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EINS SCALAR  作者: A_ria
一章
6/7

五話 賑やかな街で


 新月の夜、辺境伯領を大きな地震が襲った。

 震源、規模に関しては数日経った今日も分からないまま。

 都市内には大小様々な不安の声が広がっていた。


「もう直調査隊が帰還するだろう。今回調査隊を率いたのはあのハイスだ。必ず有益な情報を持ち帰って来てくれる筈だ」


 昼下がりの団欒の中で父さんはそう話した。

 父さんが全幅の信頼を寄せるのは辺境伯騎士団団長ハイス。

 彼が自ら調査隊を率いると言ったときは驚いたが、大胆でありつつ合理的な判断だと感心したものだ。


 実は、この地にとって地震自体はそんなに珍しいものではない。

 馬を一週間ほど走らせた距離の場所に巨大な活火山があり、それが周期的な噴火を起こす度に周辺地域には地震が起こるからだ。

 問題は、今回の地震が時期外れであった点だ。


「偶然だとは思うが、ノラとマリアが先日仕留めた魔獣との関連性もあるかもしれん。はぁ……忙しくなりそうな時期に2人が不在になるとは運が無いな」


「それは違うよ父さん。その厄介事の処理を免れられる俺の運が良いのさ」


「ハッハッハッ、言うようになったな」


 まあ、王都から帰ってきたら結局それは俺が引き継ぐことになるんだろうが、その頃にはある程度の解決の目処は立っているだろう。

 やはり日頃の行いは大切だな。


「ほら、もう暗い話題はそれくらいにしてください。なにか明るい話題の話しましょう」


 今までどの話題にも入ってこなかった母さんがようやく口を開いた。

 なんとなく俺の性格は母さん遺伝のような気がしている。

 以前この話をマリアにすると全力で否定されたが、俺はまだその線を疑っている。


「あっ! そうだ昨日ね、お菓子パーティーをしたんだよ!」


「なっ!? さ、サラ、いきなりなにを――」


「ノラお兄様が誘ってくれたの。それで夜中にこっそり集まっていっぱい食べて遊んだの!」


 満面の笑みで語るサラ。

 対して俺は冷や汗が止まらなかった。

 直視できなくなった父さんと母さんの顔は今どんな表情をしているだろうか。


「あらあら、夜中に騒がしいと思ったらそんな楽しいことをしていたのね」


「仲が良くて結構。なるほど、ノラは企画力にも秀でているようだ」


 父さんと母さんは笑顔を浮かべていた。

 しかしそれはサラの無垢な笑顔とは程遠い、両親のそれは含みのある笑顔だった。

 俺の平穏な暮らしが着実に遠のいて行く。





 

「はぁ……まったく酷い目にあったな」


「自業自得よ。この際に日頃の行いから見直したらどうかしら」


「おいおい、それじゃあまるで俺は日頃の行いが悪いみたいな言い草だな」


「あら、違うの?」


 これは誠に遺憾だな。

 そっちがこの際だと言うのなら良いだろう。

 俺の日頃の行いを事細かに力説してやろうじゃないか。


「後悔させてやるよ。まず俺は毎朝日が昇る前に──……」


 街の景色が変わるくらいに語り続けたところで、マリアの表情が消えていることに気づいた。


「おい、ちゃんと聞いてるか?」


「えぇ、聞いてるわ」


「……チョコレートといえばやっぱりミルクチョコレートだよな」


「えぇ、そうね」


 こいつ……ホワイト派のくせに。

 ちなみに俺はビター派だ。

 とかそんなことはよくて。


「そろそろ道を歩くのも飽きてきたし、屋根の上を走ろうか」


「えぇ、そうね……? 今なんて」


「よし、行くぞ」


「ちょっと待ちなさい! それでも領主の息子!?」


 何を言おうがもう遅い。

 了承は得たからな。

 そもそも俺たちは散歩しに街まで出てきているわけじゃない。


「こっちのほうが見晴らしが良いし巡回の効率も良いだろ?」


「そういう問題じゃ無いわ。こんなの領民の規範となる行動とは程遠いじゃない」


「なんだよ。じゃあマリアは道を歩いたらどうだ」


「あのね、私は今ノラのお目付け役なのよ……」


 分かってるさ。

 少しいたずらが過ぎたか。

 そろそろ真面目に巡回しなきゃな。


 後でマリアに不真面目だったと報告されても堪らない。

 せっかく王都へ経つ日まで騎士の巡回を手伝うという条件でお菓子パーティーの件は今後引きずらないと約束してもらったんだ。

 マリアを誂うのも程々に、これを心がけよう。


「ん? おーい! ノラ坊っちゃん、こっちだ!」


 人混みの中から俺を呼ぶ声が聞こえる。


「あらあら、呼ばれてるみたいよ。ノラ坊っちゃん?」


「……あぁ、コールさんだな」


 もう坊っちゃんって歳じゃないと何度言ったら分かるんだろうあの人は。


 結局せっかく登った屋根はすぐ降りることになってしまったか。

 仕方ない、無視するわけにも上から話をするわけにもいかないだろう。


「やあ、今日も元気そうで何よりだよおっさん」


「おっさん!? 言うようになったなぁハッハッハッ!」


 八百屋一筋のくせにそこらの騎士や冒険者よりゴツい男。

 そのせいか一々発する声がでかい。


「ほら、これ持って行ってくれ! いつも街を見回ってくれてる礼だ」


「いやコールさん、こんなに悪いよ。会う度にくれるんじゃ商売に響くだろ?」


 コールさんはいつも俺を見かけては何か理由をつけて野菜をお裾分けしてくる。

 あまりにも出くわす頻度が高いから俺をわざわざ探してるんじゃ無いかと思うほどだ。


「何いってんだ! こうやって安心して商売やっていけんのも坊っちゃんが毎日街まで降りてきてくれるお陰なんだぜ!」


「おやまあ、ノラくんじゃないの!」


「本当だ! にーちゃん今日もお話聞かせてくれよ!」


 コールさんの無駄にでかい声のせいでここらは一気に人が集まって来てしまった。


「領主様によろしくね。街は今日も平和さね」


「見て見てこれ、昨日お母さんと一緒に作った腕飾りなの。可愛いでしょ!」


「はいこれ、さっき焼けたばかりのパンよ! 味は保証するからぜひ食べてくださいね!」


 積まれて積まれ2つの腕で抱えるのも大変な量のお裾分けが視界を遮る。

 どんなにこっそり街へ降りても誰かには見つかり毎度この調子だ。

 そしてお裾分けの分は働か無ければとまたこっそり街への無限ループである。


「あなたが夜な夜な厨房に忍び込んでいる理由がわかったわ」


「ははっ……」


 マリアが謎が解けたような顔をしている。

 というか厨房に忍び込んでいるのがバレてたのか。

 まさか他にもバレていることが……いやまさかな。


「やれやれ騒ぎが起きたら出向かなきゃいけないこっちの身にもなってほしいね……ほらほら、ノラ様は忙しいんだ あんまり邪魔してやるな!」


 切れ長の目を光らせた騒ぎの中心に割って入ってきた女性の名はグレゴリー・グレンダ。

 冒険者ギルドのギルドマスターである。

 グレンダさんを見るとコールさんなんて華奢に見えるな。


「おいグレゴリー! 良いところなのに水を差すな!」


「そうだそうだ! 帰って仕事してろグレゴリー!」


 グレンダさんの拳にみるみる力が入っていくのがわかる。


「グレゴリーって呼ぶんじゃないよ!!! 今すぐ蹴散らしてやろうかぁ!!!」


「やばい、グレゴリーが怒ったぞ! 皆逃げろ!」


 この街の明らかな強者に一般市民が野次を飛ばして笑える街もそう多くはないだろう。

 まあ、ここまで騒がしい街もそう多くはないだろうけどな。


「ふざけた奴らだよまったく……あぁそうだノラ坊にマリアお嬢。私は明日一足先に王都へ立つからさ、もし王都で出会したら飯でも行こう」


「あ、はい。時間が合えばぜひ」


「アッハッハッ! そんな身構えなくて良いさ、お互い忙しい身だからね!」


 グレンダさんは俺とマリアの肩を数回叩いて帰って行った。


「嵐のような時間だったな。大丈夫だったかマリアお嬢」


「うるさいわよ。それより早く贈り物は魔導袋にしまいなさい。そのまま巡回なんて出来ないでしょ」


「そうだな。じゃあ口を広げて持ってくれないか?」


「……ほら、早く」


「おぉ、助かるよ。一人でも出来るのにわざわざ悪いな。さ、行こうか!」


「あなたって本当にっ……!」 


 幸いなことに、危惧していたことは杞憂に終わった。

 市民の立ち直りは早く、毎日楽しく過ごせるというのは良いことだと思う。

 騎士と冒険者という対立し易い2つの陣営の仲も悪くないようだし、いざというときの城塞都市としての機能も申し分ないだろう。


 父さんには良い報告が出来そうだ。

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