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【完結】名も顔も知らない貴女へ|連載版  作者: 酔夫人(旧:綴)


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第7話 「王子様との結婚?」

ルドルフ=フォン=ブランシアの彼は、国王の唯一の子で王太子である。


彼の母である王妃は二人の子を流産したあとに命をかけてルドルフを産み、そのあと父王は妻にこれ以上の出産を望まなかった。この国王の苦渋の決断を国内外の貴族は静かに受け入れたが、大半の貴族がその仮面の内で歓喜していた。王妃に子が産めないとき、多くの国王たちが愛妾をもったからだ。


彼らは家門の娘を国王に愛妾としてすすめるようになった。恋愛結婚の末にようやく授かった王子を抱いて涙する妻に国王は何も言えず、国王の義務として愛妾を受け入れなければいけないかと嘆息する日々が続いた。


子どもが生まれたばかりなのに「王子一人では心もとない」と言い、「王族としての義務を果たしてください」と泣く妻に心を痛める国王に貴族たちが詰め寄る。それにキレたのは国王の親友で王妃とも親交が深いレーベン公爵フランクだった。


キレたといっても激高したわけではない。ただ静かに「子を産むという大役を果たした女性を痛めつける血も涙もない人間とは関わりたくないな」と呟いただけ。彼はそれを実行しただけ。


フランクは直ちに血も涙もない貴族のリストを作成し、自分が影響力を持つ国内外の商会にそのリストにある家とそれに連なる家との取引停止を指示した。職場でもその家とそれに連なる家の者からの相談は受けつけなかった。


彼は容赦なく、青い顔をする国王と「最近周りが騒がしいね」と言いながら茶を飲み、「まずは体の回復を第一にしてくださいね」と青い顔をする王妃を見舞った。


ある家は小麦の購入さえも難しくなり涙ながらにフランクに謝罪した。しかしフランクは「国家反逆罪予備軍に売る小麦はない」と言われて追い返された。王子一人では心もとないなどという発言は王子を守る気概がない証拠だというのがフランクの言い分だった。城の仕事は立ち行かなくなりあちこちで納期の遅れが生じた。「助けてくれ」と多くの者がフランクに泣きついたが「官吏としての義務を果たせばいい」と笑って追い返された。


あまりの混乱ぶりに御前会議は荒れ、勇気と無謀を勘違いした貴族たちがフランクを責め立てた。


「お、王子一人だけでは王家の存続が不安だと言っただけではないか!」

「そのために『王位継承権』というのがあるのでしょう?」


発言した貴族は秒で論破されてスゴスゴと引き下がり、それから彼は爵位を息子に譲り二度と御前会議で見ることがなかった。その家も一年も経たずに没落。彼の息子は爵位と領地を王家に返上して平民となった。


王位継承権の話がでたことで、勝機を得たと思った貴族もいた。


「公爵やご子息が王位継承権をお持ちだからそんなことを言うのでは? 殿下に万が一があったときを狙っているのでは?」

「王族について学び直してください。我が家は公爵家ですが初代が国王の甥なだけで、私でも王位継承権は三十番台です。その理論でいったら私が王になるには王位継承権第十八位の貴殿にも万が一がないといけないのですが」


その発言を最後に彼も隠居。王位継承権第六十四位の彼の息子が涙の謝罪をすることになった頃、レーベン公爵はようやく長いおしおきを終わりにした。


「われらみんなで王子の健やかな成長を見守りましょう」

「「「……はい」」」


げっそりと頬をこけさせた貴族たちを見回し、フランクはにっこりと笑って議題を終結させた。親友によって国王と王妃の幸せな結婚生活は守られたが、その息子の受難は終わらなかった。



一般的に『王子』はもてる。


たまに例外はあるが大体は容姿に優れている。先祖代々が容姿のよい者を選んで娶れる立場であるので、自然とその子孫の顔面偏差値は高くなる。頬を染めたご令嬢たちに囲まれて辟易したルドルフは「顔がよければいいのか」と母親とその親友であるレーベン公爵夫人マリアンヌに愚痴ったが「「当り前です」」と二人に全肯定されてからは黙って受け入れることにしている。


『王子』とは金持ちだと思われがちである。しかし、あくまでも“がち”。ときどき「国の金は俺の金」と発言する愚か(バカ)な王子のせいで「王子は金持ち」と思われやすいがそんなことはない。国の資産と家の資産は別。ルドルフも小遣いで得た資金を細々とクラウスらから学んだ投資で増やしている。



「最後は社会的地位だろ?それなら公爵家の兄弟のほうがいいじゃん。公爵には誰も敵わないんだから」

「うちの子たちはみんな将来性はそこそこ高いですが、何をやろうとするか分からないビックリ箱ですからね。殿下のように『絶対に』王になるという保証がありませんし」


公爵家に『絶対』がないことはルドルフも理解していた。優秀に育ち領主の見本のような長男が突然「あとを継ぐのをやめる」と言っても二つ返事で受け入れそうな男、これがレーベン公爵フランクである。



「結局俺が猛獣のエサになるのか」

「エサに違いありませんが、餌食になる必要はありませんよ。陛下にもこの先三十年は元気に在位してもらうように言い聞かせてありますので、うちの子たちを上手に使ってのんびり出会いを探せばいいのです」


自分の息子たちを盾としようが、代わりにエサとして猛獣の前に置こうが構わない。そんなフランクの言葉がなければ成人前にルドルフの心は折れていただろう。


(そうだっ!)


ルドルフにとってレーベン家の子どもたちは自分に王子としては何も求めず、弟や友人のように接してくれるオアシスのような存在だった。ことあるごとに令嬢に追いかけ回されるルドルフを見ては「頑張れー」と笑って応援するような者たちではあったが。


「公爵、フランシーヌ嬢と僕を婚約させてよ」


オアシスを手に入れたい少年の幼心に浮かんだ名案、なはずだった。だってお互いの両親は気のおけない親友同士だし、ルドルフは公爵家の兄弟との仲がとてもよい。そんなレーベン公爵家の末っ子と自分の婚約は、ルドルフに明るい未来を想像させるのに十分だった。


しかしそう言った直後の公爵の表情と殺意は、あれから十年以上経ったいまも消えないルドルフのトラウマとなっていた。


 ◇


(鬱陶しすぎる……なんだって皆がレーベン家の者たちのようにならないんだ? 全員がああなったらブランシア王国は無敵だぞ? 明日には世界が獲れる……いや、そうじゃない)


世界の覇権より静穏が欲しい。二十歳と少しの若き青年ルドルフは疲れきっていた。王家主催の夜会だったので表情は冷静を保ち続けたが、内心はそんなバカなことを考えるほど疲れ切っていた。


彼の人生のほとんどは「婚約を」と付きまとう令嬢やその家族たちとの闘いだった。ブランシア王国の貴族令嬢は十八歳くらいまでに婚約するのが一般的だったので、ルドルフは自分が二十歳になるくらいまで頑張って彼らの猛襲から逃げれば「似合いの年齢の令嬢」は他の男と婚約すると読んでいた。


しかし、ルドルフの読みは甘かった。「二十歳まで逃げるんだ」と気合いを入れて生きてきたルドルフと同じように、彼女たちも両親や親族から「王太子妃になりなさい」と気合いを注入されて生きてきたのだ。


彼女たちも最初は嫌々だった。


幼い少女たちにとって同年代の男の子なんてバカでしかなく、レーベン家のクラウス・ラルフ・ヴェルナーのお嫁さんになりたいと内心思っていた。それでも彼女たちは頑張った。頑張るしかなかったとも言えるが、頑張った。そして、頑張り続けた自分を「ブラボー」と褒め称えたのはルドルフ(ターゲット)の容姿から幼さが消え始めた頃。そしてルドルフが成人して見目麗しい青年になったとき、両親と親族からの期待と令嬢本人の夢が一致した。


彼女たちが本気になった瞬間から、ルドルフは身の危険を感じるようになった。いままではルドルフに気に入られようとしつつも少し気乗りしない様子だったのに、今ではどんな手を使ってでもルドルフを手に入れようと企む。手を重ねる、体を寄せるなど積極的に身体的接触をはかるようにもなった。


この十年の間に令嬢たちの気持ちは変わっても、当のルドルフ本人の逃げたい気持ちは変わらない。逃げる獲物を追うのが狩人の本能。結果、彼女たちの求愛行動は過激化した。


ルドルフが未成年だったときは王家が提供した狩り場(茶会)以外でのアプローチについてはフランクが目を光らせていた。「未成年に対してやっていいこと・悪いことを理解しようね」とぶっすり釘をさしていた。しかしルドルフが成人し「悪いこと」が激減した。


彼女たちはルドルフの部屋付きの侍女を買収、最初は寝室で待ち伏せる程度だったが最近では全裸でベッドに忍び込んだりしている。この過激化にルドルフはドン引きしていた。


こうして四年、ルドルフは念願の二十歳になったが見事な『女嫌い』になっていた。母親とレーベン家以外の女性には嫌悪感を隠さず接しているのに、なぜか彼女たちは頬を染めて思慕を込めた瞳で近づいてくる。ルドルフにとって女性は言葉の通じない化け物だった。



(ライナーが昨年秋に結婚したのが悪い……いや、俺より四歳上なのだから先に結婚しても構わないんだ。ただ何か俺に策を授けてから結婚して欲しかった。疲労回復薬を大量にくれても気力がもたない)


公爵家の次男、三男、四男、そしてルドルフは、王家主催の夜会と茶会において『結婚したい男』として絶大な人気を誇っていた(公爵家の長男は当時婚約済み)。



(普通なら公爵家の兄さんたちやライナーにも令嬢が押し寄せるべきなのに……戦力が分散しなかったのは公爵の所為だ)


結婚したい男として絶大な人気のある四人。しかし婚約の打診がルドルフ一人に集中したのは他三人の父親がフランクだったから。資産は豊富で権力も最上級なフランクが「は? 政略結婚?」と歯牙にもかけなかったので、貴族たちにとって政略結婚を打診できるのはルドルフただ一人だった。


 ◇


「殿下、新しい飲み物をお持ちしました」


ルドルフは護衛が差し出したワインを受け取り、疲れて喉も渇いていたため一気に飲んだ。この行動をルドルフはすぐに後悔することになる。


側近を兼ねる護衛の彼とは付き合いが長かった。ルドルフは信頼していたし、騎士団を辞めるときにヴェルナー自身が彼を指名したようにヴェルナーもその男を信頼していた。


そんな男から渡されたワインを疑う理由はなかったため気づくのは遅れたが、ふうっと一息ついた瞬間に喉に粘りつくような不快感のおかげで直ぐに異常に気づけた。慌てて男をみるとその表情は平然として、信じられないという思いと裏切られた哀しさに満たされる心臓の音はいつもの何倍も大きく聞こえ、背筋をぞくぞくと悪寒に似たものが駆け巡った。



「殿下、どうぞこちらに」


喉が粘つく感触と異常な渇望に対する嫌悪感で声が出せなかった。ふらつく自分を気遣うように肩に添えられた男の手が気持ち悪くて堪らなかった。


「気分の優れない殿下のお世話をする方がいらっしゃいますので……」


護衛が奥まった部屋の扉を開ける。中から漂ってきた香水のにおいに吐き気がこみ上げ、とっさに嘔吐感を押さえるために口に当てた手につけていた腕輪にようやく気付く。ルドルフの初恋の君であり、ブランシア王国でも最高クラスの技術を持つ魔道具職人シーラ・バルトコ男爵夫人が作った防犯用魔道具。


ルドルフが体内のありったけの魔力を腕輪に流すと、竜巻のような風が発生してまずは体を支える振りをしてここまで自分を連れてきた男を吹き飛ばす。次に女性の悲鳴が聞こえ……少しだけ満足したルドルフは小さく笑ったのだった。

女嫌いに人間不信も追加されそうです。


ここまで読んでいただきありがとうございます。ブクマや下の☆を押しての評価をいただけると嬉しいです。

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