六話 夢の終わり
早朝、丘の上で1人空を眺める。
いよいよ明日ここを発つんだ。
はぁ……嫌だな。
家族としばらく会えなくなるのは寂しいし、知らない土地に足を踏み入れるのは不安だ。
だがそんな弱音をいつまでも吐いているわけにもいかない。
せめてマリアが一緒なだけ良かったと思うべきなんだろう。
なるべく早く帰れるといいな……。
…
自室で荷造りの最終確認をしている最中、何故か部屋の中に居るサラが何故か不機嫌そうに椅子に座って足をパタパタさせていた。
「いーなぁお兄様たちだけ。わたしも行きたかったのに」
なるほどな、今日はやけについて来ると思ったらそういうことか。
俺だって連れて行けるなら連れて行ってやりたいけど、残念ながら遊びに行くわけでは無いから今回は我慢してもらうしかない。
これは仕方のないことだ。
「ごめんなさいサラ。連れて行ってあげたい気持ちは山々なのだけれど、私たちも遊びに行くわけでは無いの。だから連れて行ってはあげられないわ」
「うーん。わかってるけど……」
なんだ良かった、不服そうだが理解はしてくれてるようだ。
さて、荷造りの確認が済んだらサラはソラに預けて街にいこうかな。
街のみんなだって家族みたいなものだし、挨拶くらいはしっかりしておきたい。
「マリア、この後予定は?」
「あなたについて行くわ。私も街の皆んなに挨拶しておきたいし」
考えることは同じか。
やれやれ、相変わらず俺たちの脳は繋がっているらしいな。
世の中には理屈では説明のつかない事があるというけど、俺とマリアのこれもその一種な気がする。
マリアにとっても街の皆んなは家族みたいな存在だ。
むしろ思い入れで言えばマリアの方が強いものを持っていてもおかしくはない。
……まあ、これは俺がわざわざ言及することでもないか。
さて、確認も済んだし着替えようか。
明日は一人一人挨拶をする時間は無いし、今日くらいはしっかり目の格好をして行こう。
あぁそうだ、着替える前にサラをソラのところに連れて行かないと。
「ん?」
コンコンコンとドアを叩く音がして、なんとソラが入ってきた。
なんて良いタイミングだろう。
やっぱり持つべき弟はソラだよな。
「良かった、まだ居てくれて」
「どうしたんだ。また読んでる魔法書で分からないところでも出てきたのか?」
尋ねてみたは良いが、魔法書の件は昨日訪ねてきたばかりだ。
俺の自慢の弟は寂しいことに用も無く人の部屋に訪れることは殆どない。
とすると、今回はどんな用事だろう。
待てよ? もしかすると……
「わかったぞ。大好きなお兄様に会えなくなるのが寂しくなったん――」
「いや、少し確認しなくちゃいけないことがあって来たんだ」
「そうか。でも寂しいってのも少しは――」
「それでなんだけど、サラから何か聞いてることはない?」
俺の負けだよ。
次期領主の座はソラのものだ……。
「いいえ、聞いてないけれど。どうかしたの?」
マリアの返事を聞いてソラがやっぱりとため息をついた。
「迷ったけど念の為確認に来ておいて良かった。実はサラは兄様たちに伝えなきゃいけない伝言を父様から預かっていたんだ」
「あっ!」
「思い出したみたいだね」
伝言を思い出したサラが椅子の上に立ち上がる。
今まで伝言を忘れていたとは思えないほどのドヤ顔だ。
果たしてこの能天気な性格は誰に似たんだろうか、我が家はしっかり者ばかりなんだけどな。
あぁ、だから昼食の時間がいつもより早かったのか。
食事前に珍しくサラが呼びに来たのも、そのときには伝言を預かっていたんだろうな。
それからずっとついて来ていたのもそういうことか。
情報が揃って点と点が線で結ばれていく。
振り返ってみると全て予想は出来なくもないことで悔しい。
でも仮にそれらを完璧に予想して対応出来ていたなら俺は今頃名探偵でも目指してただろうし気にしても仕方ないことか。
「あのね、王都からお祖父様が迎えに来てくれるって言ってたでしょ? 今日の夜にはこっちに着くの!」
それはそれは、……結構重要な伝言だったな。
そして色々飛んでて話が見えにくい。
「ソラ、解説頼む」
「うん。祖父様と王宮から遣わされた護衛の方たちとは領地の境の関所で落ち合うっていうのが元の予定だったよね」
今回王都に出向くにしたがって、最大の障壁となったのは俺の必死の抵抗だった。
じゃなくて、実際に問題として上がったのは護衛に誰をつけるかだった。
俺が貴族であるのはもちろんそうだが、イベントの主役みたいなものだから護衛無しで動くというのは容認できないことらしい。
しかし仮にも辺境伯領の中心都市だ、騎士の数には困っていない。
では何故護衛の問題が生じたのか。
簡単な話、それは事が大きくなりすぎたからだ。
大賢者の言葉から始まった一連の騒動が時間を経るに連れ肥大化していき、それは護衛の選定にも支障をきたした。
王都から厳選した強者もとい騎士を遣わせるべき派と、領地の威厳を示すために辺境伯領から選抜した強者を護衛につかせるべき派で対立が起きた。
後は俺が提唱した護衛をつけない方がインパクトがある派も一応あって、街の皆んなと騒いでみたけど一瞬で黙らされたのを覚えてる。
と言った感じで数ヶ月前から最近まで結構泥沼な感じだった。
それを崩したのが、奇しくもゲーテンブルク周辺の環境悪化。
最近だと大地震や魔獣騒ぎとかがそれに当たる。
このまま悪化し続ければ、いつかはスタンピードが起こるかもしれないとまで言われるほどの深刻な問題を新たに抱えてしまった。
当然そんな状態では辺境伯サイドに意地を張る余裕はない。
俺とマリアは王都側から護衛を付けられることが決まった。
そして、それを待ってましたとばかりに王都に拠点を置いている大賢者……つまるところ祖父ちゃんが護衛問題に割り込んできた事でまた一悶着あったんだが、最終的にはソラの説明するような状況に落ち着いた訳だ。
「そうだな。俺の知っている話の落ちどころはそうだった」
「うん、それで向こうが伝書を送る直前に突然祖父様が直接迎えに行くってわがままを言い出して、結局それを誰も止められなかったらしいんだ」
「「……」」
まあ、祖父ちゃんならあり得ることだ。
流石は孫煩悩な大賢者様だ。
もう既に振り回されっぱなしだと言うのにまだ手札を残していたとは。
「話の流れは分かったのだけれど、現実的に考えてまだ関所に着いてないであろう向こうの方々が今日中にゲーテンブルクまで来るのは難しいんじゃないかしら」
「うん、だから祖父様だけ来るみたい」
「「……」」
確かにそれなら可能だろう。
もう頭が痛くなってきた。
そろそろ祖父ちゃんに常識を求めるのはやめよう。
「要するに、今日は早めに帰ってこいってことだな」
「そうだね。祖父様を迎える準備をしなくちゃいけなくなったから」
「わかった。じゃあ俺たちはこれから街の皆んなに挨拶しに行ってくるから、サラのことを頼むよ」
「うん任せて。気をつけてね」
「おう。明るいうちには帰ってくるよ」
ソラとサラが部屋を出ていった後、まだ何もしてないのに疲労感が溜まっているのを感じた。
元々街に長居するつもりも無かったんだけど、なんだか皆んなと話せる時間が減った気がして少し悲しいな。
よし、こうなったらなるべく早く街に行こう。
「ん? なんだ、今日はいつもの格好じゃないんだな」
いつも軽鎧を身につけているマリアが白を基調とした高そうなワンピースをクローゼットから取り出している。
「それはあなたもでしょ。今はそんなこと気にして無いで早く着替えて行くわよ」
「あぁ、いよいよ明日の予定が全く分からなくなったからな。今日のうちにちゃんと挨拶しておかないと」
着替えを済ませた俺たちはいつもより上品に街へ走り出した。
…
走っているうちに、なんだか街の様子が昨日までと変わっていることに気づいた。
まるで祭りの前日かのような、活気はあるが忙しない雰囲気だ。
「なあマリア、近々なんかあったっけ」
「さあどうだったかしら。例年通りなら何もないはずだけど、最近は明日からのことで忙しかったから……」
「俺も心当たりが無いんだよな」
2人で首を傾げながらいつもの場所へ向かう。
いつもの場所と言っても、いつもコールさんに見つかる場所ってだけで集会場所って訳でもないからあくまで目安。
それに今日は普段とは違う時間に来ているから、念の為そこを経由するだけでもし居なくても皆んなには直接挨拶に行くつもりだ。
そうして更に向かっている途中、妙な事が起き始めた。
それは街ゆく人の中に俺たちの姿を見て驚いて走り出す人たちがチラホラ出始めたのだ。
焦りというよりは不意を突かれたようなギョッとした顔をした人が何人も、しかも同じ方向へ走っていく。
仕方ないな……。
流石にそういうのを何人も目撃してしまったらもう見て見ぬふりは出来ない。
幸い皆んな知ってる顔だったし、挨拶の前に話でも聞いてみよう。
「マリア、時間が無いけど寄り道していこう」
「私もそう思っていたのだけれど、どうやらその必要は無いみたい……」
「どういうことだ? 確かに進行方向は同じ……って、なっ?! なんだあれ…… 」
俺とマリアの進行方向の先、まだ遠くからでもよく見える。
それは大通りを跨ぐほどの大きさで、俺とマリアの名前が書かれた垂れ幕。
そして少し手前の建物の屋根の上から何やら指揮しているコールさんの姿がそこにはあった。
目の前の光景を飲み込めないまま距離が縮んでいく。
もしかしてこれって見ちゃいけないものだったりしないか。
コールさんには用があるけどなんだか凄く声を掛け難いぞ。
「コール! 大変だ!!!」
「うーむ、もうちょっと上か……ん? どうした! 悪いが後にしてくれるか?」
「いいや駄目だ! ノラ様とマリアちゃんがそこまで来てるんだよ!」
「な、なにをぉおおお!? おい話と違うぞ! まずいぞ皆んな急げ、てっしゅう……あっ」
コールさんが驚愕の声を上げた時、俺たちはもうそこに到着していた。
目と目が合った俺とコールさんの間に束の間の沈黙が訪れる。
次第にとぼけ顔になっていくコールさんの表情を見守りながら、この期に及んでシラを切ろうとするなんて豪胆な人だと俺は感心した。
「コールさん、それは無理だ。説明してくれ」
「や、やぁノラ坊ちゃんにマリアちゃん。これはだな……」
俺がとぼけ顔になる途中で止めたせいで変顔みたいになってる。
「ほら、明日はめでたい門出の日じゃないか。だからちょっとしたサプライズの準備を……」
ちょっとした……? 俺には大掛かりに見えるけどな。
「というかなんで居るんだ?! 今日は忙しいって聞いてたからてっきり来ないもんだと思っていたぞ!」
「忙しいかもって言っただけだろ!? 確かにこの後は予定が詰まってるけど、皆んなに会うために時間を作ってきたんだ。そしたらこの状況さ……」
「チッ、嬉しいことしてくれるじゃねえか。よし、バレちまったもんは仕方ない。皆んな一旦休憩だ! 明日の主役の登場だぞ!」
コールさんの一声で作業をしていた人たちが続々と集まってくる。
気づけば昨日までと変わらない面々が揃っていた。
皆んな揃って何してるんだよ……。
「あら、あらあらマリアちゃん今日の服装素敵だわ〜! ノラくんもかっこよく決めちゃって、絵になるわねぇ」
「これ見てくれよ! 母ちゃんたちがにーちゃんとねーちゃんの名前を入れたタオル作ったから、おれ街のみんなに配ってるんだ!」
「サプライズは失敗しましたけど、コッソリやらなくて良くなったからには予定より立派に仕上げて見せますから期待しててくださいよ!」
思ってたのと違う。
想定ではもっと落ち着いて一人一人に挨拶して回るつもりだったのにな。
でもまあ……こういうのもありか。
それから俺たちは日頃の感謝からたまに雑談と思い出話を一頻り楽しんで、まるでリレーのように次々と持ち込まれるお裾分けに埋もれながら時間をあっという間に溶かしていった。
気づけばいい時間になっていて、俺は皆んなとの話の途中で思いついたとある企みをそろそろ実行しようとしていた。
ちなみにその企みはちょっと職権濫用はするが、別に悪いものじゃないはずだ。
「じゃあ皆んな、今日はもう帰らないといけないんだけど俺たちから1つサプライズだ」
サプライズという単語を聞いて、賑やかな空気が一変たちまち皆んなは固唾を呑むように静かになる。
「ノラ、何する気?」
マリアが小声で聞いてくる。
まあ見てろって、きっと最高だから。
「今ここで領主の息子である俺が宴の開催を宣言しよう! 費用は全部俺が持つから、皆んな好きに食べて好きに飲んで目一杯楽しんでくれ!」
「「「……」」」
皆んなが目をキョトンとさせて俺を見ている。
うん、しくじったか。
やばい冷や汗が――
「「「……ウォオオオオオオ!!!」」」
張り詰めた空気を破るように歓声が沸いた。
隣から凄い圧を感じるけど、ひとまずサプライズが不発に終わらなくて良かった。
俺のサプライズはすぐさま街全体へ広がっていった。
さて、じゃあどんな料理を皆んなに振る舞おうかな。
費用は全部俺が持つんだし、当然食事等の提供も俺がしないと始まらない。
ついにサラお墨付きの俺の料理の実力を見せる時がやってきた。
「じゃあ俺は厨房借りて一通り料理を作ってから帰るけど、マリアもえっと……良かったら一緒にどうですか?」
恐る恐るマリアに問いかける。
まだ直視できないマリアの顔は怒りに溢れていないだろうか。
付き合ってられないと呆れられてるかもしれない。
「やる……」
「ん?」
「私もやるって言ってるの。ひとりにしたら帰りがいつになるか分からないし。それにあなただけ楽しい思いするなんて嫌よ」
マリアは少し拗ねたような態度で、抜け駆けは許さないと言っている。
公の場でこんな素直に感情を表に出すのも珍しい。
やっぱりここはマリアにとってもかけがえのない場所なんだと再確認した。
「よし、そうと決まれば早く一緒に行こう」
それから俺は近くの店の厨房を借りてマリアと1時間ほど狂った様に料理を作り続け、ひと段落した後は皆んなに見送られながら帰路についた。
…
「なんとか日が高いうちに帰れて良かったな」
「そうね、貰い過ぎてしまったお裾分けも皆んなに還元できたし良い時間を過ごせたと思うわ」
俺もそう思う。
実際のところはお裾分けの全てを使い切れたわけではないし、これだけで日頃の感謝を伝え切れたとも考えてはいないけど少なくとも今出来ることはできた筈だ。
残りのお裾分けはありがたく今まで通り使わせてもらおう。
本当に困ったものだよな。
もちろん気持ちは嬉しいけど、量が量だから罪悪感が出てきていた頃だった。
次やる時はサプライズなんかじゃ無くて、しっかり計画を立ててやりたいな。
今度は時間を目一杯使って。
きっと次はもっと賑やかで楽しい時間を過ごせるはずだ。
そうだな、王都から帰ってきたらさっそく計画してみよう。
やれやれ、今からその時が待ち遠しいよ。
マリアもそう思うよな。
「どうかした?」
「いいや、なんでもないよ」
一旦先のことを考えるのはやめて今のうちにこの余韻を噛み締めておこう。
夜になったらかき消されてしまうだろうからな。
はぁ……絶対に一波乱起きるのが分かってるってのは億劫なことこの上ないよ。
別に祖父ちゃんの事が嫌いなわけじゃない。
むしろ基本的には尊敬している。
これは前提として、ほんの少し面倒くさいと思っているだけだ。
もしかして今が気を休ませるられる最後の時間なんじゃなかろうか。
違いないな。
よし、家に着くまではなるべくボーッとすることにしよう。
…
「ねえ、あなたそのまま扉にぶつかる気なの?」
「え?」
ドン! と大袈裟な音と共に俺は玄関の扉に激突する。
何が起こった? 急に扉が目の前に出てきたぞ。
いや、いつの間にか家に着いていたのか……全然気づかなかった。
「流石にボーッとしすぎたな」
「そうにしても限度があるでしょ」
「はい、返す言葉もございません」
……扉がいつもよりも重い、どうやら俺がぶつかったせいで建て付けが悪くなってしまったみたいだ。
仕事が一つ増えたな……何してるんだ本当に。
嫌な音を立てて動く扉を慎重に開ける。
そしてなんとか壊さずに開け切ることに成功した。
胸を撫で下ろし家の中へ目を向けると、そこには同じく安堵した様子の執事長が立っていた。
「出迎えなんて珍しいなセバス。どうした何かあったのか?」
「いえ、たった今何も無かったと一安心したところでございます」
執事長はそう言って笑った。
凄いな、玄関広間が朝よりだいぶ輝きを増している。
もちろん装飾品も増えているんだけど、何より床やら階段やらが異様に輝きを放っている。
いつもは上品さが際立っているのに対して、今はまさにこれぞ豪華といった感じだ。
ここまで急に雰囲気が変わるとなんか面白いな。
他の場所ももうこんな感じなんだろうか。
「ノラ様、恐れながら申し上げます。只今人員に余裕が無く……」
「ん? あぁ、これは自分で直すよ。当たり前じゃないか。着替えたらすぐ戻るからこの扉は開けたままにしておいてくれ」
変に力を加えて完全に壊れてしまったら大変だ。
「かしこまりました。それでは注意書きを貼らせていただきます。私は避難させた者たちを呼び戻さなければなりませんので」
「ハハッ、悪かったよ」
足早に部屋に戻り俺は少し悩んだ末に結局普段と同じ服装に着替える事にした。
これから作業するのに着飾ったって意味無いからな。
マリアも気付けばいつもの軽鎧を身につけている。
「なんだ、マリアは別にワンピースのままでよかったのに」
「何言ってるのよ。確かに扉を直すのはあなたかもしれないけど、それを直すだけが仕事じゃないんだから」
「まぁ……そっか」
マリアに力仕事が回ってくるとは思わないけど、確かにワンピースのままで準備を進めるのは難しいか。
「ほらこれもちゃんと持って。用意はできた?」
「あぁ、早く行こう」
マリアから剣を受け取る。
やっぱり剣は手に馴染む、こんなに長時間剣を手放したのも久しぶりだったな。
用意を手早く済ませた俺たちは再び玄関へ向かう。
そして小走りで戻った玄関には、何故だか人集りが出来ていた。
中には父さんを始め家族がみんな揃っていて、俺がぶつかった扉を観察しているようだ。
「なんだよみんな揃って。こんな所でわざわざ野次馬しに来るなんて余裕あるじゃないか」
「ハッハッハッ、まあそう言うなノラ。セバスから玄関に面白いものがあると聞いたものでな」
「こんな面白いもの見逃すわけないよね!」
「フフ、元気なのは良いけどあまり仕事を増やしてはダメよ?」
呑気な父さんとサラに、目が笑ってない母さん。
何故とは言わないけど背筋が伸びた。
早く修理を終えないとこの身が危ないかもしれない。
「あぁもう、さあ散った散った。見せ物じゃないんだぞ」
もう日差しが沈み始めてるのか、辺りが暗くなってきた。
祖父ちゃんがここに来るまで後どれくらい……あれ、今何時だ?
おかしい、まだ日が暮れるには……――
「ね、ねぇ……アレは、一体何……?」
ソラが外を指差して言った。
その震えた指が指した先で見たものは、ただ一つの確信と共に俺たちへ行動を強いた。
それは不気味で、禍々しく空を照らす。
思わず嫌悪感さえ抱かせる程の悪意が、俺たちの遥か上空で輝いていた。
光の正体が魔法だと気づくのにそう時間は掛からなかった。
それは俺たちが見つけてから程無くして、より強い輝きを放つと突然ゲーテンブルク目掛け落下を始める。
「マリア!」
「ノラ!」
俺たちは同時に動き出す。
そして、目一杯の力を込めて結界魔法を展開した。
「「!?」」
都市全体を覆う巨大な防御結界と、対して俺たちの頭上に展開された小さな防御結界。
人は追い詰められた時にこそ本質が見えるという。
俺たちは共に家族を守る為に動いて、魔法を使った。
街の皆んなを、この都市で暮らす全ての人を俺は家族と呼んだ。
そう……呼んでいたんだ。
マリアの結界魔法は、空から落ちる魔法に数秒と保たずに破られる。
「そんな……嫌っ……!」
視界の端でマリアが膝から崩れ落ちる。
あぁ……皆んな、嘘だ。
こんな、こんなことある筈がない。
空で輝く絶望は、依然としてゲーテンブルクの地へ迫り続ける。
自分の行動を振り返る時間も与えられぬまま、俺の魔法と衝突した。
その瞬間、俺の情緒は滅茶苦茶になった。
結界魔法の外は忌々しい光に包まれ、周りの状況を測ることすら出来ない。
身体からは血管が浮き出し、血を吐き、それでも尚破られまいと結界魔法を維持し続ける。
その行動は、同時にこの結界以外にこの忌々しい魔法から逃れる術を持たないことを証明していた。
「あ゛あ゛あ゛ぁああアアアアアア!!!!!」
やがて俺たちを包んでいた光が消え、同時に俺の結界も霧散する。
そして目の前に広がる光景が、俺たちをさらなる絶望へ叩き落とした。
目に映るのは見渡す限り全てのものが破壊されたゲーテンブルク。
たった1つの魔法がこの地から平穏を奪い去った。
まるで悪夢の様な、あまりに非現実的なこの惨状は、しかし確かに現実に起こった出来事で間違いないのだろう。
あぁ、俺の夢は終わったんだ。
俺は……
……家族を見捨てた。