいたし難く悪戯に時が過ぎ、ついにピアが結婚の許しを得に来てしまった。
それと同時期に陛下より、ピアを第二王子の側仕え近衛騎士にするよう申し使った。
ピアの才能が凄くて陛下に自慢してしまった事を悔いたが、結婚を留める事が出来たので良い事としよう。
だがなんと言うか、第二王子にとってピアはあらゆる意味で地雷であった。
平民で、実力で自らの地位を上げ、なかなかの偉丈夫。嫌味を言われようが侮辱されようが堪えない様子は余計に第二王子を苛立たせたのだろう。
陛下らと共にさらに忙しくなっていて、気付いた時には第二王子は取り返しのつかないところまできていた。
こうなると理不尽だが、ピアにも責任の一端はあるとされてしまった。
悪い事をしたと思いつつも、わしはピアには堅苦しい騎士などはあやつを縛り付けているだけではないかと思うようになっていたのだ。
それと言うのも更に頻繁しだしたスタンピード、それに誘発されるように盗賊なども増えてきて、各首脳陣から【勇者召喚】と囁かれだしたのだ。
勇者の末裔として、反対の異を唱えるべきであるがこのままいくと昔のように大陸全土が魔物で埋め尽くされかねない。
この危機的状況に加え、わしはピアと会ったばかりの頃に感じた事が思い出されてならなかった。
ピアは如何なる時も離れなかった勇者の従者を思い起こさせるのだ。
強く一途に勇者を守り付き従う者。
国の騎士では決してなりえない者。
そんな如何ともしがたい中で運命は絡み合う。
第二王子の愚かな婚約破棄。
私腹を肥やす為に【勇者召喚】を行うよう唆す司教。
更に増える瘴気と魔物。
我が国が以前【勇者召喚】を執り行った場所である事、愚か者たちの状況その他鑑みて、各国了承のもと計画は実行に移された。
「ゲイツ様、まだお帰りになられないのですか?」
ふいに声を掛けられ、意識が引き戻された。
「相変わらず、そなたが王城の敷地内のここまで入って来れるとは、警備の怠慢かな」
「いやいや、もうこの老骨めはここに来るまでにかなり骨が折れております」
冗談ともつかないことを言い合っているのは、城下で仕立て屋を隠れ蓑に諜報をさせている者だ。
「報告宜しいでしょうか?」
「ああ、頼む」
わしは椅子の背に寄りかかり、楽な姿勢をとる。
こやつには、今日召喚された勇者殿を見張るよう命じていた。
「ピア様よりのお話と重複していると思いますが、明日朝に裏通りのよろず屋に寄り、旅支度を整えてジュポン国に向け深遠の森を突っ切って行くようです」
「ふん、ピアは騎士を辞める許しを請う以外は何も申さなかったわ」
「それはそれは」
わかっていたであろう、愉快そうにしおって。
土下座されれば何も言えぬわ。
「して、勇者殿はどのようなお方か?」
「矛盾の方かと。慎重にして大胆。賢いかと思えば迂闊なところもある。この辺りはおそらく平和であった元の世界では其ほど危機感がなかったからでしょう。戦闘経験もないでしょうから、ピア様は苦労なさるでしょうな」
「嬉々として戦う姿が目に浮かぶわ」
目を閉じれば、ピアの勇姿が浮かぶ。それからまた薄く瞼を開き問う。
「召喚されたことについては?」
前の勇者殿の嘆きは凄まじかったからのぅ。同じようなら厚く手筈を整えねばなるまい。
「それが不思議と召喚されたことについては何も含むことはなさそうです。…が」
「が、…なんだ?」
「ピア様を切り捨てた形になった事については思う所があるようです」
「ふっ」
そうか…、ピアは良い主を得たのやもしれんな。
「では私も兼ねてからのお約束通り、此にてお役御免とさせて頂きます」
「そなたも行くのか…、寂しくなるな…」
最敬礼をしていたのを直り、満面の笑みを見せられる。
「もう老体故、隠居しようと思っておりましたが、本日勇者様より面白い話を聞きまして、偶々ですが私もジュポン国にて一旗挙げようと思っております」
「そうか…。長の勤め御苦労であった。最後に勇者殿とピアに餞別を届けてくれまいか」
そう言って予め用意していた金子を託した。
そしてふと、視線を反らした隙にもう姿がなくなっていた。
何かもの寂しく感じるのは年のせいか…。
旅立つ者たちに幸多からんことを祈るとしよう。
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● ピア回想回とゲイツ回想回の補足 ●
○ ピアはスタンピードの時に未覚醒ながら命の危険を察し狂戦士化しました
○ ゲイツは元からマリー(アマゾネス)の質が悪いことを見抜いていて、
面倒をみる気はなかったのですがピアの手前しぶしぶ下女として雇いました
マリーはマリーでピアとの扱いの差に不服で
ピアを自分の都合のいいように言いくるめていて
そこそこ見目もよく平民にしては出世して小金持ちと
自分に貢ぐ便利屋と思ってました
ところがピアが結婚すると言い出し焦って
マジックバッグを手に入れたら捨てようと思ってました
それが第二王子に声をかけられ
こっちの方がイケメンで金持ちのためすぐ乗り換えました
感想、いいね、評価、ブクマありがとうございます!
もちろん誤字報告も!
かなり嬉しいものですね。頑張ります。