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夢を見よう

 

 星暦21999年、聖惑星ルーンは冥星リオによる侵略を受けていた。リオの落とし子によって国々は滅び、人類は汚染された魔力から逃れるため聖剣都市へと落ち延びる。

 そんな中、星々を繋ぐエルドラインの彼方からミーティアと名乗る存在のメッセージが届き、聖惑星ルーンを救う唯一の手段である魔法【リターンプラネット】を手に入れるため、メテオは七ッ星を辿る旅路へと出発するのだった。

 



「宇宙戦艦ヤ○トのパクリじゃねーか!!!!」


 俺は吠えた。

 吠えた勢いでベッドから転がり落ち背中を打ちつけ悶絶したあと、俺は今さっき見た夢への感想を反芻した。

 宇宙戦艦○マトのパクリじゃねーか……

 いや、なんか異世界風に固有名詞を入れ替えてたけどさ、完全にイスカンダルまでコスモクリーナーDを受け取りに行くヤマ○だったよ。オマージュってレベルじゃねえぞ。

 実におかしな夢である。

 俺は宇宙戦艦ヤマトの熱心なファンというわけではない。なんなら付き合いでアニメ版をながら見したことがあるってだけで、大まかな流れ以外はパッと思い出せないくらいだ。

 まぁ夢なんてそんなモンか。特に思入れのない物が唐突に出てくるとかね、あるある。

 どうせ昼飯食う頃にはコロッと忘れているだろう、すでに細かいところはうろ覚えだ。えーっと、エンドラインのミンティアさんだっけ?? 俺はコートの限界線に転がる清涼菓子を想像した。

 しかしなんにせよ、夢は夢であり、どこまで行っても夢である。

 現実ではない。

 現実というのは、例えば連休明けの月曜日の朝に感じる異様な倦怠感だったりを指す。つまり今この時だ。

 働きたくねぇな……

 俺は切に思った。いざ職場に赴けばこの気持ちは落ち着くと分かっていても、暖かな羽毛布団の誘惑には抗い難いものがあった。

 とはいえ、いつまでも寝てはいられない。人間は社会の中でしか生きられず、人間社会で生活するには金銭が必要で、金のためには働かなければならない。この世の大半の人間は生まれながらに社会の歯車で、目の前に金をぶら下げられたまま身体が利かなくなるまで馬車馬の如く走り続けることを強いられているのだ。

 もっとも、そこから脱するための手段がないとは言っていないがね。

 俺は仕事支度を済ませると、机に仕舞っていた宝くじの束を取り出し、べべべっと数えながら口元を歪める。

 これが俺の用意した脱出口さ。

 まぁそう簡単に当たりはしないだろう、それは分かってる。重要なのは、当たれば一生働かなくでもいいという希望を持てることだ。

 希望があるから、人は今日という日を生きていられる。

 全くギャンブルってやつは最高だぜ。


 当選発表は本日。

 最高当選額は8億円。


 推して参る……ッ!!

 

 

 ■ □ ■



 8億円の宝くじに当選した帰り道。

 明日にでも辞表を叩きつけ受理されるまでは有休で逃げきってやろうと、自社に対する絶縁宣言を心に認め、有頂天に浮かれていたところをトラックにひかれた俺は、むしゃくしゃした勢いのまま冴えないおっさんと肩を組み、熱い自分語りをしていた。


 なぁおっさん聞いてくれよ。

 先月の話になるんだけど、俺は宝くじを買ったんだ。生まれて初めての宝くじさ。別に当ててやろうって気合を入れて買ったわけでもないから、何百枚とか、そんな馬鹿みたいな枚数じゃなくて、周りとの付き合いで数枚だけ買ったんだよ。

 本当はギャンブルやら賭けごととか微塵も興味ないんだけどね。ありゃ馬鹿のやることだと心のどこかで見下していたし、人生に四槓子なんて普通は来ないと思ってはいたんだけど、周りの奴らが、えっ、お前買わないの? みたいな目で見てくるから仕方なくね。ん? あぁ四槓子ってのは麻雀の役だよ、滅多に揃わないレアな役。

 そいで、まぁ俺も子供じゃないからさ、億単位の金がそうそう当たるもんじゃないってのは分かっていたよ。あぁいうのは客引きのために派手に宣伝してるだけだってのは百も承知なわけ。

 だから、なにかの間違いで10万くらい当たったらスマホ買い換えようかなーとか、そういう風に妄想していたんだよな。一等の組違い賞なんかでさ、ちょうど新機種も出たしね。

 で、今日がその当選発表の日だったんだが、ここまで言えば分かるだろ。そう、そのとおり。当たったんだよ、それも一等。当選額が8億だぜ、8億。

 震えたね。

 一般的なサラリーマンの生涯年収が確か2億とかそこらだろ? いや、今はなんぼか低いんだっけか。まぁそれは置いておくとして、つまり俺はおおよそ人生4周分の金を手にしたってことだ。俺は人生一周で、他人の4倍贅沢ができるっつー寸法さ。

 周りの奴らが当たったの当たらなかっただの話出す中、俺はさもダメでしたみたいな顔をしながら8億のクジを懐にしまった。このことを悟られちゃならねえと魂で理解していたからな、宝くじに当たると知りもしない知り合いが連絡を取ってくるって言うじゃん?

 色々とお世話になった先生の口座に5億くらい振り込もうとは思ったがね、路傍の石どもには一銭も恵んでやらねぇという固い意志が俺にはあったのよ。

 ただ、なんていうのか。俺も人の子だからさ、解散して一人で歩いているうちに、抑えきれなくなっちゃって。8億円の重みってか、それを引き当てた喜びっていうのかね……色んなものを噛み締めてたら、ふと気が抜けちまってさ。

 今思うと、あれがダメだったんだよな。

 油断してた。注意力が散漫になっていた。

 だから俺は、ハンドルミスで突っ込んできたトラックに気がつけなかった。

 意外とね、痛いって感じはしないんだよ。ドンッと、鈍い衝撃があって、そこから先のことはもう覚えてない。目が覚めたらここにいたって流れだな。

 はぁ……

 ん? あぁ、すんません、ため息なんか。せっかく8億も当てたのにやらかしたなーって、今更ながらに込み上げてきてね、うん……はあぁぁっ。これでさ、これからさ〜、黄金色の悠々自適な日々が待っていると思っていたのにさぁ。

 台無しだよ。

 台無しも台無し、人生ちゃぶ台返しだっての、この世には神も仏もないってか? 呑まなきゃやってられんわ。おっさん、ここって酒出ないの?? 出ない?? なら仕方ない、叫んでスッキリするとしよう。

 すぅ〜〜〜〜。

 神様のばっきゃろおぉ〜〜っ!!!!

 俺は叫んでスッキリした。

 神様なんてものは存在しないから、存在しない相手にだったらなにを言っても許されるという完璧な理論だ。

 そして、ひとしきり叫んでスッキリした俺は、あらためておっさんに向き直り、言った。


「で、おっさん誰? つーか、どこよここ」

「聞くの遅くない?! あと長い!! 話が長いよ〜君っ!!」

 

 俺の問いかけにおっさんは待ってましたと言わんばかりの大声を張り上げた。

 前述のとおり、どうにも冴えないおっさんである。鱗模様の着物を着ており、右目には眼帯を付けているのだが、どちらも生地が草臥れに草臥れていて、その見た目はほとんどボロをまとったホームレスと言って差し支えないほどだった。

 いや……だって、ほら、おっさん話さないからさぁ。こんなだだっ広い河川敷の花畑で野郎二人が二人して黙ってたら空気悪くなるじゃん、仮にも初対面なんだぜ俺たち。周りは花だらけだけど、初めましてで会話に花を咲かせるってのも無理難題だろ? そうなったらもうどっちかがガンガン喋ってかないと、だから場を持たせようとして頑張った俺にその言い方はなくない?


「いや、そうじゃないよね? ここに来るなり馴れ馴れしく肩を組んで聞いてもない自分語りを始めたのは君の方だよね?? 僕が口を開けるタイミングなんてなかったし、もう会話する気ゼロだったじゃん」


 それは違うぜおっさん。

 俺は否定した。否定から入る男は嫌われるらしいが、相手が男だったので否定した。男に嫌われるのは仕方のないことだ。俺たちは産まれながらに同種の雄として互いを蹴落とし合うライバルなのだから、多少の衝突は健全であり、むしろ必然といえるだろう。

 俺はさ、お互い黙ってる空気が苦手なんだよ。分かるかな、初めまして〜の後にくる出方をうかがい合うあの雰囲気っていうの? 二人とも無言で場が成立するなんてよっぽど気心知れてないと無理なんだ。だから会話が必要になる。でも俺目線おっさんが話してくれるか分からないじゃん。てなるとだよ、俺がなんとかしなくちゃって思うわけ。


「その初めまして〜がそもそも無かったんだけど……うん、まぁね? そりゃあ、僕だって君に気を遣って、好きに話させてあげようと思っていたけどさ、まさかこんな一方的にというか一方通行に語られるとは思わなかったんだよ。初対面の相手と名乗り合うとか一番最初に済ませるところでしょ……」


 しみじみと呟くおっさん。

 まるで俺に責任があると言いたげな顔だ。

 なんだよ〜、だいたい名前聞かれるの待ちって考えは甘いと思うがね。仕事で困った時に黙ってても誰かがどうしたんですか? なんてご丁寧に聞いてくれるっつーのは幻想だ。世の中そんなに甘くない。最初は言ってもらえるかも知れんが、こういうのは自分から発していかないと。

 しかしだ、聞いてりゃおっさんも中々話せるみたいだし、今度はおっさんが話す番だな。遠慮はいらねえ、好きに語ってくれ。例えば恋バナなんてどうよ、巷じゃおっさんと若いチャンネーの恋愛モノが流行ってるらしいぜ、出世レースにゃ興味がないが心優しいおっさんが悩める若者の心に寄り添っていくって寸法さ。そういう層に上手いこと自己投影させたのが成功の一因なんだろうな。

 つーわけでよ、聞かせてくれやおっさんのラブストーリーをっ。


「もう好きに話す余地が一片もない……仕方ないなあ、言ったからにはちゃんと聞いてよ??」


 おう、任せてくれ。

 俺が自分で自分に太鼓判を押すと、おっさんはポツリポツリと語り始めた。

 聞くに、おっさんは結構な上流階級の生まれであり、なに一つ不自由なく暮らしていたらしい。今の姿を見るにどこかで没落ルートに入ったようだが、要はいいトコの坊ちゃんだったわけだ。

 しかしながら全てが上手くいっていたかと問われれば決してそうではなく、子供の頃のおっさんは内向的な性格で、仲の良い友達なんてのは居なかった。つまりはぼっちだ。まぁそこまで珍しい話でもあるまいよ、俺がその場にいたんなら金持ちの友達を作る千載一遇のチャンスを逃したりはしなかっただろうがね。

 んで、見かねたおっさんの親は、おっさんと仲良くしてくれそうな子供を連れてきた。女の子だ。親が探してきたガールフレンドというパワーワードに俺は一瞬おののいたが、ここはグッと堪えて続きを促す。


「それからは生きるのが凄く楽しくてね……最初はギクシャクしていたけれど、彼女も少しずつ心を開いてくれてさ。二人で色んなものを作ったりしたものだよ」


 おっさんの実家は職人家系だったのか。文字通りのお家芸を活かしたってわけだな、やるじゃん。俺がそのように褒めるとおっさんは口元をふにゃふにゃと歪ませたが、直ぐにどこか寂しそうな表情を浮かべた。


「あはは、でも……今思うとそれが不味かったんだ。多くのモノを作れば作るほどに(しがらみ)は増えていって、僕と彼女との間を隔ててしまった」


 なるほど、なるほど? つまりザックリ言うと作風の違い……音楽性のズレでバンドの仲が悪くなった、みたいな感じ??


「それはザックリし過ぎだけど、まぁおおむねは」


 おおむねそんな感じらしい。

 おっさんは俺の例えに苦笑し、その笑みを噛み締めるように言う。


「そして決別の日は来た。彼女はずっと準備を進めていて、僕はそれにちっとも気がつけなかった。僕は……抵抗できなかった。元をたどれば悪いのは僕だって分かっていたから」


 喧嘩別れしたってこと?

 でもよ、手を上げなかったのは立派だったんじゃねーのかな。お互い無事なままケリをつけられたんなら、それに越したことはないだろうしさ。

 俺がそう返すと、おっさんは右眼の眼帯に手を添えながら言った。


「まぁ右眼は持っていかれちゃったんだけどね」


 えぇ……それはもう猟奇事件じゃん。

 なんか、こう、思ってたのと違う。おっさんのラブストーリーじゃなくて火曜日のサスペンスだわコレ。

 俺はドン引いた。ドン引いて……いい加減に聞かなきゃならないことを、本来であればいの一番に尋ねるべきだったことを尋ねようと、口を開いた。

 ……あー、なぁおっさん、ついでにもういっこ聞いていいかな


「いいよ、もちろん。なんなりと」


 俺の神妙な様子を見て、おっさんは朗らかな顔でそう返してきた。

 余裕の表情だ。その言葉が聞きたかったと、言外に語りかけられているみたいだった。

 じゃあ、それなら、お言葉に甘えて尋ねるとしよう。こんな馬鹿げた質問を、馬鹿正直にしてみようじゃないか。

 頭の中の小さな俺が、そんな馬鹿なことがあるかと囁くが、交通事故に遭ったと思ったら見知らぬおっさんと花が咲く河川敷に二人きり、などという正気ではないシチュエーションが、俺に言葉を紡がせる。

 ゆったりと、向こう岸の見えない川の流れへ零すように、俺は問いかけた。


「俺、死んだのか?」


 死んだ人間が言う。自分は死んだのか、なんて馬鹿馬鹿しい話だ。いや生きてんじゃん、話してるってことは生きてるじゃん、つまり死んでないじゃんってね。

 しかし、他に聞きようがなかったのだ。

 現に俺は意識があって、頭はスッキリとしている、死んでいるなんて信じ難い。けれど、俺が今いるこの場所は、あまりに非現実的だった。対岸が霧に覆われた河に、河川敷に咲く紅い花畑。俺とおっさん。つーか、紅い花が咲いてる河川敷ってさぁ……まぁ、それはいい。本当はよくないけど、その辺はおっさんの返事を聞けばハッキリするだろう。

 でも多分。

 いや、きっと。

 この質問の答えは、とっくに出ていたのだ。ただ、俺自身がそうと認めたくなかっただけで。


「うん、君は死んだ。そして──ようこそ、狭間の世界へ」


 草臥れた着物に影が射し、紅の華が咲き乱れるその中で、胡散臭い笑みを浮かべたおっさんの輪郭だけが、セピア色に鈍く輝いて見えた。



 ■ □ ■



 俺は死んでしまったらしい。

 そっかぁ、死んだかあー。

 やっぱアレ? トラックに跳ね飛ばされたのが死因ってこと? 確かにあのスピードで突っ込まれたらタダじゃ済まないだろうけど、ワンチャン重症で生き残ってて、これは意識不明の俺が見ている夢って可能性はないのか? 

 あるじゃん。死にかけた人間が、川の向こうにいる死んだ爺さんに戻れと言われて息を吹き返しました、みたいな。俗にいう臨死体験ってやつだな。俺とおっさんは初対面だけど、赤の他人だけれど。

 そこんとこはどうなのよ、おっさん。

 俺が生存ルートの有無について尋ねると、おっさんはゆるりとかぶりを振った。


「可能性はないんだ。臨死体験でもない。もうばっちり、これ以上ないってくらいに君は死んでいる。それは君自身が一番よく分かっているんじゃないかな」


 そうね。

 俺は素直に頷いた。

 いや、別におっさんの言葉を素直に鵜呑みにしてるってわけでもないのだが、不思議なことに俺はおっさんの言葉を受け入れていた。

 理屈ではない。

 しいて言うなら屁理屈ってことになるが、おっさんに言われるまでもなく、俺は理解してしまっていたのだ。

 俺自身が、すでに死んでしまったということを。

 ……思ったより、呆気なかったな、俺の人生。呆気ないというか、味気ないというか、交通事故に見舞われたあたりからしてツいてない。創作のキャラクターみたいに劇的な死を望んでいたわけでもないけれど、いざ死んでみるとその脈絡のなさに笑ってしまいそうになる。

 宝くじを当てた帰り道に交通事故って、ショートコントじゃないんだからよ〜。人の人生に余計なオチをつけてくれやがって。

 まぁ、仕方ない。

 死んでしまったものは仕方がない。

 俺は割り切ることにした。

 昔から割り切りが良すぎると先生に諭され続けていたものの、結局のところ俺は死んでも変われなかったらしい。

 変われなかったんなら仕方ねえよな。

 俺は割り切った。

 そうなると、今度は周りが気になってくる。

 あらためて辺りを見渡せば、そこは相変わらずの霧がかった河原で、散らばった平たい石と真っ赤な花ばかりが目に入ってきた。

 ふーん。するってーと、ここはやっぱり三途の川ってことになるのかい。


「え? あー、うん。そう、それ。三途の川」


 俺が尋ねると、おっさんは一瞬考えるような素振りを見せ、そう言って肯定した。……なんだか奥歯に物が挟まったような物言いが気になるが。

 三途の川。

 日本における、あの世とこの世の間に流れる川。河原に大量の彼岸花が咲いている魂の溜まり場。というのが俺の三途の川についての認識であり、それ以上のことはあまり知らない。河原で石を積むだとか、死神に金を払って舟に乗るだとか、そんなあやふやな記憶はあるものの定かではなかった。


 まぁそれはそれとして、だ。おっさん、俺はまだもう一つの質問に答えてもらってない。言ったよな? ここはどこで、あんたは誰なのかって。

 俺は死んで、この場所が死後の世界だとして……本物の三途の川だとして、ここにいるあんたは何者なんだ?

 死神って感じではないよな。神様にしちゃ威厳やら風格やらが見受けられないし。まぁ神様なんてのは人の頭の中にしかいないんだから、俺と同じ死人ってところか。あぁ、いや、誤解しないでくれよ? 俺が言いたいのはつまり、おっさんは親しみやすいキャラってことなんだ。


「そうかい? 嬉しいな、そんな風に言ってくれる人は中々いなくてね。皆んな僕との間には壁を感じるみたいで……」


 しょぼしょぼと瞬きをしながら、おっさんはフニャとした笑みを見せる。

 ふーん、壁かぁ。

 確かにおっさんは、まぁ世間一般で言うところのイケおじって訳じゃあないけど、なんかこう、同じ職場にいてくれると安心できるタイプっていうのかね。この人にならなんでも相談できるかなって、そう思わせてくれるオーラがあるぜ。神話に出てくるような神様だったらそうはいかない、連中に人の心は分からねぇからな。

 だから元気出せって、な?

 俺はおっさんの肩に両手を置いて励ました。

 すると、おっさんは申し訳なさそうに笑った。

 

「ありがとう。でもごめん、僕が神なんだ」


 ……へ、へぇ〜。神かぁ、神様だったかぁ。

 俺は静かに膝をついた。 

 そのまま腰を折り曲げながら、両の手を膝隣に揃えて、頭を地面に擦り付ける。

 声という声を喉の奥底から絞り出した後の残りカスみたいな音で、俺は言った。


「地獄行きだけは勘弁してください……っ」

「土下座?!」


 ちくしょう聞いてねえぞ。

 なんだよ神様って、しかもなんで俺はこんなあっさり納得してるんだ。あぁ、これが神様の力ってことなの? 軽く洗脳入ってんじゃん。そりゃ周囲との壁を感じるわけだよ、心理的な壁じゃなくて、ほら、存在としての壁がね?

 そして俺は思い出した。

 ……やべぇ、神様の馬鹿野郎って叫んじゃったよ俺、よりにもよって神様の目の前で。

 い、嫌だ、地獄に落とされるのは嫌だ。

 針山地獄に落とされるのは嫌なんじゃ〜っ!!

 俺は土下座の体勢から足腰のバネを駆動させ飛び跳ねると、頭をグルングルン振り回しながら駄々をこねた。


「あーもうっ。忙しいな〜君は!! そんな奇行に走らなくても、安心してくれ。君を地獄になんか送ったりはしないよ、地獄にはさ」


 ほ、本当ですか??

 おっさんの肩にすがる俺。

 騙して悪いが、とか言って血の池地獄に沈めたりしない??


「しないしない、神様は嘘をつかないからね」


 へへへっ、ありがてぇ。

 いやね、俺は最初から思っていましたよ。あ、この人なにか違うなって。

 こう、なんつーすかね。醸し出される空気感? もう雰囲気からして神々しいんすよ、人の上に立つべくして立ってる、みたいな。最近の創作だと神様といえば美人美女美少女!! みたいな風潮がありますけどね、俺に言わせてもらえればちょいと貫禄が足りてないかなーって、貫禄がね。親しみやす過ぎてありがたみに欠けるんですわ。

 俺渾身のゴマ擦りに、おっさんもとい神様は苦笑いを浮かべた。


「またまた、調子いいこと言って〜。とはいえ驚かせちゃったのはゴメンよ、これ舐めて元気を出してね」


 神様から無色のアメちゃんを貰ったぞ、わぁい。

 口に入れて二、三度転がしてみる。うん、無味!! いやマジで味がしないんだけど……これはどういうメッセージなんだ。俺は困惑した。世の中そんなに甘くないとか、そういうこと? でもここあの世じゃん。

 相手の意図を測りかねていた俺に、神様は心なし浮かれた声で尋ねてくる。

 

「どうかな?」


 えぇと、どうとは?

 聞き返すと、神様は自身の肩と太ももを指差し、次に目を見開きながら、まるで何でもないことのように言った。


「手足が吹き飛びそうとか、目が爆発しそうとか、そんな感じはしない?」


 俺なにを舐めさせられているんです?

 なんだか分からんが分からんなりにヤバい気がするぞオイ。

 俺は咄嗟にアメ玉を吐き出そうと舌を繰ったが、アメ玉は俺の舌をするりと避けるように転がり、舌の隙間を通り抜けていく。

 うお、このっ……クソッ、こいつ全然捕まら──ックン。



「「あっ」」


 俺と神様の声が重なった。

 飲んでしまった。

 飲み込んでしまった。

 明らかに単なるアメ玉ではない何かを体内に取り込んでしまった。

 俺は迷わず人差し指を口に突っ込み、喉ちんこを刺激してアメ玉を吐き出そうとした。

 だがしかし遅かった。

 ヤバい気がする。という俺の直感は間違っていなかったようで、変化は直ちに表れた。

 具体的に言うなら、俺の体がポンっ!! と、風船みたいに膨らんだ。

 はぁ??

 疑問を口にする間もなく、首から下の体積が10倍以上に増えた俺は、その場で仰向けに転がってしまう。気分はさながらひっくり返ったダンゴムシだ。

 あばばばばばばばっ、なんだコレ、なんだコレっ!! ちょっと神様?! 説明!! 説明してください!!


「……なんと、まぁ。これは想定外の予想以上だ。ひょっとすると、もしかしたら、君ならあの子の──」


 聞けや!!!!

 すでに怪しかった敬語をかなぐり捨てて、俺は吠えた。

 仰向けになってるから見えないけどさ、神様ってば絶対自分の世界に入っちゃってるよね?? 意味深な発言してもこちとらご覧のとおり緊急事態で頭に入ってこないし、そういうのいいから元に戻してくださいよぉ〜!! なんなら俺が8億当てたところまで時間ごと!!

 そもそも人間の体はこんな膨らむようにはできていない。体がゴム製なら兎も角、俺の体はきちんと血と肉で構成されている。不思議と痛みはなく、呼吸はできるし話もできるが、それが逆に気持ち悪い。なんて思考巡らせているうちにも俺の体は膨張を続けていく、まるで飲み込んだモノの大きさに、俺という容れ物のサイズを無理やり合わせているようだった。

 指数関数的に膨らみ続ける俺、恐らくは俺を見上げているであろう神様。

 奇妙で珍妙な時間が流れていく。

 やがて俺の体は、俺自身理解し切れないサイズにまで膨れ上がってしまった。

 おいおいおいおいおいおいおい、どーすんの、どーすんのさこれ、どう収拾つけんの? どう転んでも無理じゃない?? 起承転結の転で飴飲み込んだら体が天然ガスのタンクよろしく膨らみましたって絶対結まで行かないでしょ。あーもう爆発オチくらいしか思いつかねぇわ。

 あんまりな急展開に俺は匙を投げた。


「君は受け入れられたんだ。それはとても幸運なことで、誰にでも訪れるものじゃあない。だから、これから君には多くの困難が降りかかるけれど、それでも……どうか」


 もうね、俺の話なんてカケラも聞いちゃいないのよ。この有様でよくもまぁ冒頭の俺に呆れた態度をとれたもんだぜ。やっぱりさ、神様に人の心なんて分からねぇんだわ。

 俺、どうなっちゃうのかなぁ……

 もはや傍観の域へ達した俺の耳へと、それでもしみじみと語る神様の声は、不気味なほどにクリアに、鮮明に届く。

 そして。


「──いい人生をね」

 

 そんな言葉を最後に聞かされながら、俺は爆発四散した。


 

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