第6話 「私はいつも楽しんでいますし、今回が最後なので」
十五歳になったフランシーヌは今年も王家主催の茶会に参加していた。
今年も茶会には貴族の子どもたちが多く参加しているが、ルドルフ王太子が数年前に成人してからは少しずつ参加者は減っている。逆にルドルフが参加するようになった夜会のほうは盛況だ。
それでもブランシア王国貴族たちの婚活の場として定着したため、王家主催の茶会は開催され続けている。令嬢たちは茶会の場にいても、チラチラとその目を城の建物のほうに向ける。茶会にしか参加できない彼女たちにとって成人した王太子に会える機会は少ない。この茶会はその少ない機会なのだ。
茶会も夜会も今年で十回目、それなのにルドルフの婚約者はまだ決まらない。王太子はずっと「これと惹かれる令嬢がいない」と言い続けている。
他国なら「いい加減にしてくれ」と言われて適当な令嬢をあてがわれそうだが、十年前にレーベン公爵が「王太子は恋愛結婚をすればいい」発言が公的文書にも記録として残っているため誰も何もできない。令嬢たちは王太子の目に留まることを目標に着飾り続けること十年間。貴族はとても逞しい。
(そういう私も十年連続皆勤賞だけどね)
フランシーヌのように皆勤賞の令嬢は少なくないが、フランシーヌが毎回律儀にこの茶会に参加していることにレーベン家の誰もが驚いている。
確かにこの茶会は「妙齢のご令嬢はこぞって参加して欲しい」という国王からのお達しはあるが、恋愛結婚推奨であるため参加は任意である。そもそもこの場にフランシーヌが強制的に呼ばれたなら、自由を不文律に掲げる父フランクが国王の執務室に怒鳴り込むこと必至である。
自由参加の茶会に毎回参加しているため、フランシーヌはフランクに「フランは王太子妃になりたいのかい?」と聞かれたことがある。フランクは恐る恐ると言った感じだった。
フランシーヌの返事は「NO」。その回答に未娘を嫁に出す心の準備が一切できていなかったフランクが安堵したのは言うまでもない。何しろここでフランシーヌが「YES」と言おうものなら、諦めの悪い国王がヒャッホイと叫びながら小躍りして王城に連れ去るのが目に見えたからだ(公爵家から目と鼻の先、自分の職場でもあるが)。
(今年で最後の茶会だけれど)
ブランシア王国の成人は十六歳、今年十五歳のフランシーヌは来年からは茶会ではなく夜会のほうに参加することになる。これも明確に決められたことではないが、暗黙の了解で決められているようなものだった。
(……夜会にお菓子はあまり出ないって話よね)
ガックリと肩を落とすフランシーヌ。そう、フランシーヌの参加目的は王族専属パティシエの作る極上スイーツだった。
(まあ、どちらにせよ私には関係ないことなのだけれどね)
もともとお菓子の少ない夜会にフランシーヌは参加する気はなかった。つい先日クロイツ帝国に派遣される研究者のひとりに選ばれたため、フランシーヌが参加することは不可能になった。
スイーツは好きだがフランシーヌはそれよりも研究が好き。研究バカのフランシーヌにとっては夜会に未練などなかった。食べ納めと言わんばかりにスイーツを片っ端から頬張りながら二年という短い派遣期間をいかに充実させようかと考えていた。
(帰ってきたら王太子殿下は二十二……二十三?結婚は未だで、婚約者くらいは決まってるわよね)
残念でも何でもない。フランシーヌの夢は『魔法薬師』になることであり、決して王太子妃などではなかった。
魔法薬師とは、薬効のある植物と魔法を組み合わせた『魔法薬』を作る職人である。魔法薬は治療の為に使われることが最も多いが健康維持や美容を目的とした使われ方も多く、魔法薬はブランシア国民にとって生活に欠かせない必需品である。「ちょっと疲れた」と思えば疲労回復魔法薬を飲み、「肌が荒れちゃった」となると肌荒れ改善魔法薬を飲む。「あれ? 毛が薄く……」みたいな場合も毛根向け回復魔法薬を飲みながら毛生え魔法薬も飲む。
不調や異常においてまず魔法薬、それがブランシア国民。
ブランシア国民なら一日一本以上、何かしらの理由で飲んでいると言われている魔法薬。そんな需要の高さに比べ、魔法薬を作れる魔法薬師の数はとても少ない。それはなぜか。残念ながら理由は簡単、魔力がある者のほとんどは「魔法使いになりたい」と思うからだ。
せっかく魔力があるのだ。魔法師団員や冒険者となって華々しく活躍したい、大っぴらに魔法をぶっ放したいと願う者が実に多い。魔法薬師にそんな目立つ活躍はない。魔法薬師は一日のほとんどを塔の中で過ごし薬草を煮出す鍋に向かって魔力を注ぎ続けるだけ。その仕事は重要であるが、未来と魔力のある若者の目には『地味な仕事』としか映らなかった。
需要の高い仕事なのだが成り手がいなければそれまでの話。魔法薬製造事業はかなり高めの給与を提示して求人募集を出し続けているのに、常に人手不足の状態だった。
『自主・自律・自由』を大事にするフランクは他の六人の子のときと同じくフランシーヌの夢を応援した。しかし給料はよいが万年人手不足の劣悪な就労環境を知っていたため、彼は初めて子どもの夢を反対したくなったという。
娘が隣国に単身留学することに反対せず、平民男性との結婚もさらりと受け入れ、騎士団に入ったはずの息子が「武者修行をしたい」と言って冒険者ギルドに入っても頑張れですまし、「水が合う」と言ってそのまま冒険者になったときも反対の『は』の字もなかったそんなフランクさえも反対したくなる環境の職場。魔法薬製造事業業界はブラックだった。その実態を知っても意思を曲げず突き進む末娘にフランクは反対の『は』の字をぐっと飲みこんだのだった。
「紅茶もいいけれど、やっぱりブラックコーヒーが飲みたくなりますわ」
◇
「お帰りなさいませ、お嬢様」
出迎えた執事長に「ただいま」と言いながら、いつもより静かな家の中を見渡す。今日は夜会も一緒に開かれる日で、フランシーヌ以外の家族は新商品の売り込みや王家の誰かに泣きつかれたなど、様々な理由付きで夜会に参加していた。
侍女の手を借りてドレスを脱いで入浴を終えたフランシーヌは栄養補給用の魔法薬を飲んで眠ることにした。社交的な性格ではなく、茶会ではいつも端のほうにいるのだが、レーベン公爵家となれば交流がゼロではすまない。適当にいなしたものの疲れはあったので直ぐに眠りについたのだが、屋敷のざわめきで目を覚ました。
時計をみると深夜だった。
フランシーヌはサイドテーブルに手を伸ばしてベルを鳴らして侍女を呼んだ。
「何があったの?」
「私どもには分かりません」
「分かったわ。身支度を手伝ってちょうだい」
侍女の手を借りて手早く身形を整えたフランシーヌが自室を出ると、階段のところで兄のラルフと鉢合わせして驚いた。
「ラルフ兄様⁉」
二年前に侯爵令嬢と恋愛結婚したラルフは、婿養子として侯爵家に入っている。そんな兄が夜に公爵邸にいることは珍しく、家族の誰かに何かあったのではと不安になった。
「フラン、ちょうど良かった。今すぐ研究室に行って欲しい。ライナーが鑑定魔法で薬の成分を分析するから、解毒薬を作って欲しいんだ……出来るか?」
「絶対に出来るとは言えませんけれど……成分が分かり、材料があって、一般的に売られている魔法薬の解毒なら、何とか」
最後の条件のところで顔を歪めた兄にイヤな予感はした。しかし魔法薬師としての力を望まれたのだ。フランシーヌは踵を返して自室に戻るとクローゼットから白衣を出して離れに向かった。
離れは末の兄のライナーが王立学院の助教授になるまで使っていた研究所で居住エリアもある。娘であるフランシーヌがここで寝泊まりすることをフランクは許可していないが、キッチン・バスルーム・洗面所など人間が快適に生活するための施設も揃っている。
「クラウス兄様?」
離れの中に入るとクラウスがいた。ライナーがそこにいるのは分かっていたが長兄までいると思わず、その厳しい表情にフランシーヌの背筋が自然と伸びる。
「フラン、こっちの居住エリアは立ち入り禁止だ。何があっても、何が聴こえても絶対に入ってくるな……分かったな?」
いつも優しいクラウスの厳しい表情にフランシーヌが気圧されながらもなんとか頷く。そんな末の妹にクラウスは表情を緩め、フランシーヌの銀色の長い髪を優しく梳いた。
「本当ならお前に貴族のこんな汚いところを見せたくなかったな」
「でも、私にしかできないことなのでしょう?」
信頼している優しい長兄にフランシーヌは微笑み返す。
「私はそんな柔なご令嬢ではありませんから……それより彼の方の治療をいそぎましょう」
妹の言葉にクラウスは「なぜ分かった」と問いただしたかったが、よく考えれば分かることだと窓から外を見て諦念を込めたため息を吐いた。窓から見えるのは王城の騎士団の中でも、王族の盾となることを誓う白い騎士服を身につけた近衛騎士隊だ。
「俺たちの可愛いフランは随分と大きくなったのだな」
「私は一生お兄様たちの可愛い妹ですわ。お礼、考えていてくださいね」
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