三話 剣と魔法
魔獣を討伐した俺とマリアは、騎士たちにあとの処理を任せて帰路につくこととなった。
魔獣の腕はそのまま持ち帰ること街がパニックになると止められてしまったが、幸いマリアも戦利品を見つけたようだから父さんへの報告はそれを見せて済ませる形で良いだろう。
ひとまずこれで街の平穏は守られただろう。
「それにしても魔結晶が見つかるとは驚いたな」
「ふふっ、知ってる? 私ってすごく運が良いのよ」
魔結晶とは、生命が命を落とす際に内包する魔力が結晶化して出来る物である。
ただその現象は必ずしも起こる訳ではなく、それどころか魔獣を討伐する機会の多い冒険者でも一生お目にかかれない場合がある程希少性が高い。
だから今回魔結晶を手に入れられたのは本当に運が良いのである。
「父さんが魔結晶を見たらどんな顔をするかな」
「そうね。見たことがない訳はないと思うけれど、きっと驚かれるでしょうね」
「……そうだな」
マリアの無邪気な笑顔を見て思わず出かかった言葉を飲み込む。
「さあ、今日はまだまだやることが一杯だ。やれやれ毎日忙しいな!」
「あなたが忙しくしているのは毎日昼間まで日向ぼっこなんかしてるからよ」
「なっ……! ほんっとうに可愛げの無い奴だな!!!」
「はぁ? あなたに見せる可愛げなんてないわよ!」
俺とマリアの喧嘩の日々は絶えないのであった。
…
家に帰ってきた俺たちはそのままの足で父さんの居る執務室へ向かい今回の成果を報告した。
「――……報告は以上です。そしてこちらが魔獣を討伐した際に手に入れた魔結晶になります」
報告を終えたマリアが魔結晶を提出した。
なるほど、マリアが報告は自分がすると譲らなかったのはこれがやりたかったからか。
「おお、これがその魔結晶か! 大きいな、やはりふたりを向かわせて正解だったようだ」
面と向かった褒め言葉は照れくさくていつまで経っても慣れないな……。
「ゴホン……我が領地最高の剣士と同じく最高の魔法使いよ、今回も大儀であったな。相応の褒美を用意しよう。これからの活躍も期待している」
父さんの形式的な言葉に対して、俺たちも姿勢を正してそれに応える。
バタバタ……ガチャッ!
「マリアお姉さまおかえりなさい! はやくお買い物にいこ!」
「「「……」」」
突然の妹の登場に俺とマリア、そして父さんは思わず顔を見合わせる。
「ハッハッハッ、やはりサラには敵わんな。マリア、こちらのことは気にせず行ってやりなさい」
「ありがとうございます。ふふっ、じゃあ一緒にお母様のところへ行きましょうねサラ」
「うん!」
いやはや、仲睦まじいのは良いことだな。
さて、俺は部屋に戻って少し休憩するとしよう。
「どこへ行くんだノラ。お前には次の仕事があるぞ」
「なん……だと……?」
終わった。
俺に仕事を振ろうなんて、こんなに残酷なことがあるだろうか。
父さんには人の心がないに違いない。
「そんな顔をするな。なに、俺と共に少し騎士団の訓練場に顔を出して魔獣の腕を確認した後で騎士たちの訓練に少し付き合ってもらうだけだ」
なんだそんなことか、とはならないぞ。
重労働じゃないか、そんなことをしたら俺の四肢は次の日には使い物にならなくなるぞ。
「何を考えていても無駄だぞ。今日は逃さんからな」
「ハハッ……」
幼い頃から続けていたことが今の自分の首を絞める事になるなんて、もし過去の自分に声が届くなら今すぐ日々の鍛錬をやめさせたい。
剣ならノラ、魔法ならマリアだろう。
これは国内で次世代の国を背負う英雄は誰かと言う問いに、とある現大賢者が出した答えだ。
すぐさま国内全土に広まったその話題は、俺たちの生活を一変させた。
街に出れば将来の英雄なんて騒がれて、挙句の果てに俺たちと手合わせをしたいと願い出る者まで現れる始末。
数日後に王都へ出向くことになったのだって、その話題が大きくなりすぎて収集がつかなくなったことが発端だ。
マリアは最上の魔法の才能があり、保有する魔力量は既に大賢者を超えているらしい。
俺はというと、当初はマリアと互角という話から話に尾ひれがついただけだったが、道場破りのように押しかけてくる来訪者に腹を立てて返り討ちし続けたことで話に信憑性を与えてしまったのだ。
ちなみに、俺だって魔法なら四大属性と呼ばれる火・水・風・土から逆属性と呼ばれる光・闇まで使えるし、マリアの方も剣だけで平均的な冒険者や騎士なら圧倒できる実力を持っている。
しかしこの事実は広まっていない。
何故なら面白くないからだ。
そんな追加情報を教えられたところで、剣なら〜魔法なら〜という誰もが食いつきそうな完成された話題性には及ばない。
世間で将来国の平和を守るふたりの若き才能なんて話題が広まれば、そしてそれを広めたのが大賢者ともなれば王宮も無視はできない。
そういう話だ。
いくら頭を悩ませても切りがないこの問題はこれくらいにしておこう。
なんだか頭が痛くなってきた。
そういえばサラが今日お菓子を買いに行っていたんだっけ。
何か甘いものをわけてもらおう。
父さんと母さんには内緒で夜中にこっそりお菓子パーティーをするのも楽しそうだ。
いや待て、そうすると妹のお菓子に群がる構図に……それはどうなんだ? いやしかしお菓子パーティーなんて魅力的な響きがもう頭から離れない。
駄目だ、もう何も考えられない。
とりあえずお菓子を買いに行ってこよう。
そして今日の夜は4人で楽しくお菓子パーティーだ!