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EINS SCALAR  作者: A_ria
一章
5/7

四話 輝き

 辺境伯領(へんきょうはくりょう)、大都市ゲーテンブルク。

 都市中心(ちゅうしん)に位置する巨大な自然公園の、そのまた中心にある公園の大部分を占める巨大な丘。

  都市の象徴(しょうちょう)とも言える丘、その頂上で俺たちは今日も対峙する。


 まだ日も登りきらぬ暁時。

 静寂(せいじゃく)の中で確かに存在する緊張感が己の心を震わせる。

 これから絶対に負けられない決闘が幕を開けようとしている。


 深く息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出しながら心を落ち着かせる。

 剣を握る手に力が入り、姿勢は徐々に前傾姿勢になっていく。

 冷静さを寸前で保ちながら、その瞬間を待つ。


 決戦の合図となるのは、日が昇りこの場所に日差しが届く瞬間。

 ()()が少ないこの都市の特色を生かした決戦合図である。

 そして遂にその時がやってくる。


 薄暗かった決闘の場所に一筋の日差しが差す。

 その日差しによって、マリアの純白のに靡く髪が煌めいた。

 同時に、俺たちは地面を力強く蹴る。



キィーーーン!!!


  

 一瞬にして詰まった間合(まあ)いの(あいだ)で互いの剣が激しく交差する。

 魔力による身体強化で上乗せされた威力の衝突は、甲高(かんだか)()る剣の接触音とともに空気を()らした。

 そのまま俺たちは額がぶつかりそうになる程の距離で睨み合う。


 先に動きを見せたのはマリアの方だった。

 彼女は押し合う剣の力を利用し素早く距離をとると、剣を地に刺し天高く飛び上がった。


――複合魔法・夜明けを呼ぶ槍(ブリッツ)


 真昼かと錯覚するほどの強い光が、徐々にその相貌(そうぼう)を槍状へと変えていく。

 そして出来上がった槍をマリアは躊躇(ちゅうちょ)なく俺目掛けて投擲(とうてき)した。

 先日の魔獣を葬った魔法よりも(さら)に攻撃的なそれは、俺に迷う暇など与えてくれない。


 迫る死の恐怖に抗うように俺は剣を握り直し、そして静かにしかし素早く掲げる。

 一切の無駄を省き、動きを限界まで研ぎ澄ます。

 ただひたすら愚直(ぐちょく)に剣を振り下ろすのだ。


──剣技・千日紅(ゴンフレーナ)


 俺の剣は、マリアの魔法を斬り()いた。

 形を保てなくなった魔法の槍が霧散(むさん)する。

 ここまで数秒間の出来事である。


 勝負はまだこれからだ。

 その証拠に、己の魔法を目隠(めかく)しにして俺の横腹めがけ剣を振るマリアの姿が視界に映る。

 それを剣で防ぎ、俺はすかさず反撃を繰り出す。


 数度の剣戟(けんげき)の末、マリアは再び距離を取り魔法を放つ体制に入る。

 しかし、俺はそう何度も攻勢を譲る程甘くはない。

 直ぐ様間合いを詰め渾身の剣技を振るう。


――剣技・鳳仙花(インパンチェス)


 剣の勢いを殺さず高威力の乱撃を押し付ける。

 一瞬マリアの表情が(ゆが)んだのが見えた。

 この機は逃さない。


 一気に畳み掛ける!


――複合魔法・裁きの雨(グランツ)


 追撃へ踏み出そうとする俺に、突如として反撃(はんげき)の雨が降り注ぐ。

 頭上を照らす光に間一髪で気づき回避することで難を逃れたかに見えたが、その結果主導権(しゅどうけん)を譲ってしまった。

 体勢を崩す俺に瞬時に狙いを定めマリアは再び魔法を放つ。


――複合魔法・希望の砲光(シュトラール)


 マリアの扱う複合魔法というものは、本来優れた魔法使いが()()()()のときに使用する起死回生を狙う()()の奥の手と言われている。

 複数の属性を同時に、しかも1つの魔法に込めるというのは体にかかる負担が尋常ではないのだ。

 それなのにも関わらず危険な魔法をもう3発も平気(へいき)な顔で発動しているマリアはやはり規格外と言わざる負えない。


 跳躍して魔法を回避する俺を、回避先を読んで待ち構えたマリアが駄目押しで攻撃を畳み掛ける。

 防戦一方を()いられ戦況はどんどん悪くなる。

 とにかく間合いを離されず食らいつくしかない。


 剣が幾度も重なり、耐え忍びながらも反撃の気を伺う。

 すると、勝負を急いだのかマリアの動きが一瞬単調(たんちょう)になった。

 ここだ……!


 剣を振り下ろすマリアの腕を掴み、そのまま彼女の体を地面に(たた)きつける。

 大丈夫、これで勝負が決まるほど俺のライバルは(やわ)じゃない。

 心を殺し会心の一撃を繰り出す。


 剣身を合わせ防御したマリアの体が地面にめり込む。

 このままトドメの一撃が決まれば俺の勝ちだ。

 しかし、勝負を決めようとする一撃(ほど)読み(やす)いものはないようで、マリアは俺の剣筋を完全に見切り窮地(きゅうち)(だっ)してしまった。

 激しい攻防が一変、再び間合いを取り合い膠着(こうちゃく)状態になる。


 かつて()()()()()かと騒がれたマリア。

 それ程の人物と今こうして互角(ごかく)に渡り合えていることには正直(ほこ)らしささえを感じる。

 しかし、俺は決してマリアを勇者として認めるわけにはいかない理由がある。


 勇者とは、唯一人(ただひとり)世界の危機に立ち向かう力を持つ者。

 世界を救う使命を生まれながらに背負い、その対価として危機を打倒(だとう)する絶対的な力を授かった者。

 故に勇者とは()()であり、唯一の存在なのである。


 世界の危機とは人類の危機。

 だからそれを救う勇者は救世主(きゅうせいしゅ)と呼ばれるが、ならば勇者のことはいったい(だれ)が救ってくれるのだろうか。

 勇者が世界を救った(さき)で、勇者だけが救われない未来だって起こり得るのではないか。


 だとしたら、そんなものにマリアをさせる訳にはいかない。

 孤独を生きるかもしれない過酷(かこく)な運命なんて背負わせやしない。

 幼ながらに抱いた使命感は、俺を今に至るまで突き動かした。


 そして俺が死物狂(しにものぐる)いで得たマリアと同等という評価によって、彼女が勇者だという噂はいつしか耳にしなくなった。

 それでいい。

 俺たちはこの先もずっと、この輝かしい日常を過ごしていくんだ。


 俺は、常にマリアという強い光に向かって手を差し伸ばし続ける。

 例えその手を彼女が掴まなくたって良い。

 この平和な土地の中で、皆と平穏を分かち合いながら生きていくのが俺の目指す()なのだから。


――剣技・向日葵(ヘリアンサス)


 全力で魔力を体に(めぐ)らせ、俺の体は輝きを帯びる。

 目にも止まらぬ速度の突進と、そこから繰り出す斬撃は長く続いた膠着(こうちゃく)状態を斬り裂いた。

 残念なことに手の内を知られているマリアには僅かに届かなかったが、再び激しい攻防戦が幕を開けた。


 斬り合い、魔法を撃ち合い、最後には掴み合いにまで達した決闘の行方は、完全な夜明(よあ)けとともに終幕を向かえる。


 剣を(ささ)えに何とか立っている俺に対して、(ひざ)を付き()ち上がれずにいるマリアの姿がそこにあった。

 そして、とうとうマリアが力尽きその場に倒れ込む。

 俺は遂にやったのだろうか、ここ数年訪れなかった勝負の決着を付けることができたのだろうか。


「……俺の、勝ち……だ……」


 俺はその場に倒れ込んだ。




 

 ()を覚ますと俺はマリアの膝の上に頭を乗せられていた。

 あれ、なんで俺は膝枕なんかされてるんだろう。

 勝負は確か俺が勝ったはずだ。 


「あら、思ったより早いお目覚めね。体は大丈夫?」 

 

「……まあな。早く勝利を噛み締めたかったんだ」


「ふふっ、納剣(のうけん)もせずに倒れていたのに? 残念ながら引き分けよ、惜しかったわね」


 引き分け、確かにそうか。

 たとえ最後に一瞬(いっしゅん)長く意識を保っていたとしても、今こうして介抱されてしまっていては勝ちとは到底言えないか。

 あぁ、本当に惜しかったな。


「俺の起きるまで待ってくれてありがとうな。マリアこそ体はもう大丈夫なのか?」

 

「誰かさんを介抱してる間にだいぶ休めたし問題無いわ。どう? 私って強いでしょう」


「ハハッ……そうだな。うん、俺と同じくらい強いよ」 


 気づけば日はすっかり昇りきっている。

 ここ最近だと一番の死闘の後は、もういつも通りの日常を辿(たど)るのだろう。


「さて、じゃあ帰るとするか」


「そうしましょう。今日くらいはあなたに合わせてゆっくり帰ってあげるわ」


 それは良いな。

 実はまだ走ったりするのは辛かったんだ。

 俺が伸ばした手を支えにマリアは立ち上がる。


 王都へ向かう前の最後の決闘は、また勝敗がつかなかった。

 だが不思議と不満は出てこなくて、むしろ清々しかった。

 俺たちは久しぶりに喧嘩をせずにゆっくりと帰路についた。


 玄関の(とびら)を開けると、たまたまソラが通りかかった。

 

「あ、おかえりなさい兄様、マリア姉様。そっか、今日も勝敗はつかなかったんだね」


 そう言って微笑むソラ。

 察しのいい弟の言葉に、俺たちは目を合わせた後で思わず笑う。

 

「母様がもうすぐ食事の用意が整うから食堂においでって言っていたよ。僕はサラを起こして一緒に行くから兄様たちは先に行ってて」


 少し帰り遅くなったと思ったが、どうやら良いタイミングだったらしい。

 それにしてもサラはまだ起きて無いのか。

 昨日の()()()()()ティ()()で凄くはしゃいでいたもんな。

 

「いや、俺たちも一緒にサラを起こしに行くよ。お菓子パーティーの主催者としての責任があるからな」


「ちょっと、私は主催者じゃないんけど? 起こしに行くのは良いけどね」


 俺たち3人は雑談を交えしながらサラの部屋へ向かう。

 部屋に着いて扉の外から声を掛けても反応がないため中へ入ってみると、そこには呑気に布団に包まる妹が居た。


 幸せそうな寝顔はこちらの起こそうとする気力を削いでくる。

 ある意味日常の平和さを体現したような光景だ。

 なんだかな、王都へ行く日が近いからか最近は些細なことも愛おしいと感じてしまう。


 長期間では無いといえど(まと)まった日数を故郷から離れるのが初めてだから無意識に不安を覚えているんだろうか。

 仕方ない、そのことは今日の三日月にでも祈っておくとしよう。

 今はまずサラを起こさないとな、父さんと母さんが食堂で待っている。


「そろそろ起きるんだ。もうすぐご飯の時間だぞ」


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